わが国の公的医療保険制度は、将来にわたる制度の維持、存続を担保するための抜本改革が早期に実現されなければならない状況にあるにも拘わらず、それが先送りされてきている。国民の医療に対する多様化、高度化したニーズに応えるとともに、医療の質の向上と効率的なサービスの提供の実現に向けた抜本改革によって、国民の安心を確保する必要がある。
抜本改革にあたって、まず、医療についての情報開示を徹底して進めることが何より不可欠であり、国民に開かれた医療とする必要がある。その上で、ほとんどすべての医療費を公的医療保険制度で賄う現在の仕組みを改め、公的医療保険制度の守備範囲を見直す必要がある。また、各医療保険財政を危機に陥れている老人保健拠出金の廃止と独立方式による新高齢者医療制度の創設を急ぐとともに、医療提供体制ならびに診療報酬体系の改革、さらには、保険者機能の発揮・強化による「患者や保険者による選択」「医療提供機関相互による競争」の促進、評価体制の拡充等に取り組む必要がある。
これらの改革によって、経済活力を損なうことなく、長期的に持続可能な制度の構築が図られ、国民皆保険制度に対する国民の信頼を回復することができる。また、改革が進められる中で、医療分野における情報化の進展、医療技術の進歩等と相まって関連・周辺産業を含めた医療産業としての発展とそれに伴う雇用創出を促し、わが国経済の牽引車としても期待される。
医療サービスの「質の向上」「コストの適正化」を図る上で、公的医療保険制度の当事者である保険者ならびに被保険者・患者のそれぞれにおいて適切なインセンティブの働く機能、仕組みの導入が求められる。
とくに、保険者においては、被保険者・患者の立場にたって、医療機関へのチェック機能をもつとともに、被保険者の疾病予防・健康管理を行うなど、医療の効率化を進める上で大きな推進力となるものである。とりわけ、健保組合においては、事業主と一体となって企業の従業員、家族の健康管理を行うことで生産性向上を図るという重要な役割を担っており、その存在意義は極めて高い。
このような観点から、保険者が、次のような機能を有するようにすることが先決であり、かつ、それを担保するための条件整備を行うことが必要である。政府においても、保険者機能の発揮や、医療機関、行政、保険者、被保険者・患者など関係者間の情報共有による医療の質の向上と効率化に資するIT化の基盤整備について、カルテ・レセプト等の各種医療情報の電子化・データベース化、プライバシーやセキュリティ確保のための方策等に早急に取り組む必要がある。
医療制度改革に関する基本理念および国民皆保険制度を維持するための適正な国民医療費の抑制に向けた抜本改革の具体的な施策が示されていない。とくに、医療の質の向上と効率的なサービスの提供、確保に不可欠な保険者機能の発揮、強化に資するインセンティブを伴った具体策がまったく示されていない。政府は、早急に抜本改革案を示すべきである。
保険者について制度の一元化の方向が示されているが、単なる保険者の再編、統合、一元化は、保険者機能の発揮を阻害し、安易な保険者間の財政調整により制度の維持を図ろうとするものに止まることを危惧する。国民皆保険制度を維持することは必要だが、単に制度を維持することが目的ではない。保険者の再編、統合、一元化は、抜本改革の具体的な方向を示した上で検討されるべきものである。
保険者間の「財政調整」(高齢者医療A案)や「一元化」によって制度の維持を図ろうとする試案の考え方は、賛成できない。
診療報酬体系について、入院への包括払いなどの方向が示されていることは評価されるが、外来医療では依然として出来高払い制が基本とされ、適切なコスト意識が働きにくいものとなっている。医療の標準化を進め、包括払いを基本とすべきである。
改革の時期は、「05年着手、07年完成」では遅すぎることから、改革を急ぐべきである。
われわれの求める抜本改革が確実に行なわれることを前提として、附則3項目についての考え方は次のとおり。
1)保険者の再編、統合について単なる再編、統合、財政調整では、すべての保険者について、保険者機能を発揮するインセンティブが阻害され、コストベネフィットの視点が失われ、被保険者等のモラルハザードが起こる可能性がある。
被用者保険と国保とは、保険料算定方式、根拠法等制度、仕組みおよび保険者機能発揮の面で根本的に異なることから、それらの間の財政調整は行うべきではない。なお、抜本改革の具体的な方向が見えない中で、すべての保険者制度の統合一本化を検討することは、保険者機能の発揮を顧みないことともなり、極めて問題のある方向づけと言わざるを得ない。
政管健保について、「保険者は現行の形態を基本としつつ、都道府県を単位とした財政運営」の方向が示されているが、現状とは変わらないものとなっている。保険者機能の発揮が担保される保険者とすることが不可欠である。
