カナダは、昨年9月、クレティエン首相を団長とする連邦・州政府代表やハイテク産業を中心とする約270社のカナダ企業代表から構成される「チーム・カナダ」を日本に派遣するなど、近年、日加経済関係の多様化・強化に向けたアプローチを一段と強化している。その背景には、以下のような要因が存在する。
日加貿易・投資関係の伸び悩み
日加貿易関係はこれ迄、日本がカナダから資源や農水産品を輸入し、カナダに製品を輸出するという相互補完的関係を基礎に順調に発展してきた(表1)。しかしながら、近年、石炭等の資源輸入の低迷や日本の景気後退等により、カナダの対日輸出は伸び悩んでいる(表2)。今後、日加経済関係をさらに拡大させるには、わが国としてもこれ迄に培った一次産品貿易を拡大させると共に、輸入品目を多様化することや双方向の投資交流を活発にすることが必要である。
カナダ側における貿易相手国の多角化、輸出品目多様化の必要性
他方、カナダ側からみると、NAFTA締結以降、カナダの対NAFTA、とりわけ対米貿易依存度は益々増大しつつあり(表2)、貿易相手国をアジアや欧州に多角化させることが課題となっている。また、カナダの輸出総額に占める製品輸出の割合に比して(表3)対日輸出に占めるその割合がかなり低いことから、カナダは、ハイテク等を中心とする高付加価値製品・サービスへの対日輸出拡大を指向している。
経済の高度情報化・サービス化への対応
インターネット普及による経済の高度情報化やサービス化の流れの中、わが国においても情報技術(IT)革命への対応が緊喫の課題となっている。こうした動きの中で、情報技術のソフトウェア面で強みを有し、ハイテク産業振興に力を入れているカナダとの潜在的な協力の可能性が高まっている。
地域統合、二国間貿易自由化の動き
他方、世界で地域統合の動きが加速する中、わが国としてもWTOによる貿易・投資の自由化を補完する手段として、二国間の貿易・投資自由化(自由貿易協定)に対する関心が高まっている。カナダとの間でも新たな貿易の枠組みを模索する動きが見られる。
以上のような背景から、日本カナダ経済委員会では、既存の日加経済協力関係を一層強化すると共に、ハイテク産業等を中心とする新しい分野にそれを拡大する方策を検討することとし、昨年11月に「日加経済関係の多様化に向けた検討会」(座長:財前宏三菱商事顧問)を設置した。
またカナダ側もBCNI(Business Council on National Issues)が中心となって同じテーマについて経済界で検討を進めることとし、それぞれの検討結果について第23回日本カナダ経済人会議(2000年5月15日開催)で意見交換を行うこととした。
昨年9月に行われた日加首脳会談においても、こうした両国民間経済団体による活動を歓迎する旨が発表されている。
「日加経済関係の多様化に向けた検討会」は、日加経済関係の多様化に関心を有する様々な業種の企業・団体代表で構成され、99年11月から2000年3月にかけて計6回の会合を開催し、
業種別ヒアリング(資源、食品、木材、製紙、住宅、自動車・同部品、情報通信、金融サービス)で指摘された、既存分野の日加経済関係を強化するための課題は以下の通り。
労働面
カナダにおける優秀な人材確保の難しさ、また他の市場と比べた際、労働コストが必ずしも割安ではない点が指摘された。またストライキ頻発による事業・供給の中断など労使紛争の問題を指摘する声もあった(他方、良好な労働関係を指摘する業界もあった)。
交通インフラ
広大な国土を有するカナダとの貿易を円滑に行うためには、鉄道、港湾等の交通インフラが重要である。カナダの交通インフラは整備されているものの、割高な港湾使用料、港湾労働者や鉄道のストライキによる供給ストップなどオペレーション面での課題が指摘された。
税 制(連邦、州レベル)
(1)高率(45%)な事業所得税、(2)借入金、資本金にかかる資本税、(3)駐在員のカナダ以外における資産の増加にかかる海外資産税制等の税制上の課題が指摘された。
取締役のカナダ人要件
カナダ事業法人法、州法に基づき、カナダ法人は、取締役の過半数がカナダ居住者(カナダ市民、移民法に基づく永住権所有者等)でなくてはならないという要件が投資上、障害との指摘があった。
