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厚生労働省『方向性と論点』について

−2004年の年金改革に向けた社会保障委員会年金改革部会の見解−

2003年3月13日
(社)日本経済団体連合会
社会保障委員会
年金改革部会

はじめに

日本経団連では、昨年10月に取りまとめた『公的年金制度改革に関する基本的考え方』において、経済と社会構造の急激な変化に対応し、国民の信頼が得られ、中長期的に持続可能な公的年金制度を再構築するため、次のような改革の基本的考え方を示した。

こうした観点から、望ましい公的年金制度の姿として、基礎年金と報酬比例部分の間で制度及び財源の峻別を図り、基礎年金制度については間接税方式へ移行すべきことを提案した。
今回は、厚生労働省が昨年12月に公表した『年金改革の骨格に関する方向性と論点』(以下、『方向性と論点』と略称)を踏まえ、2004年の年金改革に向けた当部会としての見解を取りまとめることとした。

1. 全般的な評価

(1) 本質的な問題の先送り

厚生労働省は、『方向性と論点』の中で、

  1. 現役世代の不安感、不信感の解消
  2. 社会経済情勢の変動に対応する安定した制度
  3. 現役世代の負担が過大にならないよう負担と給付のバランスを図る
など、我々の問題意識と共通する基本的視点を示した。
その上で、財政再計算の度に給付水準や将来の保険料を見直すのではなく、「最終的な保険料率を法定して、その範囲内で給付を行う」という保険料固定方式を新たに提示したが、具体的な提案内容を見ると、
  1. 「最終的な保険料率」が高い
  2. 後世代ほど負担増、給付減となり、世代間格差の是正とならない
  3. 国民年金の空洞化問題を解決できない
などの問題があり、厚生労働省が示している基本的視点も満たしていない。

(2) 経済社会の活力の維持・向上の視点の欠落

『方向性と論点』は、厚生年金の最終保険料率を20%とし、長期間かけて段階的に引上げていくとしているが、こうした高い負担を現役・将来世代に課すならば、低成長基調、産業分野での国際競争の激化、世界に類を見ない少子化・高齢化の加速に伴う社会保障全体の負担増などを考えれば、経済社会の活力は失われ、ひいては制度の存続可能性そのものも揺らぐこととなる。
今、わが国に求められているのは、現役及び将来世代・企業の負担増を極力抑えて、経済社会の活性化を図りつつ、制度の持続可能性を確保するという視点である。

(3) 世代間格差を維持したままの負担増と給付調整

2004年改革では世代間格差の是正が最重要課題の1つであるにもかかわらず、『方向性と論点』では、保険料を長期間にわたって毎年段階的に引上げていく一方で、給付水準については時間をかけて徐々に調整するだけでなく、調整の程度も不十分であるため、制度を長期間支える将来世代ほど負担増と給付削減のしわ寄せが大きくなり、世代間格差が是正されない。
基準ケースを例にとると、保険料負担は2022年度までに、現行の約1.5倍の水準まで引上げることとされている。この引上げ幅や引上げに要する年数は、標準報酬月額ベースで1980年の10.6% #1 から、1995年に現行の17.35%まで約1.6倍引上げられたのとさほど変わらない。経済が好調に推移した時代と違いのない引上げスケジュールを今後も維持していくことは、現役世代の負担を大きく高めることになる。加えて、間もなく退職を迎える世代は、増加する保険料を支払う期間が短く、若い世代ほど高い保険料を長期間にわたって負担することになる。
一方、給付水準の調整についてみると、2025年の所得代替率は56%であり、20年かけて現行より3ポイントだけ引下げられるのに対し、その後の7年間では一気に4ポイントも引下げられることになるなど、後世代ほど急激な調整が行われる。このような手法を導入しても、世代間格差はほとんど是正されない。
制度に対する国民の不信感を払拭するためには、現役・将来世代の負担増を極力抑制するとともに、速やかに既受給者を含めて給付水準を見直すことにより、全ての世代が痛みを分かち合うことが必要である。

#1 男子の保険料率

(4) 国民皆年金実現の視点の欠如

『方向性と論点』では、基礎年金部分についても毎年保険料を引上げ、基準ケースで現行の約1.4倍まで引上げることとしている。しかし、既に空洞化が深刻な状況になっている中で、逆進性の高い定額保険料の大幅な引上げを国民に求めれば、国民皆年金の実現はさらに困難になる。国民年金の空洞化部分の拡大は、基礎年金拠出金制度を通じて、まじめに保険料を納めている被保険者の肩代わり分を増加させるため、制度に対する不公平感だけでなく、不信感を助長することとなる。
基礎年金制度の改革を考える際に最も重要なことは、「真の国民皆年金」を目指すか否かにある。我々は、国民の誰もが公正な負担をする代わりに、老後において誰もが定められたルールに基づき老後の基礎的生活部分を賄うセーフティネットとして年金を受ける「真の国民皆年金」の実現を目的とし、それにふさわしい財源として、消費を賦課対象とする間接税方式に移行すべきであると考える。

(5) 求められる多様な選択肢の下での議論

持続可能な公的年金制度の再構築のためには、『方向性と論点』で示された現行の制度体系の維持を前提とする選択肢だけでなく、複数の選択肢を比較可能な形で国民に提示していくことが必要である。その観点から、我々が提言している、基礎年金の間接税方式化への移行などの制度改革の在り方も重要な選択肢の1つとして、社会保障審議会・年金部会等の場で検討を行うべきである。
また、財政・税制改革と社会保障全体の改革を一体的に進めるためには、経済財政諮問会議等でも検討を進め、中長期的な視点から大きな方向性を示していくことも期待される。

