政府は、ミレニアム・プロジェクトにおいて、21世紀初頭に「世界でも最高水準の電子政府の実現を図る」と宣言し、2003年度までに行政手続をインターネット経由で行える電子政府の「基盤」を構築するとの目標を掲げている。
電子政府とは、国・地方を問わず、行政のあらゆる分野でITを活用することであり、国民サービスの質的向上と行政運営の効率化・スリム化を目指したものである。例えば、電子政府は、官民の接点と行政内部のIT化を通じて、行政業務を簡素化・効率化し、「個人」、「企業」の行政コスト負担を軽減し得る。また、行政情報の入手や行政手続に関する時間・空間の制約を取り払い、「個人」の利便性や生活の質を向上させ、「企業」に生産性向上や新事業創出の機会を提供する。さらに電子政府は、インターネットを経由した情報交流などを通じて、政府に対する国民の信頼を高めることができる。
このように電子政府の実現は、「社会」全体のIT化を推進し、全ての「個人」、「企業」がIT革命がもたらすデジタル・オポチュニティを積極的に活用することを可能にする。グローバルな規模で経済社会の構造が変化する中、電子政府は21世紀の日本に豊さと活力をもたらす重要な取り組みである。海外諸国では、政治のリーダーシップのもと、電子政府の構築を強力に推進し成果もあげている。
わが国においても、制度・政策は産業界の国際競争力に大きな影響を及ぼしており、政府も国際的な制度間競争にさらされているという意識を持って、電子化された「世界最高水準」の政府を目指す必要がある。ドッグイヤーとも呼ばれるほど激しいIT分野の変化を考えれば、わが国は電子政府化の取り組みを早急に強化・加速しなければならない。経団連ではこのような観点から、政府に対し以下の提言を行う。
「世界最高水準の電子政府」を実現するために不可欠なことは、情報処理の自動化、効率化を促進するともに、組織などの「壁」を超えて迅速な情報の共有・活用を可能にするというITの特性を行政に注入することである。
IT時代以前に確立した政府の業務は基本的に、書類ベース、対面ベースにて構築されている。書類の物理的移動速度、人の移動速度等が業務のスピードを決定するとともに、業務の仕組みもそれを前提に組み立てられている。これに対してIT時代においては、ネットワークを通じた情報の瞬時共有と活用が業務のベースとなり、その構築方法は従来とは根本的に異なる。また、既存業務をそのままオンライン化すれば、類似の業務を別々にオンライン化することとなり、業務を迅速化、簡略化するITの効果が相殺されてしまう。この結果、電子政府の実現に向けた開発リソースの増大や開発期間の長期化によって、電子政府実現のコストアップを招いてしまう。
したがって、ITの実効を引き出すためには、部分最適は全体最適をもたらさないことを認識し、全体的業務プロセスの見直しおよび類似業務の統廃合を実施することが不可欠である。
特に、組織毎に情報を管理し利用する従来の縦割り行政を改め、省庁横断的、国・地方一体的に情報の共有と活用が図られ、国民から見て「一つ」の電子政府を構築する必要がある。
IT投資、ならびに旧来の制度・慣行や組織の見直しを併せて実施することによって、電子政府は、シームレスな行政サービスを効率的に提供し、その「配当」を高めることができる。例えば、国民生活に係る全ての行政手続がワンストップで可能となれば、個人の手間が省け、利便性は飛躍的に向上する。また、全ての行政主体が情報を共有・活用することによって、業務の大幅な効率化と高度化が可能となる。
既に海外においては、ITを軸にした行政改革が行われ、具体的な成果をあげている。例えば米国では、低価格品の政府調達に省庁横断的に電子商取引を活用した結果、94年度から99年度の6年間に、関連間接経費を13%、127億ドル削減することに成功した。また、シンガポールでも、全国民にICカードが配付され、「ゆりかごから墓場まで」、多くの行政手続がインターネットを介してワンストップで行えるようになっている。
「世界最高水準」の電子政府の実現は、旧来の制度・慣行よりも、IT時代に対応した業務の確立ならびに省庁や国・地方等の壁を超えた「一つ」の電子政府になることを優先できるか否かにかかっている。
IT投資を成果あるものにするためには、具体的で明確な目標設定と進捗状況の継続的な分析を通じて、投資効率を高める視点が必要である。
ミレニアム・プロジェクトにおける電子政府実現に向けた取り組みは、2003年度までに電子政府の「基盤」を構築するという複数年度の視点の下、省庁横断的に取り組み、民間の知恵の活用を図るという点で画期的である。
今後大事なのは、実際の行政サービスがいつ、どの程度、電子的に利用可能となるのか、添付書類等のオンライン提出が可能となるのか等を明確にし、国民にわかりやすく示すことである。また、全体の所要費用を明確化するとともに、業務改革とIT投資をセットで取り組むことにより、「行政情報へのアクセス改善」、「行政手続に係る国民の負担軽減、利便性の向上」、行政業務の「簡素化・効率化」、「行政運営の高度化」といった電子政府の「配当」を具体化し拡大していくことである。
