[経団連] [意見書] [ 目次 ]
アジア経済再構築のための提言 資料

円の国際化に向けて

―貿易決済通貨としての円の国際化について―

2000年3月2日
経団連 金融制度委員会

はじめに

円の国際化は、わが国企業等の為替リスクの軽減、邦銀の国際競争力の強化、円のマザーマーケットである東京金融・資本市場の活性化に資する。また、今般の通貨危機を教訓として、アジア諸国では、過度の米ドル依存の見直しの気運が高まっており、アジア地域において最大の経済力を有し、かつ貿易、直接投資、資本取引、経済支援等において深い関係にあるわが国の円が国際通貨としての役割を高めることに期待が寄せられている。
経団連では、グローバル化に対応し、わが国金融・資本市場の利便性向上をを図り、もって円の国際化を推進する観点から、98年6月に『短期金融市場の整備と円の国際化』を、99年11月に『国際競争力ある資本市場の確立に向けて』を発表し、市場インフラの整備、証券関連税制の改正等を働きかけているところである。これに加え、特に貿易決済通貨としての円の国際化の進展を図る観点から、ここに改めて企業自らが取り組むべき課題、国等に望まれる施策について提言する。

  1. 貿易取引における円建取引比率の現状
  2. わが国の輸出の円建比率は過去10年以上にわたり、35〜40%でほぼ横ばいで推移している。輸入の円建比率は徐々に増加しているが、98年3月時点でも、20%強にとどまっている。輸出入とも、主要先進諸国と比べていずれもかなり低い水準にある。

    わが国の輸出入決済における建値通貨別内訳(98年3月 単位:%)
    米ドルその他
    輸 出36.051.212.9
    輸 入21.871.56.7
    【出所】通商産業省「輸出入決済通貨建値動向調査」

    主要先進国の輸出入決済における自国通貨建て比率(単位:%)
    日 本
    (98年)
    ドイツ
    (95年)
    フランス
    (97年)
    イタリア
    (97年)
    輸 出 36.074.849.238.0
    輸 入 21.851.546.638.1
    【出所】各国中央銀行資料。日本については通商産業省「輸出入決済通貨建動向調査」

  3. 円建取引比率が上昇しない原因
  4. 経団連がわが国企業を対象に実施したヒアリング調査では、円建取引比率が上昇しない主な理由として以下の諸点が指摘されている。

    1. 決済通貨決定に当たっての企業の交渉力
      技術的な優位性が確立されていない分野や競争が激しくわが国企業の市場支配力が大きくない分野では、決済通貨をめぐる交渉において劣位に立つことが多い。

    2. 為替リスクの回避

      1. 輸出、輸入のいずれかの取引が米ドル建てとせざるえない場合、もう一方も米ドル建てとすることで、マリー(同一通貨建ての売為替と買為替を抱き合わせて持ち高を相殺する為替リスク回避策)が図れる。
      2. わが国企業の親会社・海外子会社間の取引については、為替リスク管理コストの引き下げの観点から、親会社が為替リスクを負担する傾向がある。

    3. 円建貿易金融の利便性の問題
      円建貿易金融は米ドルファイナンスと比較して必ずしも利便性が良くない。

    4. 輸入に占める国際市況商品の比率の高さ
      わが国輸入に大きなウェイトを占める原油等の原材料については、上場市場が米ドル建てのことが多いが、市場で価格変動リスクをヘッジできるため、米ドルが決済通貨となる。

  5. 円建取引比率向上の基本的な考え方
    1. わが国との貿易関係、わが国からの与信残高等から見て、当面は、対アジア貿易において円建取引比率の向上を図っていくことが現実的である。

