日本経団連では、わが国は国益の観点からODAを戦略的に積極活用すべきであり、とりわけアジア地域を重視しつつ、日本の技術力・ノウハウが優位性を発揮し得る分野に重点的に取り組むべきことを主張してきた。こうした考えは、昨年8月に改定された新しい政府開発援助大綱(新ODA大綱)に盛り込まれており、ODAの目的として、開発途上国の安定と発展に積極的に貢献するとともに、わが国の安全と繁栄を確保し、国民の利益を増進することがうたわれた。同時に、その方針等において、わが国が有する優れた技術、知見、人材及び制度を活用しつつ、情報通信技術(IT)#1分野における協力も含め、経済社会基盤の整備に協力すべきことが示された。
しかしながら、IT分野における協力については、様々な課題が指摘されている。戦略的視点や政策調整の欠如に加え、技術革新が著しく保守管理や更新が不可欠などのIT分野の特性に対し、現行のODAの枠組みでは十分対応しきれない問題が生じている。今後、わが国がODAを活用してIT分野における協力を進めるにあたっては、ODAの制度改善等によるこれらの課題の克服が急務である。
折しも本年6月、政府の高度情報通信ネットワーク社会推進本部(IT戦略本部)#2において「e-JAPAN重点計画-2004」#3が決定され、その中で、本年夏頃を目途にITに関する国際政策に係る基本的な考え方、いわゆる「IT国際政策」#4を決定するとされている。これに先駆け、茂木IT担当大臣の私的懇談会「IT国際政策懇談会」では、ODAに係る制度改善策を含んだ「中間整理」をとりまとめており、今後、「IT国際政策」決定の過程で、これら制度改善策等が政府部内で検討されることが期待される。同時に、川口外務大臣の諮問機関である「ODA総合戦略会議」においても、本年7月より新ODA大綱に基づく「中期政策」の検討が開始された。
そこで、日本経団連では、この機会を捉え、IT分野に関するODAの制度改善等について、以下のとおり提言する。
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IT分野は、今や経済社会の発展に不可欠であり、その事情は、途上国においても同様である。2000年7月の九州・沖縄サミットにおいて採択された「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章(IT憲章)」においても、ITは世界経済にとって極めて重要な成長の原動力となりつつあると指摘されており、何人もこの情報社会の利益から排除されてはならないと強調されている。これを受けてわが国は、情報格差の解消に力点を置いた包括的な協力策を表明している。
これらにより、わが国国民・企業が享受している高品質・低価格のインターネット環境や携帯電話サービス等の整備・普及が国境を越えて進むことは、途上国の経済社会の発展に大きく寄与するのみならず、グローバルに事業展開を進めるわが国企業にとっても、サプライ・チェーン・マネジメント(SCM)の構築等による事業活動の効率化とともに、新たな事業・サービス機会の拡大に資するものとなる#5。
従って、IT分野における協力を進めるにあたっては、特にわが国と密接な関係を有する東アジア諸国との更なる経済的な連携を強化するためにも、単にわが国が享受している高度な技術を途上国に伝えるという観点のみならず、ビジネス環境を整備するとともに、わが国の技術を「アジア標準」「アジア共通基盤」に織り込む等の観点も加味したODA戦略を確立し、その積極的推進を図るべきである。その際には、相手国側のニーズを十分踏まえつつ、ITの普及度合等に関する国毎のデータを整備するとともに、アジアにおける多様な言語・文化や域内格差等を踏まえつつ、ITの整備・普及に不可欠なハード、ソフト、人材育成を三位一体として推進することが極めて重要である。
既存のODA事業は、無償資金協力についても、有償資金協力(円借款)にしても、案件の発掘・形成から事業実施までに5年程度の期間を要するケースが通例である。しかしながら、技術革新が著しく、比較的短期間で技術が更新されるというITの特性に鑑みると、IT案件については、2年程度の期間内に処理することが必要である。
そのためには、新ODA大綱でもうたわれているように、要請主義を見直し政策協議#6を有効活用すべきであり、民間の知見も活用し、わが国側から具体的なIT案件を積極的に提案していく必要がある。同時に、相手国からの要請受付・案件採択についても、現状の年1回から随時の実施にするとともに、案件発掘から事業実施までの実施機関による各種調査の効率化・迅速化を図るべきである。
これに関連して、2002年12月に自民党が発表した「ODA改革の具体的な方策〜国民に理解されるODAを目指して〜」を受け、円借款業務遂行の迅速化について関係省庁で申し合わせがなされたと承知しているが、その着実な実施を図るべきである。
IT分野では、システム運用に伴う保守管理費、ソフトウェアのアップグレード等の経費が、初期の設備導入費用と比較して相当額で発生するが、こうした経費は原則としてODAの対象となっていない。IT支援を円滑に行うために不可欠なこれら経費を、支援対象に含めるべきである。
