[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

OECDコーポレート・ガバナンス原則改訂案(2004年1月)
に対する日本経団連のコメント

2004年2月5日
(社)日本経済団体連合会
経済法規委員会
コーポレート・ガバナンス部会

「OECDコーポレート・ガバナンス原則改訂案(2004年1月)
に対する日本経団連のコメント」について

OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)では、1999年に「コーポレート・ガバナンス原則」を策定したが、昨今の米国におけるエンロン事件等を契機に原則見直しへの機運が高まり、2002年のOECD閣僚理事会において改訂作業が行うことが決定され、本年2月の最終会合での改訂案審議を経て、5月の閣僚理事会において決定される予定である。

日本経団連では、OECD諮問委員会(委員長:鈴木邦雄商船三井社長)を中心に、改訂作業に参加している外務省・法務省・金融庁との懇談会を開催するなどしてきたが、今般、経済法規委員会コーポレート・ガバナンス部会(部会長:立石忠雄オムロン専務取締役)においてOECDより公開されたコーポレート・ガバナンス原則および注釈に関する最終ドラフトのコメント募集に対応し、本コメントをとりまとめた。

OECDによるコメント募集:
Review of the OECD Principles of Corporate Governance - Invitation to Comment
http://www.oecd.org/document/26/0,2340,en_2649_34487_23898906_1_1_1_37439,00.html


OECDコーポレート・ガバナンス原則改訂案(2004年1月)
に対する日本経団連のコメント

(正文は英文)

日本経団連は1541の主要な日本企業・産業団体で構成される団体である。以下のコメントはOECDコーポレート・ガバナンス原則改訂案(2004年1月)について、日本経団連の経済法規委員会のコーポレート・ガバナンス部会、企画部会で検討した結果を集約したものである。

コーポレート・ガバナンスをめぐる日本における取り組みは、現行原則のうたう「優れたコーポレート・ガバナンスに単一のモデルはない」という考え方に基づいたものであり、諸外国と同様、各企業が自社のコーポレート・ガバナンスのシステムを開示し、市場評価を得ることが望ましいと考えている。

OECDは、今回の原則及び注釈の改訂においても、多様なコーポレート・ガバナンスのあり方を尊重し、ベスト・プラクティスの作成を意図しないという考え方を堅持すべきである。各国の制度の歴史的経緯、文化等を尊重し、それら制度の下での企業の取り組みの多様性を尊重することこそが、企業における創造性の発展を促し、企業の長期的な成功を通じた国民経済の発展に資する中核的な価値であるからである。原則の改訂作業が、各々の原則やその注釈を詳細に書こうとする結果、コーポレート・ガバナンスに関する取り組みを単一のモデルや一部の国で採用されている行為に誘導し、収斂を図ることのないよう要望する。OECDは実質的な規制主体のような行動を採るべきではないという基本スタンスに立って、以下の通りコメントする。

序 文

コーポレート・ガバナンスと「経済の効率性、経済成長、民間貯蓄の保全の要素」「企業の競争力」と関係があるという主張が一部にあるのは事実だが、「OECD諸国におけるコーポレート・ガバナンスの進展に関する調査」でも示されているように、その主張はさまざまな限定条件が付いており、説得力のある実証分析があるわけではない。こうした主張とは異なる結果を示す論文も少なくない。このような状況にもかかわらず、第2パラグラフにある「コーポレート・ガバナンスが経済効率性、経済成長、民間貯蓄の保全の重要な要素」、第9パラグラフにある「企業は、変化する世界の中で競争力を持続させるために、コーポレート・ガバナンスの慣行を革新し、適応しなければならない。それによって企業は新しい要求に応え、新しい機会を手にすることができる」という断定的な記述は削除すべきである。

本原則は、株主と経営者との関係に主な焦点を当て、それ以外の会社関係者の存在を認めつつも、余計な言及を避けることによって、各国間の法制や風土の違いを超えて理解しやすいものとなってきた。会社のステークホルダーには企業経営者、取締役、株主に加え、債権者、従業員、会計士、アナリストなど様々な関係者がいるが、これらの権限も果たすべき役割も各国において異なっている。改訂原則が、多数の関係者の役割について適用対象を広げすぎる結果、理解しにくいものとならないよう要望する。

I.株主の権利と主要機能

B.において、「資産の譲渡」を「通例的でない取引」に含めているが、「通例的でない取引」となる「資産の譲渡」は一部に過ぎない。「株主資本を害するもの」との概念も不明確である。現行の原則を変更すべきではない。

