経団連では、1996年に提言「創造的な人材の育成に向けて」を取りまとめ、教育制度の改革を提言するとともに、企業の採用行動・人事面の自己改革を訴えた。これらは、着実に進展しつつある。
一方、その後、経済のグローバル化、情報化が急速に進み、企業は合併、再編などに生き残りをかけて真剣に取り組んでいる。日本の発展を支えてきた、「追いつき追い越せ型」の経済社会システムは完全に終焉を迎え、個性や創造性を活かし、倫理観と責任感に裏打ちされた新しい経済社会システムの構築は待ったなしの状況になっている。また、世界に例をみない速さで少子・高齢化が今後進むことから、深刻な労働力不足に陥ることも懸念される。
こうしたなかで、21世紀に向けて、「活力あるグローバル国家」を創造し、魅力ある日本を構築していかなければならない。
かかる状況を踏まえ、国民一人一人がそれぞれの持つ能力を最大限に発揮し、質の高い優れた人材として、経済社会の活力の維持・向上に貢献できるよう、人材の育成への取り組みを一段と強化していく必要がある。
そこで、経団連では、政府・与党における教育改革等の動向を踏まえ、人材育成について改めて検討し、今般、報告を取りまとめた。さらに、21世紀における教育のあり方をめぐる他の諸問題についても、引き続き検討を行なっていきたい。
企業を取り巻く環境は急速なグローバル化、情報化のなかで大きく変化している。世界経済においては、貿易のみならず直接投資、証券投資が増加し、国境を越えたヒトの移動も活発化している。また、インターネットが急速に普及し、パソコンは一人一台となりつつあり、電子メールも世界各国との通信手段として欠かせなくなってきている。
このようななかで、現在、各企業は生き残りをかけて、異業種への進出、海外を含めた他社との提携・合併、分社化、海外への本社機能、研究開発機能、生産拠点の移動等をはじめ、非常に早いスピードでダイナミックな展開を行なっている。外国企業との提携・合併に伴い、外国人経営者を登用する企業、社内における共通語を英語にする企業も出てきている。また、海外部門のみならずほとんどの部門において、海外との折衝機会が大幅に増加し、会議資料等も日英両文併記を義務付けるケースも出てきている。
産業界が今後20〜30年にわたってどのような変貌を遂げていくのかは業種や企業によってさまざまであるが、変貌していくにあたって、どのような人材が必要とされるかについてはある程度共通している。まず、あらゆる人材に共通して、主体性、プロ意識、知力の基礎的能力が求められる。その上で、政治、社会、文化等の各分野と並んで、経済の分野においても、国際的に通用する能力を持った人材が必要とされている。
国民の平均的な基礎知識・基礎学力の水準が高いことがわが国の強みであったが、これからは、あらゆる人材について、こうした能力に加え、主体性、プロ意識等の新しい能力も求められる。
主体性
主体的に問題を発見、設定し、解決に導くことのできる能力。そのためには、チャレンジ精神、知的好奇心、粘り強さ、体力が必要である。
プロ意識
しっかりとした職業観、自己責任の観念、アカウンタビリティ(責任感を持って説明できる能力)、高い倫理観。市場経済化が進んで勝者と敗者が明確になり、労働力の流動化も進むなかで、社内だけではなく社外でも通用するプロ意識が必要とされる。
知力
産業社会に携わっていく上で必要不可欠な基本知識・基礎学力。これには、相手の言うことを正確に聞きとり、自分の考えを適切に伝えられるコミュニケーション能力も含まれる。これに関連して、経済のグローバル化の進展により、日常会話をはじめとする英語力、情報ネットワーク活用能力が求められている。
指導的立場の人材については、哲学を含む幅広い教養を前提とした、以下のような人材が求められている。産学官の人材交流を通じて、こうした人材の能力をさらに高めることも一案である。
21世紀にふさわしい人材育成システムを社会全体として築いていくためには、まず企業自らが行動しなければならない。経団連では、1996年以来、創造的な人材育成に向けて、多様な人材が自らの目的意識に基づいて能力を最大限に発揮できる環境の整備に取り組み、これらは着実に進展している。具体的には次の通りである。
採用方法のオープン化
企業は、多様な人材を広く受け入れるために、採用方法をオープン化する。具体的には、ホームページ等において、各社の求める人材像・採用情報を提示するとともに、インターネットを活用したメールエントリー制の導入、大学名不問の採用等を行なう(経団連が1998年に会員企業を対象に行なった調査では、半数以上の企業が「大学名不問の採用」を導入・導入予定)。
個人の能力を適切に評価できる採用
