[ 日本経団連 ] [ 意見書 ] [ 目次 ]

提言「住宅・街づくり基本法の制定に向けて」

2005年6月21日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

(1)「住」についての現状認識

戦災による荒廃から立ち上がってから60年、わが国は急速な経済発展を遂げて、経済的には世界で最も豊かな国の一つとなった。しかし、衣食住の中で「住」については多くの国民の満足を得られておらず、世界的に見ても決して豊かなものになったとは言えない。
これまでの建設戸数を重視する住宅政策の結果、住宅戸数は世帯数を大幅に上回ったものの、多くの住宅や街は、防災面、安全面、環境面、高齢化対応、居住水準、美しさ、暮らしやすさなどストックの質という面では国民の要求水準を満たしていない。寿命の短い住宅や狭小な住宅のスクラップ・アンド・ビルドの繰り返しによって、住環境がかえって混乱の度合を深めている面もある。
さらに、既存住宅の流通や子育て世帯向け賃貸住宅の供給が不十分なことから、ライフステージに応じた住宅への需要と供給のミスマッチが発生するなど、効率的な資源配分が行われてきたとは言えない。

(2)「住」に求められる視点

「住」は、住宅単体だけでその価値が形成されるわけではなく、住環境と併せてはじめてその価値を持つ。住環境は長い歴史を経て形成されるものであり、住環境も含めた「住」の質を高めることは幾世代にも亘って長期的な視点で取り組まなければならない。その意味で、住宅政策の果たすべき役割は依然として大きい。
東海・東南海地震等の発生可能性が強く指摘される一方、阪神、新潟中越、福岡沖等、予想されていなかった地域でも地震が発生している。また、犯罪発生件数の増加などから、住宅のセキュリティ機能や、街づくりにおける良好なコミュニティの形成による防犯対策へのニーズはますます高まっている。住宅・街づくりにおける耐震性・防災性、防犯性・安全性の確保は急務である。
今後わが国が持続可能な社会を実現していく上で、家庭部門でのCO排出量削減、廃棄物削減やリサイクル推進は不可欠になっているが、住宅が持つ耐久性や省エネ機能の果たす環境への配慮が重要になってくる。
高齢化社会への対応という点でも、住宅のバリアフリー化や、高齢者の住み替えが容易になるような政策的支援が求められる。
また、住宅はICTの利活用によってあらゆる活動の拠点になる可能性を持っている。ブロードバンドなネットワークによって自宅と職場が双方向でつながれば、育児に係る者が自宅にいながら仕事が出来る生産拠点になり、少子化対策にもなる。また高精細な映像コミュニケーションによる健康チェックや介護サービスを受けられるようになれば、自宅が医療や介護の拠点となり、高齢化に伴う社会コストの低減にもつながる。

(3)今後の住宅政策のあり方について

このように様々な観点から、わが国が目指すべき住宅・街づくりは、これまでの住宅建設フローを重視する政策から訣別し、ストック重視へ転換するべきであることは疑いがなく、住環境を含めた「住」のストックの質をいかに高めるかが今後の政策の基本でなければならない。「住」の質の向上は、国民に真の豊かさを実感させるものであり、ひいては世界に誇れる国づくりに繋がるものである。
今後の住宅政策の策定に当たって、良質な住宅・住環境の整備は、個々人にゆとりある生活を実現し、精神的な豊かさをもたらし、明日への活力を生み出す源泉ともなり、ひいては家族の絆の強化やコミュニティの形成を通じて社会の安定化にも寄与する社会インフラの一つであると認識する必要がある。
また、住宅ストックの流動性を高めることにより、ライフステージに応じた多様な住まい方を容易に実現できる環境を整備する必要がある。
さらに、住宅投資はその経済波及効果を含めてわが国経済の活性化に大きく寄与することを考えると、住宅・街づくりは国家的課題であり、そのための政策は国家戦略と位置づけられるべきである。
住宅は、現在では個人が資産の一選択肢として保有する段階に至っている。この過程は、様々な政策の支援を受けつつも、国民の営々たる努力によるものであり、その意味で住宅が国民個々人の私有財産であることは言うまでもないが、個人資産としての住宅であっても、その質が向上し、その集合体としての住環境が整備されることは国富の増大に繋がることから、住宅の社会的資産としての側面に配慮して、政府としても個人や事業者の努力に対し、政策的な支援を行うべきである。
翻って、戦後の住宅政策を担ってきた住宅建設計画法は専ら住宅戸数の増大を目的としてきたが、上記に指摘した、住宅・住環境といった質的課題を実現する根拠法としては不十分なものとなっている。
新しい「住宅・街づくり基本法」においては、住宅および住環境の質的向上を最優先の国家戦略と位置づけ、関連する施策を再編する必要がある。われわれは新しい基本法の具体的内容、基本計画に盛り込むべき諸点を以下のように提言する。