2.基礎年金制度の抜本改革について

(1) 間接税方式化の主張の整理

『方向性と論点』では、間接税方式化について、税財源による無拠出の給付であるとした上で、次のような問題点を指摘している。


これらを踏まえて、基礎年金の間接税方式への移行について、雇用の流動化の状況を踏まえつつ、我々の主張のポイントを改めて整理すると、以下のとおりである。
  1. 我々が提案している制度は、全国民が消費を賦課対象として公正に財源を負担することによって制度を支え、その結果として老後生活のセーフティネットとしての基礎年金の受給権を得ていく仕組みであり、自立自助の精神に反するものではない。
  2. 消費を賦課対象とする間接税方式へ移行することにより、未納・未加入問題や第3号被保険者問題等の解決に資するだけでなく、基礎年金拠出金制度の下でのまじめに保険料を納める被保険者の肩代わり問題が解消されるため、間接税の引上げについても国民の理解が得られやすい。
  3. 間接税方式とすれば、資力調査(ミーンズテスト)が不可避と決まっているわけではない。この問題については、年金税制を見直して受給時課税を徹底することで対応すべきである。
  4. 間接税方式に移行する場合、法律通りに毎月保険料を払ってきた人と過去の拠出を怠った者を区別して扱うのは当然であり、過去に納付を行った者に上乗せ給付を行うのでなく、保険料納付を行わなかった者に拠出を行わなかった実績を基に給付を減額することが適当である。

(2) 間接税方式への移行のあり方

2004年の年金改革において、消費税率の引上げにより基礎年金給付の国庫負担割合の2分の1への引上げを実現すべきである。同時に、「次の財政再計算に向けて、消費税の活用により国庫負担割合をさらに引上げる」ことを基本方針とする旨を改正法案に明示するとともに、被用者年金の1階と2階の分離を進めていくべきである。

3.報酬比例部分の改革について

前回提言では、報酬比例部分について、引退した被用者を対象に、公的な側面から現役時代の保険料拠出の努力を一定程度反映させた基礎年金の上乗せ給付として位置づけ、硬直的な給付建て方式から保険料負担に軸足を置いた仕組みへ転換し、制度そのものをスリム化すべきことを提唱した。
従って、給付水準については、報酬比例部分の性格が基礎年金の上乗せ給付である以上、収入面よりも支出面、例えば高齢者世帯の消費支出のうち、個人差のあるもの(教養娯楽費や交際費等)を除いた部分などを勘案しつつ、既受給者も含めて現行水準から相当程度引下げていくべきである。
さらに、保険料負担については、前述の通り、1階と2階を完全分離した上で、基礎年金を間接税方式化していくことで、現行の保険料率(総報酬ベースで13.58%)を長期間にわたって維持すべきである。
このように、報酬比例部分についても、経済の活性化と世代間格差の是正を改革の最重要課題と位置づけた上で、我々が求める保険料に軸足を置いた仕組みへの転換に向けて、給付水準、保険料負担などの制度設計の在り方について具体的な検討を行うことが必要である。

4.その他

(1) 積立金の運用について

積立金の運用にあたっては、長期的に必要かつ達成可能な運用収益の確保に向け、株式を含む分散投資により、適度なリスクで効率的な運用を図るべきである。積立金運用には被保険者の利益の追求が求められており、財投債を、現在のような目的・形式で、外部に分かりにくい手続きをもって引受けるべきではない。投資判断として必要があれば、直接市場から購入すべきである。
運用の基本方針の策定については、政府とは別人格の組織に行わせている外国の例もあるが、その重要性に鑑み、現行と同様、保険者たる国がその責任において行うべきである。一方、運用執行機関 #2 については、政治、行政からの人的な面を含めた独立性の確保・徹底を図るとともに、専門的能力の高い民間出身者の登用などを行うべきである。また、年金運用実務の専門家等の参画も得て、国や運用執行機関に対するチェック機能を高めるべきである。

#2 現在、「運用執行機関」については年金資金運用基金、
「国や運用執行機関に対するチェック機能」については、
社会保障審議会年金資金運用分科会がそれぞれ担っている。

(2) 厚生年金の適用拡大について

制度の「支え手」を考えるに当たっては、安易に特定の層(例えば、短時間労働者)だけの議論に陥らないよう、現在、任意適用の扱いとなっている事業所・業種に勤める被用者 #3、さらには第1号被保険者の自営業者や家族従業者等も含め、多様な就業形態に相応しい年金権の確立と公正・公平な負担と給付、財政の健全性の確保等を目指すという幅広い観点から議論すべきである。
その際、従来型の労働者には見られない特殊性、煩雑な企業の事務手続きを含めた雇用コストの増大等様々な観点からの検討が不可欠である。
何より問題なのは、現行の制度設計のまま、短時間労働者に厚生年金の適用拡大がなされると、第1号被保険者と適用拡大される短時間労働者の間で保険料負担と給付の不均衡が生じる点である。
上記の点を踏まえると、短時間労働者等に対する厚生年金の適用拡大については、医療保険などの他の社会保険はもとより、雇用、特定業種、地域経済への影響を最小限に緩和するための包括的な取り組みと併せて、慎重に検討を進めるべきである。従って、まず、現在、任意適用の扱いとなっている事業所等に勤めている被用者について、公正・公平な負担の確立および年金権の保障という観点から、強制適用とすることについて具体的な検討を行うべきである。

#3 5人未満の個人事業所および法定16業種に該当しない業種
(第一次産業、接客娯楽業、法務業、宗教業等)に勤めている被用者
以 上

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