保険者機能を発揮するためには、一般的には、適正な組織規模であることが必要であり、例えば、「運営スタッフを確保できる規模」、「医療提供側と対等に交渉、連携、協力できうる規模」、「保険者間の公正、公平な運営、競争ができるような均等な規模」等であることが求められる。保険者機能が発揮され、かつ、新たなコスト増を招くことのない保険者運営組織の構築が担保されるようにすべきである。
現在、健保組合は、基本的に自主、自立、自己責任原則で運営されており、母体事業主と密接な連携によって、従業員とその家族の健康管理、疾病予防などに努め、企業の生産性向上に大いに貢献してきた。そして、制約の多い中で保険者機能の発揮のフロントランナーとしての自負を持って運営している。したがって、安易な統合、再編、財政調整は、このような健保組合の自主、自立、自己責任に基づく運営を阻害し、保険者機能を縮減させるものである。
保険者機能の発揮にあたっては、民間事業者等へのアウトソーシングによる効率化が図られるようにすべきである。
A案(制度を通じた年齢構成や所得に着目した財政調整)について
財政調整によって制度の維持を図ろうとするもので賛成できない。
B案(後期高齢者に着目した保険制度の創設)について
独立方式の考え方が盛り込まれたことは評価できるものの、後期高齢者のみを対象としていること、現役世代からの財政支援を予定していること等現行拠出金制度と変わらないものとなっており、抜本改革とは言い難い。
現行の老人保健拠出金制度は現役世代の保険者に対し、老人医療費の負担を自動的に求める仕組みであり、このまま老人医療費が伸び続ければ、多くの保険財政の破綻によって、国民皆保険制度が崩壊しかねず、経済社会の基盤を揺るがすことになる。老人保健拠出金制度は廃止すべきである。
高齢者は就業形態や疾病リスクの点で現役世代と同様に扱うことは困難であり、現役世代の保険制度から分離して、65歳以上を対象とする「シニア医療制度」を創設すべきである。
財源は負担能力と受益に見合った高齢者の負担の他に、公費によって国民全体で支える必要があるが、公費増分の財源としては、世代内・世代間を通じた公平な負担を図る観点から、所得捕捉の問題が無く、経済成長への影響が比較的少ない消費税等の間接税によることが望ましい。
雇用の流動化、就業形態の多様化が進む中で、被用者OBのみ対象とする退職者医療制度の意義は薄れつつある。「シニア医療制度」の創設に伴い、その役割を縮減・廃止すべきである。
高齢者医療制度の保険者については、市町村などをベースとした効率的な広域連合形態を活用するなど、効率的な運営ができるものとする必要がある。その場合は前述のとおり、既存組織の再編、活用によってコスト増を回避する必要があり、また保険者機能が発揮できる適正な規模を念頭に置いて検討すべきである。
公費の投入にあたっては、保険者の効率化へのインセンティブを促進する観点から、単に医療費の一定割合を保険者一律に投入するのではなく、例えば個々の保険者毎の年齢別構成員数に年齢別平均医療費実績値を乗じて算定し配分する手法を導入すること等を検討すべきである。
医療機関の経営に配慮した「コストの反映」、「医師の裁量権の尊重」など医療提供機関に配慮した方向は示されているが、医療サービスの効率化に資する医療の標準化の視点が見られない。高次機能病院、地域医療支援病院、大病院、中小病院、診療所(プライマリケア)等医療機関の役割、機能や入院・通院、急性期・慢性期などの病態、客観的な技術評価に応じて、臨床実績に基づく客観的データと開かれた論議を通じ、「分かり易い診療報酬体系」の導入によって医療の効率化を図るべきである。
入院医療に包括払いの方向が示されていることは評価する。しかしながら、現行出来高払い制を基本としていること、また、診療所や中小病院などのプライマリケアを担う外来医療においては出来高払いとなっているが、これらについても包括払いを徹底すべきである。出来高払い制を基本とすることでは、コスト意識が働きにくく、医療費の適正化が図られない。患者が受けた診療内容とかかった費用等の医療情報の開示を徹底することによって、被保険者・患者に分かりやすいものとするとともに、医療の標準化を進め、定額化・包括化を基本とした、医療の質の確保、向上と効率的な医療サービスの提供が一層図られる仕組みとすべきである。
特定療養費の拡充の方向が示されたことは評価できるものの、国民の医療ニーズの多様化、高度化への対応にあたり、公的医療保険制度でほとんどすべての医療費を賄う現在の仕組みを改め、その守備範囲を抜本的に見直す必要がある。公的医療保険の守備範囲を必要不可欠なものに重点化するとともに、有効性と安全性の認められる高度先進医療については、当面、特定療養費制度の拡大を図りつつ、さらに、一定の安全性が確認できたものについては、十分な情報開示、情報提供の徹底を前提に患者の多様な選択による保険診療と保険外診療との併用ができるようにすることが望ましい。
また、医療機関と保険者とが直接(割引)契約し、当事者間で医療の質やパフォーマンスに応じて診療報酬が決定できるようにするなど、医療機関ならびに保険者等にインセンティブの働く仕組みを導入すべきである。