[経団連] [意見書]

高齢者医療制度改革に関する基本的考え方

2001年5月16日
経団連社会保障制度委員会
日経連社会保障特別委員会

はじめに

現在、わが国の医療制度は、世界に類を見ない高齢化の進展や再三にわたる改革の先送り等により、医療費が際限なく増え続け、医療保険財政は危機的状況にある。
医療制度改革には、保険者機能の強化をはじめ、診療報酬体系、薬価制度、医療提供体制等の見直しといった課題があるが、保険財政を圧迫する高齢者医療制度の抜本改革なくして、持続可能な医療制度の再構築は望み得ない。
今般、経団連・日経連は、明年の統合を展望しつつ、高齢者医療制度改革に関する基本的な考え方について協議し、以下に掲げるような改革案を示すとともに、医療の質的確保を図りつつ医療費の伸びを抑制するための施策と、2002年度に早急に実施すべき課題をとりまとめた。
今後、関係機関・団体等とも話し合いを重ねながら、改革案と2002年度の課題の具体的な内容についてさらに検討を進め、その実現に向けて積極的に活動を展開していくこととする。

1.経済界の問題意識

老人保健拠出金は、現役世代の保険者に対して、老人医療費の負担を自動的に求める仕組みであり、拠出金の増加をコントロールする仕組みが存在せず、現役世代の保険制度としての本来の趣旨を歪めている。既に、老人保健拠出金は各医療保険者の保険料収入の3割強を占め、現役世代の保険財政を圧迫している。低経済成長へと移行し、保険料収入の伸びが期待できない中で、このまま高齢者医療費が伸び続ければ、保険財政は破綻し、医療保険制度を支える基盤そのものが崩壊する。本格的な高齢社会の到来を目前に控えた今こそ、現行の老人保健拠出金制度を廃止して、中長期的に持続可能な高齢者医療制度を構築し、その目的にふさわしい財源を選択すべきである。

2.セカンドライフに対応した医療制度の再構築

(1) 疾病リスクや就業形態に着目した新たな医療制度の創設

現役世代の保険制度は、所得形態、就業形態等に着目して、同質的な集団で組織されており、保険原理に基づいて、給付と負担のバランスをとることを原則としている。就業形態や疾病リスク等の面で、現役世代と同様に扱うことが困難な年齢層については、現役世代の保険制度から分離して、世代内・世代間を通じた公平な負担のもとに、新たな制度を構築する必要がある。
そこで、就業スタイルの変化や疾病リスクの変化に対応し、新たに「シニア医療制度」(仮称)を創設する。

(2) 「自立・自助・自己責任」の要素を高める

新たに設置する医療制度は、「自立・自助・自己責任」の要素を高める観点から、対象者を一律に経済的弱者と見なさず、負担能力と受益に見合った拠出を求める必要がある。一方、対象者のみで賄い切れない部分については、公費によって国民全体で支える必要がある。

(3) 対象者

就業者の就業スタイルが65歳頃を境に大きく変化するとともに、生活の基盤も勤務先から地域へと移行する趨勢にあることや、公的年金や介護保険制度との整合性を勘案すれば、対象年齢については65歳以上とすることが望ましい。ただし、現行老人保健制度からの円滑な移行を図り、公費負担の急激な増加を避ける観点から、制度発足時は現行通り70歳以上とし、段階的に引下げを図る。(※)
現在の被用者保険被保険者や、被扶養者についても、年齢基準(当面は70歳以上)に基づき、「シニア医療制度」の対象者とする。

※ 今後、65歳以上の就業率の動向等によっては、最終的な対象年齢の下限を65歳より高く設定し直す。

(4) 財源構成

「シニア医療制度」では、対象者を一律に経済的弱者とみなさず、世代内の助け合いの要素を高める観点から、負担能力と受益に応じて、可能な限り現役と同じルールに則った保険料、自己負担を求める。
ただし、「シニア医療制度」の対象者は現役世代に比べて疾病リスクが高く、負担能力にも限界があるため、給付の財源を全て保険料と自己負担とで賄うことは到底困難である。残りの部分については、全世代を通じて国民全体で支える必要があり、公費によって賄うこととする。
「シニア医療制度」の創設にあたっては、所得捕捉を確保するとともに、自己負担上限額の設定や適切な低所得者対策等を講じる。公費の配分方法について、加齢に伴い、疾病リスクが格段に高まる年齢層に対して配慮を行うことについて引き続き検討する必要がある。

(5) 公費増分の財源

公費増分の財源については、所得捕捉の問題が無く、経済成長への影響が比較的小さい消費税等の間接税によることが望ましい。

(6) 公的医療保険の守備範囲の見直し

医療の進歩や情報提供の充実によって、今後は、様々な選択肢の中から、利用者が、自らのニーズに対応した医療サービスを選択できるようにすることが望ましい。国民皆保険の維持を前提としつつ、今後は、公的医療保険でカバーする範囲を必要不可欠なものにとどめるとともに、混合診療の導入や民間医療保険の活用など、国民の「自立・自助・自己責任」が定着するインフラ作りが必要である。

