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WTOサービス貿易自由化交渉
人の移動に関する提言

− 補 論 −


〔補論1〕更なる自由化

1.「モデル・スケジュール」の導入

(1) 基本的考え
「モデル・スケジュール」とは、自由化の対象となる項目ならびにその分類、国内規制の透明性に関して望ましい内容の一例を記載した文書である。各国が更なる約束を行う上で一つの指標として用いることができるだけでなく、各国それぞれのレベルに応じて対応できるという点で自由度も付与されるため、加盟国にとって受け入れやすい。「モデル・スケジュール」をエデュケーショナル・テキストとして約束表の改善交渉で用いることは現実的なアプローチとして検討に値する。

(2) 「モデル・スケジュール」の事例
「モデル・スケジュール」については、欧州のサービス産業団体(ESF:European Services Forum)、米国のサービス産業団体(CSI:Coalition of Service Industries)が詳細に提案している。同提案では、一定の自由化の確保、入国手続の情報に関する透明性の向上を目的とし、1. 横断的約束を行う際に重要となる項目に関する了解、2. 手続の透明性向上に関連のある国内規制に関するベスト・プラクティスを取りまとめている。各項目に対するわが国企業の立場は以下の通り。

  1. 横断的約束を行う際に重要となる項目に関する了解について
    ESF、CSIの横断的約束を行う際に重要となる項目に関する了解では、「一時的な人の移動」の対象、条件と資格について説明することを提案している。
    わが国経済界は、定義が曖昧となっている「一時的な人の移動」について対象を明確化することは、制度の透明性を高めると共に恣意的運用の余地をなくすため、たいへん重要と考える。また、定義の対象については、「短期の企業内移転」のカテゴリーの中に新たに「教育訓練及び能力開発を目的とする企業内移動」を入れた点、「短期の契約ベースの移動」を入れた点を支持する。但し、様々な企業活動の形態が存在することから、一時的移動を365日の「短期間滞在」だけに限定する必要性はなく、むしろ、永続的な市民権、移住権を求める人の移動以外を対象としたものに拡大することが望ましいと考える。
    なお、条件と資格の項目で述べられている「GATSパーミット」については、本意見書の「GATSビザ」の項目で詳述されているためここでは省略する。

  2. 手続の透明性向上に関連のある国内規制に関するベスト・プラクティスについて
    ESF、CSIの手続の透明性向上に関連のある国内規制に関するベスト・プラクティスでは、手続の透明性確保、許可申請の発給期間の明確化、事前コメント設置、経済需要テストの透明性確保、コンタクトポイントの設置等について一定の基準を盛り込むことが提案されている。
    わが国経済界は、ESF、CSIの提案にある項目を極めて重視している。また、各項目の基準も極めて妥当と考える(各項目に関する当方の考えについては、補論2:透明性の確保、補論3:入国管理手続の簡素化・迅速化を参照)。
    従って、交渉においてこれら項目を盛り込んだ国内規制に関するベスト・プラクティスを策定し、各国が第18条の追加的約束(GATS第16条(市場アクセス)又は第17条(内国民待遇)に基づく約束表の記載の対象となっていないサービス貿易に影響を及ぼす措置)としてできるだけ約束表に盛り込むことを希望する。

2.「教育訓練及び能力開発を目的とする企業内移動」に関する新たな分類の創設

(1) 基本的考え
企業が国境を越えた活動を行う上で、様々な国籍を有する専門の知識・技能を持つ人的資源を有効に活用するためには、企業内の教育訓練及び能力開発が極めて重要である。また、途上国にとっては、自国にある支社の人材が他国で教育訓練及び能力開発の機会を得ることが容易になれば、自国への技術移転が促進されるというメリットも存在する。

(2) 新しい定義
わが国経済界は、各国が「教育訓練及び能力開発を目的とする企業内移動」の扱いに関して約束表に明記することを希望する。更に、可能であれば、既存約束表の定義明確化に関する作業の中で、「教育訓練及び能力開発を目的とする企業内移動」についても共通の用語を新たに作ることを求める。例えば、ESF、CSIのモデル・スケジュールでは、「当該社員もしくはパートナーシップ関係にある会社の社員でビジネスの技術習得のためのトレーニングを目的として入国する者」を定義として用いているが、同定義はわが国経済界のニーズに合致している。
更に、モデル・スケジュールを導入する場合は、「教育訓練及び能力開発を目的とする企業内移動」についても「一時的な人の移動」の対象項目として盛り込み、各国による同定義の活用度を高めることを期待する。



