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安全・安心な地域社会づくりに向けて

〜企業の防犯への取組みと課題〜

2005年5月17日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

安全で安心して暮らせる社会が経済活動の基盤であることは言うまでもない。ところが、ここ数年わが国における犯罪の増加、治安の悪化が各方面で指摘され、この基盤が揺らいできている。そこで、こうした状況を放置してはおけないという問題意識から、日本経団連では、安全・安心な社会を回復するために、産業界としてどのような取組みが行えるかについて検討を重ね、このたび提言を取りまとめるに至った。なお本提言は、地域社会との連携を含めた日本国内における治安・防犯対策に限定して検討を行ったものである。
まずここで、治安・防犯対策に対する「産業界としての基本的考え方」を述べておきたい。
第1に、治安・防犯対策の基本的な部分は国および地方自治体が中心となり責任を持って行うべきものであり、さらに、その前提として、国民一人ひとりが「自らの安全は自らの手で守る」という自衛の意識を持つことが基本となる。
治安が比較的良いと言われていた昭和の時代にも、重大事件が起こるたびに、警察体制の見直しの必要性や社会全体で犯罪対策に取り組む必要性などが論じられることはあった。しかし、わが国の現在の治安状況は後に詳しく述べるように、犯罪件数の増加だけでなく凶悪な重要犯罪が増え検挙率が低下しているように、当時とは明らかにその内容が異なっていることをまず認識する必要がある。
企業としても、こうした現状を放置すると事態がさらに悪化、深刻化するという危機感を持たざるを得ない状況にある。
そこで第2に、国・地方自治体や国民一人ひとり、さらには地域社会の取組みに加えて、社会の構成員として重要な存在になってきた企業もその役割を担うことも必要である、と考えるに至った。
具体的には、まず本来業務に直結した防犯対策・防犯ビジネスについて、積極的に取り組んでいく必要がある。また、本来業務に直接関わりはなくとも、特に地域社会との連携においてCSR(企業の社会的責任)の観点から、国・地方自治体や地域の取組みをサポートすることが大切である。

本提言の目的は、安全・安心な社会づくりのために、産業界としてどのような対応ができるのかについて、その取組み状況を提示することによって、個別企業の対応に資することである。
今こそ国・地方自治体、地域、個人、企業がそれぞれの役割を果たし、国を挙げて、安全で安心して暮らせる社会の実現に注力すべき時である。

I.わが国の治安の現状と犯罪増加の要因

(1)治安の現状

○ 国民の治安悪化に対する不安感の増大

近年、わが国の治安悪化に対する国民の不安感が増大している。内閣府が2005年2月に実施した「社会意識に関する世論調査」によると、「日本社会で悪い方向に向かっていると感じる分野」(複数回答)として、「治安」を挙げる人は47.9%と最も高く、前回調査(2004年1月)の39.5%から大幅に増加、約6年前の調査(1998年12月)の18.8%からは約30ポイントも増加している(図表1参照)。

図表1 日本社会で悪い方向に向かっていると感じる分野
○ 刑法犯認知件数の増加と検挙率の低下

こうした国民の意識の変化を裏付けるように、(その国の)治安水準を表すためによく使われる指標である刑法犯の認知件数 (注1) も、警察庁の統計によれば、わが国では2003、2004年は若干減少しているものの、2002年まで7年連続して戦後最多を更新している(図表2参照)。認知件数は1995年に約178万件だったのが、2003年には約279万件と8年間で5割以上増加し、戦後の昭和期において年間約140万件前後で推移していたのと比べると、近年は倍増している。また、犯罪件数が増える一方で、刑法犯の検挙率が低下してきていることも指摘できる。検挙率は1987年に64.1%だったのが、2003年には23.2%へと激減しているのである。

図表2 刑法犯の認知・検挙状況の推移 (1995年〜2003年)
区分/年199519961997199819992000200120022003
認知件数(件)1,782,9441,812,1191,899,5642,033,5462,165,6262,443,4702,735,6122,853,7392,790,136
検挙件数753,174753,881759,609772,282731,284576,771542,115592,359648,319
検挙人員(人)293,252295,584313,573324,263315,355309,649325,292347,558379,602
検挙率(%)42.240.640.038.033.823.619.820.823.2

注1:犯罪について、被害の届け出、告訴、告発などにより、その発生を警察が認知した件数。

○ 少年、外国人犯罪の増加

近年のわが国の刑法犯罪増加の特徴として、いくつかの点を指摘することができる。
まず、犯罪行為者で見ると、14歳以上20歳未満の者が犯した、いわゆる少年犯罪が増加したことである。刑法犯罪の総数に対する少年犯罪の比率は特に1995年以降高まり、刑法犯総検挙人員に占める少年の割合はここ数年減ってきたものの、2004年では34.7%と3分の1強を占めている。なお、2004年の刑法犯検挙人員を人口比で見ると、少年は成人の約6.7倍となっており、少年犯罪の現況は看過できない。
また、外国人犯罪の増加も指摘できる。2003年の来日外国人犯罪の検挙件数、検挙人員はいずれも過去最多を示し、過去10年間で刑法犯検挙件数は倍増している。統計数値だけを見れば、刑法犯検挙件数全体に占める外国人犯罪の割合はまだ少ないとも思えるが、犯罪捜査にかかる手間や犯罪の悪質さ、組織化の進展などを考えると、外国人犯罪への対応は警察行政にとって喫緊の問題になってきている。ただし、外国人全体への誤解や偏見を招くようなことがあってはならない。

○ 凶悪な重要犯罪の増加

次に、犯罪の種類別に見ると、凶悪な重要犯罪の増加が指摘できよう。重要犯罪(殺人、強盗、放火、強姦、略取・誘拐および強制わいせつ)の認知件数は1995年に10,652件だったのが、2003年には23,971件と8年間で倍増しているのである(図表3参照)。

図表3 重要犯罪の認知状況の推移
区分/年199519961997199819992000200120022003
認知件数(件)10,65211,28912,36612,72514,68218,28121,53022,29423,971
検挙件数9,6439,92510,79810,70010,49111,04911,41811,18612,362
検挙人員(人)6,9697,3238,6548,9809,3079,9549,90510,02910,786
○ 犯罪の全国分散化傾向

さらに、犯罪を発生地域別に見ると、従来に比べ犯罪が日本全国で分散して起こるようになってきたことが指摘できる。都道府県別に人口千人当たりの刑法犯認知件数の指標値(総務省統計局調べ)を見ると、戦後最も犯罪が減った1975年には、全国平均が11.0に対して、東京が全国1位で17.9(ちなみに15.0以上の指標値を示したのは東京のみ)、大阪が13.0と、大都市部で犯罪がより多く発生していた。ところが2003年を見ると、全国平均が21.9に対して、大阪が32.4、愛知が31.5、福岡が30.7と全国で1、2、3位を占め、東京が24.3、千葉が27.3、埼玉が25.5と、東京より地方中核都市を持つ県や東京周辺の県で、人口比の犯罪発生率が高くなったことがわかる。