通年採用や秋期採用の実施により、経験者や帰国子女等多様な人材の就職機会を増やすとともに、春の新卒一括採用では困難であった、時間をかけた丁寧な採用活動を行なう。また、これに関連して、職種別採用や経験者(中途)採用等により、専門的で即戦力となる人材(プロ)を積極的に確保する(上記調査では、約8割の企業が「通年採用」を導入・導入予定、約半数の企業が「秋期採用、職種別採用」を導入・導入予定、ほとんどの企業が「経験者採用」を導入・導入予定)。
能力・成果主義に基づく給与制度
年功序列・悪平等を是正し、個人の能力を十分に発揮させるため、能力主義・成果主義に基づいた処遇体系への転換を進める。現在、大半の企業で能力給・業績給や年俸制の導入が拡大している(上記調査では、ほとんどの企業が「能力給・業績給」を導入・導入予定)。
個人の選択を重視する人事システム
専門職制度や社内公募制等の活用により、従業員が自らの進路や職種を選択することで、個人の意欲や目的意識を従来以上に尊重する組織運営に努める(上記調査では、約7割の企業が「専門職制度」を導入・導入予定、ほとんどの企業が「社内公募制」を導入・導入予定)。
従来のように企業側の判断で一方的に教育するのではなく、自らのキャリア開発に必要な研修を主体的に選択し受講できる研修制度(自己責任型教育)の拡充を進める。また、業務を遂行する上で各自で業務遂行時間を管理できるフレックスタイム制、裁量労働制ならびに休暇取得促進等により、より柔軟な勤労システムを構築し、自己啓発に対する支援を行なう(上記調査では、約7割の企業が「フレックスタイム制」を導入・導入予定)。
新しい経済社会システムにふさわしい「複眼的」で「複線的」な教育・人材育成システムを確立し、個人個人がその能力を最大限に発揮し、自らの目標を達成できるようにする必要がある。即ち、偏差値だけを重視するという単眼的な評価から、個人個人の多様な能力を評価する「複眼的評価」に変えるとともに、さまざまな選択肢を持つ「複線的システム」が必要である。それはまた、やり直しのできるシステムでもある。
これによって、指導的人材も含め、さまざまな分野で必要とされる多様な人材の育成が可能となる。そのためには、
学生がその目的や意欲、能力にふさわしい教育機関を主体的に選択できるよう、多くの峰を持つ教育体系を構築すべきである。そのためには、教育界側の自由裁量の余地を拡大して競争原理を導入し、各教育機関が自己責任の原則に基づいて創意工夫を凝らし、学生のニーズに即し多様性に富んだ特徴ある教育が実施できるようにすべきである。
小・中学校の通学区域の弾力化の推進
通学区域を弾力化する自治体が出始め、公立小・中学校に通う生徒は、同一ブロック内であれば自由に学校を選択できるようになった。それにより、保護者側にも学校を選ぶ責任が生じ、学校教育に対する意識の向上が図られる。また、教育側においても、競争原理が働くことにより、各学校による創意を活かした特色ある教育を推進できる。通学区域の弾力化は、今年4月から東京の品川区や八王子市などで実施される予定であり、全国に広まることが期待される。
各大学による自由な学部・学科の設置
各大学の自由裁量の余地を拡大し、自己責任で自由に学部・学科の設置を行なうことにより、時代のニーズを先取りした国際レベルの教育を提供する。
国立大学への独立した法人格の付与
国立大学の活性化、個性化を図るため、独立行政法人化等により、自らの権限と責任による大学運営を行ない、各大学の理念や特徴に基づく自主的・自立的な教育・研究を行なえるようにする。
大学の第三者評価システムの導入
大学の活性化を図るため、大学の教育・研究活動等の状況について、産業界も含めた学外関係者による第三者評価システムを導入し、評価に対する客観性を高めるとともに、大学に関する積極的な情報公開を行なう。
地域のニーズに応じた教育の推進
わが国の教育行政は、地方分権に基づく地域のニーズに応じた教育を地方自治体が自主的な判断の下に実施していくことを重視している。このため、教育委員会と、その教育方針を執行する教育長は、学校が地域のニーズに応じた教育サービスを提供することができるようリーダーシップを発揮すべきである。
教員には、本当の能力を備えた学生を社会に送り出す責任がある。従って、学生にどのような教育を行ない、どのような成果をあげたのか、広く社会に開示すべきである。このため、入試を重視した入口管理の教育を是正して出口管理を行なう必要がある。これによって、まず基礎的な学力をしっかりと身につけた上で、個性を伸ばすことができる。
小・中・高校、大学の各卒業段階における到達度評価の実施
小・中・高校、大学の各卒業段階で、学習した教科の基本的な内容の理解度を判断するために各学校が学習到達度試験を実施し、生徒の学力評価を行なうとともに、これを学校・教員の教育成果の評価としても活用すべきである。その際、学習到達度試験における問題策定基準が全国レベルで策定されることが望ましい。
到達度試験結果を重視した入学、採用の実施