      アジア9カ国にとっての日本・米国・EU(単位億ドル)
      日 本米 国EU15世界(100%)
      貿易 (97年) 3,045 (16%)3,347 (17%)2,664 (14%)19,481
      対内直接投資(97年) 183 (15%)162 (14%)240 (20%)1,185
      与信残高(98年6月末) 1,825 (31%)292 ( 5%)2,927 (49%)5,942
      二国間支援(96年) 47 (69%)1 ( 2%)16 (24%)68
      (注1)
      アジア9カ国とはASEAN4(タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン)、NIES、中国の9カ国。
      (注2)
      対内直接投資には香港を含まない。タイにおける投資案件のうち複数国によるものは重複してカウントしている。対内直接投資における台湾、タイのEUの範囲はそれぞれ以下の通り。
      台湾:英国、ドイツ、フランス、オランダ
      タイ:英国、ドイツ、フランス、ベルギー、イタリア、オランダ
      (注3)
      与信残高におけるEUには、デンマーク、アイルランド、スウェーデン、ポルトガル、ギリシアを含まない。
      (注4)
      二国間支援における「世界」はDAC諸国合計の値。
      [出所]
      国際通貨基金「Direction of Trade Statistics」、日本貿易振興会資料、各国資料、国際決済銀行「International Banking and Financial Market Development March 1999」、経済協力開発機構「Geographical Distribution of Financial Flow to Aid Recipients」

    2. その基本は第一に、アジア諸国の円に対する信認の向上であり、日本経済の安定的成長を背景とした円の通貨価値の安定が強く求められる。
      第二に、貿易・資本取引等の実体経済面でのアジア諸国との結びつきを強化し、こうした取引を通じて、わが国の資金がアジア諸国に還流する構造を拡充していく必要がある。

  6. 円建取引比率向上のための具体的取り組み
    1. 輸出入企業自らの取り組み
    2. 貿易取引における決済通貨は、個々の企業が交渉力と為替リスク等を総合的に判断して選択しているが、実際には一種の慣性(イナーシャ)が働いているという指摘がある。企業が、今一度、決済通貨のコストとベネフィットを再評価し、可能な取引から順次円建化に取り組むことが強く望まれる。

    3. 為替リスクヘッジ手段の拡充
    4. アジア諸国の場合、円と現地通貨の為替マーケットに厚みがなく、コストが高い上に不確実性が大きいため、米ドルを媒介通貨に使用せざるえないことが多い。邦銀においては、為替取引における対円の取扱現地通貨の増加等に努めることが求められる。

    5. 円建貿易金融の利便性の向上
      1. 円建BAの再活性化等
        円建BA(輸出入企業が貿易決済のために振り出し、銀行が引受けた円建為替手形)市場は事実上消滅状態にある。しかし、円建BAは、アジア諸国の企業に対する有効な円建貿易金融のツールとなりうるものであり、非居住者振出円建BAの日銀再割の適用等、市場の再活性化方策を検討すべきとの意見もある。
        また、将来的には、貿易債権を担保として投資家向けに証券を販売する流動化・証券化スキームも検討が望まれる。

      2. 公的金融機関等による信用リスク補完
        アジア経済は未だ回復途上にあり、邦銀の経営環境は厳しい。このような環境下、邦銀の円建貿易金融を促進する観点から、国際協力銀行、通産省貿易保険(2001年4月から日本貿易保険)による信用リスク補完に期待されるところは大きい。

      3. 貿易金融EDIの推進
        貿易金融については作成すべきドキュメンツが多く、事務作業が煩雑であるとともに、コストも膨大なものとなっている。このため世界的に貿易金融EDI(貿易金融取引に関する事務手続をペーパーレス化し、当事者間における電子データの交換で処理すること)が検討されている。円建貿易金融の担い手となる邦銀もこれに積極的に取り組むとともに、政府による環境整備等の支援が引き続き望まれる。

    6. 円建国際市況商品市場の育成・支援
    7. 円建貿易取引におけるヘッジ手段を充実する上から、わが国における円建国際市況商品市場の一層の活性化を図る必要がある。わが国が最終消費地であり、交渉力を有する商品を中心に、政府がわが国における市場の育成・支援を一層推進することが望まれる。

以 上

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