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日伯経済連携協定(EPA)に関する
政府間の早急な検討開始を求める

―日伯EPAに関する報告書―

2004年5月19日
日本経団連 日本ブラジル経済委員会

日本ブラジル経済委員会(委員長:槍田松瑩三井物産社長)とブラジル工業連盟(CNI)は、2003年3月、第10回日本ブラジル経済合同委員会をサンパウロで開催した際、中南米における貿易自由化の潮流のなかで、新たな二国間の関係強化のスキームとして、ビジネス環境整備等の広範な内容を踏まえた日伯経済連携協定(EPA)の重要性を認識し、そのメリット、デメリットついて、それぞれの民間レベルにおいて検討を開始することで合意した。

かかる経緯を踏まえ、日本ブラジル経済委員会では、ブラジルとのEPAに関する企業の率直な意見を聴すべく、ブラジル日本商工会議所の協力を得てアンケート調査を実施するとともに、企画部会(部会長:林康夫三井物産副社長執行役員)の下で検討を行い、日伯EPAの重要性と政府間の早急な検討開始を求める報告書をまとめた。

1.はじめに ―いま何故、日伯経済連携協定(EPA)の検討が必要なのか―

ブラジルは、ルーラ大統領の強力なリーダーシップのもとで、対外経済関係の強化に力をいれている。即ち、メルコスールの結束を強めるとともに、2005年を目指して米州自由貿易協定(FTAA)交渉を進めており、メルコスールとEUとの自由貿易協定(FTA)交渉についても、積極的に取り組んでいる。また、欧米諸国は、ブラジルへの投資を一層拡大して、同国を中南米における重要拠点としつつあり、中国も資源確保等の観点から、ブラジルへの積極的なアプローチを展開し、近年の両国の経済関係には目をみはるものがある。
一方、日本は、経済面だけでなく、歴史、文化、人的面でもブラジルと深い関係があるものの、このところ両国間の貿易・投資関係は低迷している。近い将来、FTAAやEUとのFTAが実現すれば、日本企業はメキシコで生じたような大きな実害を被りかねない。先般のメキシコとのEPAに関する大筋合意、アジア諸国との交渉開始など、いまや日本のEPAへの取り組みが本格化しつつある中で、低迷する日伯経済関係を改善し、両国の高い経済ポテンシャルに相応しい関係を再構築するために、アジア諸国と並行して日伯EPA締結を推進していく必要がある。

2.日伯関係の現状

近年に至り、両国間の貿易・投資関係は、ともに低迷しており、両国の関係は、経済ポテンシャルにふさわしいレベルには程遠い状況であるといえる。ブラジルの貿易に占める日本のシェアは、90年代初頭の7〜8%から、最近では4%前後で推移し、ブラジルへの投資残高に占める日本のシェアも、90年代半ばまで4位程度であったが、最近では10位程度に低下している。かつてナショナルプロジェクトが多数推進された70年代の関係は、過去のものとなりつつある。
ブラジルとの貿易では、近年中国の台頭が著しく、2002年には、ブラジルの中国への輸出(25.2億ドル)が日本への輸出(21億ドル)を上回った。中国は、将来を見据え、資源確保等の観点からブラジルに対して、貿易・投資など積極的な取り組みを行っており、日本としても、こうした動きを踏まえ、日伯の関係強化に何らかの手を打つ必要があろう。

3.ブラジルの重要性、ポテンシャル

(1)中南米における重要な生産・販売拠点

ブラジルは中南米の大国であり、GDPは5,000億ドル(2001年)を超え、ASEAN10に匹敵する経済規模を有する。また、メルコスールの中核として、域内の政治的、経済的な結束の強化に努めており、ブラジルへの進出によって、人口2億1,000万人、GDP総額8,000億ドル(2001年)に達するメルコスール市場全体をターゲットにすることができる。
さらに、ブラジルは、近隣諸国との市場統合とともに、経済インフラの統合にも力をいれており、メルコスールをはじめ、周辺諸国との間で国境を越えた効率的な輸送体系、通関システム作りを進めている。いわば、ブラジルを通じて、メルコスールさらには中南米全域への企業活動が可能となる。アジア、北米、欧州と並ぶ世界の重要市場である中南米における生産・販売拠点として、ブラジルは大きな役割を担っている。

