[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

インサイダー取引規制の明確化に関する提言

−公正で、安心して投資できる市場を目指して−

2003年12月16日
(社)日本経済団体連合会

1989年4月にインサイダー取引規制の規定が整備されて以来、すでに14年が経過した。この間、同規制は、基本的な枠組みを維持したまま、今日に至っているが、一方で、わが国資本市場を取り巻く環境は大幅に変化した。

90年代に生じたストック・デフレと金融システム不安を背景に、厚みある資本市場の確立が急務となっているが、個人の資本市場への参加は依然として低迷している。

また、企業法制については、純粋持株会社の解禁、連結主体の財務情報開示制度への転換、会社法上ならびに税法上の各種企業組織再編制度の整備が行われ、多くの企業において、こうした制度を活用したグループ経営が定着している。一方、資本制度においても、自己株式取得・保有規制の緩和が行われるとともに、法定準備金に関する取崩し要件の緩和、自己株式取得の財源化が行われた。また、役員等に対するインセンティブ報酬としてストック・オプション制度が導入され、幅広く活用されてきている。

さらに、ITの普及は、投資家・企業を取り巻く情報環境を劇的に変化させている。

また、インサイダー取引規制を巡っては、重要事実に係る包括条項(いわゆるバスケット条項)が適用される裁判例が現れ、同条項の幅広い適用可能性を投資家が意識せざるを得なくなっている。

こうした中、個人投資のより一層の拡充の観点から、経済環境の変化や制度の改革に合わせて、インサイダー取引規制の明確化を求める声が強まっている。

そこで、公正で、国民が安心して投資ができる資本市場を実現するため、下記のとおり、インサイダー取引規制の考え方を整理し明確化することを提言する。

1.重要事実に係るバスケット条項

現行のインサイダー取引規制では、個別の重要事実の列挙に加え、その他の「上場会社等の運営、業務又は財産に関する重要事実であって投資者の判断に著しい影響を及ぼすもの」を重要事実とするという、バスケット条項(証券取引法166条2項4号・8号)がおかれている。
このバスケット条項の存在により、何が重要事実にあたるのか不明確となっており、罪刑法定主義の趣旨に反するとの指摘が強くなされている。また、犯罪とならない範囲を画する機能(自由保障機能)が低く、投資家は保守的な解釈を余儀なくされ、株式投資意欲が削がれる、という弊害もみられる。さらに、会社による自己株式取得の障害となり、株主への利益還元、企業の機動的な資本政策の実現を阻害している面もある。
したがって、重要事実の明確化を図り、個人・企業が安心して株式等に投資できるようにするため、バスケット条項を削除すべきである。
同条項を削除したとしても、業務に起因する損害や業績予想の変動に係る条項の活用、政令による重要事実の機動的追加をはじめ、現行法の他の規定で対応することにより、実質的な弊害の発生を防止することは可能と考えられる。

2.個別列挙された重要事実および軽微基準

子会社の解散や新株発行、自己株式の取得・処分等については、他の行為について設けられている軽微基準と整合性がない、あるいは、軽微基準が合理的でない等の問題点がある。また、上場子会社等の業績予想の変動が、一律に親会社の重要事実となっており、その結果、親会社の株価に影響を与えないものまで親会社側の重要事実となっている。
そこで、これらの規定について、改善を図るべきである(詳細は別紙「個別列挙された重要事実および軽微基準について」参照)。

3.事前相談制度

重要事実の発生時点が明確でないなど、個別具体的な事案がインサイダー取引規制違反に当たるか否か曖昧な点があるとの指摘がなされている。
そこで、個別取引事案について投資家が事前に合法性を確認でき、かつ、将来の投資家の参考に資するようにするよう、以下のような事前相談制度を整備すべきである。

  1. 重要事実や会社関係者、適用除外取引にあたるかどうか等を相談できる。
  2. 事前相談で問題がないとされた事案については、相談内容が真実である限りは、刑事・行政上の責任を問われることはない。
  3. 当該事前相談にかかった事案については、以後の事例の参考に供するため、相談者と協議の上、相談者等が特定されない形で、公表する。

4.適用除外取引(セーフ・ハーバー)

現行法上、適用除外取引は、内閣府令で定められた場合に限定されている。
しかし、適用除外となっている役員・従業員持株会による取得と同様に、恣意が入る余地がない取引であれば、現行の内閣府令に挙げられた取引に限定する理由はない。
そこで、例えば、以下は適用除外取引とすべきである。