(7) 老人保健拠出金の廃止

現役世代の保険制度については、本来の目的に純化させ、現役の保険料から高齢者医療制度への拠出は廃止する。ただし、現在の財政状況に鑑みれば、老人保健拠出金を即時廃止することは困難であり、段階的に行わざるを得ない。

(8) 保険者

「シニア医療制度」の保険者については、対象者の生活の基盤となる地域の地方公共団体(市町村)とする。財政の安定性や医療サービス提供資源の効率的活用の観点から、広域連合や一部事務組合等の活用を促していく必要がある。
地方公共団体は、保険者機能を強化し、コストの合理化や医療サービスの質的向上を図る必要がある。そこで、アウトソーシング等によって、民間事業者や健保組合のノウハウを最大限活用すべきである。民間事業者や健保組合においては、保険者機能強化のための様々なノウハウが蓄積されつつあり、複数の保険者から業務を受託すれば、規模のメリットが働くため、高齢者医療制度と現役世代の保険制度を分離しても、全体としての効率化が図られるようになる。
さらに、「シニア医療制度」のコスト合理化を図るとともに、利用者の医療サービスに対する満足度向上を図る観点から、医療IT化を促進する。

3.退職者医療制度のあり方

(1) 現行退職者医療制度の見直し

雇用の流動化、就業形態の多様化が進む中で、被用者OBのみを別制度とする退職者医療制度の意義は薄れつつある。当面、「シニア医療制度」に移行する年齢以前の退職者について、退職者医療制度を継続するが、就業年齢の高齢化の進展に合わせて、その役割を縮減させていく。

(2) 退職者医療制度の保険者

退職者医療制度については、現行通り、市町村を保険者とすることが、退職者へのきめ細かな対応、事務処理コストの効率性の面から望ましい。高齢者医療制度の保険者と同様、市町村は、広域連合化等やアウトソーシングを行うとともに、保険者としての機能を十分発揮し、医療費の効率化が行われるようにすべきである。

4.医療費の抑制策

わが国医療保険制度の持続可能性を確保する上では、以下の視点を踏まえつつ、医療費の適正化を進め、その伸びを抑制することが重要な課題となっている。

  1. 医療費の総額抑制策の一環として、公的医療保険の守備範囲を必要不可欠なものにするとともに、公的医療保険制度でカバーする医療費の総額に一定の目標額を設けることについて検討する。検討の際には、医療費抑制の具体的実現の仕組み、医療サービスの質の確保、医療提供体制の効率化等が担保されるようにする必要がある。
  2. 特に、伸びが著しい高齢者医療費について、経済の動向や老人人口の伸び等を勘案した一定の範囲内におさめる取組みが必要である。
  3. 医療の質を落とさず、医療保険コストの合理化を図るためには、保険者機能の発揮が欠かせない。
  4. 診療報酬については、包括払いを基本とする。
  5. 患者のコスト意識を喚起する観点から、適切な自己負担を求めることが重要である。
  6. 医療機関や医療サービスに関する情報の共有化を進め、利用者・保険者によるチェック機能を強化する。そのため、医療のIT化を推進する。

5.改革の進め方

(1) 中長期的な改革の姿の提示の必要性

中長期的に持続可能な高齢者医療制度の姿を示すことが、国民の将来不安を払拭するためにも不可欠である。そのためには、現在の経済情勢、財政状況を踏まえ実現までのスケジュールを示し、着実に推進することが重要である。

(2) 2002年度に実施すべき施策

  1. 公的医療保険で賄う医療費(特に高齢者医療費)の守備範囲の見直し(混合診療の容認、民間医療保険の活用)
  2. 医療費(特に高齢者医療費)の適正化に向けたタイムスケジュールの策定
  3. 段階的な公費負担割合の引上げと老人保健拠出金の引下げ 2002年度において、公費負担割合を2分の1まで引き上げるとともに、今後の老人保健拠出金負担に一定の歯止めをかけるべきである。
  4. 高齢者医療費の適正化に向けた具体的施策の推進
    • 高齢者医療費を一定の範囲内におさめる取組みの検討
    • 公的医療保険の守備範囲の見直し
    • 保険者機能の強化
    • 定率1割負担の徹底
    • 診療報酬体系の原則包括払い化
    • 高齢者医療に関する情報の充実とIT化の促進
    • 介護保険への移行の促進(介護保険制度に移行しない療養型病床群の診療報酬の適正化等)
    • 終末医療の見直し等
  5. 保険者機能強化に向けたアクション・プランの策定(保険者によるレセプト1次審査の容認、医療機関との割引契約締結の容認、健康診断や保健事業を含めた医療機関との連携等)
  6. 診療報酬体系の包括払い化の促進、医療行為の標準化の推進
  7. 薬価制度の見直し
  8. 医療機関、医療サービスに関する情報提供の充実(広告規制の緩和、第三者による評価機関の拡充等)
  9. 医療のIT化促進(e-Japan重点計画に基づくグランドデザインの着実な推進、例えば、電子カルテ、レセプト審査・支払業務の電子化、健康保険被保険者証のICカード(または光カード)化等)
  10. 医療分野における競争原理の一層の導入(病院経営への民間参入などの規制改革)
以 上

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