奥田日本経団連会長
月刊・経済Trend 2006年1月号
巻頭対談

「新たな飛躍」の年に

小泉総理
日本経団連会長
奥田 碩
おくだ ひろし
内閣総理大臣
小泉純一郎
こいずみ じゅんいちろう

2006年は、政府の構造改革と企業の経営革新があいまって、さらなる発展が期待される。新しい年を迎えるにあたって、政治と企業はいかなる役割を果たすべきか語っていただいた。

やりたいこと、
なすべきことに力を発揮する年に

藤沢(司会)

最初に、2005年の総括と2006年をどのような年にされたいかをお聞かせください。

小泉

昨年はようやく、企業も個人もやればできるという意欲、自信が出てきた年だと思います。企業が頑張って利益を上げて、悲観する必要ないじゃないかという気持ちになってきた。経済活性化のためには、大企業も中小企業も経営に全力であたる。同時に、企業の活躍の場を広げ、企業の創造力を発揮させる環境を整える必要があることが、政治家の間にも企業家の間にも浸透してきた。そのための改革をやり通してきた一年でした。
今までの負の遺産を企業自身が改革によって解消し、発展の基盤をつくるのに時間がかかりましたが、いよいよこれから自らのやりたいこと、やるべきことに力を発揮する時代に入ってきました。

藤沢

痛みに耐えて、耐え忍んできた甲斐が出てきたということですね。奥田会長は、いかがですか。

奥田

小泉総理が進めてこられた一連の構造改革についていく形で、経営者も従業員も必死の努力をして、やっと企業の業績が伸びてきました。それにしたがって、企業の設備投資は増え配当も増えます。雇用情勢もよくなってきていますので、家計の懐が温かくなり消費も伸びてきます。昨年は非常によい循環が出はじめた年だったと思います。今年も当然構造改革が進みますから、経済界もそれに負けないように一所懸命やっていく。そういうことで将来が開けてくるのだと思います。

郵政民営化は改革の本丸であり
入り口でもある

藤沢

2006年は構造改革の正念場と言えそうですが、何をなすべきでしょうか。

小泉

郵政民営化の位置づけが大きいのです。政界も経済界も本音では、郵政民営化なんかできるわけないと思っていたでしょう。それが、一度は葬られたかに見えたけれども、選挙の勝利によって実現できた。郵政民営化は、改革の本丸であると同時に入り口です。本丸に残っている親分が頑張っていたら、二の丸、三の丸、出城の人たちも頑張ってしまう。本丸が陥落したから、二の丸、三の丸の人たちも諦めて今改革することになってきた。これを、入り口から一つ一つ登っていって、最後に本丸の郵政民営化なんて言っていたら、何年かかるかわからない。一番困難と思われた郵政民営化ができたから、他の改革もできるという気分に変わってきたのです。

奥田

小泉総理が総理大臣に就任されたときに「自民党をぶっ壊す」とか「新しい自民党をつくる」と言われて、それを一貫して貫かれたことは、卓越したリーダーシップだと思います。リーダーシップには率先垂範型と調整型がありますが、今の時代には小泉総理のような率先垂範型のリーダーシップが必要です。解散は、小泉総理の「有言実行」が非常によく表れたと思います。

藤沢

リーダーがぶれないということは、私たち国民一人一人から見ても非常に安心感がありますね。それでありながら、小泉総理は、けっこう民間に任せる。この絶妙なバランス感覚が、われわれにとっての安心感につながっていると思います。

「大事争うべし、些事構うべからず」

小泉

トップが何でもかんでも課長がやるようなことにまで口を出したら、部下はやりにくくてしょうがないですよ。大事なことは、方針を出し、その意図をよく理解して能力を発揮する部下を登用していくことです。途中の経過まであれこれ指示するのではなく、結果が出てきて、自分の方針と違っていたら、違うと言えばいい。いい加減と、いい加減は、文字で書くと同じだが、大違いです。トップは、いい加減を使いこなさなくてはいけません。

奥田

よく小泉総理は丸投げだと言われますが、課題を与えて、その人に課題を解決させるのは、指導者として立派だと思います。闇雲にできそうもない人に丸投げするのはいけませんが、できる人にさせることは大事です。

小泉

「大事争うべし、些事構うべからず」。この匙加減を間違えると大変なことになってしまいます。「些事を構わない」というのは政治でも、人間関係でも大事です。客観的に見て何が大事か、何が些事かを判断し、些事は丸投げしたほうがいいんです。