(2)犯罪増加の要因

○ 地域のコミュニティ意識の希薄化

わが国の犯罪増加の要因を考える場合、まず指摘できるのが日本国民の意識の変化である。戦前や戦後の高度成長期の日本の地域社会には「向こう三軒両隣り」的な意識があったが、そうした地域のコミュニティ意識が希薄化したことが最大の問題と言えるだろう。さらに、「警察だけに任せておけばいい」「見て見ぬふりをする」という犯罪(捜査)に対する他人任せの意識、「自分だけよければいい」といった個人主義の広がりが、犯罪増加につながっていることも否定できない。

○ 地方社会の都市化などによる犯罪の分散化

また、前述した犯罪の日本全国への分散化傾向は、日本中にいつでもどこでも犯罪が起こりうる背景、土壌が広がってきたことが大きな要因と言えよう。具体的には次の4点が指摘できよう。
第1に、郊外化などにより地域社会が変容したことが挙げられる。かつては消費文化が東京や大阪など大都市に集中していて、地方は農村型社会であったが、ここ10〜20年間に大規模スーパーやコンビニエンスストアが進出するのに伴い地方社会が都市化し、いわば日本全国が消費社会化したことである。
第2に、自動車依存社会の進展、高速道路や新幹線の整備等、交通網の発達により犯人が逃亡しやすくなったことも指摘できよう。例えば、埼玉県などは車で縦走すれば1時間以内で他県に出ることが可能で、警察も他県と連携しなければ捜査がしにくくなっている現実がある。
第3に、携帯電話やインターネットなど犯行に利用しやすいツールの急激な普及も指摘できる。
第4に、都心より地方や郊外の方が人気が少なく、特に夜間は一般的に地方や郊外ほど街の照明が暗く、犯罪を起こしやすい環境にあることも挙げられる。

○ 自己抑制ができない少年の増加

なお、特に少年犯罪が増加した背景のひとつには、精神的に不安定な、いわゆる「キレる」子どもが増加したことが指摘できる。この理由には、近年の傾向として、少子化により兄弟(姉妹)の数が少なくなったことで、比較的過保護に育てられ、子どもの頃に忍耐力が育まれず、自己抑制ができない少年が増えたこと、家庭内での教育・しつけ機能の低下などが一部の学者などからは指摘をされている。また、学校教育、特に中学・高校教育における不適応の生徒の増加や「悪い行為を抑止する機能」が十分に教育されていないことも見逃せない事実である。

○ 諸外国と比べ無防備な日本

さらに、外国人犯罪の増加に関しては、外国人から見て、わが国が諸外国より豊かで、しかも他の国と比べ無防備で犯罪を起こしやすい国であることも要因に挙げられるという見方もある。

II.犯罪抑止のために、産業界が(地域社会との連携を含め)対応する方策

前述したとおり、治安・防犯対策の基本的な部分は国および地方自治体の責務であり、企業が本来業務に専念できるように国・地方自治体が治安・防犯対策を徹底することが原則である。また、国民一人ひとりが「自らの安全は自らの手で守る」という自衛の意識を持つことはその前提となる。しかしながら、国・地方自治体や国民一人ひとりや地域社会だけでは対応できない部分については、企業がその役割を担う必要もあろう。
以下に述べることは、安全・安心な社会づくりのために、企業としてどのような対応ができるのかについて、その取組み状況を紹介することであり、具体的な対応は個別企業の判断に委ねられる。

(1)企業が本来業務として、積極的に取り組む施策

○ コンプライアンスの徹底を

まず企業自身が加害者(違法行為や犯罪当事者)にならないこと、社会に悪影響を及ぼさないことが基本である。例えば、メディアなどで青少年の健全な育成に有害なコンテンツを流すこと、そこにスポンサーとして関わることについても、企業としての良識が問われよう。また、企業は市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力とは断固として決別する姿勢を内外に示し、実践しなければならない。
企業が日々の業務で遵守すべき法令は、会社法・労働法・業法など多種多様であり、全てが刑罰法規など社会の治安に直接・間接に関連するものばかりではない。しかしながら、関係法令全般の遵守は社会の一員として基本的な義務であり、この実現に向けた強固な意思・企業風土の醸成、内部統制機能の充実が、企業の犯罪行為や犯罪行為への加担の大きな抑止力につながるものと考えられる。
また、法令には抵触しないようなケースであっても、より高い倫理観を持ち、常に企業活動の社会への影響を考慮して行動すべきである。これを本テーマの関連において具体的に言うと、個別企業の活動が社会の安全にどのような影響を及ぼしているか常日頃から意識し、法令に抵触はしなくともマイナス面があればできる限り改善し、プラス面があれば積極的に伸ばしていく姿勢が問われよう。
以上のように、コンプライアンスは法令遵守を基本としながらも、より高い倫理観に基づいた企業の行動原則と捉えることができる。具体的にどう行動するかは、事業内容や企業がおかれた環境などに応じて、個別企業の判断に委ねられるべきものであるものの、個別企業におけるコンプライアンス体制の整備・充実は不可欠なものである。コンプライアンス体制の整備は経営トップのリーダーシップをもって行うべきで、その内容は (1)行動規範・行動指針など企業としての倫理綱領の策定、(2)具体的アクションの準拠となる社内ルールの作成、(3)チェック・改善システムの構築、(4)担当セクションの設置、(5)社内外との良好なコミュニケーション、などが必須項目になるであろう。

○ 企業および顧客が当事者となりうる犯罪防止への対策

前述のように治安を取り巻く状況は、依然として厳しい。企業との関わりで言えば、最近では、企業が提供している商品・サービスが犯罪に悪用されたり、顧客が犯罪に巻き込まれる事象が増えてきている。このような状況を踏まえ、(1)企業が犯罪防止の当事者として取り組む場合の対策、(2)顧客が被害者となりうる犯罪防止対策、(3)企業および顧客の双方が被害者となりうる犯罪防止対策という3つの側面から見ていくこととする。

(1) 企業が犯罪防止の当事者として取り組む場合の対策
まずは企業自身が、犯罪防止の当事者として取り組む場合の対策についてである。具体的に言えば、これまで企業が提供してきたサービス・商品について、これまでの信用性、あるいは利便性を悪用する形で、犯罪に利用されるケースが出てきている。企業が提供しているサービスが犯罪等に悪用されていないかを常日頃からモニタリングをするとともに、適時適切な防犯対策を講じることが求められる。

<銀行口座悪用への対応例>
例えば、金融業界における銀行口座の不正利用がその典型であろう。最近増加傾向にある、いわゆる振り込め詐欺 (注2) や暴力団のマネーロンダリング(資金洗浄)として、銀行口座を悪用するケースがある。
こうした事件が2003年中には6,500件あまり起きている(平成16年警察白書)。これまでは、銀行口座の維持管理等は一般的に厳格にされてきており、顧客からの信用も高いが、これが犯罪に悪用されるようになると、その信用が逆効果として働き、顧客が多額の現金を振り込む等、犯罪に巻き込まれる可能性が出てくる。この問題に関して、本人確認法(2003年1月施行)は、銀行に厳格な本人確認を義務付けているが、全国銀行協会でも、2003年9月に、不正利用が明らかと判断される口座については、利用停止や解約を積極的に行うよう申し合わせた。これらの対策の積み重ねにより、顧客が安心して利用できるよう努力することが望まれる。また、指紋、網膜流等生体による認証を取り入れるなど対策等を講ずる必要があろう。

