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2004年版経営労働政策委員会報告
「高付加価値経営と多様性人材立国への道」(概要)

−今こそ求められる経営者の高い志と使命感−

2003年12月16日
(社)日本経済団体連合会

◎ 今回の報告の序文および各章の要約

序文

経済のグローバル化に代表されるビジネス環境の激しい変化に対応するため、わが国経済は構造改革を迫られ、バブル崩壊の後遺症に苦しみながらも、官民あげてこれに取り組んできた。何より求められるのは、守りの改革から攻めの改革へのシフト、すなわち新たな需要、産業、雇用を創出する取り組みを強化することであろう。少子・高齢化問題も環境問題も、これらを事業機会としてとらえ、新たな産業を生み出していくという積極的な姿勢をもつことによって、解決の可能性を見出すことができる。
今後わが国が目指すべきは、「交易立国」である。戦後のわが国は、海外から多くの技術や原材料を取り入れ、それを改善し加工して国内で生産を行ない、輸出するという「輸出立国」で復興と発展を果たしてきた。交易立国ではそれにとどまらず、日本発の技術や資本を海外に投入し、それを使って日本はもとより世界中で生産を行なう。それによって世界各国の富の創造に貢献し、あわせてそこで得られた利益を国内にも還元し、さらなるイノベーションを生むための資金とするメカニズムを確立させるというコンセプトである。そのためには、多様な価値観や考え方を持つ異質な高度人材が集まって協働できるような環境を作ることが大事である。多様な人材が内で育つだけでなく、外からもやってきて、ともに活力をもって働けるような、国と企業の新しい人材戦略の構築が求められている。
企業が創造した付加価値が賃金の原資となるものであり、高付加価値経営とは、従業員の貢献に見合った賃金を支払い、企業が適正な利益を確保する経営ともいえる。企業の存続・成長のために付加価値を高める戦略を立て、実施していくかが労使双方にとって重要な課題である。今次春季労使交渉が、これらの話し合いの場として有意義なものとなることを期待したい。

第1部 企業経営の動向と課題

  • デフレ的傾向が続く経済環境のなかで、すべての産業・企業において付加価値を高める努力が求められる。
  • 自由貿易への積極的な参画により、日本は「交易立国」を目指すべき。
  • 「内なる国際化」の実現に向け、ヒト、モノ、カネを含む多様な経営資源を日本に受け入れる体制の構築が必要。そのためには、テクノロジストの育成やホワイトカラーの生産性向上が不可欠。

1.企業経営をめぐる動向

日本経済は先行きに明るさも見え始めているが、持続的な物価水準の下落であるデフレは依然として続いている。物価水準が下落する中では、企業の売上高や利益は名目価格で低下するため、一段の売上増、利益率改善、生産性の向上などが実現できなければ、企業は雇用人員を削減するか、賃金水準を引き下げるかの厳しい選択を迫られる。デフレ的傾向が続く経済環境のなかで、すべての産業・企業において付加価値を高める努力が必要である。
今後日本がめざすべきは「交易立国」である。日本の技術や資本を海外に投入し、世界各国の富の創造に貢献し、あわせてそこで得られた利益を国内にも還元し、次なるイノベーションを生むための資金とするというサイクルを拡充する方向が目標となる。交易立国をめざすためには、自由貿易への積極的な参画、すなわち輸出のみならず、輸入や対外・対内直接投資を一層促進することが求められる。