(2)世界最大の日系人コミュニティー

日本人が1908年にブラジルに移民を開始してから、間もなく100年を迎えようとしている。現在、サンパウロを中心に、約140万人の日系人が暮らしており、世界最大の日系人コミュニティーを形成し、文化レベル、草の根レベルにおける相互理解の促進という役割を果たしている。
一方、日本で働くブラジル人の数も、1990年の入管法改正によって、日系人としての在留資格が与えられてから急速に増えており、現在、約30万人に達している。両国の絆を一層強めるうえで、日本での就労経験を活かした彼らの今後の活躍が、大いに期待されている。このように人的にも緊密かつ深い関係は、日伯関係独自のものであり、両国は「遠くて近い国」になっている。経済関係とともに、厚みと深みを増している人的、文化的な関係は、両国にとって将来のさらなる発展の礎となるかけがえのない貴重な財産である。

(3)天然資源大国ブラジルとの経済補完関係

ブラジルは天然資源大国であり、鉄鉱石、コーヒー豆、オレンジは世界1位、大豆、牛肉は第2位、ボーキサイト、とうもろこし、豚肉、鶏肉は第3位の生産量を誇る(2001年)。日本はブラジルで、60年代から70年代にかけて、ウジミナス製鉄所など鉄鋼分野やアルミニウムなどの非鉄分野で、所謂ナショナルプロジェクトに協力するとともに、農業分野ではセラード開発などを支援してきた。さらに、数多くの日本企業がブラジルに進出し、ブラジル産業の発展にも貢献してきた。日本が、ブラジルから鉱物資源や森林資源、農産物の安定的な供給を受け、他方、ブラジルに対して製品を供給するという日伯の経済補完関係が構築されている。
現在ブラジルは、ルーラ大統領が輸出の振興を重要政策として掲げ、これまでにも増して日本に対する輸出の拡大に力をいれており、高いポテンシャルをもつブラジルとの経済関係強化が、今まさに求められている。

(4)日本企業の対伯進出

50年代後半からの第1次、そして、70年代の第2次進出ラッシュを経て約350社の日本企業がブラジルに進出し、この大半がサンパウロで事業を展開している。また、近年、マナウス・フリーゾーンにも多くの日本企業が進出し、生産活動を行っている。ブラジルでは、90年代以降民営化が進められており、日本企業による紙パルプ業、鉱物・農業資源の輸送インフラなどへの投資、ブラジル産品の輸出に資する技術移転などが活発に行われつつある。日本が、原料、一次産品を輸入し、機械や電機製品を輸出するという、これまでの補完型の経済関係に加え、今後は航空機の製造における日伯の企業間協力にみられるような、競争と協調によるイコールパートナーシップによる協力関係の拡大が期待できる。