因みに、電子政府先進国とも呼ぶべき国々の場合には、極めて明確な目標を設定している。例えば米国では、2003年までに紙による文書作成業務を全廃する、2004年までに連邦政府調達の95%をEDI化することを法律で義務づけている。英国の場合には、「Invest to Save budget」を電子政府の重要な「配当」として掲げ、2001年3月までに低価格品の購入の90%をオンライン化するなどの数値目標を設定している。また、当初は2008年までに電子的に提供可能な行政サービスを100%オンライン化することを目標としていたが、進捗状況を分析し、達成年度を2005年に前倒しするなどの機動的な対応を行っている。
わが国においても、各省庁が明確な目標を持ちつつ、全政府的にITの活用に取り組む必要がある。
世界最高水準の電子政府を実現するためには、組織の「壁」を超えるITの特性を活かして、省庁横断的かつ国・地方一体的な取り組みにより「一つ」の電子政府を目指す必要がある。このためには、縦割りで情報を管理し使う現在の業務の進め方を見直すとともに、複数の行政手続を一つに束ねる取り組みを強化すべきである。例えば、ワンストップ・サービス化の取り組みについては、具体的対象分野や推進方策を明確化し、強力に推進することが求められる。
「一つ」の電子政府を実現するためには、国・地方間で情報を共有・活用していかなければならない。中央省庁の場合は、1人1台パソコンの整備がほぼ実現し、LAN、WANも稼動し始めている。しかし、地方、特に市町村の場合には、パソコンは3.4人に1台、LANは53%しか整備されていない(1999年4月現在)。このように、電子政府の基礎的な部分で大きな乖離が存在する限り、国・地方が「一つ」になった電子政府は到底望めない。
地方公共団体は、生活に密着したデジタル・オポチュニティを国民に提供できる立場にある。米国においては、州政府は積極的に電子政府化に取り組んでいる。マサチューセッツ州の場合には、自動車登録をオンライン化することにより、その所要時間を1時間程度から僅か数分に短縮するなどの成果を挙げている。
日本においても、このような具体的な「配当」の提供に向けて、地方公共団体はIT化を推進する必要がある。
IT担当大臣の設置、IT戦略会議の始動など、電子政府化に向けた環境は整いつつある。また、本年8月末までには、2003年度に向けた行政手続のオンライン化に関する各省庁のアクション・プラン策定が予定されている。これらを契機に、総理ならびにIT担当大臣のリーダーシップによって、以下の政策課題に果敢に取り組めば、21世紀初頭に「世界最高水準」の電子政府を実現することは決して不可能ではないと考える。
まず行うべきは、ミレニアム・プロジェクトの対象期間である2003年度までの取り組みを明確化することである。各省庁のアクション・プランの取りまとめを受け、21世紀初頭に「世界最高水準」の電子政府を実現するに相応しい具体的なターゲットを数値目標などの形で設定すべきである。また、「一つ」の電子政府実現に向けた業務改革を、具体的なプロジェクトの選定などを通じて強力に推進するとともに、2001年度から2003年度までの3年間に必要となる費用総額を明らかにし、投資対効果を向上させる取り組みを行う必要がある。
2003年度行政手続完全オンライン化100%実現
行政機関に提出する申請・届出手続9089種類のうち、オンライン化されているものは、わずか110種類に過ぎない(1999年11月現在)。また、この110種類のうち、押印の必要性や添付書類等のため、必ずしもオンラインで手続が完結するわけではない。
21世紀初頭に「世界最高水準」の電子政府を実現するためには、2003年度までに添付書類等のオンライン提出やインターネット・バンキング等による行政手数料の納付を含め、行政手続の100%完全オンライン化を実現することとし、2002年度までには大半の行政手続のオンライン化を達成すべきである。各省庁が8月までに発表する申請・届出のオンライン化においては、こうした考え方を明確に打ち出すことが期待される。
行政手続きの完全オンライン化のためには、書面の提出・交付等を義務付けている規制を見直す必要があり、行政手続法改正など、省庁横断的な措置を急ぐべきである。また、電子的手続が個々の事務毎に認められている分野(財政・予算・会計関連法令等)についても、これを一般則として認めるよう、制度改正を行うことが望ましい。
各種手続のオンライン化による「配当」の明記