1.「住宅・街づくり基本法」制定の目的

住宅・街づくりについての基本理念を定め、国・地方公共団体の責務、事業者・国民の協力を明らかにするとともに、社会福祉政策等、他の施策とも連携しながら住宅政策を総合的に推進し、「良質でゆとりのある住宅と、安全・安心で住みやすく美しい街づくり」を実現し、すべての国民の生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
われわれがここで良質と定義する住宅・住環境とは、耐震性、安全性、防犯性、耐久性、環境配慮、健康性、快適性など、後述のアウトカム指標で掲げる必要な品質を満たすものである。

2.「住宅・街づくり基本法」の基本理念

(1)良質な住宅・住環境=社会的資産

住宅・住環境は個人資産であると同時に、国民の生活の質と安全を左右する社会的資産である。一般の動産と同一視して耐久消費財扱いせず、時間的にも空間的にも共有される資産と位置づけるべきである。

  1. 良質な住宅・住環境は、国民にゆとりある生活と精神的な豊かさをもたらし、明日への創造と活力を生み出す源泉ともなる。ひいては家族の絆の強化やコミュニティの形成を通じて社会の安定化にも寄与する。

  2. 良質な住宅・住環境は、わが国が直面する地震・災害への備え、防犯、地球環境保全、少子化対策、高齢化対応など国家的な課題の解決に資する。

  3. 良質な住宅・住環境は、何世代にも亘って引き継がれるべき貴重な資産であり、良いものを造り、メンテナンスして長く大事に使い、住み替え・住み継ぐことは貴重な資源の浪費を防止するだけでなく、国富の増大に繋がる。その整備・実現にかかる費用は社会インフラへの投資と位置づけるべきである。

(2)美しい街づくり

豊かな住生活実現のためには、住宅の質の向上に加え、魅力ある住環境として、安全・安心・快適・元気溢れる美しい街づくりが不可欠である。同時に、魅力ある住環境とは決してひとつに定まるものではなく、地域ごとに、その自然、風土、歴史、文化的環境に応じて様々でありうることを明確に認識される必要がある。
住みやすいだけでなく、美しく魅力的な生活空間を創造することは、訪れる人々をも魅了し、観光振興、集客交流の拡大を通じて地域の活性化につながる。

(3)暮らしに合わせた住まい方の実現

住宅の流動性を高め、個々人のライフステージに応じて必要とする住宅を容易に確保できる仕組みづくりは、子育て世代や高齢者にも安心して暮らせる住環境の提供を可能にし、そのことが少子化対策や高齢化対応につながる。

3.国、地方公共団体、事業者、国民の責務

この法律に定める、国、地方公共団体、事業者、国民の責務を以下のように規定する。

  1. 国は基本計画を定め、その目標を達成するための責務を負う。

  2. 地方公共団体は基本計画に基づき整備計画を定め、その目標を達成するための責務を負う。

  3. 事業者は各々の創意工夫により、合理的な価格で良質な住宅とサービスをタイムリーに供給することを通じて、国の基本計画・地域の整備計画の目標達成に協力する。また、国は事業者の創意工夫が活かされるような規制緩和を進める。

