[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

2003年版日本経団連「経営労働政策委員会報告」の概要

−多様な価値観が生むダイナミズムと創造をめざして−

2002年12月17日
(社)日本経済団体連合会

第1章 わが国経済・経営の課題と対応

1.国際競争力の減退とグローバル化への対応

国際競争力の劣化への懸念を回避するには、産業・企業自らが、生産性に応じた人件費コストの決定、一層の生産性向上、事業の高付加価値化・新事業育成、新技術・新商品・新サービスの開発力の一段の向上に全力を傾注することが必要である。低生産性部門の生産性向上を進め、そこから出てくる資源を高生産性分野・新事業分野に移行させて、これら分野を拡大させれば需要創出が期待できる。

2.深刻化するデフレへの対応

今日のデフレは、バブル経済破綻の後遺症に始まった需要縮小と供給過剰に加えて、経済のグローバル化や金融システム不全などの複合的要因によって生じている。したがって、これに対しては、供給サイド・需要サイド双方の視点からの取り組みに加えて、税制、金融等の適切な施策の組み合わせによって、対処が講じられなければならない。

3.新市場の開拓/4.中小企業・ベンチャー企業の活躍

国内の潜在的な需要の掘り起こし、創出のためには「企業の構造改革」が必要であり、それには、経営者のイノベーションを引き起こす力が求められる。経営者が新しい市場を開拓しようとする意欲を示し、その計画を実行すれば、新たな産業の可能性は大きく広がる。特に、新たな事業の創出・掘り起こしに中小企業、ベンチャー企業の果たすべき役割は大きい。

5.コーポレートガバナンスと企業倫理の確立

企業統治は企業の競争力の維持・強化のための基本的な前提である。企業活動の基本は、社会と市場の信頼と共感である。それが損なわれれば、企業の存在意義は、社会から否定される。経営倫理の徹底に際して最も重要なことは、経営トップの認識と行動である。

第2章 雇用・賃金問題への対応

1.一段と深刻化する雇用情勢と雇用対策の課題

雇用の悪化・失業発生の要因は複雑多岐であり、短期かつ中長期の視点から多様かつ適切な雇用対策を政労使が協力して講じなければならない。なにより、雇用不安を緩和・解消して、消費・景気回復への道筋をつけることが大事である。各企業が雇用の維持に最大限努力することに加えて、雇用対策の体系的な整備を急ぐ必要がある。

2.マクロレベルの雇用対策

雇用不安を解消するために最も重要な対策は、雇用の維持・創出である。特に、膨大な潜在需要を持つ生活関連分野における雇用創出の期待は大きい。これら分野の参入規制を改革し、潜在需要を顕在化させることが求められる。また、雇用の担い手として期待できる外資導入を促進するための環境整備は、日本企業にとっても日本を魅力ある経済活動の場とする効果をもたらす。そして雇用対策の効果を十分に発揮するためには、円滑な労働移動を可能にする環境条件の整備、とりわけ種々の規制が多い労働市場の改革を進める必要がある。

3.雇用形態の多様化の推進

今後、企業が国際競争力を維持していくためには、たえざるイノベーションが必要であり、創造性あふれる組織風土が求められる。さまざまな考え方、多様な価値観の人が集まって、互いに認め合い、刺激を与え合う多様性あふれる組織づくりが必要となろう。こうした戦略によって、雇用形態の多様化が推進され、これまで企業内外の労働市場で主流ではなかった高年齢者、女性、あるいは外国人の雇用・就労機会も拡大することとなるだろう。

4.人件費効率化へのアプローチ

企業の支払能力は深刻な状況にあり、賃金の引下げに迫られる企業も数多い。労使は、中長期的な観点から計画的な支払能力の向上に協力すべきであり、人件費と利益の源である付加価値の向上がなければ、人件費はもとより雇用の保持すら危うくなる。

第3章 人材の育成・確保と教育問題

1.家庭が果たすべき役割

これからの時代は、国民のライフ・スタイルは個々人の特性、意識によって大きく変わり、「多様性」が社会の原動力になる。子供の教育においても、こうした視点が重要であることを、子供を育てる家庭が留意すべきである。

2.学校が果たすべき役割

初等・中等教育においては、将来の基盤となる基礎学力の習得ならびに倫理教育を徹底することが重要である。高等学校、大学、大学院等の高等教育においては、意欲や能力、適性などをふまえて本人が選択できるよう、多様な教育機会を提供されなければならない。さらに、初等・中等・高等教育を通して、子供たちの成長段階に応じ、社会との関わりを認識させ、継続的に職業観、就労意欲の醸成を図り、働くことの意義、重要性を自覚させることが必要である。

3.企業が果たすべき役割

職業能力の形成・向上のためには、従業員の既存のキャリア・技能を生かしつつ、新しい能力を身につけさせる仕組みを作り、さらに賃金制度などにおいて、従業員自身が積極的に能力開発に取り組むような動機づけを提供する必要がある。また企業は、新卒者に積極的に就労の機会を与え、優れた指導者のもと、技能の形成・向上に資する有意義な仕事を与えることが求められる。

