日本経団連タイムス No.2944 (2009年3月26日)

06年ノーベル平和賞受賞者・グラミン銀行総裁ムハマド・ユヌス氏との懇談会開催

−「世界経済危機下での貧困問題の解決に向けて〜社会的企業(ソーシャルビジネス)の挑戦」



ユヌス氏と握手する古賀共同委員長

日本経団連の社会貢献推進委員会(古賀信行共同委員長、佐藤正敏共同委員長)は17日、東京・大手町の経団連会館で、バングラデシュのグラミン銀行総裁ムハマド・ユヌス氏を招き、懇談会を開催した。ユヌス氏は、無担保少額融資(マイクロクレジット)の実施を通じ、農村部の貧しい人々の自立支援を推進、世界の貧困軽減に多大な貢献をした功績により、2006年度のノーベル平和賞を受賞している。この日の懇談会では、「世界経済危機下での貧困問題の解決に向けて-社会的企業(ソーシャルビジネス)の挑戦」と題して講演を行った。同氏の講演要旨は次のとおり。

◇ 貧困層への無担保、少額融資を行う銀行の誕生

1974年に起きたバングラデシュ大飢饉当時、私は、チッタゴン大学で経済学を教えていた。人々が苦しみ、餓死していく様子を目の当たりにして、キャンパスを飛び出し、近隣の村に入った。村に入って驚いたのは、高利貸しが横行していたことである。学生と一緒に調査したところ、42人が総額27ドルのお金を借りていた。こんなに小さな借金で、人々が自由を奪われ奴隷のように扱われていることにショックを受けた。そこで、私はポケットマネーで27ドルの借金を肩代わりすることにした。彼らは自由の身になり、まるで奇跡が起こったかのように喜んだ。

少額で多くの人々を幸せにできるなら、この取り組みを拡大したいと思ったが、ポケットマネーには限界がある。そこで、制度化したいと考え、大学に出店する銀行の支店に相談に行ったところ、支店長に「貧しい人々にお金を貸したら返済してくれないので貸せない」と言われ、言い争いになった。銀行の経営陣たちの説得に数カ月をかけたが、理解は得られなかった。業を煮やした私は、「私が保証人になってリスクを負うから、お金を貸してほしい」と言った。さらに2カ月かかり、銀行は躊躇しながら私の申し出を受け入れた。これが、マイクロクレジットの出発点である。

私が保証人となり、貸したお金は、全員が返済してくれた。対象の村の数を広げ、額を増やしていったが、皆、返済してくれた。しかし銀行が自らの事業としてやるということはなかった。銀行家の意識を変えることはできないと考えた私は、従来とは異なる考え方に基づく銀行を創設することにした。財務省と中央銀行の門戸を叩いて、貧しい人々がきちんと返済してくれた事実を話し、銀行業の免許を求めたところ、けんもほろろの応対を受けた。しかし、私はこの目で目撃したことに突き動かされ、説得を繰り返した。3年かかって銀行業の許可が下り、グラミン(=村の)銀行が創設された。

◇ 文化・歴史の壁を乗り越え、女性の借り手を開拓

当時、銀行からの借り手のうち女性の占める比率は1%に満たなかった。そこでグラミン銀行では、借り手の半分を女性にするという目標を掲げた。ところが当時のバングラデシュの女性たちは、「お金はいらない。使い方がわからないし、お金を持つことは怖い。お金は夫に渡してほしい」と言った。私は学生たちとともに忍耐強く説明し続けた。女性たちの発言は、長年にわたる否定と恐怖の歴史がかたちづくった意見だと思っていたからだ。

グラミン銀行の借り手の男女比率が半々になるまで6年かかった。その過程で、私は、女性にお金を渡した方が、家族、特に子どもたちが受ける恩恵が多くなると考えるようになった。女性たちには、貧しい中でも家族を思う心や上昇志向があり、少額のお金を最大限に活かすことができる。むしろ男性の方が明日の心配より今日を楽しみたいと考える傾向がある。

