日本経団連タイムス No.2981 (2010年1月21日)

2010年版経労委報告を公表

−危機を克服し、新たな成長を切り拓く


記者会見する
大橋洋治副会長・経営労働政策委員長

日本経団連(御手洗冨士夫会長)は19日、『2010年版経営労働政策委員会報告』(経労委報告)を公表した。同報告は、春季労使交渉・協議に臨む経営側の指針をまとめたもので、副題を「危機を克服し、新たな成長を切り拓く」とし、「日本経済を取り巻く環境変化と経済成長に向けた課題」「雇用の安定・創出に向けた取り組み」「将来の成長に向けた取り組み」「今次労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢」の4章構成としている。報告の主なポイントは次のとおり。

■ グローバル化の加速度的な進展への対応と持続的な成長の重要性

世界経済のグローバル化の流れが一層加速している。激化する国際競争に打ち勝ち、市場の拡大へとつなげていくためには、わが国産業の優位性の確立に向けた取り組みを展開し、アジアをはじめとする新興国市場を積極的に取り込んでいくことが求められる。
欧米経済の早期の自律的な回復は見込みにくく、日本経済も厳しい状況が続くと想定されるが、危機からの早期脱却にとどまらず、新たな成長・発展に結び付けるためには、企業活力を高めるための政策を推進することが重要となる。

■ 雇用確保に向けた取り組みと労働市場の基盤整備の重要性

企業は、現場の実態に合ったかたちで「日本型ワークシェアリング」ともいうべき雇用確保に向けた取り組みを一層推進していく必要がある。
新規学卒者の採用については、当面、緊急的に対応すべき事項であり、節度ある採用選考活動を実施しながら、極力多くの採用に努めることが求められる。
また、進展する雇用の多様化を踏まえ、公的職業紹介・職業訓練の強化に加え、人手不足の分野、あるいは環境・エネルギー産業に代表されるような成長分野など、雇用創出が期待される産業の育成が求められる。
同時に、失業期間中の労働者の生活を下支えする雇用のセーフティーネットの強化を通じ、社会全体で雇用の安定を実現すべく、労働市場の機能を強化していかなければならない。

■ 雇用の多様化の進展への対応と就労機会の拡大

雇用の多様化の進展は、第三次産業の成長や、女性や高齢者など多様な主体の労働市場への参画など、労働力の需給双方のニーズが一致した結果である。いわゆる「非正規労働者」をめぐっては、解決すべき課題も多いが、真に対応すべき層を特定したうえで、安定した就業機会や能力開発の機会を労働市場全体で提供することが重要である。

■ 労働政策の見直しへの対応

労働者派遣制度における労働政策審議会の答申の内容は、今後の国会審議のなかで最大限尊重されるべきである。今後は優良な派遣事業者が活躍できるよう環境を整備し、労働者派遣制度をより健全なものへと育成していくことが求められる。
最低賃金をめぐっては、大幅な引き上げが結果として採用や雇用安定に多大な影響を及ぼす。まずは、中小企業の生産性向上にかかわる施策の効果を十分に検証したうえで、必要に応じてさらなる効果的な対応を図ることが急がれる。
労働政策は企業経営に多大な影響を及ぼすほか、労働者の生活と密接にかかわってくることから、公労使三者で構成される審議会の結論を最大限重視していく従来の決定プロセスを今後も堅持することが重要である。

■ 人材力の強化とワーク・ライフ・バランスの推進

将来の成長に向けた布石を積極的に打ち、必要な施策を着実に実行していくためには、イノベーションの源泉たる「ヒト」の育成が重要である。
競争力の源泉となり日本企業の発展を支えてきたのが「現場力」であることを考えれば、今後とも日々のマネジメントの実践を通じたOJTを基本としながら、必要に応じてOff‐JTを適切に組み合わせることが求められる。
また、ワーク・ライフ・バランスの推進にあたっては、何より生産性の向上を前提としたものでなければならず、労使ともに新しい働き方を模索する挑戦と位置付けたうえで、たゆまぬ努力を続ける必要がある。

■ 中小企業の競争力強化と地域経済の活性化

わが国経済を早期に自律的な回復軌道に乗せ、経済成長力を高めていくためには、日本経済の礎ともいうべき中小企業の競争力強化がカギを握っている。中小企業が自ら積極的に付加価値の創出に努めることに加え、イノベーションの創出に不可欠となる人材の確保・定着に向けた取り組みを強化することが必要となる。
また、地方の活性化と、地域経済を支える中小企業の競争力が相まって、はじめて日本の持続的成長が可能となる。地元企業の連携や産学官連携を通じた地域活性化の取り組みが一層求められる。

■ 総額人件費管理の徹底

今回のような経営危機の再来にも柔軟に対応できるようにするためには、平時から、中長期的視点に立った総額人件費管理を徹底することが重要であり、とりわけ総額人件費のなかで大きな比重を占める所定内給与の管理に注意が必要である。
いわゆる「定期昇給」については、自社の付加価値の伸びに適合しないかたちで、多くの従業員の所定内給与が前年より上がるような制度や運用であれば不十分であり、仕事・役割・貢献度を基軸とした制度への見直しや、賃金水準が適正かどうかの検証が必要である。
また、従業員の生活保障として家族手当を支給する企業も多いが、今年6月から支給が予定されている子ども手当の創設は、仕事の対価としての賃金や諸手当のあり方について考えるきっかけになる。
なお、改正労働基準法の施行に伴う時間外割増率の見直しに際しては、経営状況や労働時間などの実態を十分に踏まえながら慎重に議論することが求められる。

■ 労使交渉・協議に向けた基本的考え方

経営環境は一層厳しい状況が続くことも想定されるが、経営者として最大の経営資源を守るという観点から、引き続き雇用の確保に努めることが強く求められる。
労働側からの総実労働時間の短縮要求に対しては、業務効率を高める観点が重要であり、仕事や働き方の見直しを図る絶好の機会ととらえていく必要がある。また、いわゆる「非正規労働者」を含めた全労働者を対象とした待遇改善要求に対しては、個別労使で解決できる事項であるかどうかを十分検討し、慎重に対応していくことが求められる。むろん、企業は自社の従業員の処遇に関して、同一価値労働同一賃金の考え方に基づき、必要と判断される対応を図ることが求められる。

■ 厳しい経営環境下における総額人件費決定のあり方

今次労使交渉・協議の焦点になると想定される賃金カーブ維持分の確保については、自社の収益環境を直視しつつ実態に応じた話し合いを行い、支払能力に即して判断することが強く求められる。
賞与・一時金については、需給の短期的変動による一時的な業績変動を反映させることが基本となるが、企業収益をめぐる環境に大幅な改善がみられない状況のなかでは、前年同様に厳しい業績結果を反映したものとする企業が多くなると想定される。
なお、恒常的な生産性の向上に裏付けられた付加価値の増加分が認められる場合には、総額人件費改定の原資とすることが考えられるが、厳しい経営状況を踏まえれば、ベース・アップは困難と判断する企業が多いものと見込まれる。

■ 企業労使の信頼関係の深化と経済社会への貢献

労使は、永続的な企業成長と従業員の生活の向上を一致協力して実現する経営組織のパートナーである。企業の宝ともいうべき健全な労使関係を次代に継承するために日々の対話を大切にしながら、企業の成長を通じたより良い経済社会の実現を目指していきたい。

【労働政策本部】
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