学校は、授業内容と乖離した入試の結果で生徒を評価することを改め、学習到達度試験の結果も踏まえて、実質的な学力を備えた学生を入学させるべきである。特に、大学入試については、経済学部の数学抜きの試験、理工系学部の物理抜きの試験、医学系学部の生物抜きの試験など少数科目入試の弊害も深刻になりつつあるので、到達度試験結果の活用とともに科目数の見直しも併せて実施すれば、事態は改善されよう。
また、企業も、学生の学力を大学名で判断するのではなく、卒業までの実際の学習成果を重視した採用を行なうべきである。
若者人口の大幅な減少や国立大学の独立行政法人化の動きなどを背景に、大学も生き残りをかけて、従来の学問の枠にとらわれない新しい学部の創設、他大学との単位互換等を進めている。また、社会人のための科目等履修生制度、昼夜開講制大学院、社会人特別選抜等が広く実施されるようになった。社員が自己研修の一環として、こうした機会を一層活用することが期待されている。
一方、大学生、大学院生の学力低下についての指摘も聞かれ、グローバル化時代の人材育成に支障をきたすことが懸念される。そこで、大学、大学院における教育の充実を図って学力向上に努める必要がある。また、到達度試験結果によって卒業できる学力に満たない学生については、卒業資格を与えないなど出口管理を徹底する必要がある。
学生の学力向上に向けた取り組み
大学生の学力低下の要因のひとつに、科目が細分化されているために、基本事項についての学生の理解が不十分であることが指摘されている。学生の基礎的・実質的な学力をつけるために、科目を大括り化することを含めた検討が必要である。
また、大学院生についても学力を問わず意欲だけで進学を認めるケースが出てきているとの指摘もあり、実力主義の徹底が必要である。
大学教員の評価
大学教員には、研究者と教育者という2つの側面がある。研究者としての資質の評価とともに、教育者としての資質が高い教員については、これを積極的に評価し、インセンティブを与えるべきである。また、学生による教員の授業評価を積極的に取り入れていく必要がある。
講義の内容や講義計画(シラバス)の公開
講義内容や講義計画(シラバス)をインターネット等で公開して他の講義と比較することにより、内容の充実や講義方法の改善を図る。
外国人教員の積極的採用
優れた知識、教育能力を持つ教員を、国内に止まらず世界に広く求め、積極的に採用していくことで、国際的にも高いレベルの教育を実施する。
産業界など学外の人材との交流の推進
産業界などから、優れた知識、技能、経験を有する社会人を講師として積極的に活用することにより、職業観の育成、知的財産権、企業法制、先端技術等についての専門教育、起業家教育等のビジネスに直結する実践的な教育等を実施することができる。
国立大学教員の兼業規制の一層の緩和
国立大学の教員の役員兼業に関しては、技術移転機関及び教員の研究成果を活用する企業の役員ならびに社外監査役について解禁の方針が決定された。これによって、大学から社会への技術移転が円滑に進んで新たな事業・雇用創出が行なわれるとともに、大学における起業家精神の醸成、教育研究活動の活性化が期待される。今後は、これら以外のケースについても兼業できるよう一層緩和すべきである。
教員養成カリキュラムの充実
教員養成課程においては、実際の教育指導方法、教員としての適性を把握するための教員養成カリキュラムを充実する必要がある。
産学共同研究開発プロジェクトの推進
産学共同の研究開発プロジェクトの推進により、大学が研究面・教育面での能力を最大限に発揮し、国際的にトップクラスの活動を行なうことが期待される。これは、産業競争力の確保にもつながる。
創造性と体験を重視する授業を通じて、自分で目標・課題を設定し主体的に行動することのできる子どもを育てるべきである。また、学習に対する主体性や意欲を高めるために、的確な進路指導を行なうべきである。なお、新学習指導要領は、完全学校週5日制による「ゆとり」の下で、「特色ある教育」を展開し、自ら学び考える「生きる力」を育成することを目指している。これは、基本的には妥当な方向であるが、基礎学力習得の徹底と生徒の力量に応じたステップアップの仕組みが必要である。
学習指導要領の大綱化・弾力化、改訂頻度の短縮
学習指導要領は、本来最低限必要な基礎的、基本的な学力を定着させるためのものであるが、教育現場では硬直的に受け止められやすい。また、例えば、数学では学習指導要領の改訂ごとに授業時間が減る一方、カリキュラムが細分化され、学力低下を招いている、との指摘もある。従って、学習指導要領を大綱化・弾力化することにより、子どもの個性や能力、教科の特性、地域の事情等に応じて柔軟な教育が行なえるようにする必要がある。また、10年に1回の改訂頻度を短縮し、社会の変化に対応したカリキュラムを機動的に実施できるようにすべきである。
教科書、補助教材の多様化