金融面での規制
銀行部門における現地法人形態での課題(親銀行への貸出規制、流動性比率ガイドライン等)や支店化の際の課題(小口預金受入制限、所得税特別措置適用期限等)、損害保険部門での課題(州別免許制度、株式取得の制限、法定供託金、再保険に関する規制等)など、金融部門における諸規制が指摘された。
ビザ発給、更新の課題
移民担当官によって、ビジネス・ビザ発給、更新の基準が異なるなど不明瞭であるとの指摘があった。
業種別課題
業種別には、それぞれ別紙の通りの課題が指摘された【表4参照】。
対日貿易・投資上の課題としては、輸入住宅分野での林産品、建材の関税問題(高関税率、材質や用途別に細かい関税率の分類等)、基準認証問題等が指摘された。
他方、在日カナダ商工会議所(「日本市場の諸分野における通商問題」1999年)からは、業種別課題として、林産品の関税問題(スプルース・パイン・ファー材、エンジニアード・ウッド製品の関税撤廃)、食用油(非精製・精製キャノーラ油)の関税撤廃、豚肉輸入規制措置(セーフガード)制度の改訂、食品の安全性承認手続きの問題(遺伝子組み替えキャノーラ承認手続きの簡素化等)などが指摘されている。
ハイテク分野、高付加価値製品・サービスなどの新しい分野において、日加間で協力関係を拡大するための課題としては、以下が指摘された。
日本市場にはカナダのハイテク製品・サービス、高付加価値製品に対する関税障壁、政府規制等は殆ど存在しない。さらに、近年の規制緩和の進展や、金融ビッグ・バンなどに伴い、外資による対日投資機会は着実に増えている。またJETROを始め日本政府による各種の対日投資促進措置(低利融資、無料オフィス・スペース、各種データ・ベースの提供等)も整備されている。但し、外資の対日投資に関する若干の障壁は残っており、さらなる改善が望まれる。
在日カナダ商工会議所からは、日本市場における障壁として、人材確保の困難さ、高額の通信接続料金、外国法事務弁護士の活動に対する規制、日加間の年金受給権のポータビリティの問題(日加間の社会保障協定締結への要望)等が指摘されている。またカナダ政府から日本の規制改革委員会に対しては、木造枠組み住宅の防火規定の見直し、通信接続料金の値下げ、外国法事務弁護士の活動に対する規制等が指摘されている。
日本で成功しているカナダ企業に見られる共通事項
JETRO調査や、日加貿易協議会委託調査("Canadian Business Opportunnities in Japan: Current Realities and Future Prospects")の結果等によると、日本市場で成功しているカナダ企業には、高品質な製品・サービスを供給する以外にも、以下の共通点が見られる。
カナダ企業の提供できるハイテク製品・サービスについての情報提供
検討会では、カナダのハイテク企業には技術レベルも高く、優れた商品・サービスを提供できるところが多数あるが、そうした企業に関する詳細な情報が潜在的顧客となりうる日本企業の間に周知されていないという問題が指摘された。こうした状況を改善するためには、各業種別に潜在的顧客となり得る日本企業のリスト・アップ、日本企業側のニーズ調査、またそれらのニーズに対応できるカナダ企業とのマッチング・サービス等が必要である。
民間企業をより関与させる形での対日トレード・プロモーション活動
日本企業の間では一部に、日加経済関係の多様化・拡大に、カナダ政府は熱心だが、カナダ民間企業側の熱意はそれ程伝わってこない、という指摘があった。カナダ政府は、対日トレード・プロモーションを行うにあたり、カナダ民間企業の声を十分に把握し、民間企業をより関与させる形でプロモーション活動を展開することが望まれる。その意味で「チーム・カナダ」は、官民合同の取組みとして大いに評価されるものの、これを一過性のイベントで終わらせないためにも、カナダ民間企業への着実なフォローアップ活動が肝要である。
対日貿易・投資促進機関の設立