しかし、女性が働くことに対して、宗教的なトラブルが起きた。女性にお金を貸すことは、イスラム教の伝統を脅かすことになると批判する人たちが出てきた。そこで私は、予言師モハメドの最初の妻がビジネスウーマンであったことを指摘し、「良いイスラム教徒になるために、モハメドの人生に倣い、ビジネスウーマンを妻にしなさい」と説くことで宗教的な壁を打ち破ることにした。

グラミン銀行は、総額1億ドル以上の貸付を、書面審査なしで、無担保で行っている。800万人の借り手のうち97%が貧しい女性だが、返済率は98%である。高い返済率を維持できるのは、2万8000人いるグラミン銀行のスタッフが、借り手と毎週面会して、週ごとに小口での返済を行っているからである。借り手の女性たちには、子どもたちに高等教育を受けさせることを奨励している。現在、3万5000人の学生が、教育ローンを組んで、大学の医学部、工学部で勉強している。子どもたちが持って生まれる潜在能力やエネルギーに違いはない。貧困や格差を生み出すのは、機会が与えられるかどうかということである。貧しい人々は、生来の境遇によって、社会から拒まれ、制度へのアクセスも否定される。多くの子どもたちが、高等教育を受け、理解力や能力の水準を高めることで、貧困の悪循環から脱却することができる。そうすれば、貧困から抜け出した新しい世代の誕生につながる。

グラミン銀行の成功により、マイクロクレジットを行う動きが世界的に見られるようになった。

グラミン銀行自身も、昨年、ニューヨークに支店を開いた。現在、500人の借り手がいる。平均のローン額は2200ドル。返済率は、実に99.6%である。

◇ ソーシャルビジネスの展開へ

私は、ビジネスという概念、資本主義体制下での企業の定義を広げるべきだと考えている。人間は、本来、多面的な存在である。自己中心的だが、無私で献身的な面も持っている。しかしビジネスでは、人間の自己中心的な側面だけを見て構築されている。

ソーシャルビジネスとは、無私で献身的な面も含めた全人的な「ビジネス」である。寄付や慈善事業ではない。企業が持つ技術力や創造力を使って、継続可能な程度の利益を上げながら、社会的問題の解決を目的として行うのだ。

こうした考え方を持つビジネスは、フランスのダノン社がバングラデシュでグラミン・ダノンカンパニーを立ち上げたことにより、さらに関心を集めるようになった。グラミン・ダノンは、バングラデシュの子どもたちの栄養失調の解消のために、ダノンの先端技術と経験を活かして栄養価の高いヨーグルトをつくり、安価に提供する会社である。グラミン・ダノンのヨーグルトを1週間に2カップ、8カ月続ければ、栄養失調から脱却できる。味の面でも、ビタミンや鉄などの栄養素を多めに加えながら、おいしさを保っている。これはダノンの技術力の結晶である。安く提供できる理由は、包装デザインやマーケティング、販促費などをかけないからだ。グラミン・ダノンの経営陣は、利益の最大化ではなく、栄養失調から脱却できる子どもたちが何人増えるか、そのスピードをもっと早くできないか、といったことを重視している。まさにソーシャルビジネスの発想である。

ソーシャルビジネスの事例はほかにもある。安全な水の確保に向け、世界最大の総合水処理エンジニアリング企業ヴェオリア社と、グラミン・ヴェオリア・ウォーター・カンパニーを設立し、水処理に取り組んでいる。また今月に入り、ドイツのBASF社と合弁会社を設立した。栄養素のサプリメントの販売、ならびにマラリアやデング熱の予防のため防虫剤で処理済みの蚊帳の販売を展開する予定である。

日本企業は素晴らしい技術を持っている。その技術力と創造力を、世界的課題の解決に使ってほしい。現在、世界が直面している金融危機が早期に収束することを期待している。さらに、食糧危機やエネルギー危機、環境問題が不在の、より活力のある経済社会をつくりたい。ソーシャルビジネスはそれを可能にする。これが私の考えである。

【社会第二本部企業・社会担当】
Copyright © Nippon Keidanren