使用する教科書や補助教材の作成にあたっては、実際の経済・社会の変化もできるだけ盛込むようにすべきである。また、教科書等の選択にあたっては、学校・教員の創意工夫が活かされ、保護者や地域の意見も十分反映されるようにすべきである。さらに、情報技術の活用や外部との交流を通じて、補助教材の充実に努める必要がある。
校長のリーダーシップの発揮
学校の個性化を図るためには、校長のリーダーシップの発揮が不可欠である。このような見地から、例えば、教員採用において、校長の意見を重視すべきである。また、校長や教頭には、マネージメント能力の高い企業人をはじめ社会人や地域の人材等も積極的に登用し、学校の運営能力の向上を図る必要がある。
公立の中高一貫教育の推進
公立学校の中高一貫教育については、受験競争を激化させないよう配慮し、本来のゆとり教育が十分行なえるようにすべきである。
生徒の多様性を踏まえた教育の推進
生徒の多様性を踏まえたきめ細かい教育を行なうために、各教科の特性に応じて学級編成を柔軟化し、小人数指導(1クラス20〜30人)、複数担任制、習熟度別クラス等の導入を検討すべきである。
学校・教員の授業内容や教育実績等の積極的な公開
授業内容や教育実績等を積極的に公開することにより、保護者の教育への参加を促進するとともに、教員に対する評価を通じて教育内容の改善および教員の質の向上を図るべきである。
効果的な教育方法の開発、教育効果の検証
わが国では、先進諸外国に比べ教育方法等に関する研究が立ち後れている。効果的な教育方法を開発する研究分野を充実するとともに、教育効果について検証を行なうことにより、教育の質の向上を図るべきである。
学校に過度な教育責任がかかっている現状を改善し、学校、家庭、地域社会の三者がそれぞれの役割分担の下、密接に協力、連携して教育に対する責任を果たすべきである。
学校は、基礎的・専門的知識を体系的に教えるとともに、集団生活を通じて協調性、規律の正しさなどを培い、豊かな人間性とたくましい体を備えた子どもを育てる場である。
また、一人一人の子どもの多様性を尊重し、それぞれの能力を最大に発揮できるような創意工夫を凝らした教育を行なう必要がある。
家庭は、親が責任を持って子どもの基本的な躾を行ない、家族との触れ合いを通じて生活習慣や倫理観等生きるための基礎的な資質・能力を培う場である。
現状では、父親の家庭教育への参加が不十分であり、これに積極的に参加する必要がある。その際、父親はPTA活動やボランティア活動等にも積極的に参加し、教育に対する関心を高めるべきである。企業としても、社員が健全な家庭に支えられて活き活きと働くことができるよう、残業時間の短縮等により、父親の家庭教育参加に協力していくべきである。
さらに、今後少子化等を背景にした女性の社会進出によって、家庭のなかで社会における体験を活かした教育が行われることが期待できる。そのため、企業は仕事と育児の両立ができる柔軟な勤務体系を取り入れるべきである。
子どもは、地域のさまざまな社会体験・自然体験を通じて、自己責任の観念・社会貢献の精神を培うことができる。例えば、自然に接して、共同生活を行なうことで、協調性、忍耐力、生活方法等を学ぶとともに、チャレンジ精神、知的好奇心、体力等を向上させることができる。また、自然のなかで、寝食と苦楽を共にしてこそ、人生における真の友人も得ることができる。
こうした場に数多くの子どもが参加できるよう、学校や家庭の協力の下に、地域住民等によるボランティア活動が盛り上がることが期待される。
帰国子女や外国人留学生は、グローバル化の進展のなかで、わが国と海外とのネットワーク強化に貢献する貴重な人材である。
帰国子女については、海外での経験が活かされるよう国内の学校における教育、入試に配慮する必要がある。まず国内の学校への編入後、画一的な教育を行なうのではなく、語学力等の帰国子女の強みをさらに伸ばすとともに、日本語等の弱い面を強化する教育を行なうべきである。また、各学校は帰国子女のための入試を積極的に実施するとともに、特に親の都合によらない自主的な留学の場合も、すべて入試対象とすべきである。さらに、海外日本人学校については、より一層現地との交流に努め、子ども達の国際性・語学力等を伸ばすべきである。
なお、国内のインターナショナルスクールは、実際の教育内容等を審査の上、各種学校ではなく、正規の学校にする道を拓くべきである。
外国人留学生は、日本と外国との相互交流を深める重要な担い手であり、彼らとの直接交流は日本人の国際性の向上にもつながることから、留学生の増加を図るべきである。その際、日本に対して興味・関心を持って来日した留学生が、日本嫌いになって帰国することのないようにすべきである。
そのためには、まず、大学等における授業や教員の指導が彼らにとって魅力のあるものとすべきである。また、奨学金等の拡充に努めるとともに、住宅等も含めて暮らしやすい生活環境を作るべきである。