〔補論2〕入国・滞在関連規制および手続の透明性の確保
ならびに各国約束表の明確化

1.入国・滞在関連手続に関する情報へのアクセスの簡易化、情報の明細化

(1) 基本的考え
ビザ、労働許可に関する不透明で複雑な手続は、企業活動のコストを上昇させる要因となっている。入国管理手続に関する情報の電子化を促進し、アクセスを容易にすることによって、企業側は不必要なコストを削減することができる。また、受入国も情報の透明性を図るためのシステムを構築することにより、行政コストの削減を図ることが可能と考える。

(2) アクセスの簡易化、情報の明細化に関する施策
1. ビザ、労働許可のカテゴリー、滞在期間等の内容に関する基本的情報、2. 入国・滞在許可審査に必要な書類、3. ビザ、労働許可発給までの手続標準所要時間、4. ビザ、労働許可の延長条件、延長手続の標準所要時間、5. ビザ、労働許可の発給基準等、各国が入国・滞在関連手続に関する情報の公表に努めることを要望する。
特に、延長手続の標準所要時間を遵守できない場合はその旨通報を行う、ビザ、労働許可の発給不許可に関する問い合わせについては理由を提示する等、各国の入国管理当局の透明性向上が求められることから、入国関連当局と貿易当局との連携を強化していくことが望まれる。
透明性向上を推進する手段としては、情報のアクセスを容易にするための入国審査に関する諸情報やコンタクトポイント等を掲載したウェブ・サイトの設置が考えられる。また、各国が一時的な人の移動に関するコンタクトポイントを設置することも有益である。

2.既存約束表の用語の定義明確化・ハーモナイゼーション

(1) 基本的考え
国毎に約束に用いている定義の用語が異なる、同じ用語でも解釈が国毎に異なる等、約束表における基準の曖昧さが入国手続に関する不透明性を拡大し、恣意的な運用を招いている。わが国経済界は、定義の明確化を図ることにより、手続の透明性が向上し、既存の約束の実効性が上がることを期待する。

(2) 明確化すべき用語
具体的には、「企業内移動者(intra-corporate transferees)」、「経営者(executives)」、「管理職(managers)、(senior personnels)」、「専門家(professionals)」、「契約サービス提供者(contractual service providers)」等の定義を明確化しハーモナイゼーションを図ることを希望する。更に、若手社員についての定義がないことから、"potential key business personnel" (OECD報告書"Service Providers on the Move: A Closer Look at Labour Mobility and the GATS"参照)という分類を新たに設けることも考えられる。

3.経済需要テストの明確化

GATS第16条では、加盟国は、市場アクセスに係る約束を行った分野において、自国の約束表において別段の定めをしない限り、小地域を単位とするか自国の全域を単位とするかを問わずサービス提供者の数の制限に関する措置を維持してはならないとしており、経済需要テストも含まれている。経済需要テストを設けている国は、その利用に関する基準の明確化、透明化を図るべきである。




〔補論3〕入国・滞在関連手続の簡素化・迅速化

1.GATSビザの導入

(1) 基本的考え
GATS上約束されている「一時的な人の移動」でも、入国管理上は、永続的な移民に対する入国手続と同様に扱われており、企業は自由化のメリットを完全に享受できていないことから、自由化の実効性を上げる上で入国管理制度上、何かしらの措置を講じることが必要と考える。
APEC域内の企業内移動の円滑化を目的としたAPECのビジネス・トラベラーズ・カード(ABTC)は、旅券及びABTCのみで域内を自由に行き来できるようにしたシステムである。同種のスキームをマルチの枠組みで新たに導入することにより、高度な技術・知識を有する人の一時的な移動が簡素化・迅速化されることは有益と考える。このような意味において、わが国企業は、インド政府、欧米のサービス産業界等の「GATSビザ・パーミット」の提案に関心を有している。

(2) 検討すべき事項
他方、GATSビザは約束が行われた分野のみが対象となることから、現在の約束の水準では対象が非常に限られた分野となり殆ど意味をなさないのではないかとの危惧もある。GATSビザを導入する場合は、各国約束表の改善、国内規制の透明性の向上を前提として議論を進めていくべきであろう。
ESF、CSIが提唱する 1. 企業内移転、2. 企業内の訓練開発に関する移転、3. 契約ベースの移動を対象とする、期間を1年以内に設定した「GATSビザ・パーミット」の案をわが国企業は基本的に支持するが、その他の項目、例えば手続、条件、延長手続等、制度の詳細については今後、様々な角度から検討を行っていく必要があると考える。GATSビザの導入が困難な場合は、各国が入国管理手続の中に「一時的な人の移動」を簡素化・迅速化するための特別なシステムもしくは手続の導入を検討していくことを希望する。

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