注2:例えば、孫や息子(の友人)などを装って親に電話をかけ、交通事故の示談金などの名目で至急の送金を依頼し、指定した口座に現金を振り込ませる手口。

(2) 顧客が被害者となりうる犯罪防止対策
次に、企業の顧客が犯罪の被害者となりうるケースの犯罪防止対策についてである。技術の進化等、社会環境が変化するとともに、これまでのセキュリティ対策で十分と思われていたものが、犯罪に使われるケースが現実になっている。また、これまで商品・サービスを提供していく際に、利便性や経済性等を追求してきたが、そうしたことを逆手にとって犯罪に悪用されるようなケースも起きている。

<大規模商業施設等での防犯カメラ設置>
例えば、スーパー等の大規模商業施設では、曜日や時間帯によっては買い物客が密集している。何らかの事件が起きた場合、多数の買い物客が犯罪に巻き込まれる可能性があることから、防犯カメラの設置、店内巡回等によって、安心して買い物ができ、犯罪抑止につながる等の効果が期待される。なお一般的に、防犯カメラの設置により死角がなくなり犯罪抑止効果があると言われているが、防犯カメラのみに頼ってしまうと、犯罪防止に取り組む当事者意識が低下して、防犯効果が薄れるとの指摘もあるので、そうした点への配慮も忘れてはならない。
防犯カメラの設置には、プライバシー、肖像権、個人情報保護との関係も考慮すべきであるが、犯罪の少ない安全・安心な社会を取り戻すためには、防犯の必要性があること、厳正な運用を行うことを条件に個人のプライバシーがある程度は制限される、との認識を一般国民が持つ必要があろう。

<個人情報の安全管理体制の充実>
さらに、顧客の個人情報についてである。昨今、顧客の個人情報が流出する事案が多発し、その流出個人情報をもとにしたと想定される架空請求事件も発生しているため、企業はプライバシー保護の観点からも喫緊の課題として対処する必要がある。2005年4月には、個人情報保護法が民間事業者を含め全面施行されたことから、個人情報については、これまでの会社の経営資源という切り口ではなく、顧客からの預かり資産という認識に切り替え、厳重に取り扱っていくことが求められる。個人情報保護における安全管理対策として、物理面、システム面、組織面、人的面の4つの面が挙げられているが、各企業はこれらの対策にバランスよく取り組み、顧客が犯罪に巻き込まれないよう継続的な対策を講じていく必要がある。

<関係者による自主規制>
最後に、企業や顧客自身等がインターネット等を通じて提供するさまざまな情報が悪用され、犯罪発生の誘因になることへの対策である。情報技術(IT)の進化とブロードバンド化の進展により、安価で大量な情報をやり取りすることが可能になり、インターネット等を通じて情報の収集、加工等が容易になり、情報をすばやく送受信できる等、コミュニケーションが非常に便利になった。その反面、インターネット上に、出会い系サイト等、青少年の健全な育成に有害なコンテンツが放置されたり、誹謗・中傷や著作権侵害等になりかねない書込みやファイル交換等がなされる現状には問題がある。ソフト産業などの業界や関係者による自主的な規制等もさらに進めていくことに加え、インターネット利活用にあたっての顧客自身による自覚や利用者教育の充実が望まれる。

(3) 企業および顧客の双方が被害者となりうる犯罪防止対策
次に、企業と顧客の双方が被害者となりうる犯罪に対する防犯対策についてである。これについては、すでに述べたように、企業側は、細心の注意を払って犯罪の未然防止を図り、顧客側も、自らが犯罪に巻き込まれないようにすることが前提である。

<カード悪用犯罪の防止対策>
例えば、偽造キャッシュカードを使った悪用防止対策である。情報技術(IT)を悪用し、偽造キャッシュカードを作製し、他人のキャッシュカードの磁気情報を違法にコピーし、本人になりすまして預金等を引き出すというものである。全国銀行協会の調べによると、2004年度上半期だけで122件、総額4億6千万円の被害が生じているとのことである。偽造キャッシュカードからの引き出しは分かりづらく、実際の被害額はこれより多い、との指摘もある。金融機関としても、これらの犯罪に対処するため、キャッシュカードについて生体認証やICカードに切り替えたり、引き出し額の上限等を設けている事例がある。2005年1月には、全国銀行協会がこれら各対策の検討・実施を申し合わせたほか、金融庁も2月に同様の対策を発表するなど、金融業界全体での取組みが行われている。顧客側も、他人から見抜かれにくい暗証番号の設定、キャッシュカード保管の徹底、盗難等に遭遇した際にはすぐに届出る等の対応が必要であろう。
同様に、クレジットカード、プリペイドカード等を悪用したカード犯罪対策である。例えば、クレジットカード業界では、真正なクレジットカードの磁気情報をスキミング (注3) し、これにより使用される偽造カードや、紛失・盗難カード等の不正使用の防止を図るため、最新の技術を用いたシステム的防止対策の導入や、偽造しにくくかつ簡便に本人確認ができるクレジットカードのIC化を順次進めるとともに、クレジットカードの利用先である加盟店の協力を得てサイン照合の徹底や販売員教育の支援を行うなど、カード会員が安心してクレジットカードを利用できる環境整備に向けさまざまな対策を継続的に講じている。また、カード会員に対しても、カード裏面へのサインの徹底や、カード管理の徹底を要請するとともに、生年月日、電話番号等の危険番号を暗証番号として設定しない旨の注意喚起、カード利用時の「カード売上票」と「カード利用明細書」との照合確認の徹底等を要請しているところであり、顧客の側においてもより一層の自己管理意識を高めることが求められている。

