[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

戦略的な国際標準化の推進に関する提言

2004年1月20日
(社)日本経済団体連合会

戦略的な国際標準化の推進に関する提言の概要
(PDF形式)

はじめに

日本経団連では、昨年7月に、わが国の製品やサービスが、グローバル市場において競争力を持つためには、企業として国際標準化に戦略的に取り組むことが不可欠になっているとの認識のもとに、産業技術委員会の下に国際標準化戦略部会を設置したところである。その後、特に、産業競争力の強化の観点から、わが国の産業の国際標準化戦略のあり方や政府、大学・公的研究機関、国際標準化機関への期待について検討を行い、以下の提言をとりまとめた。
国際標準化戦略部会としても、提言の実現に向けて、引き続き、活動を続けていく所存であるが、関係企業や業界において、趣旨をご理解いただき、国際標準化活動により一層の取り組みを進めるとともに、政府においても、知的財産推進計画を着実に推進し、今後のわが国の戦略的国際標準化のさらなる推進に向け、活動を強化されることを期待するところである。

I.国際標準化活動の重要性

(1)近年、企業にとって国際標準化は事業戦略の非常に重要な要素になっている。

技術開発を行う企業にとっては、開発した技術が国際標準において、どのように扱われるかが事業戦略の重要な要素となりつつある。特に情報通信分野においては、ネットワーク化の著しい進展により、国際標準との関わりが非常に強くなっている。一方、情報通信以外の分野においても、国際標準が事業の重要な要素となるものも生じている。
自社技術を含んだ国際標準が制定されれば、消費者やユーザー企業の利便性が増すことで新たな市場が創出され、その中で競争力の上で非常に優位な立場に立つことができる。一方、他国の国際標準化の動きに迅速に対応し、自社技術にとって不利にならないような手当てを講ずることができなければ、自社技術を活用できないばかりか、新たなコスト負担も生じかねない。

(2)欧米諸国は、自国の規制や企業の技術を含んだ国際標準の制定に、官民一体となって、戦略的に取り組んでいる。

欧米各国は官民あげて自国の優位性の確立に向けて政策を展開している。欧州では、欧州標準化委員会(CEN)、欧州電気標準化委員会(CENELEC)、欧州電気通信標準化機構(ETSI)と欧州委員会あるいは関係国政府が緊密な連携を図りつつ、研究開発段階から標準化を念頭に置き、投票にあたって多数を有する強みを生かして、国際標準化機関を中心に、自国発の技術の国際標準化に向けた戦略的活動を展開している。この戦略は、各国が基準を定める際に国際標準を基礎として用いるとしたWTOのTBT協定により、大きな効果をあげている。
米国においても、米国標準協会(ANSI)と商務省傘下の米国標準技術研究所(NIST)が政府の支援を受けながら緊密に連携しつつ、民間のフォーラムによる標準化を中心に標準への取り組みを強化している。
さらには、中国も、国家標準化管理委員会(SAC)、中国電子技術標準化研究所(CESI)や中国通信標準化協会(CCSA)を設け、国際標準化に戦略的な対応を始めつつある。

(3)わが国においても、わが国技術の積極的な国際標準化や、他国が進める国際標準化への対応の双方において、官民一体となった取り組みが急務である。

一方、わが国においては、産業界自身の国際標準化への関わりが十分でなく、それとあわせて、政府の支援体制も必ずしも十分ではない。わが国としても、わが国の優れた技術を国際競争力の強化につなげるために、官民あげて、情報を収集し、戦略的な国際標準化活動を展開していかなければならない。その際、科学技術政策、知的財産政策との連携が非常に重要である。

II.企業の果たすべき役割

わが国がわが国技術の積極的な国際標準化や他国が進める国際標準化に十分に対応していくためには、企業自身が意識を改革し、国際標準化活動に積極的に取り組む必要がある。

(1)国際標準化活動の統括部署の設置が重要である。

わが国企業では、事業部門に付随して国際標準化活動が行われることが通例であるが、国際標準化の統括部署を設置するなど、社内の国際標準化活動を、研究開発および知的財産の視点も踏まえつつ、事業戦略の視点から統括、管理することが重要である。

(2)国際標準化に携わる人を積極的に評価すべきである。

わが国企業では、国際標準化に携わる人材は、人事評価の面で相対的に不利な立場に立たされてきたと指摘されている。今後は、国際標準化に携わる人材を積極的に評価する必要がある。また、こうした積極的な評価を通じて、技術的知識が豊富で国際的に交渉できる人材の育成を図ることも求められる。