経済全体を見ながら財政再建を進める

対談の様子
藤沢

国民最大の関心事の一つである財政の問題は、今後どのように展開していくでしょうか。

小泉

財政再建は、経済の活性化に非常に重要で、日本社会が高齢化していくなかでもっとも大事なことです。ただ、あせって収支尻を合わせ、増税すればよいというものでもありません。経済全体を見なくてはならないから、匙加減が難しい。私が以前に、国債発行額を年間30兆円以下にしようと言ったときには、「税収が50兆円あった場合は」という前提があったんです。ところが実際は、経済が停滞し、税収が約42兆円にまで減ってしまった。あの時もし国債発行額30兆円以下という目標にこだわって、さらに歳出を削減したり、増税したら、経済に悪影響をもたらしたでしょう。だからやむをえず、少し時間を置こうということで、30兆円以上の国債発行を受け入れた。経済は生き物だから、常に50兆円税収があるとは限らない。全体を見なくてはいけないのです。
今ようやく、景気が回復軌道に乗ってきて、税収も増えてきた。ここで一段と無駄な歳出もカットしていく。これらを組み合わせて、財政再建に向けて国債発行額を削減する。そのためには、企業の活力を発揮させなくてはいけません。民間にできることは民間にやっていただく。企業が闊達にいろいろな分野で活動を展開することによって税収も上がってくる。これは民営化の一つの効果です。金融機関も不良債権処理が終わって、いよいよ攻める環境が整った。これからの民間企業の意欲に期待しています。
昨年は、自由民主党立党50周年の年でした。50年前は、車といえばアメリカの車、カメラはドイツのライカが大人の憧れでした。日本製品は相手にされなかった。今はそれらの本場で日本の車やカメラのほうがいいと言われるようになった。ITの時代になって、ますます日本企業の製品の質がよくなる。この評価・名声を実現したのは一朝一夕ではなく、50年間の企業の努力の積み重ねが、まさに実を結んだと思いますね。

今ほど個人が活躍できる
時代はない

藤沢

今、新しい技術としてインターネットが出てきて、一人一人の国民が力を持つ時代がやってきました。政治や企業にああしてほしい、こうしてほしいとお願いする時代から、自ら意見を発信することができる時代になりました。共感力のある意見であれば、世論をつくったり、世の中を動かすこともできる。そういう中で、私たち一人一人が何をしたら世の中はよりよくなるのか、総理はどのようにお考えですか。

小泉

今、フリーターやニートが問題になっています。しかし、日本の歴史を見ても、個人が意欲を持ち、やる気と能力があれば、今ほど活躍できる時代はありません。外国に行くのも、こんなに外国が近くなった、地球が小さくなった時代はない。女性も今ほど社会進出している時代はない。若い人が自分の持てる力を発揮するためには努力が必要です。チャンスが来たときに、準備がないとつかめない。どういう準備をしたらいいのか、どういう力をつけたらいいのか、どういう点に自分は能力があるのかを導き出すのが教師であり、親ではないかと思います。

奥田

私は地方によく行きますが、この二年間で大きく変わってきたと感じています。二、三年前には、中央や官に「これをやってくれ。あれをやってくれ」という要望めいた話が多かったのですが、三位一体改革が現実のものとなり、地域の側で自分たちがしっかりとやって自立していかないとつぶれるという危機感が出てきました。三位一体改革がもたらした「自立の精神」は非常に大事だと思います。
また、若い経営者たちに私がいつも言っているのは、研鑽を積んで、チャンスをつかみなさいということです。パスツールの言葉に、“Chance favors the prepared mind”という言葉があります。チャンスが来たらしっかりとつかむ、つかまえない人にチャンスは来ない。私は、若い人たちに大いに期待しています。したがって、最近の若手経営者の起業家精神は多としますが、不道徳なことをしてはだめです。

透明な政治寄付は企業の社会貢献

藤沢

日本経団連では政策評価に基づく企業の政治寄付を推進されていますが、企業は政策本位の政治にどう貢献できるのでしょうか。

奥田

端的に話をすると、政治というものはどこの国に行ってもお金がいります。今、日本で政策本位の政治を政党がしようとしても、公的助成に過度に依存せざるを得ない状況です。民間が主体となって政治を支える必要がありますが、その一つとして経済界がなんらかの形で支援していくことは、非常に大事なことです。企業の社会貢献の一つとして、透明な資金を政治に対して出す活動を今後も拡充していきたいと思っています。

藤沢

経済と企業に対して、政治からどのようなことを期待されますか。

小泉

企業活動がないと国民の必要とする商品やサービスは提供されません。企業が競争にしのぎを削りながら必要とされる商品やサービスを提供し、国民が何を欲しているのかをつかんだ企業が発展していく。それを政府がしようとしても、限界があるのです。押し付けとか官製サービスと言われ、国民の要求にきめ細かく対応できない。だから企業が活躍できる分野を増やし、企業の創意工夫を活かしていく。そこに政治の重要性があります。
企業は、自分たちの手足を縛るような政治は歓迎しないと思います。企業にとって大事なのは、自分たちの活躍の場をつくることを理解してくれる政党、政治家を応援するということです。私は、これは必要なことだと思います。
日本経団連の献金は、一番透明ですよね。こういうことをしてくれないと献金しない、というのとは違うのです。企業活動全体をどのように政党が理解してくれるかということで、資金が必要であれば提供しようというものです。企業から政治家や政党が協力してもらうことを禁止してしまったら、税金で活動するしかなくなってしまいます。

藤沢

いよいよ政治資金を含め、企業や個人が政治に積極的に参加したり、バックアップしながら、日本の未来を創る時代がやってきたように思います。まさに、構造改革やネット革命によって、企業や個人が活躍できる環境が整ってきたとも言えるのかもしれません。「破壊から創造へ」と言いましょうか、今年は、個人や企業が積極的に社会創造に取り組み、21世紀の基盤となる社会の姿をつくりだす年になるように思います。本日は、ありがとうございました。

司会:藤沢久美 シンクタンク・ソフィアバンク副代表 〈司会〉
シンクタンク・ソフィアバンク副代表
藤沢久美
ふじさわ くみ
(2005年11月22日 首相官邸にて)

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