C.3の注釈の第1パラグラフにおいて、取締役等の候補者についてはノミネーションのプロセス、加えて「取締役等候補者の経験とバックグラウンドの完全な開示」を求めているが、株主にとっては可否の判断に十分な情報があればよいのであり、その開示の範囲については、国・企業によって違いうる。このような記述は削除すべきである。

C.3の注釈の第2パラグラフにおいて、報酬と企業の成果の関係を開示すべきとしている。欧米においては高額な報酬によって優秀な取締役等を招聘し、業績の向上につなげる文化があることは理解している。しかし日本では役員の職務はこれまでの長期慣行における企業内昇進の一部として組み込まれ、その報酬も欧米諸国のように高いものではない。このため株主にとって必須の情報であるとのコンセンサスはない。一方の観点からのみの記述は不適切であり、削除すべきである。

F.の「このような(機関)投資家は議決権行使結果をも年度ベースで市場に開示しなければならない」との表現は削除すべきである。受託者責任を有する機関投資家の定義は定まっておらず、一任運用機関においては議決権行使結果の開示と資金委託者に対する守秘義務との関係も明らかではない。
そもそも今回の原則の改訂案は、2002年から2003年に実施された調査に基づいているとしている。その調査結果においては、受託者責任を有する機関投資家が議決権を開示する例として、米国のミューチュアルファンドの例が掲げられている。しかし、米国ではミューチュアルファンドに議決権行使の記録の開示を義務付けるに当たり、SECがパブリックコメントの手続に付したところ、多くの反対意見が寄せられ、その弊害が指摘された。米国のミューチュアルファンドに議決権行使の記録の開示が義務付けられたのは2003年2月であるが、当該義務に基づき開示を行うのは2004年8月とされており、実際に開示を行った経験はなく、反対意見が指摘するデメリットを上回るメリットがあるかについて、まだ検証がなされていない状況にある。本原則が、未だ効用が検証されていない事項を盛り込むことは適当ではない。

F.1.の注釈第2パラグラフにおいて、「とりわけ法的枠組みによって、このような機関投資家と発行会社との対話は促進されるべきである。」とあるが、これは、市場原理に反する行為であり、過剰な政府介入である。また、そもそも株主の取扱いの平等に反する。この記述は削除すべきである。

II.コーポレート・ガバナンスにおける株主の役割取扱いの平等性

A.2.の注釈の第3パラグラフにおいて 「少数株主権の権利を守る別の手段として株主代表訴訟や集団訴訟が挙げられる」とあるが、株主代表訴訟は、少数株主の権利を保護するための制度ではなく、会社の損害を回復するための制度であり、認識に誤りがある。
また、日本では、 米国で濫用が問題となっている集団訴訟ではなく、米国の反省を基にして、共同の利益を有する多数の者の中から全員のために訴訟を遂行する者を選定する選定当事者制度を導入している。改訂原則でも、濫用が問題視されている集団訴訟という用語に代えて共同の利益を有する者のために訴訟を行うという表現を使用すべきである。
加えて、OECD「アジア・コーポレート・ガバナンス白書」は「株主訴訟が、過度の訴訟や法律上価値のない訴訟を招く可能性が批判されている」と指摘している。そして、「それぞれの法制度において、投資家が権利の侵害に対する保証を求めることを認めることと、過度の訴訟を避けることとの間のバランスをとるように努めなければならない」としている。こうした議論を踏まえ、注釈においても、「株主は、過度の訴訟や法律上価値のない訴訟を提起しないようにすべきである」旨を加筆すべきである。

III.コーポレート・ガバナンスにおけるステークホルダーの役割

C.において、現在の原則がステークホルダーズに認めている業績拡大の仕組みへの参加を、今回の案では従業員に狭めようとしているが、これには反対である。確かに、健全な財務状態にある企業の経営に債権者が介入することなどは適当ではない。しかし、業績拡大の仕組みには多様なステークホルダーズの関与があり得る。もし、ステークホルダーズに関する他の条項と比較して、この条項について従業員に限定するならば、従業員を優先的にこうした仕組みに参画させるものとも解されかねない。
特にC.の注釈では、業績拡大への仕組みの具体例として、取締役会への従業員代表参加制度や重要な決定の際に労働者の観点に配慮するようなガバナンスプロセスも挙げられているが、いずれも慣行としての労使協議の浸透という現行の日本の制度の枠組みとは異なるものであり、III.C.の例示から削除すべきである。
日本においては2002年、ストック・オプションの付与対象を自社の取締役・使用人に限定していた商法の規定を改め、子会社の取締役・従業員、加えて会社のアドバイザー、すなわち有形資産を担保とした資金調達が困難な企業などの成長を支援する利害関係者にもオプションを付与できるような改正を行った。こうした取り組みについて制限を加えるかのような改訂は許容できない。C.は、現行の原則を変更すべきではない。

