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「独占禁止法研究会報告書」に対する意見

2003年11月28日
(社)日本経済団体連合会
経済法規委員会

I.「第一部 措置体系の見直し」について

1.基本的な考え方

(1) 独占禁止法措置体系の充実・強化を進めるべきである

政府規制の撤廃・緩和が進み、市場における自由競争の徹底と企業活動の規律強化がますます求められる中で、自由経済の基本法である独占禁止法(以下独禁法)の重要性が一層増大している。
日本経団連は、一部の企業が繰り返し独占禁止法違反を犯している事実に鑑み、かかる違反行為を誘発する原因を分析した上で、これを除去することと並行して、独禁法の措置体系を抜本的、総合的に充実・強化する必要があるとの強い認識を有している。
しかし、ここで忘れてならないのは、現行独禁法が、公正取引委員会に対して行政措置としての排除命令、課徴金納付に加えて専属告発権を付与しているにもかかわらず、現実には刑事告発に至る事件が少ないことに対して、公正取引委員会は法によって与えられている権限を十分に行使していないのではないか、あるいは、公正取引委員会自体の能力、体制の不備がその原因ではないかとの指摘がかねてからなされている点である。この問題を看過しながら、公正取引委員会の権限強化のみを先行させることは問題の根本的な解決とはならず、また、措置体系全体の見直しを求めた立法府の意図にも反するものである。国民の基本的権利の擁護と独禁法への理解を確保するために、措置体系の充実・強化を担い得る公正取引委員会の法的・人的・組織的体制の整備を進め、厳正かつ適正な法執行の確保を図ることこそが喫緊の課題である。

(2) 独占禁止法研究会報告書の問題点

日本経団連は、先に「独占禁止法の措置体系見直しについて−日本経団連としての見解」を公表し、独占禁止法違反行為の抑止のためには、官製談合の横行やその背景にある予算の硬直性や政治の介入などの構造的な問題、公取委の権限・体制の整備も含めて、総合的な見地から効果的な対策をとる必要があることを指摘した上で、措置体系全体および公正取引委員会の審査・審判のあり方についての具体的意見を提示した。
しかしながら、独占禁止法研究会報告書(以下「報告書」)は、われわれが指摘してきた根本的問題を置き去りにして、事業者に対する制裁を強化しさえすれば独禁法違反がなくなるとの考えのもとに、課徴金の法的性格の見直しやその加重、カルテル以外の違反類型への拡大をはかるものであり、このような短絡的な姿勢は独禁法の将来を誤るものであり、また強化に伴う適正手続の保障のないままの措置体系強化は、国民の理解を得られず容認できるものではない。

2.具体的問題

(1) 課徴金徴収の根拠を「社会の経済的厚生の損失補償」とすることの疑問

課徴金は、これまで一貫して違反カルテルによる「不当利得」の剥奪と説明されてきたが、報告書では「社会の経済的厚生の損失補償」という概念を持ち込み、不当利得をはるかに超えた額の課徴金を課すことを求めている。
しかしながら「社会の経済的厚生」とは、単なる講学上の概念にすぎず、その「損失」をもって課徴金の算定根拠とすることは、極めて不明確な基準により法制度としての課徴金を課そうとするものである。また報告書は、別紙6にカルテル摘発後の価格下落率をあげて、“違法な利得”を示そうと意図している様であるが、リストにあって下落率の高いものは、課徴金の対象となる違反事件全体を適切に反映したものではなく、ミスリーディングである。
仮に、違反事件について「社会の経済的厚生の損失」が生じていると言うのであれば、その具体的な算定根拠を明らかにするとともに、課徴金を一律に規定するのではなく、個々の事件毎に「損失」を算定し、その具体額を基に徴収する制度とすることで、はじめて社会的公正が確保されると言えるのではないか。報告書がなぜこのような理論的帰結を取らなかったか、不可解であると言わざるを得ない。