併せて、技術進歩等により設計変更、予算変更等が必要となった場合に柔軟な対応ができるよう、現行の制度・運用を見直すことも必要である。
2002年7月より導入されたタイド円借款「本邦技術活用条件」(STEP:Special Terms for Economic Partnership)は、わが国の優れた技術やノウハウを活用し、途上国への技術移転を通じてわが国の「顔の見える援助」を促進するために作られた制度であり、その導入目的から、主契約者を原則として本邦企業に限定している#7。
IT分野も本制度の対象となっているが、ITのシステム構築にあたっては、現地事情に精通したスタッフによる開発が不可欠であり、本邦企業の現地法人や、借入国あるいは第三国企業との協力が必要となる場合もある。こうした実情に鑑み、STEPの対象を、実質支配力基準#8に基づく本邦企業の連結対象子会社・関連会社まで拡大すべきである。
また、途上国のIT分野を幅広く支援することを表明する意味からも、個別プロジェクトベースの支援のみならず、セクターローン#9も活用すべきである。
政府部内には、IT分野は民間ベースで行うべきものであり、ODA、とりわけBHN(ベーシック・ヒューマン・ニーズ)#10への対応を中心とする無償資金協力には馴染まないとの見方がある。しかしながら、多様なIT分野には、途上国内の地方における情報通信インフラ整備のように、途上国の発展基盤の整備のために必要であるものの、民間として取り組むには収益性が低く、政府の支援が必要なものも存在している。同時に、経済発展段階の遅れている途上国では、ITの必要性についての認識が低い場合や、ITの必要性を感じつつも必要資金の捻出が困難な場合がある。従ってわが国としては、積極的に政策協議を進めるとともに、通信も対象としている無償資金協力のスキームを、従来以上に活用すべきである。
途上国における人材育成支援は、わが国ODAの重要な柱の一つである。途上国にIT支援を行うためには、設備・システム導入等と併せ、現地のSE(システムエンジニア)の育成が不可欠である。そこで、IT人材の育成を、産業人材育成の重点分野と位置付け、わが国としての取組みを強化すべきである。例えば、2年程度の期間、一定規模の現地のSEを人材育成の一環として日本に招聘し、具体的なプロジェクトに携わらせる研修なども検討すべきである。
併せて、コンテンツ等の知的財産権保護のためのルール作り及び権利行使をはじめとするその適切な執行、更には関係者への啓蒙に資する人材育成等にも力を入れる必要がある。
わが国がODAを活用したIT分野における協力を、上記の制度改革を図りつつ、戦略性・迅速性・総合性・柔軟性を確保し政府一体となって進めるにあたっては、そのための体制の整備・充実が求められる。2001年の中央省庁等の改革により、ODAの調整権限が外務省の設置法に明記されたが、現在もなお、わが国のODAに関して、多くの省庁による類似・重複した案件が散見される。
「IT国際政策懇談会中間整理」では、IT分野のODAについて、IT戦略本部が調整を行うことを提言しているが、調整機能の整備・充実は喫緊の課題である。同時に、官民の役割分担・協力関係の充実と途上国における効率的・効果的なIT基盤の確立等の観点から、わが国内外における関係者間の政策対話も重要である。
日本経団連では、「ODA改革に関する提言」(2001年10月16日)において、内閣総理大臣を議長、関係閣僚、民間有識者をメンバーとする「ODA戦略会議」を設置すべき旨を提言したが、当面、IT分野の推進体制に関しては、IT戦略本部と対外経済協力関係閣僚会議#11との機能の調整・連携や政府・与党との連携強化を図るとともに、これらにおいてIT担当大臣はじめ政治のリーダーシップが発揮されることを期待する。また、途上国側との関係においては、政策協議を強化すべきであり、その際には、ITに知見を有するわが国民間経済界の声が反映されるような枠組みも併せて整備・充実されるべきである。これら体制の整備・充実により、「IT国際政策」に加えODAの「中期政策」においても、IT分野の国際的展開に関する戦略と上記の制度改革等が盛り込まれることを期待する。
わが国のODAが、厳しい財政状況の下で量から質への転換を求められる中、途上国の安定と発展に向けたIT分野における協力においても、官民の役割分担と相互連携がますます重要となっている。
わが国企業は、これまでも貿易・投資・技術移転等を通じて、更には民活インフラ整備等において、これらの取組みに貢献してきており、ODAを通じたそのための基盤整備と連携しつつ、引き続き、積極的役割を果たす所存である。また、ODAの政策立案から実施においても、IT戦略本部やODA総合戦略会議の議論により積極的に参画するとともに、現地ODAタスクフォース#12等の場で民間の知見・ノウハウを提供すること等により、良質な案件の形成やその効率的実施の推進に寄与していきたい。これらを通じて、民間経済界として、途上国の持続的成長とそのための基盤整備を図るべく、今後とも積極的に貢献していく決意である。