(3)国際標準化提案への戦略的取り組みを行う必要がある。

優れた技術を有し、自社の技術の普及によって恩恵を享受するのは、企業自身である。企業が、自らもしくは企業間で提携して、海外拠点との連携も図りつつ、国際標準化機関や国際的な民間フォーラムに対し、国際標準化提案を行い、優れた技術の国際標準化に積極的に取り組むべきである。さらに、こうした国際標準化活動を企業の研究開発や知的財産分野での取り組みと戦略的に結びつけていく必要がある。

(4)わが国全体としての国際標準化活動に産業界は協調して取り組むべきである。

国際標準化においては、企業が単独で対応することが困難であり、他社との連携、さらには、国全体として取り組みが重要となることが多い。特に、わが国を代表する技術に関しては、わが国全体として官民一体となった取り組みが求められる。わが国全体としての国際標準化活動にも、産業界は積極的に協力すべきである。

III.重点分野における戦略的国際標準化活動の推進

(1)戦略的重点分野における産業界の国際標準化活動に対して、政府支援を大幅に拡充すべきである。

先行技術を有する企業は、国際標準化機構(ISO)、国際電気標準会議(IEC)、国際電気通信連合(ITU)といった公的標準化機関やフォーラムなどの場を通じ、積極的に標準化活動を行っている。その際、企業間の国際的な連携は日常茶飯事である。
欧米諸国の標準化政策においては、産業界の国際標準化活動への支援が重要課題として位置づけられている。わが国としても、(1)わが国の技術が世界でトップレベルであり、産業競争力強化の観点から重要な技術分野、(2)将来有望な技術であり、欧米が国際標準化に力を入れている分野で、わが国としても、その一環として位置付けるべき分野などの、特に国として戦略的に重要な分野においては、産業界の国際標準化活動を積極的に支援していくことが重要である。また、企業の国際的連携を伴うものや、民間主導で提案しているテーマであっても、公共性の強いものに対しては、厚い公的支援を期待したい。
支援措置としては、技術ごとの戦略に応じて、例えば、情報の収集、迅速な国内標準化、国際会議の出席・開催支援、国際標準化機関やフォーラムにおける国際議長・幹事業務などへの支援(旅費の補助を含む)、標準に係る研究開発や実証実験への助成、国際標準の普及の支援などが期待される。
その意味で、政府の国際標準化推進のための研究開発への助成事業のさらなる充実や、国際標準を狙う提案の国内標準化を含め、わが国全体としての提案の迅速な策定が求められる。なお、国内標準化にあたっては、日本工業標準調査会の特定標準化機関制度(CSB)、標準仕様書(TS)/標準報告書(TR)制度の活用も期待される。

別紙 部会アンケートで指摘された重要分野例参照)

(2)公的研究機関や大学も、国際標準化に積極的な役割を果たすべきである。

欧米においては、公的研究機関や大学が、国際標準化に積極的な役割を果たしている。わが国においても、公的研究機関や大学の研究者が研究活動の一環として国際標準化に取り組むことにより、国際標準化により積極的な役割を果たしていくことが重要である。
また、公的研究機関においては、国際標準化を組織の活動として位置付け、主導的な役割を果たしていくことが期待される。例えば、公的研究機関において標準化についての方針を作成すること、国際標準化に資する研究者を業績評価において積極的に評価することなどが重要である。大学においても、今後、国際標準化の活動を充実させていくことが期待される。
さらには、政府が、国際標準化の支援活動を充実させていくにあたっては、大学や公的研究機関の研究者にも配慮すべきである。国際標準化が産業競争力に与える経済効果の分析においても、大学の研究者の貢献が期待される。

(3)融合・複合的な技術領域においては、企業、業界をはじめ、関係者が柔軟に連携して対処することが望まれる。

融合的・複合的な分野領域においては、個別分野の検討では、どうしても限界がある。これらの領域においては、関連企業、関係業界が柔軟に連携することが望まれる。
その際、あわせて、関係府省の内部間や関係府省間の柔軟な連携も必要となるものと思われる。

IV.国際標準化にあたっての知的財産権の活用

(1)国際標準化団体のパテントポリシーの見直しが必要である。

技術標準は、皆が公平かつ平等に使用できることを通じて、自由な競争を促進させるものであり、それが広く普及することによって、経済・技術の発展に貢献するものである。この技術標準の使用に、特許の実施が前提となる場合は、その特許の権利者から使用許諾のライセンスを取得することが必要である。この場合、RAND(*)を基本としたそれぞれのパテントポリシーによって運用されるのが一般的であるが、RAND条件そのものが曖昧である。複数の権利者が存在している標準においては、RAND条件の明確化等、ライセンサー、ライセンシーともに利用しやすく、標準の普及が効率的に行われるパテントポリシーの形成が必要である。