(2) 不当利得を超えた課徴金は「制裁」であり、憲法が禁止する刑事罰との二重処罰となる

「不当利得」の剥奪を超えて課徴金を課すのであれば、そのような課徴金は、もはや「制裁」であり、刑事罰との併科は憲法上の「二重処罰の禁止」に抵触することとなる。
加えて、報告書が「加算」の要件とする再犯、長期間の違反、大規模企業による違反、役員の関与は、いずれも反社会性・反道徳性、悪質性・有責性を問う要因であり、ここに犯則手続を導入すれば、“その趣旨、目的、手続”を同一とし、刑事罰そのものである。これら要因は、司法手続の中でこそ評価されるものであり、行政処分としてこのような「加算」制度を導入することは、容認できない。

(3) 措置減免制度は公取委の裁量権の拡大であり、制度的にも手続的にも検討は未成熟

課徴金が制裁としての性格を持つ以上、措置減免制度は、司法制度改革推進計画における刑事免責制度等の新たな捜査手法の多角的検討の射程距離に入ることとなり、単なる“行政上の措置”として先行導入できる理由は、政策的にも存在しない。また、報告書の言う措置減免制度は、その発動要件が不明確であり、公正取引委員会の裁量なしには機能し得ないものである。加えて、刑事告発との関係などの問題が解決されておらず、さらなる検討が必要である。
そもそも司法取引の制度を有しないわが国にあって、検察官でさえ減免の要件とその適用に逡巡するであろう制度を、現状の公正取引委員会がどのようにして実務的に対応しようとするのか、その具体的手続過程をも含めて明らかにすべきである。

(4) 課徴金の対象拡大には法的根拠が示されていない

報告書は違反行為禁止規定に係る実効性確保のために、価格カルテル等以外にも課徴金を適用することを求めるが、価格・数量カルテル以外の不当な取引制限、購入カルテル、対価・供給量・供給先を制限する私的独占によって、いかなる「社会の経済的厚生の損失」が生じるのか、あるいはそれ以外のいかなる根拠のもとに課徴金を課そうとするのか、そしてその算出方法をいかにしようとしているのか、何ら述べられていない。
また、競争事業者を排除する私的独占については、報告書第二部において新たな規制類型を創設することを求めているが、「不可欠施設等」の定義の曖昧性をはじめ、後述する様々な問題があり、公正取引委員会によりいかなる運用がされるのかが定かでないにもかかわらず、課徴金の対象とすることは極めて疑問である。加えて、競争事業者を排除する私的独占・不当な取引制限による「社会の経済的厚生の損失」が、何ゆえに「高度寡占市場における首位企業の利潤率と全産業の平均利潤率との差」をもって計られるのか、理解しがたい根拠をもって課徴金を課そうとすることは容認できない。

(5) 入札談合事件における発注者側の処分規定を創設すべきである

報告書は、カルテル違反の累犯の例や摘発後の価格下落の例として繰り返し入札談合事件を上げている。報告書が入札談合事件を重大視していることは明らかな一方で、これに対する防止策を何ら提案していないのは誠に不可解である。
入札談合事件の大部分においては、発注者側が事業者に談合を教唆または慫慂している実態があることは昨今の審判、刑事事件公判からも明らかである。しかるに、現行法制では、「入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律」によって、公正取引委員会から改善措置の要求などを受けた各省庁・地方公共団体の長等は、必要な調査を行った上で (1)談合関与行為の排除、または排除の確保処置、(2)国に損害を与えた時に、当該職員に対して損害賠償を請求し、あるいは (3)当該職員に懲戒処分を行うことができるかについての調査を行うこととされているにすぎず、民側に課されている不利益と比して極めてバランスを欠き、抑止力となっていない。まして直接に刑事罰が課されることは予定されていない。
そこで、商法第497条第3項に利益供与要求罪を新設したことにより、この種の行為が激減した実績を踏まえ、入札談合を中心とした不当な取引制限を教唆または慫慂した発注者側の職員を直接の刑事処分の対象とする規定を、独占禁止法の中に創設することが効果的である。