留学期間の終了後、日本で働くことを希望する留学生については、各自の希望に沿って日本国内で働ける機会を増やすべきである。また、母国に帰る留学生については、日本に対する良き理解者として、日本文化の発信、日本と母国との関係強化等に寄与することが期待できる。
海外の人材育成協力については、さまざまな機関が実施しているが、効率的かつ効果的に資金面や技術面での支援を進めていく必要がある。
情報技術の活用は、産業競争力強化の鍵であり、今後、インターネット関連産業の飛躍的発展、情報化を通じた既存産業の再活性化が予想される。
また、21世紀の社会では、人々の生活にインターネットが深く浸透し、情報ネットワークを活用する能力としての「情報リテラシー」が、生活上の基礎的な能力となると考えられる。
さらに、教育への情報技術の導入は、創造性、国際性を高める教育等、わが国の教育自体を根本的に改革する可能性を秘めている。
こうしたなかで、すべての生徒が初等中等教育の段階から、読み書き算盤と同等のものとして「情報リテラシー」を身につけることが求められる。
創造性、国際性の涵養
情報技術の効果的活用により、新しい学習が可能となる。例えば、ネット上の多様な情報を取捨選択し、人との協同作業を通じてオリジナルな考え、新しいものごとを生み出していくという、創造性育成に資する授業を行なうことができる。インターネットは国際社会そのものであることから、これを通じ生徒の国際性を高めることも容易となる。
また、情報技術により生徒の学習の進展度合いに応じた個別的学習が実現すれば、基礎学力の底上げ、即ち、現在懸念されているいわゆる「学力低下」の回避につながる。これを授業の効率化につなげれば、生徒が自ら考える時間や教師の余裕を増やすこともできる。
さらに、電子メールの積極的活用により、グローバル化時代に不可欠なコミュニケーション能力も鍛えられることになる。
「学習支援者」としての教員へ
教員の役割は、これまでの生徒に知識を教え込むだけの存在から、ともに学ぶ「学習支援者」「共同研究者」となる。これによって、生徒の自発性が増大する。
「行きたくなる学校」へ
学校は、最先端の情報技術を備えた地域の情報化の「核」になるべきであり、これによって、学校でしか触れることのできない情報を求めて生徒が「行きたくなる学校」になることができる。
学校のインターネット環境の早急な整備
ハード面では、すべての生徒・教員が、あらゆる授業あるいは休み時間、放課後等を通じ、常時インターネットを利用できる環境を早急に実現すべきである。企業や中央省庁における本格的な情報化は、パソコンの一人一台体制が整ってようやく「スタート台」についたことを考えれば、学校の情報化も一定水準までは急速に立ちあげる必要がある(例えば1〜2年内)。小渕総理のイニシアティブに基づくバーチャル・エージェンシー「教育の情報化プロジェクト」や数次にわたる経済対策等を通じて、政府の取り組みも進展しつつあるものの、これをより一層スピードアップさせなければならない。
教育用コンテンツの充実、教育法の革新
ソフト面では、わが国の教育にふさわしいコンテンツの充実、教育に役立つソフトの開発、さらには、教科書の見直しを含めインターネット時代にふさわしい教育法の開発が必要である。
教員の能力向上と民間の人的協力
子どもの情報ネットワーク対応能力は概して高く、必要なハード・ソフトが整備されれば自ら学習していく面も大きい。むしろ、情報教育に係る教員の能力向上が急がれる。教員は、従来型の教育のように必ずしもすべてを把握し教える必要はなく、「学習支援者」「共同研究者」となることを心がけるべきである。パソコンを使って授業を行なえる教員が少ないと言われるが、民間でもパソコンの全面的導入以前は類似の状況であった。教員に授業を良くしたいという熱意さえあれば問題は解決できる。産業界も自らの情報技術導入の経験を踏まえ、教育界に協力したい。
情報公開による各学校間の競争
公立学校設置者である各地方自治体には、教育の情報化は地域の子どもの未来への投資であるとの認識にたった、積極的な取り組みを期待する。特に、首長の強力なリーダーシップが重要である。また、そのため以下のような環境整備を推進すべきである。
グローバル化の進展、インターネットの普及等に伴い、国際会議やビジネス等の場において、英語は国際共通語となった。とりわけ、英会話力をはじめとするコミュニケーション能力が求められている。経団連が1999年11月に会員企業を対象に行なったアンケート調査でも、産業競争力の観点から、「英語力の不足」を懸念する回答が最も多く、企業は社員の英語教育にかなりの時間と費用の負担を強いられているという指摘が数多く出された。