注3:偽造カードを作製するために、「スキマー」と呼ばれるクレジットカードの磁気情報を読み取る機器を用いて、真正なクレジットカードの磁気情報を盗む犯罪行為。

<交通機関における犯罪防止対策>
また、交通機関の施設内における犯罪(暴力、痴漢、破壊行為等)も多い。顧客が被害者になるケースが非常に多いが、事業関係者が被害者になるケースも少なくない。例えば、JR東日本の場合、毎年300件を超える「社員に対する暴力行為」が発生している。なお、2004年1月には、客室乗務員の職務執行を妨げるなど、航空機内における安全阻害行為等(機内迷惑行為)の防止を定めた改正航空法も施行されている。
交通機関の施設内における犯罪防止と被害軽減を図るための対策は、(i)施設内に犯罪者を侵入させないこと、(ii)仮に犯罪者が侵入しても犯罪を起こしにくくすること、(iii)犯罪が発生した場合でも迅速かつ適切に対応することの3つに大きく分けられる。以下、鉄道を中心に具体的に見ていくこととする。
(i)の対策の代表例は、空港のセキュリティチェックである。これは欧州の特急列車の一部でも導入されているが、大量輸送機関である通勤通学列車や日本の新幹線などで実施することは極めて難しい。
(ii)の対策は、防犯の観点からの施設の見直し(施設管理上の死角の可視化、撤去等)と人の目によるチェックの2つに大別される。後者の例としては、日本の場合、事業者(警備会社を含む)の職員が施設内を巡回警備しているほか、鉄道では鉄道警察隊が一部の列車に添乗、また航空においてもスカイマーシャル制度の運用が始まっている。
(iii)の対策は、地下鉄サリン事件の教訓でもある初動体制の整備である。1995年3月に発生した、世界でも例を見ないこの事件では、営団地下鉄(当時)の乗客および職員12名が死亡、また誘導・救護等の活動にあたった警察、消防、自衛隊の多くの職員が被災するなど大きな二次被害が発生した。化学物質(神経ガス)の犯罪手段としての使用を想定していなかったことが主な原因である。国内外の情報をもとにあらゆる可能性を想定して準備を怠らないことが求められる。しかし、2004年3月にスペインのマドリードで発生した同時列車爆破テロ事件は、直前に起きた爆破テロ未遂事件を受けて、特別警戒態勢が取られていたにも関わらず、防ぐことができなかった。
不特定多数の顧客が利用する交通機関の施設内における犯罪を完全に防止することはできない。しかし、限りなくゼロに近づけていくことは決して不可能ではない。交通機関の各事業者は、過去のさまざまな教訓を糧に、顧客がより安心して利用できる交通機関を目指して、不断の努力を続けていく必要がある。特に、施設の見直しなど、各事業者の判断のみで実施できる対策は、引き続き計画的に実施していくべきである。

○ 防犯にも配慮した商品開発・サービス展開

これまで、企業は、商品を開発し、サービスを展開する際、品質や利便性を追求することを大きな目標としてきた。これは、価格とともに良質で便利な製品・サービスが消費者の選択の要素であり、社会に受け入れられるポイントであったからにほかならない。しかし、一方でこうした利便性の追求が、犯罪に利用され、また犯罪の対象にされやすくなってきた面は否定できず、中にはその悪用が社会的に大きな問題になる例も出てきている。企業がこうした事態にどう対応するかが課題となってきている。
商品開発・サービス展開にあたって企業が考慮してきた要素は、品質・利便性だけではない。消費者の利用段階で安全性をどう確保するか、使用・廃棄段階で環境保護の視点をどう入れるかは、今や多くの企業の一般的な活動になっている。
こうした点を踏まえれば、昨今の製品・サービスを悪用した犯罪が社会問題化している傾向から、今後商品開発・サービス展開にあたって防犯面での配慮が一層求められると予想され、企業としてもこうした社会的課題に対応することが必要と考えられる。例えば、設計段階から、提供しようとしている商品・サービスが犯罪と結びつく可能性を精査し、場合により設計を変更したり、安全性を高める手段を講じることが考えられる。また、市場に投入された後、その商品が発売前に想定していない使用方法で使われているというような問題が生じた場合の対応についても、あらかじめ検討しておくことも有効であろう。定期的なリスク評価による情報収集、早期発見、改善措置(フィードバックによる再発防止措置)というリスクマネジメントのサイクルを継続していくことが重要になってくる。
こうした企業の防犯対策において、より実効性を持たせるためには、マネジメントを担う体制を構築する必要がある。企業やその業種の特性によって防犯対策を担当する部門については形態が異なる可能性があるが、総じて組織横断的なリスクマネジメント対応組織などの専門部署を設けて、商品開発・サービス展開におけるリスクを回避することが望ましい。
無論こうした取組みに困難が伴うことは否定できない。本来、商品・サービスが市場に受け入れられるために具備している利便性や有用性が、それ故に犯罪等に悪用される可能性が高いという二律背反性は、ますます加速するかもしれない。新しい製品・サービスを発売するたびに、こうした取組みを実施していくことはコスト上昇にもつながりかねない。しかし、そもそも企業は社会全体の利便性向上に資することを目的として商品やサービスを提供しているのであり、こうした目的と相反するような犯罪行為により社会的に問題が生じる場合には、企業として解決する努力が必要であろう。

○ 防犯対策をビジネスとして拡大する取組み

既に述べた企業における「防犯対策」において最も重要なことは、顧客と社員の生命と財産を守ることであり、不法な犯罪行為によってそれらが脅かされることを防止し、信頼される企業活動を行うことが大切である。
「防犯対策」をやむを得ないこととして捉えた場合、それはコストでしかなく、企業活動においてはできるだけ低減させることが重要である。しかしながら「防犯対策」を積極的に取り入れ、顧客にアピールすることによって、それは「信用」につながり、さらに営業戦略として活用することによって新たな「価値」を生み出すのである。
ところで、「防犯対策」をビジネスとして大別した場合、具体的には次のような3つの類型が考えられる。

(i) 犯罪脅威の分析に関するビジネス
これは防犯関連コンサルティング業務に代表されるものである。従来、実際のサービスを行う事業者がその製品やサービスの必要性を周知するために行っていたが、特にサイバーテロといったハイテク犯罪への防犯対策を行う場合、社内に専門的な知識や手法等が蓄積されていない等の理由から、専門的で広汎かつ体系建てた対策を行うため、利用されることが多くなっている。

(ii) 商品開発・サービス展開におけるビジネス
防犯製品やサービスを導入することで犯罪や事故を抑止し、被害の拡大を防止するために利用する。画像を駆使したセキュリティサービスや生体認証を使って個人認証を行うなど、技術革新による高機能・低価格の製品化が進んでいる。また、システムの質が最も重要であり、ハード面の強化だけではなく、それらを使用する人間の負荷や内部犯行抑止などソフト面にも配慮したサービスを導入することが重要となっている。

(iii) 損害保険に代表される事後対応ビジネス
万一企業や顧客に被害が発生した場合、損害を補填し正常な状態にいち早く復旧させるために利用するものであり、損害保険等に代表されるサービスである。保険の自由化によって、画一的な商品ではなく、従来は保険として構築できなかった情報流出等の損害補償も、実態的なサービスと組み合わせることによって、動産として補償対象にしたり、リスクの細分化により保険料を低減させるなど、さまざまな商品が創出されている。

こうした積極的な防犯ビジネスは、新たな製品やサービスを生み出し、新たな市場をも創出することになる。
今では当たり前になったインターネットサービスにおいても例外ではない。技術革新により誰もが気軽に利用できるようになったため、犯罪者にも容易に悪用されることになった。ハッカーによる攻撃を防御することは勿論のこと、ホームページ等が改ざんされていない正当なものであることを証明するサービスやインターネットショッピングに代表される認証の技術、集められた個人情報の保護など、「防犯対策」は多岐にわたり、数年前までは一般的ではなかった各種サービスが事業として十分成立するほど大きなマーケットとなっている。