2.国際競争に勝てる企業経営の課題

デフレ下でも着実に業績を上げている企業も少なからず存在する。このような企業に共通するのは、(1)コスト削減による効率化の努力を継続的に続けていること、(2)顧客ニーズを確実に把握してタイミングよく創造的な商品やサービスを提供していることである。グローバリゼーションが進行するなかで、この2つを世界規模で展開している企業は成功している。このような目標の実現は、情報技術の進歩によって、企業の規模に関係なく可能となっており、こうした経営を実現するための絶えざる努力を企業は続ける必要がある。
経済活動のグローバル化のなかで日本が存立していくためには、あらゆる分野で世界に通用する仕組みを再構築していかなければならない。言い換えれば、門戸を開放し、内外のヒト、モノ、カネ、情報の活用によって国内を活性化させ、世界に通用する産業、企業を育成していくことが求められる。すなわちそれは、「内なる国際化」の推進による日本の国際競争力の強化である。
「内なる国際化」を進めるには、製造業だけでなく、知的財産分野やサービス産業における競争力の一層の強化が求められる。その担い手となるのが、テクノロジストとホワイトカラー労働者である。テクノロジストは、「知識と技能を結びつけ、それにより創造性を発揮する労働者」であり、先進国の競争力の源泉として注目を集めている。経営者は、テクノロジストの育成、有効活用に向けた新たなマネジメントの枠組みを構築することが求められる。ホワイトカラーについては、IT化の進展により「価値を生み出す/生み出す計画を立てる仕事」に集中することを求められている。企業においてはホワイトカラーの生産性を高め、より大きな成果をあげるための仕組みづくりが急務である。労働法制などの政策面での見直しはもとより、企業経営者自身が、ホワイトカラーの働き方に対する意識を改革していく姿勢が不可欠である。
わが国経済の活性化をはかるには中小企業の活躍が不可欠である。大半の中小企業にとって、経営上の重要課題は、資金と人材の確保である。競争力の弱い中小企業に対しては、資金と人材の確保の観点から経営革新を促すための各種の支援や相談ができる仕組みを一層充実させていくことが求められる。資金の支援については、民間融資の充実をはかるとともに、政府には民間の努力を支援する形での施策が期待される。また、人材の確保は企業の自助努力が基本であるが、新卒採用についてはインターンシップの受け入れにより中小企業の実態を若年層が知る機会を提供したり、技術や財務などの専門家の確保については、地方自治体などがアドバイザーや指導員として紹介する仕組みを全国的に構築したりすることなどが有益であろう。中小企業の競争力の強化のためには、企業間の連携や、産業間の連携を積極的に行ない、もてる資源を効率的に活用していくことが求められる。
地域経済の活性化には、構造改革特区制度や産業クラスターに対する支援制度などを活用し、地域の強みと特徴を強力に打ち出して、新規事業の立ち上げや企業・人材の誘致の強化、地元の大学との産学連携の一層の推進も重要である。政府は2003年10月に、「地域自らが考え、行動し、国はこれを支援する」という構想を基本としている地域再生本部を発足させたが、地域経済、特に地元企業はこれを大きなビジネスの機会と受け止めて、積極的な活動を展開し、企業、地域の活性化に取り組むことが望まれる。

第2部 雇用・人材育成・労使関係

  • 雇用の維持・確保のためには、適正な人件費水準の管理が大前提。付加価値生産性の上昇率がマイナスになれば、人件費を減らすという覚悟で賃金決定を行なう姿勢が必要。
  • 多様な人材を活用していくためには、仕事と役割の特性に応じた賃金体系を自社の事業内容や組織構成等に応じた最適な形で確立させる「複線的な賃金体系」の確立が求められる。
  • 賃金水準の適正化と年功型賃金からの脱却。一律的なベースアップは論外であり、賃金制度の見直しによる属人的賃金項目の排除や定期昇給制度の廃止・縮小、さらにはベースダウンも労使の話し合いの対象になりうる。
  • 税制・財政構造の抜本的改革を視野に入れて、社会保障制度全体を抜本的に改革するグランドデザインの構築が必要。
  • 次代を担う若手人材については、与えられた課題について判断し、解決する能力のみならず、既成概念にとらわれずに革新的なビジネスモデルを構想していくための創造性・革新性を、早期から鍛錬する場を提供していかなければならない。

1.雇用創出、雇用機会拡大のための施策

雇用関連の指標は依然停滞を続けている。雇用問題は勤労者、国民にとって、将来不安の最も大きな要因のひとつであり、その解消が経済の回復の鍵である。雇用不安解消のためには、新産業育成を通じた雇用創出が重要である。経済成長が鈍化し、少子・高齢化の進展するなかで、今後わが国産業において、雇用の維持・拡大が期待される領域は、対個人・事業所などへのさまざまなサービス関連分野である。当該分野における規制改革が進めば、一層の雇用創出が期待されよう。
若年層の無業者・フリーターの急増は、日本経済に深刻な影響を及ぼしつつある。若年層の雇用対策については、適切なキャリア形成、将来に向けた人材育成に十分な配慮が望まれる。若年層の人材育成は、学校教育や職業訓練と密接に関連しており、行政・教育機関・企業が一体となって、地域の特性に応じたきめ細かい職業紹介、カウンセリング、職業訓練などの雇用関連事業や、教育の一環としてのインターンシップを一体的かつ効率的に推進する施策が必要である。