しかしながら、わが国の英語教育は、読み書き中心であることから、聞く、話すといった英会話力がなかなか向上しない。実用的な英語力の強化のためには、できるだけ幼少の時期から英語教育を開始し、耳から英語に慣れていくことが重要である。また、英語を母国語とする外国人教員の積極的採用、招聘などが不可欠である。コミュニケーション能力の問題は、英語に止まらない。国語である日本語についても、自分の考え方を相手にわかりやすく的確に伝える表現力等を涵養する必要がある。このため、以下のような具体的方策が必要である。
技能としての英語力の重要性
英語力は、グローバル化の進展のなかで、いまや読み書き算盤に匹敵するひとつの技能である。まず、技能としての英語力が必要であるという認識を持つことが重要である。即ち、難解な英語の文章を解読する能力を身につける前に、日常で使用する基本的な英語表現を反復練習等によって身につけ、実用的な英語力を習得することに力点を置くべきである。
このため、小・中・高校においては、英会話を重視した英語教育に一層の力を入れるべきである。その際、小人数指導、習熟度別学級、情報機器のハード、ソフト等を利用した教材、インターネットによる海外の学校との交流などを利用して、学習効果をあげるよう創意工夫をすべきである。できるだけ幼少の時期から英語を聞き、発声することが英会話力を身につけるために有効であることから、小学校においては、2002年度から始まる新学習指導要領によって設置される「総合的な学習の時間」を活用して、英語に触れる機会をできるだけ創るべきである。
総合的な語学学習の必要性
小・中・高校においては、英語の技能の習得とともに、英語を利用した総合的学習を行ない、総合力を育成することが重要である。小・中・高校のすべての教育段階に設置される「総合的な学習の時間」を活用して、生徒が生きた英語に直接触れる機会をできるだけ多く創るとともに、英語によるディベート、英語劇、外国人との交流など、授業に対して創意工夫を凝らす必要がある。その際、日本人教員と外国人教員によるティーム・ティーチング、帰国子女との英会話等も効果的である。
英語教育を強化するためには、英語教員の拡充・強化が必要である。このため、中学、高校、大学において、英会話力を含む高い英語力を持ち、英語教授方法にも優れた日本人、ならびに英語を母国語とする外国人の教員を積極的に採用していくことが重要である。また、できるだけ幼少の時期から英語教育を開始することが効果も高いことから、少なくとも小学校段階からの英語教育の開始、このための教員・指導員の養成・確保にも努めるべきである。
優れた日本人教員の採用、研修強化
外国人教員の積極的採用、確保
大学入試センター試験における英語のリスニングテストの実施
大学入試センター試験において、英語のリスニングテストをできるだけ早く実施すべきである。リスニングテストの実施は、中学、高校において会話重視の英語教育を行なう大きなインセンティブになると考えられる。また、各大学が個別に実施する入学試験においても、英語のコミュニケーション能力を重視することが重要である。
大学、大学院生の英語力の強化
大学、大学院の専門科目等においても、英語テキストの使用、英語による講義などを積極的に行なうことによって、学生の英語力の向上を図るべきである。教材についても、現代的、時事的なテーマを活用する等の創意工夫が必要である。
英語教員養成コースの充実
英語教員養成のためには、外国人教員から生の英語を聴くことができる教科を多く設けるとともに、中学、高校と大学、大学院との連携を密接にして、教育実習期間の延長を図り、英語の実践的な教授方法を磨くべきである。教育実習期間は、中学について、現行の2週間程度が4週間に延長されることになっているが、高校についても同様の措置を講ずるべきである。
海外留学・研修制度の導入
1年間程度の海外留学、数週間程度の海外研修等の制度の導入、充実・強化を図り、英語力、コミュニケーション能力、異文化理解力の向上・強化を図る必要がある。
企業にとっても、英語力は、特殊な能力としてではなく、すべての社員がある程度の水準まで保持しなければならないものとして考えていくことが重要である。このため、企業の採用において、英語力の重視の姿勢を打ち出す必要がある。その際、採用基準として、TOEFL、TOEIC等を活用することも考えられる。また、従業員の昇進にあたっても、英語力を考慮すべきである。
コミュニケーション能力は、英語だけでなく、日本語についても、実社会において活躍するために、あらゆる場面において求められる重要な資質である。学校教育の各段階において生徒にディベートや発表等、表現力のトレーニングを積極的に行ない、「聞く、書く、話す」といった総合的なコミュニケーション能力の強化を図る必要がある。
創造性の発揮のためには、優れた感性を磨くことに加え、基礎的な学科(算数・国語・社会等)の習得も不可欠である。また、情報化時代においては、知識の入手は容易になり、むしろその知識をいかに組み合わせるかという論理的な思考の重要性が一段と高まる。特に算数・数学については、論理的な思考を訓練するためにも重要であり、この面での基礎学力の強化が必要である。