<家庭向け防犯対策の製品化>
家庭向けにも「防犯対策」を製品化したものが相次いでいる。マイカーを例にとってもイモビライザー (注4) といった盗難防止装置やGPS (注5) を使った追跡装置が低価格で提供され、またそれらの設備を導入することによって、車両保険が安くなるといった相乗効果により「防犯対策」が普及しているケースもある。
住宅においてはさらに顕著である。防犯ガラスやピッキング対策がなされた鍵が標準仕様となったいわゆる防犯配慮住宅や、比較的高額所得者が加入していた警備会社のホームセキュリティサービスが一般家庭にまで普及してきた。そして、ネット家電といわれる新たな時代の幕開けを前に、家電業界や住宅関連業界等を中心に今までにないビジネスモデルの構築を行っている。

注4:コンピューターの電子的なキーによる照合によって、不正に作られた合鍵を使って車に侵入した際に、エンジン始動をできなくするもの。現在、車の盗難防止に有効とされているシステム。

注5:全地球無線測位システム。衛星電波で、時刻信号の電波の到達時間などから、地球上の電波受信者の位置を三次元測位する。

<パーソナルセキュリティサービス>
また、個人向けには、子供を中心とした社会的弱者が犯罪に巻き込まれないために、パーソナルセキュリティといったサービスが出現している。子供を預かる教育産業や子供用品を製造している玩具・文具メーカーなどからも、「防犯対策」を新たなキーワードとしたビジネス化が一層進むことが予想される。これは、少子化によって一人の子供にかける経済的な余裕が生まれたことも一因であるが、従来、街全体が持っていた監視機能が都市化により希薄となったことが大きな要因である。さらに、家庭や個人に対する街全体での「防犯対策」を取り戻すためにさまざまな防犯設備やサービスを導入し、地域として治安を維持しようとするタウンセキュリティ(別項参照)といった試みも始まっている。

<公的な補助による促進も>
日常生活を行う上で、安全な環境が提供されることは最も大切なことであり、社会資本的な意味合いを持つことから、個人(家庭)の生命や財産を守る「防犯対策」には公的な補助による促進も考えられる。いずれにせよ産業界としては、「防犯対策」の視点を取り入れることによって、新たなビジネスチャンスを創り出し、時代とともに生まれる新たなマーケットを見据えることが重要と考えられる。

○ 治安・防犯対策への官民(の役割分担)の連携・協力

企業が提供している商品やサービスによって犯罪が複数発生し、社会的被害が拡大するおそれがある場合は、被害の拡大防止に向けて官民が連携した対応策を行う必要も考えられる。例えば、急速な情報技術(IT)の進展によるスキミングでのキャッシュカードの読み取りなど、従来は犯罪のおそれが少なかった商品やサービスにおいて、被害が発生しているケースなどである。
このような従来では犯罪被害のおそれが少なかった商品やサービスにおいても犯罪被害を受けている実態などについて、犯罪被害拡大防止に向け官民の知見を結集して情報交換や活動の場を設けることが課題となってきている。例えば、上記スキミングについては、金融庁が主催する会合に、警察庁、法務省、法律や技術面の有識者、消費者代表、銀行が参加して、予防策や被害補償のあり方等について検討し、対策に反映されている。
また、都市化や少子高齢化等を背景として、地域社会における防犯や防災に向けた住民のパワーが年々低下していることも事実である。こうした中で、企業が人的資源等を有する有力な地域社会の一員であることは明らかである。実際に、防犯や防災といった地域連携の輪に企業が参画するケースも増えている。
企業や従業員による自主的な地域社会との連携を促進するために、ボランティア休暇制度の普及や社会貢献に積極的に取り組んでいる企業の社会的評価が上がるような、活動しやすい環境づくりも求められよう。こうした環境を実現するため、官民が連携した新たな社会システム構築の必要性が高まっている。

(2)国や地方自治体、地域社会が主体的に行い、産業界が側面から支援する施策

○ CSRの観点からの取組みの必要性

近年、CSR(企業の社会的責任)の重要性がますます高まっており、企業が意識しなければならない責任の範囲が大きくなってきている。企業の社会的責任は、環境保全、地域行事への支援、ボランティア活動、寄付を通じた文化・教育活動の支援など社会貢献活動に主眼があった時代から、グローバルな地球環境や人権問題への配慮に広がりをみせ、最近では企業活動の基本である法令遵守はもとより、あらゆる局面で高い倫理観に基づいた行動が求められるようになってきている。
こうした中、現在の犯罪、治安状況を見ると、前述したように国や地方自治体だけで対策を行うのは難しくなってきている。そこで、企業も社会の一員として、安全で安心な社会の実現に向けて、この分野に関わっていく時代になってきたと考えるべきであろう。

○ 健全な地域コミュニティづくりに必要な防犯の観点からの支援

わが国の昨今の犯罪増加のうち、特に都市部における機会犯罪の増加は、都市の地域コミュニティの脆弱化と密接な因果関係があると言われている。すなわち、空き巣やひったくり等の、犯意者にとって機会があれば対象(人や住居)は誰でもどこでもよいというタイプの犯罪(機会犯罪)は、人口や住居、事業所等の対象者(物)が密集しており、なおかつ相互のコミュニティ意識の希薄さによる「監視性」の低下、「匿名性」の増大が進行した都市部において、比較的容易に起こりやすい。
このため、特に都市部における機会犯罪の抑止には、地域住民や事業者、就業者が「自分たちの生活する街は自分たちで守る」という意識を持つことが求められており、今後、地域の犯罪抑止には、防犯に主眼をおいた地域コミュニティの再生が極めて重要である。
地域コミュニティを構成するものとして、地域企業の事業者や従業員とともに、地域住民が大きな割合を占めるが、一方で地域住民の多くは企業の従業員でもある。企業にとって、従業員が生活する地域コミュニティにおいて行う活動は、必ずしも各企業の本来業務に結びつくことはない。しかしながら、従業員とその家族の生活における安全・安心の確保は、健全な企業活動に必要不可欠であり、ひいてはわが国全体の治安向上による、企業活動の発展に寄与するものである。
とりわけ都市部において、地域コミュニティの脆弱化が進行したひとつの要因として、企業従業員の住居の郊外化が挙げられる。一般従業員は毎日、住居と会社を行き来しているが、その生活主体の大半は会社におかれている。こうした生活サイクルが住民の地域コミュニティに対する関心の低下を招き、結果として犯罪に対して脆弱な郊外が多く成立した、と言えよう。しかしながら、その家族である配偶者や子供たちは住居のある地域での生活が大半であることから、企業従業員はそこに生活する家族の目線に立ち、地域の安全・安心に強い関心と責任を持たなければ、地域コミュニティの再生はおぼつかない。今後企業は、従業員が属する生活圏における地域コミュニティ再生活動に対しても理解を示すことが必要となる。
また、企業もNPOの地域コミュニティ再生活動や、それに参加する従業員のボランティア活動を支援する必要性が高まっている。