(5)ビジネスチャンスの拡大

欧米の企業は、豊富な鉱物、エネルギー、農産物などの資源をもつブラジルを世界市場における重要拠点として位置付け、近年、ブラジル企業との連携強化をはかるとともに、エネルギー、インフラ整備プロジェクト、情報通信、IT、アグロインダストリー、観光などの分野におけるビジネスを拡大している。
また、ブラジルも、民営化、規制緩和などにより、外国企業の投資意欲を高めるため、魅力のある国になろうと力をいれており、政治経済の安定化などに対する国際的な評価も高まっている。とりわけ、新たな有望分野として環境ビジネスが注目されており、今後、バイオマスエネルギー、環境汚染の防止、温室効果ガス削減に資するクリーン開発メカニズム(CDM:Clean Development Mechanism)などの分野におけるビジネスの発展が期待されている。ブラジルは、輸出品目の多様化と高付加価値化に取り組む中で、日本への具体的な輸出品目としてガソリンに添加するエタノールに期待している。
サトウキビが原料のエタノールは、バイオマスエネルギーであり、京都議定書において二酸化炭素排出量の削減効果がある再生可能エネルギーとされている。世界有数のエタノール輸出力を持つブラジルは、これをガソリンに混ぜたアルコール車の利用を進めている。日本政府は、腐食などの安全上の観点も踏まえ、昨年、エタノール混入比率の上限を3%に設定したが、その実用化には、まず、価格(エタノールはガソリンに比べて発熱量が小さい上、現在、税抜きガソリン価格の約2倍)の引下げ、安定供給の確保等が課題であり、今後のインフラ整備や政府の政策の動向に沿って、適切な対応をしていく必要がある。

4.両国の自由貿易協定(FTA)をめぐる動き

(1)日本をめぐる動き

通商立国を宗とする日本にとって、モノ・サービス等のマーケットアクセスを改善し、貿易・投資を活性化するとともに、高コスト構造の是正など構造改革の推進、国際競争力の強化をはかるため、WTOを根幹としながら、主要な国とのEPAの推進が大きな鍵である。
すでに、2002年1月に日本シンガポールEPAが締結され、同年11月から、日本とメキシコとのEPA交渉が行われ、本年3月に大筋合意に至った。さらに、2003年12月から韓国、本年1月からタイ、フィリピン、マレーシアとの交渉が開始され、日本のEPAへの取り組みは本格化しつつある。

(2)ブラジルをめぐる動き

これまでブラジルは、メルコスールに代表される近隣諸国との関税同盟締結による経済発展を志向してきたが、メルコスールとの関係強化に加え、米州全体を視野にいれた米州自由貿易地域(FTAA)交渉を、米国とともに共同議長国となって推進している。
さらにブラジルは、メルコスールとEUとのFTA交渉にも積極的に取り組むとともに、メルコスールとインドとのFTAについても、検討を進めている。

5.日伯EPAの重要性

(1)日伯EPAの早期締結の重要性

ブラジルをはじめとする中南米におけるFTAの進展を踏まえ、日本も中南米への対応を検討していく必要がある。周知のごとく、メキシコにおいては、EPAを締結していないことによって、関税をはじめ競争上の様々なハンディキャップを抱えた日本企業の実害は、年間4,000億円といわれている。これを解消するため、日墨EPA交渉が積極的に進められ、先般大筋合意に至った。こうした経験を活かし、今後FTAを締結していないことによる実害を生じることのないよう、アジア諸国と並行して、できるだけ早く日伯両国の政府レベルにおいて、EPA締結のための検討を開始する必要がある。
中南米はアジアに対し、距離的なハンデ等はあるものの、豊かな資源、大規模な市場等を持っている。因に、近年における中国のブラジル、中南米に対する積極的なアプローチは、目をみはるものがある。BRICsといわれるブラジル、ロシア、インドおよび中国は、経済成長の大きな可能性を秘めており、特にブラジルと中国が結びつくインパクトは、極めて大きい。日本は、こうした動きに遅れをとってはならない。
さらに、ブラジルにおける日本人の移民、日本における日系ブラジル人のプレゼンスの大きさを考えれば、EPAは、経済面とともに、文化、人的交流面においても強化を促し、効果は倍増する。
現地では、欧米企業と競合している日本企業も多く、日伯EPAがないと今後の企業活動に不利益を被ることから、ブラジルとのEPAの早期締結を求める声が大きい。中南米における貿易自由化という潮流に日本が乗り遅れれば、現地の日本企業は、製品、原材料・部品等の調達を、高関税の日本から、無関税・低関税の国に変更し、その結果日本国内における産業の空洞化が一層進むことにも繋がりかねない。