2002年度から実施される新学習指導要領では、生きる力の育成に向けて、自ら主体的に学ぶ「総合的な学習の時間」(小学校週3時間程度、中学校週2〜4時間程度、高校は卒業までに3〜6単位)が新設される。「総合的な学習の時間」では、学校の創意工夫を活かした特色ある教育活動を通じて、国際理解・情報・環境など従来の教科をまたがる課題を学習する。生徒は、具体的な課題や生活、興味、体験に即して、調査や討論等の探求的な活動を発展させるとともに、「今」を学ぶこともできる。しかし、学校・教員の対応いかんでは「総合的な学習の時間」が単なる「遊び」の時間になってしまう危険性も否定できない。創造性の向上に資するよう「総合的な学習の時間」の活用策を考えるべきである。
なお、「総合的な学習の時間」をはじめ、個々の授業を実践する場面で創造性教育に取り組む教員に対しては、個人の研究を支援する仕組みが必要である。例えば、5年に1度の割合で、個人研究の時間と資金を付与することなどを検討すべきである。
授業内容や教員の教育実績を、生徒・学生、保護者、地域住民等に学校年次報告やインターネット等で情報公開することにより、生徒・学生の学習理解を支援するだけでなく、教員が自己の教授能力を学校外部の人材に評価されることにより、教員の間で競争原理が働き、教授能力の質的向上および指導方法の改善を図ることができる。さらには、保護者の教育参加を可能にする。また、優れた教授能力を持つ教員には、報酬面での改善を図る等、能力に応じた処遇が必要である。
産業界をはじめ社会は、大学など教育界に対し、教育面では優れた人材の供給主体として、また研究面では国際的にトップクラスの科学技術水準を実現するとともに、研究成果等の情報を積極的に海外へ発信し、産業活動を支える技術革新の起点としての役割を期待している。
大学研究者の一層の流動化促進
大学における教育研究を活性化するためには、研究者の国内外における流動化を促進することにより、研究者の資質向上、教育研究の充実に向けた多様な学問的交流を行なうべきである。現在、国立大学は、任期制に基づく教員を招聘することができるが、実際には身分保障の問題等により実績が上がっていない。今後、積極的に任期制を活用することを含めて、若手研究者、民間企業経験者および外国人教員等を積極的に活用・招聘し、大学研究者の国内外における流動化を促進すべきである。
大学教員の特許等の取得に対するインセンティブの付与
大学教員が活発な研究開発を行なうためには、大学教員の特許等の取得に対するインセンティブを付与することが重要である。具体的には、研究実績の評価を行なう際、論文だけではなく特許業績等を積極的に評価するとともに、国有特許に係る発明補償金の引き上げ、大学・大学教員等に対する特許料の軽減等を実施すべきである。
実践的教育の充実
科学技術の発展や技術革新は、研究者・技術者個人の能力によるところが大きい。大学は、経済社会の変化に迅速に対応し、国際的に活躍できる人材を育成するため、実社会とのつながりを重視し、開発者の先行者利益の獲得を確実にすることで技術革新にインセンティブを与える知的財産権をはじめ、起業家教育、情報化教育など実践的教育の充実を図るべきである。同時に、初等中等教育においても、国語・英語・理数等の基礎学力の向上や情報リテラシー等の早期習得が必要である。その際、理科に対して子どもの知的好奇心を高めるような創意工夫を凝らした理科授業(実験等)が不可欠であり、小学校段階から専任の理科教員を設置すべきである。
また、製造業の競争力を維持・強化するための体験を重視したものづくり教育や21世紀の経済を担う起業家教育等の実践的教育を行ない、次代を担う優秀な技術者の基盤強化を行なうべきである。
さらに、わが国のソフトウエア・情報技術の開発基盤を強化するため、初等中等教育レベルの段階から、二進法をはじめとするコンピューターの作動原理等について幅広く教えていく必要がある。
また、技術者については、狭い範囲の高度専門知識の習得だけでなく、関連する分野についても、広く知識を習得する必要がある。
大学院教育の強化
研究、エリート養成の核となり得る大学院大学の設置がここ数年で急増し、新設の大学院大学の多くは、少子化時代への対応として社会人の転職やキャリアアップにつながる社会人講座の充実を図っている。今後、一層の企業人の専門領域の強化および多様な専門性に対応するため、高度専門教育や社会人再教育の充実など、経済社会のニーズに対応した大学院教育の強化が重要である。
技術者教育カリキュラムの国際相互承認制度への支援
わが国の技術者が海外市場で活躍するために、国際的に通用する技術者資格が必要となっている。わが国においても、技術者資格要件の国際的同等性の確保・相互承認や技術者の社会的地位の向上等の観点から、教育、資格、継続教育の一貫した制度の確立が重要である。特に教育面においては、大学等における技術者教育カリキュラムの外部認定制度(アクレディテーション)の活動への支援が必要である。