○ 地域としての犯罪抑止活動の推進

前項で述べたように、企業に属する従業員が地域に属する生活者として、安全・安心な街づくりへ向けての地域コミュニティ再生に参加することを、個別企業が支援する場合、具体的にどのような活動が考えられるのであろうか。すでに一部の地域では以下の活動が行われており、一定の成果をあげつつある。

(1) 地域の定期的な清掃、夜間パトロールの実施
例えば、ボランティア活動の一環として、地域の住民や企業従業員が参加し、地域の清掃や夜間パトロール活動が行われている。地域の清掃は「割れ窓理論」 (注6) にあるように、犯意者にとって、良く手入れされたコミュニティは、地域の連帯感を感じさせ、匿名性の低下や監視性の向上といった犯罪抑止効果が期待できる。また、夜間パトロール活動は犯罪警戒活動でもあり、犯意者に対して、わが街は自分たちで守るという強い意思の表明でもある。
一方で、夜間パトロール活動は犯罪者や犯意者と遭遇するなどの危険を伴うものであるため、活動場所やスケジュール等、地域と所轄警察間の情報共有が極めて重要であり、不測の事態に備えた連絡体制や対処手順を十分に検討しておく必要がある。特に、従業員の防犯ボランティア活動は、他のボランティア活動とは異なり、犯罪防止など治安に関する分野であるため、活動者本人の安全確保に十分配慮した取組みが必要となろう。

注6:アメリカのジョージ・ケリングらが提唱した理論。たった1枚の割れ窓の放置により、地域の荒廃、犯罪の多発、住民の流出が起こり、街が崩壊するという考え。

(2) 地域の安全マップの作成、配布
近年、多くの自治体が「安全・安心な街づくり」を施策に掲げ、地域単位での犯罪抑止活動を積極的に推進している。この中で地域コミュニティ単位での安全マップを作成し、犯罪多発地域の把握と地域住民への啓発を行っている。従来、警察はプライバシーの侵害や過剰な犯罪不安感を与えることへの懸念、地域や住居への資産価値低下への配慮等により、積極的に犯罪発生状況を公表しなかった。しかしながら、昨今の犯罪多発傾向の中で、空き巣やひったくり等の機会犯罪の情報については、被害者のプライバシーに配慮しつつ地域住民に公表していく姿勢が見られる。このようなデータをもとに、地域と警察が連携し、実際の犯罪発生・未遂場所のフィールドワークを行い、地図に落とし込むことにより、住民への注意喚起や自治体への危険箇所の改善依頼等を行っている。
このような活動で重要な点は、すでにいくつかの地域で行われているように、犯罪や犯罪未遂、犯罪不安感の把握、調査分析を行うにあたり、大人の目線ではなく、犯罪弱者である子供や高齢者、女性の目線に立つことである。従って、フィールドワークを行うにあたり、子供や高齢者を積極的に参加させ、彼らが実際どのような場所でどのような危険を感じたか、遭遇したかを結果に反映させることが重要である。
また、こうした地域活動においては、地域住民だけではなく、地域企業の事業者や従業員も参加することが考えられる。企業はこうした活動に対して、例えば会議室や作業用スペースを提供したり、パソコンやカラーコピー機、プリンタ等、OA機器の提供や、地図分析ソフト(GIS)の導入や活用を支援し、精度の高い調査分析や地域への啓発・支援を率先して行うことなどが考えられる。一方、こうしたフィールドワークは、犯罪が実際に発生した時刻における通行量や住民の活動等を含めた周辺環境を把握することが重要で、そのため平日の日中に長時間の拘束を余儀なくされる活動である。例えば、こうした活動に参加を希望する従業員に対して、企業の判断で休暇扱いとする支援策も考えられる。

(3) 地域警察署と町内会、地元企業等の連携
前述の活動においては、警察と住民、地元企業や商店が情報を共有し、連携することが重要である。特に都市部における生活スタイルは24時間化し、コミュニケーション手段の変化(携帯電話の急速な普及)、移動手段の高速化(道路整備や自動車、二輪車の普及)等、都市生活者にとっての利便性向上は、一方で犯意者にとって犯罪遂行が容易な環境を提供していることにもなる。しかしながら、都市生活者にとって、犯罪抑止のために、このような利便性の向上に逆行する生活スタイルに戻ることは困難である。都市部の犯罪者は携帯電話や高速移動手段を駆使し、夜間でも営業している店舗やATMなどを狙うといった、都市の利便性の盲点をついた犯罪を行っている。このような犯罪に対し、都市生活者が都市の利便性を損なうことなく対処するためには、犯罪抑止活動においても都市の利便施設やツールを積極的に活用する姿勢が重要となる。
例えば、各自治体・警察等の協力のもと、コンビニエンスストアが取り組んでいるセーフティステーション活動 (注7) が効果をあげている。コンビニの普及により、深夜でも生活必需品の購入ができるなど利便性が高まる一方で、特に深夜を狙った強盗などコンビニが犯罪の発生源となっている事実もあり、そのための対策が望まれていた。こうした中、(社)日本フランチャイズチェーン協会では、街の安全・安心な生活拠点づくり活動として、コンビニのセーフティステーション化を目指し、今までに3回のトライアルを実施、2004年7月から3カ月間の3回目のトライアル期間中では12,000件を超える成果をあげている。
また、タクシー会社がコンビニと連携した取組み例として、客待ちのタクシーを深夜から早朝にかけてコンビニの駐車場に待機させ、運転手がコンビニ内の不審者を監視する代わりに、コンビニの駐車場をタクシー乗り場として活用する防犯対策も効果をあげている。
さらに、地域防犯ボランティアを組織する住民の携帯電話のメールアドレスを登録し、空き巣やひったくり等の犯罪が発生して警察に通報が入った場合、当該地域に登録されている携帯電話に犯罪や犯人の情報を一斉に発信することにより、犯罪の連続発生の抑止や犯人逮捕への有力なツールとなる。このような活動においては、地域の警察と住民、企業や商店が日頃から情報交換を行うことが重要である。