(*) RAND[妥当かつ非差別的]: Reasonable And Non-Discriminatory

(2)パテントプールがスムーズに運用される環境を整備すべきである。

複数の権利者が存在する場合には、標準を普及させるために、権利者が集まり、標準化団体の外で、参加者の合意に基づき明確化したRAND条件により運用されるパテントプール機構を形成するケースが増えている。
パテントプールを活用することにより、特許権者にとっては、交渉窓口が一本化され、契約が簡素化され、特許紛争を回避でき、長期にわたって薄く広い収入を確保できる一方、ライセンシーにとっても、ロイヤリティー累積の問題を回避し、適正なロイヤリティーでライセンスを受けることができるようになる。さらに、消費者にとっても、製品仕様の統一と適正ロイヤリティーによって製品を製造する企業が増加することにより、新技術の成果を享受できる。
パテントプール結成が関係者間で合意された場合には、パテントプールがスムーズに運用される環境の整備が重要である。

(3)パテントプールとの連携を視野に入れて、国際標準化機関におけるパテントの取り扱いルールを整備すべきである。

国際標準化機関においては、それぞれパテントポリシーが定められているが、知的財産を巡る紛争の回避の観点から、特に、複数の必須特許が関連する分野においては、標準化された段階での必須特許の申告の告示、中立的第三者機関による必須特許の確認、特許問題に関する検討経緯の記録の作成・保持、パテントプールへの参加の意思の確認、RAND条件の明確化など、パテントプールの設定との連携を視野にいれたパテントの取扱いルールを確立することが期待される。
パテントの取扱いルールの整備にあたっては、わが国政府の関係機関や各国政府への働きかけの強化が大いに期待される。

(4)わが国においてパテントプールのスムーズな運用に向けた法的環境を整備すべきである。

これらのパテントプールはグローバルに形成されることが多いので、制度面での国際的調和に十分に留意しつつ、わが国においても、独占禁止法上問題とならないパテントプールについて考え方の明示が必要である。
必須特許の保有者でパテントプールに参加しない者の過度な権利行使に対して、独占禁止法上、何が問題であるかについての考え方を整理するとともに、特許法の裁定実施権の適用を含め対抗措置を検討すべきである。
独禁法上の環境整備に際しては、ガイドラインの整備を検討すべきである。

V.国際標準化のためのインフラの強化

(1)人材の育成に積極的に取り組むべきである。

人材育成に向けた産学官の関係者における積極的取り組みが期待される。例えば、標準を担う人材の育成・確保のためには、国際標準の会合に参加する機会を増やすことが重要である。また、ANSIが実施しているような国際標準化機関の仕組みを学ぶような教育コースを設置することや、国際標準化活動に従事してきたエキスパートの人的ネットワークを構築し、相互啓発や新たに活動に参加していこうとしている若い人の教育に活用することも有効であろう。
さらには、国際標準化に尽力された方々、特に若い、中堅の研究者の表彰制度の創設も求められる。

(2)国際標準化分野でアジアと連携すべきである。

国際標準化機関における国際標準の決定は基本的に1国1票で投票されることから、国数が多い欧州が有利になるケースが指摘されてきた。
これに対し、わが国としては、個別分野ごとの対外戦略とは別に、政府において、東南アジア諸国などに対しては、国際標準化に対する研修協力などを緊密に行うとともに、日中韓の連携を深め、アジア諸国の市場の実情を十分に反映した国際標準づくりが行われるような環境を整備すべきである。

(3)産業化を目指した研究開発プロジェクトにおける国際標準化への取り組みを強化すべきである。

産業化、特に、国際市場を想定した産業化を目指した国の研究開発プロジェクトにおいては、必ずその研究開発の成果の普及に際して国際標準化が必要か否かを検討し、その成果を踏まえて、研究開発の開始の時点から国際標準化に関する戦略を立てて取り組むことや国際標準化活動の支援に資する予算措置を講ずることを期待する。このことは産学官の連携による国際標準化に向けた素地作りにも寄与するものと考える。

(4)国際機関の日本側事務局において、在任期間長期化、民間人の活用を図るべきである。

国際標準化機関のさまざまな組織、会合に対しては、各国から代表者が参画しているが、各国ともに長期間にわたって同一の担当者が出席しており、お互いの人的関係が育まれ、そのことが標準の決定を左右するとすら言われている。
わが国においても、企業や研究機関での人事面の工夫によって、長期間参加できるような方策が求められる。また、国においても、国際標準化政策に携わる機関については、在任期間の長期化や民間人の活用を図るべきである。その際、豊富な人脈をもつ企業における国際標準化活動の経験者を活用することも有効と考えられる。

以上

別紙 部会アンケートで指摘された重要分野例

情報通信分野

ライフサイエンス分野

環境分野

ナノテクノロジー・材料分野

以上

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