各種手続がオンライン化されることにより、所要時間の短縮が期待される。事実、米国では、かつては50日程度もかかっていた低価格品の連邦政府調達業務が、オンライン化により10日以下に短縮されている。この結果、調達先企業の生産性の向上にも貢献している。電子政府化の「配当」を明確化する観点から、オンライン化される個々の手続について、その所要時間短縮幅の目標を設定すべきである。また、英国においては、所得税をオンラインで申告すれば、納税額が減免されるサービスが始まっている。わが国においても、電子政府の「配当」を高め、日本社会全体のIT化を促進する観点から、電子申告、電子納税等の普及に向けたインセンティブを導入すべきである。
歳入・歳出事務の電子化は、大きな「配当」が見込まれるものであり、早急に実現すべきである。経団連の試算によれば、年間約2億6500万件の歳入・歳出事務処理のうち、歳入金については約90%近くが、歳出金については約30%近くが紙ベースで処理が行なわれている。これらが電子化されれば、手作業でのデータ入力や書類運搬のコストの削減に加えて、窓口納付から口座振替への切り替えに伴う国民負担の軽減などが図られ、政府、国民、金融機関全体で1000億円以上のコスト削減効果が期待できる。また、インターネット・バンキングや長時間稼動のATMサービスを利用して、税や年金保険料等を納付できるようになれば、納税等に関する時間・空間的制約は取り払われ、国民の利便性が向上する。歳入・歳出関係では、日銀・官庁・金融機関の連携によるシームレスな電子化構想が示されているが、政府側でもペーパーレス化、省力化といった「配当」を意識して、真摯に取り組まねばならない。
インターネットに掲載する政府関連情報の拡大・掲載迅速化と国民との情報交流の強化
行政情報の公開は、国民から信頼される公正で民主的な行政の確立にとって不可欠である。また、教育の情報化に伴って、電子的な行政情報が重要な学習用コンテンツとして強く期待されている。
日本においても、インターネット上に政府関連情報は掲載されているが、必ずしもタイムリーな情報発信が行われているわけではない。また、米国程、詳細な情報が提供されていない。早急に米国並の情報掲載を実現するとともに、行政活動や政策決定に係る情報公開と国民との情報交流を強化すべきである。
さらに、行政情報公開法の開示請求手続をインターネット経由でも可能するとともに、検索機能付きの電子官報の発行、インターネット上での法律から通達、判例までの検索サービスの提供を実現すべきである。
「一つ」の電子政府への業務改革の強化
省庁横断的、国・地方一体的な情報の共有・活用に向けて、制度改正も含めた業務改革を強化せねばならない。「一つひとつ」のIT化と決別するために、特に実現が急がれる点は、以下のとおりである。
サービス利用手段の多様化
全ての「個人」、「企業」が電子政府の恩恵を得、「社会」全体のIT化を推進するためには、行政サービスを多様な手段で利用可能とすることが求められる。このため、パソコンに限らず、デジタル・テレビ、公共KIOSK、携帯電話、ゲーム機等などを介して、行政サービスを利用できるものとすべきである。また、テレホン・コールセンターなど、国民が簡易に行政のオンライン・サービスを活用できる仕組みを整える必要がある。
セキュリティの強化
ハッカー、クラッカーやコンピュータウィルス等の脅威から行政の情報システムを守るために、省庁横断的な連携によって、セキュリティ技術の開発と実装を推進する必要がある。また、民間の専門家を活用して情報システムやセキュリティ体制のチェックを適切に行い、その結果を迅速にセキュリティ対策強化につなげていくべきである。緊急事態が発生した場合には、民間の協力を得ながら、迅速かつ省庁横断的な対応を可能とする仕組みづくりが不可欠である。
電子政府化の総所要経費、実現に向けた具体的ロードマップの明示
5ヵ年の科学技術基本計画では、全体の予算額が閣議決定されることなどに習い、1. 〜 6. までの取り組みを明確化した上で、2001年度から2003年度まで要する費用総額、ならびに年度別の所要額を、開発費、運用費に分けて明示すべきである。また、2003年度までの達成目標に向けた具体的なロードマップを示すことも求められる。これらによって、投資対効果の検証が可能となり、電子政府化加速の課題等をより明確化することができる。
なお、このロードマップには、来年1月の省庁再編後の既存プロジェクトの扱い方針、通産省と郵政省で並行して行われている汎用電子申請システムの規格決定時期、ネットワークを通じた取引責任の明確化、セキュリティの強化、手続パターンの統一化・標準化などの取り組みを盛り込む必要がある。
2003年度までの全体像ならびに投資対効果を明確化し、実現に結び付けていくためには、強力な推進・評価体制の整備が必要である。
政治のリーダーシップの強化
今後、「世界最高水準」の電子政府を実現するためには、省庁横断的、国・地方一体的に情報の共有と活用を図る必要がある。海外諸国においては、米国ではゴア副大統領、英国ではブレア首相ならびにマッカートニー電子政府大臣、そしてシンガポールではゴー・チョクトン首相のリーダーシップが電子政府化を進める原動力となっている。