E.の内容には賛成であるが、「倫理」の概念については、国、地域によって異なり、世界的に十分に共有されていないとの懸念を持つので削除すべきである。

F.について、破産法関連事項はコーポレート・ガバナンスの中核ではなく、「債権者の権利の執行力」を認めることがコーポレート・ガバナンスの改革に繋がるとは必ずしも言えない。これらを改訂原則の中に盛り込むことは、対象とする課題を広げすぎることになり、かえって本原則の焦点をぼかすものである。序文にある所有と経営の分離から生じるガバナンスの問題に焦点を当てるとの方針とも反するため、削除すべきである。

IV.情報開示と透明性

A.4.において、取締役等のメンバーに、「資格と選任プロセス」の開示を求めているが、概念が曖昧であり、削除すべきである。

A.4の注釈の第3パラグラフにおいて、報酬と企業の成果の関係を示すべきとしている。欧米においては高額な報酬によって優秀な取締役等を招聘し、業績の向上につなげる文化があることは理解している。しかし日本では、役員の職務はこれまでの長期慣行における企業内昇進の一部として組み込まれ、その報酬も欧米諸国のように高いものではない。このため株主にとって必須の情報であるとの認識には至っていない。一方の観点からのみの記述は不適切であり、削除すべきである。
役員報酬の個別開示を「グッド・プラクティスとしてみなされるようになってきている」として誘導するかのような記述があるが、少なくとも日本では、開示によって得られる効果と侵害されるプライバシーを保護することの利益との調整について議論が分かれており、このような誘導的な記述は削除すべきである。

B.について、金融のグローバル化を促進し、企業の資金調達を容易にするとともに、異なる開示ルール間での企業の調整作業負担を軽減するという趣旨で、各国の基準を「国際的に認知された」ものに集約させていくという考え方を支持する。
しかし、現在はOECD諸国全体で共有できる「国際的に認知された」基準は存在しない。「国際的に認知された」基準について関係各国の合意が形成され、実務の対応がなされた時点で、「国際的に認知された」という表現を追加すべきであり、現時点での追加は妥当ではない。現行の原則を変更すべきではない。

F.の内容には賛成である。しかしアナリスト、ブローカー、格付機関その他について求められるべき事項はより広汎なものである。この条項に書かれている内容だけを本原則の中に盛り込むことは、かえってこれら機関の責任の範囲を限定し、また本原則の焦点をぼかすものであり、削除すべきである。

V.取締役会の責任

C.においては、取締役会に「高い倫理基準」の遵守を求めているが、世界的に「倫理」の概念についての認識が十分に共有されていないとの懸念を持つ。原則は現行通り、「適用される法令の遵守」とすべきである。

E.においては、支配株主からの独立を要請している。しかし、そもそも取締役会は全株主のために職務を行い、義務を負うべきであり、削除すべきである。

E.の注釈の第1パラグラフでは、非執行取締役の存在が必要としているが、取締役相互間の監視が法定されている場合には、当てはまらないので、削除すべきである。

E.1.において、「十分な数の社外取締役」に社内取締役等からの「独立しての判断」を求めるべき事項の例を掲げているが、削除すべきである。このような広汎で専門的な判断を独立社外取締役に求めると報酬も高額になり、逆に独立性が懸念される場合も考えられる。特に「取締役・執行役の選任と取締役報酬」について、業務に精通していない社外取締役が適切な判断を下すことは困難な場合もある。

E.1.の注釈において、「独立した社外取締役は市場参加者に対して彼らの利益も擁護されている確証を提供することができる」とあるが、企業運営を知らない独立社外取締役が中心では投資家は確証を得るどころか不安を感じる可能性もある。社内取締役中心の取締役会の方が他の場合よりも高い企業価値を実現しているケースも少なくない。この記述は削除すべきである。

E.3.の注釈において、 第2パラグラフで、取締役等に対する社内トレーニング並びに社外研修を有用としているが、これらは会社のコストとなるため、株主にとって不利益である。こうしたコストをかけなくとも会社のために役割を果たせることを取締役等に求めるべきである。本記述は削除すべきである。

以上

日本語のトップページへ