(6) 審査・審判手続の適正化を行うべきである

上記に述べたように、報告書の求める課徴金は制裁そのものである。課徴金を制裁として再構成するならば、公正取引委員会の行う全ての調査、審査、審判、審決に適正手続(Due Process)を制度として取り入れることが当然の前提であり、また、審査部門と審判部門の人事的な隔離、審査官・審判官は法曹有資格者、審判官の独立性の確保、委員会によるその判断の尊重と言った近代司法制度の原則が前提とされるべきである。
また、行政処分にすぎない審決の取消訴訟について、第一審を東京高等裁判所とすることは国民の裁判を受ける権利を制約するものであり、審級省略を見直すべきである。
しかしながら、報告書は「更なる審査・審判体制の整備を図る」ことについて検討課題に止めているに過ぎず、極めて曖昧であり、措置体系強化の両輪の一方であるべき適正手続の強化を先送りしている感を否めず、公平性を欠いていると言わざるを得ない。
加えて報告書は「事件処理の迅速性の確保」のために、排除措置命令を「事前に通知をし、書面で意見を申述し、証拠を提出する機会を付与することが適当」とするが、現状のように勧告書、審判開始決定書には証拠等について何も触れられていないまま、かかる事前手続きを導入することは、かえって適正手続の保障を害するとともに被審人の防御権を侵害するものとなりかねない。

3.措置体系全体の見直しへの提案

以上、指摘したように今回の報告書は措置体系の見直しとして、不十分、未成熟である。
公正取引委員会は、国会において求められた「独占禁止法違反行為に対する抑止力の強化の観点から、課徴金、刑事罰や公正取引委員会の調査権限の在り方を含めた違反行為に対する措置体系全体について早急に見直すこと」(平成14年4月17日衆議院経済産業委員会附帯決議)との趣旨に従い、措置体系全体の見直しに関する検討を、改めて公正な手続と透明性のもとに行うべきである。
また、具体的な見直しの方向としては、刑事罰と課徴金が併科される現行制度を抜本的に改め、課徴金をEU型の「制裁金」に改めつつ、行政上の制裁と刑事制裁の関係を整理するか、少なくとも、制裁としての課徴金を課す事案においては、法人に対する刑事罰を科さない体系とすることを検討すべきである。
いずれにせよ、独占禁止法の趣旨に鑑み、悪質性・重大性に応じて社会的に納得の得られる制裁が科されるような制度設計が必要であり、同時に公正取引委員会の手続において、適正かつ透明性を有する手続的保障(Due Process)を確保すること等が必須である。

II.「第二部 独占・寡占規制の見直し」について

1.「不可欠施設等」の定義が不明確である

報告書における「不可欠施設等」の定義は曖昧であり、技術標準(de facto standardおよびde jure standard)や形成過程を考慮するならば、独占禁止法の文言としては、抽象的なものとならざるを得ない。加えて「不可欠施設等」の実際の利用にあたっては、利用形態・条件等が多岐にわたるため、いかなる行為が不可欠施設等の利用に係る「参入阻止行為」として「競争を実質的に制限する蓋然性が高い」のか、また、競争者等が被った「競争上の不利益」が不可欠施設等の利用に本来、密接に係るものであるのかを一律に規定することは容易ではない。
したがって、「不可欠施設等」を専有する事業者による参入阻止行為に対して「正当な理由がない限り違法」とすることは、曖昧な構成要件のもとに、当然違法の原則が適用されるかのような新たな規制類型を導入するに等しく、容認できない。
加えて、報告書の記述を越えて公正取引委員会は、「高額な違約金を伴う長期契約」など不可欠施設等の利用に直接係らない行為までをも、不可欠施設等を専有する事業者が行う場合には「正当な理由がない限り違法」とする方向を示していることは納得しがたい。

2.現行独占禁止法により対応可能である

報告書が具体的な参入阻止行為として想定するものは、現行独占禁止法第3条前段(私的独占)、第19条(不公正な取引方法の禁止)によって十分に対応可能であることは、従来の公正取引委員会の各指針においても明らかにされている。さらに具体的な問題があれば、不公正な取引方法の特殊指定を行えば足りることも、公正取引委員会の過去の報告書が指摘しているとおりである。
現行独占禁止法の規定で十分に対応可能であるにもかかわらず、「迅速処理」のみを理由に新たな規制体系を導入することは疑問である。