注7:女性・子供等の駆け込み対応、緊急災害・災害発生時の通報等、コンビニエンスストアにおいて実施した安全・安心な街づくりの施策と青少年健全育成への取組み。

○ 青少年犯罪防止に向けた施策への支援

青少年犯罪防止に向けた施策も地域社会全体で取り組むべき重要課題であり、地域社会の一員である企業の取組みが強く求められてきている。産業界として、雇用の場の確保が強く期待されていることは言うまでもないが、全ての企業が常にこの期待に応えることは難しい。
ただし、就職前の青少年に対する職業体験機会の提供であれば、多くの企業で実施可能な取組みと言えよう。その意味で、企業は青少年が職場や工場を見学できる機会を今まで以上に増やすことが望まれる。
企業が青少年育成をテーマとして社会貢献活動を展開する場合にも、職業体験をもっと取り入れることが望まれる。例えば、(財)交通道徳協会が全国49カ所に設置している鉄道少年団には、小学3年生から高校3年生までの約1,200人の団員が在籍し、鉄道施設見学や駅・列車内の清掃などの作業体験を行っている。こうした活動を通じて、鉄道知識を習得し、公徳心を高めることが期待されている。そして、何よりも本物の仕事と身近に接した経験は、団員にとって大きな財産となっている。
一方、幼児から小学校低学年までの子供たちでも、本物の仕事を体験的に学べる場が企業博物館である(ここでいう企業博物館は、企業やその関連する公益法人が運営又は協力しているのみならず、企業史や産業史、技術史をテーマにした博物館であり、実際に企業で使用・提供された実物資料が数多くあるとさらに良い)。国内には、電力館、交通博物館、産業技術記念館など、数多くの企業博物館がある。これまでも遠足などの校外活動で利用されるケースは少なくなかったが、例えば、放課後や休日に子供たちの「居場所」を提供する「地域子ども教室推進事業」(文部科学省委託事業)に参画するなど、運営・協力する企業は企業博物館の存在とその活用方法をもっとPRすべきであろう。企業博物館のネットワークづくりなど、産業界としてサポートする仕組みづくりも望まれる。
また、青少年の「居場所」づくりという観点からは、地域の少年野球やサッカーなどスポーツ活動への企業運動部のサポートも考えられる。企業業績の悪化などで休廃部が相次ぎ、企業運動部の数も一時に比べ減っているのが現状であるが、地域の青少年のスポーツ活動への施設(グラウンド、体育館等)の貸出しや選手による青少年への技術指導なども考えられよう。
このように、多くの企業にとって将来のステークホルダーである子供たちとの関わりは、主に職業体験機会の提供を柱に、幼年期から青少年期まで体系的に実施することが可能である。そして、こういった地道な取組みこそが、企業が果たし得る最も効果的な青少年犯罪防止策ではなかろうか。

○ 地域の中心市街地(商店街・住宅地)の再開発、再生

地域コミュニティ希薄化の要因として、昨今の商業開発や住宅開発などの影響が、結果として犯罪に対して脆弱な都市空間を生み出している現状がある。旧市街地の老朽化した団地や商店街、農地などにおける住宅開発は、地域の旧住民と新たに転入してきた新住民との間の家族構成や生活スタイル、価値観の相違により、ギャップや摩擦、無関心といった問題を引き起こし、結果として地域コミュニティが脆弱になる場合が多い。特に、旧住宅街における大規模・高層住宅開発や、農地転用における戸建住宅開発は、新たな犯罪機会の創出や外部からの犯罪の転移を招きやすい。
このような現状を考えると、今後企業が開発事業を行うにあたっては、犯罪に強い街づくりの視点は欠かせない。そこで、地域コミュニティの醸成に配慮した街づくりにより、地域のセキュリティ機能を高めることが重要となるので、国・地方自治体・企業・住民など官民が一体となって街づくりに参画することが必要である。また、企業は安全に対する配慮をコストとしてではなく、購買者に対しての新たな付加価値として捉え、地域コミュニティ醸成に寄与する開発を心がける姿勢が必要である。
これまで述べてきたように、犯罪抑止のためには地域のコミュニティを再生し、新たなコミュニティ意識を醸成していくことが必要不可欠である。この中で特に企業とその従業員は自分の生活圏を見つめ直し、地域コミュニティ再生・醸成のために参加、協力することが重要である。また、こうした活動に対して、企業の判断によりコストやリスクのみと捉えずに、健全な企業活動につながるものと認識し、協力・支援していくことが考えられる。

(1) 既存住宅地における新規大規模・高層住宅開発
昨今、特に都心郊外において旧式団地の老朽化や居住者の減少によるとり壊しと、大手ディベロッパーによる跡地取得と大規模・高層集合住宅の開発が活発化している。このような住宅の多くは、敷地内への一般アクセスを制限し、施錠や防犯カメラ等のセキュリティ設備を備え、防犯性能を向上させている。しかも、こうした設備は住宅の付加価値として住宅購買者に認知されてきており、追加的な費用負担をしてでも安全な住宅に暮らしたいというニーズが高まっている。
しかしながら、こうした高層住宅開発は敷地内のセキュリティに配慮するあまり、既存の周辺住宅地との交流が疎かになり、結果として従前に存在した地域コミュニティが崩壊するケースが多く見られる。また、新規大規模・高層住宅の住民は、防犯に対する個々の意識は比較的高いが、特に大規模集合住宅では、さまざまな地域から移り住んできた中・若年層の核家族が多いため、住宅内の住民同士が交流する機会は生まれにくく、防犯に対する共通の認識を持つことが難しい。
一方で犯罪の機会をうかがう犯意者にとっては、大規模・高層集合住宅開発により、空間的死角が増えることによる監視性の低下、既存コミュニティの崩壊による匿名性の増大、ターゲットとなりうる人口や通行量、自動車など対象物の増加等による地域全体のセキュリティ環境の悪化、集合住宅の互いに無関心な住民で構成された脆弱なコミュニティの存在により、敷地内に侵入してしまえばかえって犯罪活動が容易になるなど、既存住宅地における大規模・高層住宅の開発による影響は甚大である。
このような問題発生を避けるために、新規開発後の生活環境の創造にあたっては、既存コミュニティとの融合、調和を最優先と考え、地域活動においてともに行動し、情報交換、交流を行うことが重要である。例えば、地域コミュニティにおける防犯活動は、集合住宅内のみで行うのではなく、自治会の枠を越えて、地域住民全体が共通の目的意識を持ち、ともに活動するなどの方策が必要である。

(2) 農地転用による住宅開発
大規模・高層集合住宅の開発に並び、既存地域コミュニティの脆弱化を促進するものとして、都市部の農地転用に伴う戸建住宅開発が挙げられる。通常、農地を住宅地開発する場合は、整地、造成を行い更地にした上で、まず住宅地の規模に合った公園を確定し整備を行う。その後、宅地として購入され建物が整備されるには時間差があり、集合住宅のように一度にコミュニティが構成されることは少なく、売却できていない宅地は駐車場などに暫定利用される場合が多い。また、このような経緯で構成される住宅地は、購買者が自由(勝手)に建てることが多く、住宅地全体として最終的なあるべき姿に合致し、全体として調和のとれたデザインになることは期待できない。このような状況において、住宅地として未成熟な、初期に建てられた住宅が犯罪被害に遭うケースが多く発生している。さらに、個別に建てられる住宅は、公園に対して背を向けて配置される場合が多く、日照の関係で公園に面した配置になった場合は、公園との間に目隠しの植樹や塀を設けることが多い。この結果、住宅整備がほぼ完了したときに、結果として公園が地域内で孤立し、犯罪に対して脆弱な空間として存在することとなる。
このように新規の戸建住宅地開発では、コミュニティの醸成やセキュリティ確保の観点から、最終的なあるべき姿へ向けて管理・誘導していくマスタープランづくりが極めて重要である。今後、住宅開発事業主体である企業は、宅地分譲事業であっても、完成時に地域コミュニティが醸成されるように責任を持って取り組む姿勢が求められる。