日本側では、現在、JETROが対日貿易・投資に関心を有するカナダ企業のデータ・ベースの作成や、カナダ企業の潜在的顧客との間の商談会・セミナーの開催等のサービスを提供し好評を得ている。現在のカナダ企業に関する情報不足等の課題を解決するために、カナダ政府もそうした機関を設立することを検討してはどうか。またそうした機関が設立された際には、日本側機関とデータ共有、情報交換などを密に行うことが望ましい。その際、アジア大洋州諸国や米国の各州政府事務所の対日貿易・投資促進活動なども参考となりうる。
また、カナダ企業との協力関係を拡大させる方策として日本側検討会では、【表5】のような各種業界団体による業種別交流会の定期的開催が有効と指摘された。今後ともそうした業界間交流をより積極的に行うことが重要である。
情報通信分野の日本人専門家のカナダへの派遣、カナダにおけるITセミナーの開催、ITミッションの派遣、カナダ企業のデータ・ベース作成等のJETRO活動は日加両国で高く評価されている。今後ともそうした活動をさらに充実することが望まれる。また、インターネット上に日加のハイテク企業によるサイバー・モールを立ち上げることも同分野における日加企業間の交流を促進するための一つのアイディアであり、そのために日本政府が何らかのサポートを行うことが期待される。
現在、世界で二国間・地域間の経済統合の動きが加速する中、日加間についても両国の経済関係を活性化する一つの手段として、一部から自由貿易協定が提案されている。そこで日本側検討会では、日加間で自由貿易協定を締結した場合のメリット、および問題点について検討した。
一般に、自由貿易協定を締結するメリットとしては次の点があげられる。
第一には、域内の貿易・投資の拡大である。カナダ政府は、NAFTA締結の結果、米加間の貿易量は年平均10%、加墨間の貿易量は年平均13%、米国・メキシコからカナダへの投資は5年間で43%、メキシコ・カナダから米国への投資は5年間で58%以上増加したと発表している。第二は、締結国の政策・制度の透明性、安定性の向上である。特に自由貿易協定が単に関税や通商規制等を含むのみでなく、基準・認証や税制、労使上に関する規制、環境基準等を含むものである場合には、締結国の政策・制度の透明性や安定性が高まる。第三は、自由貿易協定を結ぶことによって、締結国の産業界や両国民の間で双方に対する関心が高まり、それによってビジネス機会が拡大するという効果があげられる。
日加自由貿易協定のメリットとしては、第一に、アジアに属する日本とNAFTAを中心とする北米経済圏に属するカナダという二つの地理的に離れた地域をリンクする意義がある。メキシコとEUの間の自由貿易協定や、カナダとイスラエル間の自由貿易協定にもそうした効果があると言える。第二には、経済的格差が余り存在しない先進国間の協定である点である。日加両国は、双方が先進国として世界経済の自由化に共通の関心を有し、技術交流や投資交流を進めることが出来る。そのため日本が他の先進国との間で自由貿易協定の可能性を検討する際のモデルとなりうる。
他方、日加自由貿易協定の問題点としては、WTOとの整合性を確保する上で、日本のカナダからの輸入総額の約6割(1999年、日本側統計)を占める農林水産品の取扱いが指摘される。しかしながら、これ迄に締結されている自由貿易協定においても、特定農産品の除外やセンシティブ品目についての自由化までの移行期間の設定等が行われていることから、わが国としても、他の自由貿易協定の事例を参考にしつつ、そうした品目については、協定から除外する、または自由化までの経過期間を他より長めに設定しておいてWTO農業自由化交渉の結果を待つことも考えられる。
以上のように、日本の経済界として日加自由貿易協定について幅広い角度から検討を行った。その結果、実現までには一部に解決すべき問題があるものの、自由貿易協定が日加経済関係の活性化に寄与することが確認された。今後は、経済界のみでなく、政府、有識者を交えてさらに検討を深めていくべきである。
今回の検討会における議論を通じて、日加経済関係を一層強化するための課題、ハイテク等の新たな分野へ協力関係を拡大するための方策、さらには日加間の貿易・投資を促進するための新たな枠組みについて、様々な意見が提起された。
5月の日加経済人会議では、本報告書で提起した課題を実現するための建設的な意見交換がなされることを期待する。