3.独占禁止法と関係事業法との間の調整が先決である

そもそも「不可欠施設」の開放および運用のあり方等は、各事業法の規制によるところであり、公正取引委員会が想定する措置自体が現行事業法の適切な運用により対応可能である。
仮に各事業法および事業法にもとづく政省令、告示等、所管官庁の運用が独占禁止法上問題であるとするならば、公正取引委員会と所管官庁との協議により解決されるべき問題であり、少なくとも、事業者が事業法に適切に従っている限り「正当な理由」があるとされるべきである。

4.新たな規制は国民経済にとってかえってマイナスである

新規参入を企図する者が、既存事業者の専有する不可欠施設や技術標準の利用を当然とすることは、不可欠施設、技術標準の構築自体が予期せぬ事業リスクとなって社会的インフラの維持・高度化や技術革新を阻害することとなり、わが国企業の国際競争力の障害となるばかりか、国民の利便向上をも妨げることとなりかねない。
また、新規参入を機に既存事業者が値下げをすることは、規制改革の直接的効果として国民の広く期待することである。価格競争は市場における自由な競争の最も重要な要素であり、既存事業者による通謀がない状態で値下げがあった場合にも独占禁止法上の問題とすることは適当ではない。

III.独占禁止法改正に係る手続について

報告書に指摘された事項に従い独禁法に改正が行われるならば、昭和52年改正以来の大規模な改正となることが予想される。ところが、課徴金の法的性格の見直しや加算制度、減免制度の導入など、独禁法の骨格とも言える要素の改定にあたって、独占禁止法研究会は、その中間報告を公表することもなく、最終報告案へのパブリックコメントにさえ、1ヶ月強の検討期間しか与えていない。独禁法という極めて専門性の高い法の性格、報告書に含まれる基本的問題への提起を考えるならば、今回のパブリックコメントの聴取手続上も不可解さを払拭できない。
公正取引委員会が、当初の予定を早めて次期通常国会に改正法案上程を予定しているとのスケジュールを考えるならば、公正取引委員会は、報告書に沿って既に改正要綱の作成に着手しているのではないかとの誤解を生じ、果たして本当に国民の意見を聴取する意思はあるのかとの疑念も生じかねず、その手順も含めあまりにも拙速であるとの感を免れない。
昭和52年改正に至る経緯を振り返れば、49年7月の独占禁止法研究会報告から52年第80回通常国会における改正法成立に至るまでに3年余り、48年の通常国会において高橋公正取引委員長答弁が法改正の必要性を示唆してよりは4年間を要している。
その間、法改正作業は政府全体の課題とされ、総理府総務長官を座長とする「独占禁止法改正問題懇談会(49年12月16日設置)」による「独占禁止法改正政府素案」の作成(50年3月5日)、「第一次政府案」の国会提出(50年4月25日)、与野党における「5党共同修正案」の衆議院通過(7月、参議院において審議未了廃案)、51年通常国会への「第二次政府案」の提出・廃案、52年「第3次政府案」の第80回通常国会提出、衆議院商工委員会における修正・可決、参議院通過成立と、3度にわたる国会審議を経ている。
さらにこの間、与野党における真剣な審議に加えて、経団連をはじめとする産業界の意見、多数の経済学者、法学者による連名意見、消費者団体、マスコミなど国民各層による意見表明、討議がなされていたことも見逃すことはできない。
公正取引委員会ならびに政府が、独占禁止法改正を国民経済の健全発展に不可欠な課題と考えるならば、報告書をひとつのたたき台として、国民各層の意見を真摯に徴しながら、さらに政府全体としての審議・検討を行うべきである。
少なくとも、公正取引委員会はパブリックコメントとして寄せられた内容を公表するとともに、コメントに対する公正取引委員会自身の見解を示すべきである。その上で、さらに公正取引委員会としての独占禁止法改正の具体案を作成・公表し、再度、国民各層の意見を徴することが必要であると考える。

以上

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