現在進められている教育改革は、スピードは遅いが制度的には多様性を増しつつあり、意欲ある生徒が伸び伸びと学べる環境が次第に整うことが期待される。1989年の学習指導要領の改訂では、「ゆとり教育」の方針の下、授業内容を削減して、生徒の自主性を重視しながら学力向上を目指した。しかしながら、ある調査結果によれば、大学入試科目の減少等の弊害もあって、わが国の大学生の数学力は低く、分数計算など小学生レベルの算数もできない学生も出る等、最近の大学入学者には深刻な学力低下が生じているという指摘もある。また、子どもの頃から読書離れが進み、国語の読解力、作文能力が低下しており、国語力の向上も必要との指摘もある。
一方、企業の新入社員についてみると、現状では顕著な学力低下を感じているところは少ないが、将来は不透明である。
いずれにしろ、国語、算数・数学といった基礎学力の徹底が重要であり、学力低下を回避するため、(1)基本的な部分は繰り返し教え、十分理解させる。(2)これを早く習得した生徒には、補助教材等を増やし、学習意欲を高める教育を行なう必要がある。
経団連では、産業界の教育界への協力を重要な課題としてとらえ、学校、家庭、地域社会、海外での教育に対して、会員企業へ支援を呼びかけるとともに、経団連および経済広報センターにおいても、自ら関連事業を行なってきた。
現在、新しい学習指導要領の2002年度の本格的スタートに向けて、教育の情報化や「総合的な学習の時間」の授業方法について、各学校はそれぞれの実情に応じて検討を開始しており、これに地域社会や産業界など社会全体で協力していく必要がある。また、産業界にとっても、こうした機会を通じて、小学校、中学校段階から、次代を担う子ども達の職業観を育成するとともに、産業社会の現状を正しく理解してもらい、将来に対するメッセージを適切に伝えていくことは非常に重要と考える。
そこで、学校をはじめ、教育に対する協力の充実・強化を図るため、以下の協力事業を実施する。経団連のホームページを通じて、教育界に参加を呼びかけていく。事業の具体的な内容については、別添1を参照されたい。
各企業が、大学を中心に行なっている講師派遣(経営者・管理職)を小・中・高校にも拡大し、産業界の生きた情報を広く学校教育に提供する。
教育関係者が、各企業のホームページに掲載されている情報を副教材として活用できるよう、ホームページを教育を意識したものに改善することが求められている。そこで、会員企業・団体のインターネット・ホームページに、子どもと教員に対する情報提供コーナー(キッズコーナー)の設置を働きかけるとともに、経団連自身もホームページにキッズコーナーを設置し、さらに教員の参加を得て内容の充実を図る。
教員の研修制度の一環として、企業で教員を受け入れ、実社会を体験する場を提供する。
優れた教育方法等を研究・実践している教員にインセンティブを与えるために、教員の研究に対して資金援助を行なっている企業の財団等を、経団連ホームページ等で紹介する。
高校生に対して、将来の進路について考える機会を提供するために、企業活動を体験するインターンシップに協力する。
大学側で必ずしも十分に対応しきれていない知的財産権、企業法制、先端技術等の分野に対する企業からの講師派遣を促進する。一方、講師派遣を通じて、企業は学生に対して企業の求める人材像を伝えることができる。
学生が的確な職業選択を行なえるよう、インターンシップを促進する。
企業の工場・研究所等の見学への協力や、企業の保有する施設(グラウンドや体育館など)の開放をさらに進める。
子どもに親の仕事を理解させ、社会性を養うために、親の職場を見学させる。
経団連でも、海外留学をする日本人高校生、大学・大学院生ならびに在日外国人留学生や外国の大学・大学院で学ぶ外国人学生に対する奨学事業を行なっており、今後とも維持・強化に取り組む。
経済広報センターを中心に、日本の社会・経済・企業等への理解を深めるために、諸外国から学生・教員等を招聘し、人的交流による相互理解を促進していく。
さまざまな機関によるアジアの人材育成協力プログラムの現状把握、評価を行ない、効果的・効率的な実施を図る。その際、民間参加の拡大方向でプログラムを見直す。
以上、産業競争力の強化を中心に、グローバル化時代の人材育成について提案してきたが、わが国の唯一の資源である人材の育成は、教育界のみならず企業にとっても最重要課題であり、企業自らの行動が何よりも重要である。その意味から、本提言において、企業自身の行動等において改革すべき事項や教育界に協力すべき事項も多数提案した。これをまとめると別添2(人材育成のための企業・経済界の10のアクション)の通りである。