2.多様な働き方を推進する人事管理

21世紀における企業の人事管理の主目標は、「多様性をもった適応力の高い組織の形成」であろう。雇用・就業形態の多様化は、雇用機会の創出・拡大、人件費管理の効率化という観点だけでなく、企業の存続・発展のために創造性溢れる組織風土を構築するためにも重要である。
多様な働き方を推進するために、従来から労働市場の規制改革を求め、徐々に規制緩和が進んできたが、2003年の通常国会において、労働基準法、労働者派遣法、職業安定法が改正されることとなった。これらの改正は、労働市場をより円滑に機能させる方向をめざすものと評価されるが、今後とも、一層の規制改革が必要である。
労働力の減少に対処していくためには、働く人々の多様なニーズに応えうる選択肢を提供し、若年者、女性、高齢者、障害者、外国人など、多様な人々の活用をより一層推進していく必要がある。企業に、従来とは異なる多様な人材を取り込むことにより、企業のダイナミズムを生み出し、マーケットにアクセスする力も強め、ひいてはグローバルな競争に生き残るための経営戦略をつくる必要があろう。こうした考え方の基本が「多様な人材(ダイバーシティ)を生かす戦略」である。今後ますます、人材の質・レベルによって企業の競争力が左右される。企業労使は、これからの労働市場の変化を視野に入れて、自社における「雇用ポートフォリオ」の高度化を推進していくことが求められる。

3.賃金問題の考え方

デフレ下においては、労働の対価である賃金について、従来以上に付加価値生産性に準拠して総額人件費管理を徹底していく必要がある。労使に求められるのは、労働分配率の適切な管理、すなわち、付加価値生産性の上昇率の範囲内に人件費の上昇率を抑制することであり、それができなければ、労働分配率の上昇を抑えることはできない。付加価値生産性の上昇率がマイナスになれば、人件費を減らすという覚悟で賃金決定を行なう姿勢が必要である。労使にとっては、何よりも雇用の維持・確保が重要な課題であり、そのためにも人件費水準を適正に管理することが求められる。
従業員のモラールの維持と企業全体の生産性向上のために、今後は、新たな発想に立つ賃金制度の再構築が必要となる。具体的には、(1)硬直的な人件費管理から業績を反映した人件費管理へ、(2)高止まりの賃金水準を、国際競争力を保てるような適正な賃金水準へ、(3)年功型賃金システムから能力・成果・貢献度反映の賃金システムへ、(4)一律型賃金管理から複線的な賃金管理へ、という方向を指向することである。とりわけ、仕事と役割の特性に応じた賃金体系を自社の事業内容や組織構成などに応じた最適の形で複線的に確立していくことが、今後の賃金制度の改革の中心課題である。

4.人材育成・教育

初等・中等教育では、基礎学力の確立をはかるとともに、社会の一員としての自覚を植えつけ、公徳心、責任感、自立心といった基本的な社会規範を身につけさせることが大切である。高等教育においては、初等・中等教育で学んだ基礎、基本をもとに、社会の発展に寄与できる専門能力と人格を磨き、社会に貢献する人材の育成が求められる。
企業人には、これまで以上に広い視野に立った高度な判断力と課題解決能力が求められている。とくに次代を担う若手人材については、与えられた課題について判断し、解決する能力のみならず、既成概念にとらわれずに革新的なビジネスモデルを構想していくための創造性・革新性を、早期から鍛錬する場を提供していかなければならない。企業にはOJTを中心とした基礎教育、実践教育の充実と同時に、個々の従業員の能力や適性に焦点を当て、多様な育成支援策を提供していく姿勢が必要である。