4.行政が果たすべき役割

日本が競争優位性を高めていくためには、先端技術開発に必要な人材のみならずモノづくりの基盤を支える人材を確保・育成する教育改革が急務である。学校教育については、教員の資質・指導力の質的向上の促進が求められる。また、国際的な人材の育成という観点からの施策も考慮されなければならない。

5.少子化への対応

少子化の進行は、消費需要の減退などによる経済規模の縮小、労働力人口の減少、税・社会保障負担の増大、地方の過疎化の進行など、わが国経済社会の様々な分野に複雑かつ深刻な影響をもたらす。しかし行政の対応は、「少子化対策プラスワン」に代表されるように、企業への負担に依存する姿勢が強い。少子化への対応には、国、自治体、企業、男女個々人の協力が不可欠である。

第4章 社会的安心の確保と負担の適正化

1. 長期にわたり持続可能な社会保障制度の構築

社会保障制度は、勤労者・国民の生活を支えるセーフティネットの柱である。国民負担率の上昇を抑制し、将来に向けて社会保障制度全体の運営に対する国民の信頼、社会的安心を確保すべきである。このため、社会保障制度改革ビジョンを早急に策定し、国民に明示することが必要である。
その際、社会保障分野においても、民営化の推進・規制改革の断行によって給付の効率化を徹底的に推進するとともに、現役世代や企業の社会保険負担のみならず、雇用・労災等労働保険をもパッケージで含めたトータルの社会労働保険の負担とその限界について検討する必要がある。

2.公的年金の抜本改革と企業年金の普及・支援

2004年の次期改正においては、従来型の制度の手直しではなく、保険料負担の限界に焦点を当て、国民に対し、将来においてもはや大幅な改正は行わないとの安心感を与える制度改革を目指すべきである。既受給者の給付水準の引き下げを含み、国民全体で痛みを分かち合う抜本改革への踏み切りが必要である。

3.医療保険の抜本改革と介護保険の適正な運用

医療制度改革にあたっては、医療技術の進歩や国民・患者ニーズの変化に柔軟に対応する観点から、医療分野における競争原理の導入による医療の質の向上と効率化を図ることが不可欠である。公的医療保険の守備範囲を必要不可欠なものに絞り、それ以外は個人の選択に委ね、保険診療と保険外診療とを併用できるようにすべきである。同時に、株式会社による医療機関経営を認め、国民、患者に対する医療機関選択のための情報基盤整備や保険者機能の強化を通じて、医療の質の向上と効率化を促進すべきである。

4.雇用保険制度の健全化

雇用情勢が悪化しており、雇用保険財政の逼迫を理由に、2002年、労使が折半負担する雇用保険料率が引き上げられた。しかし保険制度維持のためには、雇用保険制度の抜本改革が不可避である。改革の方向は、雇用保険給付の対象を真に必要とする人に絞り込み、併せ給付内容・水準の見直しを図りつつ、労働行政全体の経費合理化の視点から雇用保険財政の健全化を目指すべきである。

第5章 今次労使交渉への対応と今後の経営者のあり方

1. 今次労使交渉に臨む経営側の基本姿勢

デフレ・スパイラルが危惧される状況下での合理的賃金決定のあり方が問われているが、企業の競争力の維持・強化のためには、名目賃金水準のこれ以上の引き上げは困難であり、ベースアップは論外である。さらに、賃金制度の改革による定期昇給の凍結・見直しも労使の話し合いの対象になり得る。
労組が賃上げ要求を掲げて、実力行使を背景に、社会的横断化を意図して「闘う」という「春闘」は、大勢においては終焉した。労使の関心事項は賃金水準や賃金の引き上げ幅の如何でなく、多様な雇用形態の適切な組合せの実現を目指して、付加価値の高い働き方を引き出す賃金・人事制度の構築に焦点が置かれている。今日の春季交渉は、経営環境の変化を踏まえて、いかなる賃金水準、賃金制度が自社にとって適切か、また、年金など社会保障制度のあり方なども含めて話し合う場として、いわば闘う「春闘」ではなく、討議し検討する「春討」としての色彩が強まるであろう。

2.「多様性」によるダイナミズムが活力創造の源

21世紀は、企業も個人も多様な目標を持ち、多様な活動を展開することが望まれる。そのダイナミズムこそが、新しい経済・社会を創造し、新たな市場・技術や雇用機会を創出するエネルギーの源となる。こうした新たな世紀を切り拓くためのエネルギーを国民全体の活力から導き出すのは、基本的に労使、経営者の責務であろう。

3.労使・企業経営者の課題と新団体の役割

社会の安定帯たる役割を担う労使は、企業の活力向上に一段の協力をすべきであるし、経営者は企業の存続・発展のために、国際競争力の強化、市場から評価される企業経営の確立が任務である。
多様な価値観によって担われる21世紀は、いわば「こころの世紀」であり、われわれは、内外に開かれた、活力と魅力ある国を創り上げようという「志」がとりわけ重要と考える。日本経団連は、経営者と一体となって、こうした「志」を育み、日本経済の再生・再構築に邁進する覚悟である。

以  上

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