  1. 重要事実を知る前に作成した計画に基づく株式売買(継続的な売買でない売買を含む)
  2. 投資顧問会社、信託銀行、証券会社等に運用を委託している株式売買
  3. 取引先持株会による株式の買入れ

5.ストック・オプション

現行法上、ストック・オプションの行使については、インサイダー取引規制の適用除外とされている一方、行使により取得した株式の売却については、適用除外とされていない。また、取締役等が会社の株式を買い付けた後、6ヵ月以内に売付けをして利益を得た場合には、会社がその利益の返還を請求できるとしている。
そのため、在任中に、取締役等に業績向上インセンティブを付与し、当該取締役等の利益と株主の利益を近づけるというストック・オプション制度の本来の目的が阻害されている。
そこで、ストック・オプションの行使により取得した株式の売却について、例えば、付与から6ヵ月以上経過しているときには、当該売却の前6ヵ月間に他の自己株式を買い付けていた場合も含め、少なくとも、証取法164条(短期売買差益返還)の適用除外とすべきである。
なお、証取法164条(短期売買差益返還)は、外形的・形式的規制であり、合理性が薄い上、国際的にも普遍的なものとは言いがたいことから、その廃止・合理化について検討がなされるべきである。

6.公表措置

現行法上、2つ以上の報道機関に重要事実を公開してから12時間経過した後に公表とされることとされている(12時間ルール)。
しかし、来年2月より、東証のTDネット等への掲載により、即時に公表とされることとなっており、周知期間として12時間をおく意味がなくなる。
したがって、12時間ルールは撤廃すべきである。


将来的には、現行法上、形式犯的な構成が取られているインサイダー取引規制違反に関し、(1)禁止行為について、「利益を得または損失を逃れる目的で」という主観的要件の設定、(2)重要事実について、「投資者の判断に著しい影響を及ぼす」という要件の設定により、実質犯化することも検討すべきである。

なお、現在金融審議会第一部会において、不公正取引規制違反に対するサンクションの強化・多様化の議論がなされているが、追って、意見を表明していく予定である。

以上

(別紙)

個別列挙された重要事実および軽微基準について(例)

1.重要事実に係る軽微基準の変更・創設

(1) 子会社の解散に係る軽微基準の創設

現行法上、子会社の解散に関しては、軽微基準が設けられていない。
しかし、営業または事業の全部又は一部の休止又は廃止について軽微基準が設けられていることと比べ、均衡を失しており、また、結果として、機動的な事業の再編が阻害されている。
したがって、営業または事業の全部又は一部の休止又は廃止と同様、当該子会社の解散により減少する連結ベースの売上高が、解散後3事業年度にわたり、当該子会社解散前の事業年度の連結ベースの売上高の一定割合(例えば、10%未満)であると見込まれる場合には、重要事実にあたらないとすべきである。

(2) 新株発行に係る軽微基準の変更

現行法上、新株発行に関しては、発行価額の総額が1億円未満の場合には、軽微基準に該当し、重要事実にあたらないとされている。
しかし、新株発行が株価に影響を与えるのは、議決権の希釈化等が生じるためであり、発行価額の総額を基準とすることは合理的ではない。
したがって、公開買付に係る重要事実の軽微基準も踏まえ、年間に発行する新株が、発行済株式総数の一定割合(例えば、2.5%未満)であれば、重要事実に当たらないとすべきである。

(3) 自己株式の取得・処分に係る軽微基準の創設

現行法上、自己株式の取得・処分に関しては軽微基準が設けられていない。
しかし、新株発行について軽微基準が設けられていることと比べ、均衡を失しており、これにより、発行体による株主への利益還元が制約されているとともに、資本政策の機動的な展開が阻害されている。
したがって、自己株式の取得・処分について、例えば、上記の新株発行同様(発行済株式総数の2.5%)の軽微基準を設けるべきである。

2.上場子会社等の業績予想の変動の削除

現行法上、上場子会社等の業績予想の変動については、軽微基準に該当しない限り、親会社の会社関係者にとっての重要事実とされている。また、当該軽微基準は、当該子会社単体ベースで設定されている。
しかし、これでは、親会社にとって重要でない小さな上場子会社であっても、当該子会社にとって大きな業績予想の変動であれば、すべて親会社側の重要事実となることとなり、合理的ではない。
したがって、上場子会社等の業績予想の変動については、親会社側にとっての重要事実から削除すべきである。親会社の属する企業集団の業績予想等の変動は親会社の会社関係者にとって引き続き重要事実であり、特段の弊害はない。

以上

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