日本においても、政治のリーダーシップの下に省庁横断的、国・地方一体的な電子政府化を加速する必要がある。総理、IT担当大臣、行革担当大臣が連携して司令塔の役割を果たし、IT投資の成功に不可欠な業務改革と効果的なIT投資を推進していく必要がある。特に、国・地方が一体となった電子政府を実現する観点から、地方公共団体との連携を強化すべきである。その際、激しい競争の中で培われた民間の知恵や経験を活かすべきであり、民間人の参加する専任のスタッフ部門を整備する必要がある。
評価体制の強化
電子政府化の進捗状況について、これを的確に評価し公表することは、電子政府に対する国民の支持を高める上で不可欠である。特に、省庁横断的、国・地方一体的な電子政府の実現に向けた課題や問題の所在ならびに今後の対処方針を国民の目に見える形で明らかにしていく必要がある。
電子政府化の取り組みに当たっては、コスト削減と技術革新成果の速やかな活用の観点から、PFIを含むアウトソーシングを推進する必要がある。
政府においても、アウトソーシングの必要性が確認されており、情報システムの具体的設計、開発、運用などについて、省庁横断的に事務・事業の形態に応じて一括してアウトソーシングを進めることとなっている。
今後、求められるのは、アウトソーシングの具体的実績を積み重ね、コスト面等で明確な成果を上げることである。このため、電子政府化の取り組みに当たっては、まず、PFIを含むアウトソーシングの可能性を検討するとともに、アウトソーシングを促進していくべきである。その一環として、行政のアウトソーシングに関する先導的、横断的なプロジェクトを行うことも期待される。
さらに、アウトソーシングに係る民間企業の透明な競争を促進する観点から、具体的なシステム設計などに当たっては、技術中立性に配慮し新規参入を確保することが必要である。また、価格と技術力のバランスを確保した上で外注先を選定するとともに、その決定に関しては明確な説明を付すこととすべきである。
電子政府化への取り組みにおける官民パートナーシップは、具体的なシステムの設計などに限られない。競争の中でビジネス・プロセスを変革してきた企業の経験は、省庁横断的、国・地方一体的な「一つ」の電子政府を樹立する上で極めて有用である。この観点から、行政の業務改革のあり方について、民間の機関を積極的に活用すべきである。
また、官民それぞれに電子化が進む中で、類似の事務については、国・地方公共団体は民間企業とインフラを共有することにより、電子政府の投資対効果を高めるべきである。例えば、税や保険料等の徴収事務については、民間の公共料金等の収納と同じインフラを活用することを検討すべきである。
こうした場合、コストの負担についても、官側は民間のルールを尊重し、官庁独自の制度的理由などによって、コスト負担の特則が作られ、コスト分担の公平性が失われるようなことはあってはならない。
経済活動のグローバル化が進展する今日、日本における電子政府化の取り組みとG8、アジア諸国の取り組みの有機的連携が実現すれば、企業活動の国際的展開を促進するとともに、関連諸国のIT化を促進し、世界的な持続的経済発展の機会を拡大することができる。
この観点から、電子署名・認証制度に関する多国間認証スキームの確立など、電子政府に関わる取り組みの整合性を確保するとともに、インターネットを経由した国際的な公文書交換などが実現するよう、官民が密接に協力していく必要がある。
これまで電子政府化は、97年12月に策定された行政情報化推進基本計画において進められてきた。しかし、ミレニアム・プロジェクトの開始、IT担当大臣の設置、ならびにIT戦略本部、IT戦略会議の始動などに照らし、現在の基本計画を改定し、より強力で総合的な計画とする必要がある。
この観点から、ミレニアム・プロジェクトの目標である2003年度までを対象期間とし、4.に掲げた全ての政策課題を盛り込んだ「第一次電子政府実現3カ年計画(仮称)」を早急に策定すべきである(「電子政府化重点項目に関するアンケート結果」参照)。その上で、総理ならびにIT担当大臣がリーダーシップを発揮し、日本全体に「世界最高水準」のデジタル・オポチュニティを提供する「一つ」の電子政府を実現すべきである。
「世界最高水準の電子政府」への取り組みは、単なる既存行政業務の電子化ではなく、電子化された「世界最高水準の政府」、即ち、既存業務の改革と組織を超えた情報の共有・活用により、業務の効率化が進み、国民の使い勝手の良い質の高い行政サービスを実現することでなければならない。
ミレニアム・プロジェクトでは基盤整備と先導的官庁による具体的IT活用が進められているが、重要なのは、国、地方を通じて全行政レベルで取り組み、電子政府の「配当」を国民に還元することである。
経団連としては、今後も、必要に応じて、電子化された「世界最高水準の政府」に向けて具体的な検討をしていく。