(3) 地域コミュニティ内の交通環境改善
都市部における機会犯罪は、自動車や二輪車が利用されることが多い。都市部では交通道路網が整備されているため、幹線道路を移動しながら流しの犯行を行ったり、逃走においても比較的短時間で移動することが可能となり、携帯電話やGPS付の緊急車両ロケーション探知システムの普及と相まって、機会犯罪の犯意者にとって、犯行を行いやすい環境が整っている。匿名性の高い都市部において、さらに犯罪者にとって好都合な環境が揃うことで、近年は犯罪発生後の不審者目撃情報の収集が非常に困難になっている。
このような課題に対して、特に都市部の住宅地においては、幹線道路を除く地域コミュニティ内の道路を改善して、車両の移動速度を抑制したり、不審者を認知しやすくするための構造上、デザイン上の工夫を行うことが求められている。例えば、強制的に速度を抑制するために、路面にハンプを設けたり道路を雁行させるなどの構造的変化を設ける、カラー煉瓦やタイルにより路面を整備しコミュニティ道路として認知させる、相互通行路を一方通行路に変更する、車両進入禁止の時間帯を設ける等、さまざまな方策が考えられる。この場合、同時に住民の道路利用の利便性も多少損なわれるが、この点を安全確保に対するコストとして認識し、地域コミュニティを構成する住民が合意形成を行った上で推進する必要がある。また、商業・業務施設に対するアクセスも制限されるため、住民のみならず当該企業の積極的な理解・協力が求められる。

(4) タウンセキュリティサービスの提供
近年、住宅やビルの集合を一地域と捉えて防犯システムを構築する「タウンセキュリティ」 (注8) という考え方が広がっている。米国では住宅街を高い塀で囲み、数カ所のゲートから住民が出入りする「ゲーテッドコミュニティ」の街が1980〜90年代に各地で開発された。近年、わが国の犯罪の多発化・多角化は、いわゆる「米国化」の傾向を示していたことから、米国と同じようなコンセプトを持つ住宅開発が検討されてきた。しかしながら、わが国では建築基準法等の制限により、戸建住宅地内の道路は公道とすることが義務付けられており、米国のようなスタイルの導入は難しい。そこで、最近国内でも注目され、徐々に普及してきているのがタウンセキュリティである。
具体的には、住宅地内で警備会社が巡回を行ったり、複数の監視カメラを設置してインターネットで監視する防犯システムを導入し、警備会社が24時間体制で監視するとともに、住民にも画像を提供することができるサービスを行える戸建住宅団地が出現している。「タウンセキュリティ」登場の背景には、個々の住戸の防犯だけではセキュリティ対策に限界があるという状況から、脆弱な地域コミュニティを情報技術(IT)によって補完し、地域全体を要塞化するという考え方に基づく。このような住宅地の登場により、システム導入にかかるコストのみならず、地域住民の費用負担や警備のあり方について、防犯管理に対する住民の参加意識そのものが問われている。警察などによる一定レベルの治安が担保された上での、さらなる上積みとしてのセキュリティ確保においては、地域コミュニティを構成する住民全体の総意として、そのコスト負担の同意が得られれば、利用者負担の原則で今後も積極的に導入が検討されるべきである。

注8:住宅ディベロッパー企業が警備保障会社と組み、IT等を活用して住宅地全体の安全性を高める取組み(考え方)。

おわりに

本提言では、安全で安心な社会をつくるために、企業としてどのように取り組むべきかについて検討した。本論では、産業界が行うべき方策を (1)企業が本来業務として、積極的に取り組む施策、(2)国や地方自治体、地域社会が主体的に行い、産業界が側面から支援する施策の2つに分けて見てきた。
ここで、(1)または(2)で取り上げた「企業が地域や社会において取り組む施策例」を再度紹介しておきたい。
第1に、企業としての犯罪防止対策である。スーパー等の大規模商業施設やコンビニエンスストアにおいては、防犯カメラの設置が有効と言えるが、それにより犯罪防止の当事者としての意識の低下を招かないことが肝要である。また、各自治体・警察等の協力のもと、コンビニエンスストアが取り組んでいるセーフティステーション活動も今後さらに推進すべき施策であろう。さらに、最近急増している銀行口座の不正利用や各種カードの悪用に対する対策である。特に、金融機関はこの種の犯罪に対して、例えば銀行口座開設時の本人確認の厳格化や、口座からの引き出し上限額の設定などの対策を、より一層積極的に推進すべきである。
第2に、ビジネスとしての防犯商品・サービスの開発が期待される。防犯対策に配慮した街づくりの一環としての住宅や公園などの設計、自動車盗難防止装置の開発など、数年前までは一般的ではなかった各種サービスが事業として成立、今後も拡大する可能性が大きいマーケットになってきている。それに関連して、さまざまな防犯設備やサービスを導入し、地域としての治安を維持しようとするタウンセキュリティなども市場が拡大しつつある。
第3に、企業の判断による、地域の防犯、犯罪防止活動推進への協力・支援である。例えば、地域の定期的な清掃・夜間パトロールへの企業従業員の協力、地元企業と地域警察、町内会、地域の小・中学校などとの連携である。
第4に、地域全体での犯罪防止活動に対する広報活動への協力や各種支援を、企業は行うことが望まれる。例えば、青少年の健全育成に向けての、職業体験機会の提供や「居場所」づくりも必要となろう。

○ 国・地方自治体への要望

最後に、今後の治安・防犯対策について、国・地方自治体への要望を指摘しておきたい。
第1に、国・地方自治体には、国民・地域住民の安全な生活を確保することと、企業等が事業活動に専念できる社会環境を整備する責務がある。従って、治安・防犯対策についても、国・地方自治体が中心となって対策を講じていく責務がある。この大原則に立って、治安・防犯対策の徹底に取り組むべきである。
第2に、地域の防犯力強化、すなわち警察以外の力も結集しての犯罪減少への取組みである。地域・学校・家庭等も含めた「地域社会全体での犯罪抑止力」の回復、地域社会のネットワークを生かした総合的な治安・防犯対策を早急に実現すべきである。
第3に、治安・防犯対策に関する行政の縦割り主義を早急に排除すべきである。特に、外国人犯罪などに多く見られる国際的な組織犯罪摘発への取組み強化に、警察はじめ関係省庁がより連携・協力して対応することが不可欠である。また、縦割りの弊害は地方行政においてより顕著と言えるのではないか。具体的には、ある地域において安全・安心な街づくりの一環として、必要な対策を講じるにあたって、道路や橋や河川などの管轄が国、県、市町村に分かれていて、時間を要したり、対応が困難なケースが見られたので、改善を求めたい。
第4に、防犯や被害の拡大防止に向け、官民による協議会の設置、法律の整備、解釈の明確化などを通じ、行政が民と連携・協力することについて、従来以上に踏み込んだ取組みが求められる。

日本経団連としては、経済活動の基盤となる安全で安心して暮らせる社会の実現に向けて、今後も積極的に取り組んでいく方針である。

以上

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