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WTO貿易円滑化ルールの早期策定を求める

2004年4月20日
(社)日本経済団体連合会

1.はじめに

WTO交渉等を通じて関税率の引き下げが進む中で、貿易手続に関連する費用と時間を削減し、市場アクセスを改善する観点から、貿易円滑化の必要性への共通認識がますます高まってきている。

WTOにおける貿易円滑化ルールの策定は、貿易に関する予測可能性、安定性、透明性を高め、行政の事務効率の向上、企業の通関等のコスト削減及び国際的な分業ネットワーク強化に繋がる等、貿易に携る全ての関係者の利益となる。また、特に途上国においては、通関等における貿易円滑化の進展により、貿易・投資促進の相乗効果も期待される。さらに、近年、セキュリティ対策が重要視されているが、これを単に貿易阻害要因とせず、更に効果的なものとするためにも、ルールに基づく調和のとれた対応が必要である。

当該ルールの策定は、わが国経済界にとって重点分野のひとつであり、日本経団連は、これまでも2003年7月の「WTOカンクン閣僚会議に向けた緊急提言」、さらには、2004年1月の提言「WTO交渉の再活性化に向けて」において、WTOにおける貿易円滑化ルールの交渉開始を強く求めてきた。今般、改めて具体的要望を付してこれを求める(これまでのWTOにおける検討状況については資料第1参照)。

2.WTO貿易円滑化ルールのあり方

WTO新ラウンド交渉の再活性化のためにも、貿易円滑化ルールの策定に向けて各国が結束することが重要である。シングルアンダーテイキングの不可欠な一部分として、今次交渉ラウンドの期限内に合意されることを強く求める。

WTO新ラウンド交渉の成功は、ビジネス環境の改善を通じた先進国並びに途上国の福利厚生の向上、さらには世界経済の発展に不可欠である。交渉の再活性化に向けたモメンタムを高めるためにも、多くの加盟国がその利益に理解を示している貿易円滑化に関するルールの策定に向けて、各国が結束することが重要である。

わが国経済界は、WTOにおいて貿易円滑化ルール策定に向けた交渉が早期に開始され、シングルアンダーテイキングの不可欠な一部分として、今次交渉ラウンドの期限内に合意されることを改めて強く求める。

わが国経済界が求めるルールの概要は以下のとおりである。

(1) 原則

透明性、簡素化、標準化等の諸原則を基本とし、全加盟国の参加の下、貿易に関わる手続を広く対象とすべきである。ガット第5条、第8条、第10条に関連する事項の明確化及び改善に主眼を置き、特に通過の自由及び貿易規則の公表・施行に関連する規定は当然に全ての加盟国が遵守することが求められる。

WTO貿易円滑化ルールには、全加盟国が参加すべきであり、既存の協定にも留意しつつ、港湾手続、検疫手続、基準認証手続、税関手続等、貿易に関わる手続を広くその対象とすべきである。

また、当該ルールは、透明性(貿易に係る規定や政策に関する情報を明確にする)、簡素化(行政目的と比べて不必要に煩雑な貿易手続を改善する)、標準化(国際規格・標準に従った貿易手続を採用する)等の諸原則に基づいたものとすべきである。

なお、当該ルールの交渉は、まずはカンクン閣僚会議におけるデルベス議長案の附属書Eにあるとおり、ガット第5条、第8条、第10条に関連する事項の明確化及び改善を目的とすることが望ましい。

加えて、通過の自由及び貿易規則の公表・施行については、既にガット第5条及び第10条に基づき加盟国に一定の義務が生じているため、新たに策定されるWTO貿易円滑化ルールにおいても、通過の自由及び貿易規則の公表・施行に関連する規定については、当然に全ての加盟国に遵守が求められる。他方、輸出入に関する手数料・手続の簡易化の実現も加盟国の義務とすることが望ましいが、ガット第8条には、必要性を認めるに止まっている規定もあることから、まずは努力規定として制定することも考えられる。

(2) キャパシティ・ビルディング及び紛争解決手続

貿易円滑化ルールの策定は途上国にとっても多大な利益をもたらすことに鑑み、途上国にも積極的な取り組みを求める一方、並行してキャパシティ・ビルディングも行う必要がある。当該ルールは紛争解決手続の対象とされるべきだが、キャパシティ不足による不履行については柔軟性を持って対応することが必要である。

煩雑な貿易手続は概して途上国に多いことから、ルールに基づき貿易手続の簡易化を進めることは、途上国の政府及び企業に対して先進国と比較してより大きな利益をもたらす。

例えば、通関に不必要なコストが生じれば、市場における製品の価格が上昇し、当該国の国民経済に悪影響を及ぼす。さらに、WTOにおける貿易円滑化に向けた合意は、途上国における事業活動に安定性をもたらすことから、当該国への貿易・投資の拡大にも寄与すると考えられる。これらは、途上国の国際競争力強化にもつながる。