(2)日伯EPAの具体的効果

  1. 貿易・投資等
    ブラジルの平均関税率は12%であり、EPAがなければ、まずもって関税面で欧米企業に対して大きなハンデを負うことになる。現地の日本企業のなかには、日本から製品・原材料・部品をかなり調達しているところもある。特に、その調達比率が高い電機と輸送機械では、大きな影響が及ぶことになる。また、投資においては、高いレベルの投資ルールの整備を行うことによって、投資の一層の自由化、円滑化を図らなければ、今後の対伯投資の促進はできない。

  2. ビジネス環境整備等
    ブラジルにおいては、複雑な税制、労働・雇用面での過剰な保護措置、治安の改善といった問題がブラジルコストとして、従来から指摘されている。従って、モノやサービスの貿易・投資といった分野だけでなく、ビジネス環境の改善を包含したEPAが強く求められるゆえんである。
    税制では種類が多く、複雑で高負担、制度が頻繁に変ることなどが問題とされ、労働・雇用では、給与・役職などの面で、被雇用者があまりにも優遇されている硬直的な労働法などが問題となっている。
    また、人の移動では、出張、就労、永住の3種類のビザがあるが、取得期間の短縮、有効期間の柔軟化(ブラジルの就労ビザの更新は1回だけで、最長4年:2年+2年 まで)、発給条件の緩和(ブラジルにおける永久ビザの取得のため、1人20万ドルの費用が必要)などの改善が求められている。
    さらに、政府調達については、メキシコではFTA締結国の企業に入札対象を限定するといった事例もあり、ブラジルでも政府調達からの排除が行われる惧れがある。

  3. センシティブ分野
    ブラジルは農業大国であり、鶏肉、オレンジジュースなど、日本がブラジルから輸入する農林水産品の比率は約4割、うち有税品が約2割になっている。WTOとの整合性を確保するため、農業分野を除外することはできず、メキシコ以上に、農業分野への対応が重要な課題となる。一方、国内的にも、構造改革による足腰の強い農業の確立、国際競争力の強化が求められている。このため、農業界が取り組んでいる構造改革を、危機感を共有しつつ、国民全体で支援していくべきである。
    こうした状況のもとで、先行するアジア諸国とのEPA交渉における農産物への対応、ブラジル側の関心品目などを踏まえ、適切かつ柔軟な対応をはかっていかなければならない。その際、輸入実績がない牛肉、豚肉、植物油(大豆油)等については、輸入関税引下げ等による日本の国内産業への影響なども踏まえた対応を検討していくことも必要になる。

6.おわりに ―日伯EPAの早期締結に向けて―

長い交流の歴史を共有する両国にとって、EPAという新たな関係強化のスキームによって、低迷する経済交流を拡大させ、人的交流の一層の深化をはかるべきである。EPAによって、日本にとっては関税の撤廃はもとより、複雑な税制、労働法、治安など、従来からブラジルコストといわれるビジネスを展開するうえでの広範な問題の解決をはかるのみならず、ブラジルにとっても、貿易の活性化、日本からの投資の拡大、現地生産・雇用の拡大など、多大な効果がある。
メルコスールの規定により、最終的には日本とメルコスール間でEPAを締結することになるが、まずは日本とメルコスールの中核国であるブラジルとの間で検討を開始していくことが重要なステップである。
日本・東京商工会議所の日亜経済委員会において、日亜FTA研究会報告書がまとめられ、日本とメルコスールのEPAによる経済関係強化の必要性が指摘された。日本経団連日本ブラジル経済委員会は、日亜経済委員会と今後とも連携をはかりながら、協定の実現に向けて、関係方面への働きかけを行っていく所存である。
われわれは、日伯関係の再構築と将来の発展のために、できるだけ早いルーラ大統領の訪日の実現を政府に求めるとともに、EPAの締結に向けた政府間交渉が早期に開始され、スピード感をもって締結に至ることを大いに期待する。

以上

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