5.持続可能な社会保障制度のグランドデザインの構築

改革断行のためには、税制・財政構造の抜本的改革を視野に入れて、社会保障制度全体をパッケージで改革するグランドデザインの構築が必要である。現行の個別の社会保障制度には、機能の重複がみられ、その徹底的な合理化が不可欠である。他方、個々人に給付と負担の情報を提供し、国民の十分な理解を得ることが重要である。公的な制度の機能を明確にすることによって、国民の自助努力の目標を提示できることになる。

6.労使関係のあり方

今次労使交渉・協議の課題は、引き続き、企業の存続と雇用の維持を最重点に、労使で徹底した議論を行なうことにある。今次労使交渉・協議の具体的な課題の第1は、自社の付加価値生産性に応じた総額人件費管理を徹底すること、第2は、賃金水準の適正化と年功型賃金からの脱却、第3は、仕事や役割に応じた複線的な賃金管理への転換である。多様な人材を生かし、労働者のモチベーションを高め、生産性を向上させていくためには、年齢・勤続年数などの属人要素による弊害を排除し、能力・成果・貢献度などに応じた賃金制度に切り替えていくべきである。したがって、一律的なベースアップは論外であり、賃金制度の見直しによる属人的賃金項目の排除や定期昇給制度の廃止・縮小、さらにはベースダウンも労使の話し合いの対象となり得る。短期的な業績向上による成果配分は、賞与・一時金によって従業員に還元していくべきである。
経営環境が激変している今日、企業別労使関係を基軸とする良好な労使関係の維持・発展が重要となっている。今後、個別企業が生き残りをかけ、労使一体となって生産性向上に取り組むとともに、さまざまな改革を成し遂げなければならない。その意味で、企業別労使関係の重要性はますます強まっており、労働組合の有無にかかわらず、企業労使が経営環境の変化や経営課題について広範な議論を行ない、企業の存続、競争力強化の方策について、討議・検討する「春討」、「春季労使協議」の充実が望まれる。

第3部 今後の経営者のあり方

  • 企業倫理の徹底は、社会的責任の遵守であると同時に、危機管理(リスクマネジメント)の一環でもある。
  • 最近頻発する工場での大事故は、「現場力」、すなわち現場の人材力の低下の反映であると、トップ自ら危機感をもって認識する必要がある。
  • 「高い志」に裏打ちされた経営が、国益や社会の利益を増進し、ひいては「活力と魅力溢れる日本」を創り上げていく道へつながる。こうした志を実現するためには経営者のリーダーシップの発揮が不可欠である。

1.経営ビジョンの限りない追求

国際競争力の強化と同時に、企業に求められているものは、企業倫理の徹底である。企業の遵法精神にはずれた行為は、大きな危機(リスク)要因である。企業倫理の徹底は、社会的責任の遵守であると同時に、危機管理(リスクマネジメント)の一環でもあることを、企業は認識しておく必要がある。
ここ1年間、従来ほとんど起こらなかった工場での大規模な事故が頻発している。企業としては、この問題を単に規律の問題としてでなく、「現場力」、すなわち現場の人材力低下の反映であると、危機感をもって認識する必要がある。経営幹部の意識改革なしに、この問題の根本的解決はありえない。

2.経営者の使命・役割

労使は社会の安定帯である。企業、産業、地域、ナショナルセンターなどそれぞれのレベルにおける労使の十分な対話と協調が経済・社会の安定に大きな役割を果たすことが、新しい労使関係の創造につながる。「多様な価値観が生むダイナミズムと創造」こそが、わが国の活力と魅力を取り戻すためのエネルギーの源となろう。労使にはベクトルをあわせて、新たな時代を切り拓くべく挑戦を続けることが求められている。
企業は単に公正な競争を通じて利潤を追求するだけにとどまらず、広く社会にとって有用な存在でなければならない。21世紀は物質的豊かさに加え、精神的な豊かさが求められる時代である。こうした時代に経営者に要求されるものは、「新たな価値観の創造」、「信頼の獲得」、「企業活動を通じて社会の活力を向上させようとする意思の力」である。このような「高い志」に裏打ちされた経営が、国益や社会の利益を増進し、ひいては「活力と魅力溢れる日本」を創り上げていく道へつながる。こうした志を実現するためには経営者のリーダーシップの発揮が不可欠であり、同時に企業の諸関係者からの意見に真摯かつ謙虚に耳を傾けることが求められる。

以上

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