途上国は、こうしたメリットを認識し、自発的に貿易円滑化ルール策定に取り組むべきだが、インフラや人材の不足が否めない中でこれを促すためにも、国連貿易開発会議(UNCTAD)、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、世界税関機構(WCO)等の国際機関と協調しつつ、人材育成を含む途上国のキャパシティ・ビルディングに協力する必要がある。

GATT第5条、第8条、第10条違反は既に紛争解決手続の対象となっているため、これら条文の明確化を目的とする貿易円滑化ルールも、紛争解決手続の対象とされるべきである。但し、キャパシティ不足による貿易円滑化ルールの不履行については、キャパシティ・ビルディング等で義務の履行を図ることを前提に紛争解決手続の対象としない、一定の猶予期間をおくといった救済規定を盛り込む等、必要に応じて柔軟性を持って対応することが必要である。

(3) 含まれるべき具体的内容

ガット第5条の関連では、税関手続及び文書要求の簡易化、輸送料・課徴金の明確化、内陸国と通過国との協力促進等を含めるべきである。

ガット第8条の関連では、税関及び関連する輸出入手続の簡易化(国際標準・文書の利用、IT利用の慫慂等)、データ・文書要求の簡易化、手数料・課徴金の明確化等を含めるべきである。

ガット第10条の関連では、法令・情報の公表及び入手可能性の向上、協議メカニズムの強化、法令規則の施行前最低準備期間の設定、異議申し立て手続の実効性向上等を含めるべきである。(わが国経済界が抱える貿易障壁例については資料第2参照)

3.貿易円滑化に向けた重層的取り組み

貿易円滑化に向けた取り組みを重層的に進め、それらを相互補完的かつ戦略的に活用することが重要である。

貿易円滑化については、WTO以外でも、マルチラテラル、リージョナル、バイラテラル、あるいは分野別、ルール、アクション・プログラムを通じた検討等、様々な取り組みが重層的に進められている(資料第3参照)。

しかしながら、貿易円滑化に係る全ての分野を包括する拘束力ある国際ルールは存在しないことから、WTOにおいて、貿易手続全般を包含したルールを策定することが重要となる。当該ルールを共通の基盤として、より挑戦的な分野については、アジア太平洋経済協力(APEC)等で拘束力のないアクション・プログラムとして各国の努力を求めること、さらにはより詳細な内容についてWCO等の専門性を有する機関において検討すること等、様々な取り組みを相互補完的かつ戦略的に活用することが求められる。また、各国が締結する経済連携協定においては、WTO貿易円滑化ルールの内容を基礎としつつ、よりレベルの高い貿易円滑化に関する規定を盛り込むことを検討すべきである。

なお、日本シンガポール新時代経済連携協定には、モノの貿易促進の一環として、税関手続の簡素化、貿易取引文書の電子化(ペーパーレス貿易の促進)、相互承認に関する規定がある。今後、わが国政府が他の国々と経済連携協定を締結する際には、同様の効果を得られるべく、可能な限り同趣旨の規定が盛り込まれるよう求めたい。

4.わが国における貿易手続の改善

わが国における貿易手続の更なる改善は、高コスト構造体質の改善、外国企業による対内投資の促進につながる。

WTO新ラウンド交渉の中で、わが国政府が貿易円滑化ルール策定において強いイニシアチブを発揮するためにも、わが国自身の貿易手続の改善を率先して推進するよう求めたい。

具体的には、輸出入・港湾諸手続に関する申請書類・申請項目の削減・見直しによる簡素化促進、シングル・ウィンドウの改善(一画面の入力・送信で手続が全て完了するシステムへの改善)、国際標準に準拠した電子システムの構築、CIQ(税関、出入国審査、検疫)の24時間対応の実現、港湾施設運営の効率化による港湾諸料金の一層の低減化等が求められる。

こうした制度改革や基盤整備が実施されれば、わが国の高コスト構造体質の改善の一助となり、ひいては外国企業による対内投資の促進にもつながると考えられる。

5.おわりに

日本経団連としても貿易円滑化ルールの策定に向けて、わが国及び各国政府、関係機関への働きかけを強めていく。

WTO加盟国は、貿易円滑化ルール策定に向けた交渉が早期に開始され、合意されるよう、新ラウンド交渉全体としてのモメンタムを高める必要がある。そのためにも、各国は、カンクン閣僚会議の経験を生かし、柔軟性をもって交渉推進に向けた工夫と努力を継続する必要がある。加えて、先進国を中心とした貿易円滑化ルールの策定に積極的な加盟国は、貿易円滑化ルールの意義を説明しながら、交渉に消極的な加盟国に対する説得を続けるべきである。

日本経団連としても、本提言の実現に向けて、わが国政府に対する建議に加えて、先進国、発展途上国、移行国の交渉者への働きかけを積極的に進めていく。さらに、国内のみならず、欧米諸国、発展途上国の経済団体との連携をさらに強化していく。

以上

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