  4. 国民も公共の利益を優先して基本計画・整備計画の目標達成に協力する。

4.政策上の支援措置

国は基本計画の目標達成のため、必要な金融上、財政上(街づくり交付金、地域住宅交付金の拡充、より弾力的な運用)、税制上の支援措置を講ずる。
地方公共団体も、整備計画達成のための財政上、税制上の措置を弾力的に活用する。
住宅は個人資産であると同時に、良質な住宅、その集合体としての良質な住環境は社会的資産の側面を有するものであり、住宅の質の向上は、国富の増大にも繋がる。
従来の住宅支援策は公的金融と住宅ローン減税を柱とする税制により、住宅戸数の充足や中堅所得者層の住宅取得支援などを目標とするものであった。今後の住宅に対する政策的支援は、良質な住宅ストックと豊かな住環境の整備に焦点を当て、個人の自助努力を促すことを政策の中心に据えるべきである。とりわけ税制については、自己資金・借り入れの区別なく、より良質な住宅の建設・改善を促進・誘導する住宅投資減税を導入すべきである。

5.基本理念を実現するための住宅政策の新たな基本計画に具体的な施策として盛り込むべき事項

(1)良質な住宅の供給に向けた施策

良質な住宅とは、耐震性、安全性、防犯性、耐久性、環境配慮、健康性、快適性の点で必要な品質を満たした住宅をいう。良質な住宅ストックを増やしていくためには、まずは新築住宅の質を高めていく必要がある。しかし、こうした高品質の住宅の建設と維持は高いコストを招きやすいものであるため、その実現は必ずしも容易ではない。これを実現するためには以下の施策が必要である。

第一に、高品質の住宅として建設されていること、また維持されていることが一般の国民に容易に分かる表示(住宅性能表示制度)を普及させ、高品質の住宅が高い評価を得ることを推進する必要がある。
第二に、規制だけでは高品質の住宅の建設を促進することにはつながらないため、高品質の住宅の建設・取得を誘導する促進策を住宅投資減税等の税制その他の手法を通じて講じる必要がある。
第三に、住宅の部品の共通化やロスの少ない工法の考案、供給者の創意工夫が最大限に発揮、活用される規制緩和などにより、品質を維持しつつコストの低減を図る必要がある。

(2)既存ストックの改善と流動化に向けた施策

住宅ストックの質の向上のためには、新築住宅だけではなく、既存住宅の質を高めるとともに、住宅に対する需要と供給のミスマッチを解消するため、これら既存住宅の流通を促進し、ライフステージに応じた多様な住まい方が容易に実現できる環境を整備する必要がある。また、流通市場での健全な競争が進むならば、良質な住宅の価格が合理的なものになっていくことが期待できる。これらの観点から以下の施策が必要である。

第一に、既存住宅の寿命を延ばし、質を向上させるリフォームは、貴重な資源の浪費を防止し、社会資産としての住宅の価値を高めることにつながるため、これを誘導する税制・財政面などの促進策を講ずる必要がある。
また、既存住宅の取壊しは、廃材などの最終処分に至るまでコストがかかり、環境にも大きな負荷をかける。この問題についての対策も今後十分に検討すべきである。
第二に、既存住宅の住宅性能表示制度を整備し、住宅の質が市場価格に反映される仕組みをつくるとともに、インターネット等により品質や価格などの物件情報を提供するなど既存住宅市場を整備する必要がある。併せて、「中古住宅」という名称も改めるべきである。
第三に、住宅の質が適正に評価され、流通の促進とあいまって住宅としての資産価値が現在の築後年数と躯体だけで評価される慣習や制度を改める必要がある。
第四に、住宅の円滑な流通に向けて、市場の整備だけでなく住宅の流通コストの引下げ、税負担の軽減も必要である。そのため不動産の所有権移転の登録免許税や不動産取得税を撤廃あるいは大幅に軽減する必要がある。
第五に、賃貸住宅ストックの充実、賃貸住宅市場の活性化に向けて、建物の合理的利用を妨げる普通借家の正当事由制度の改善や、より自由な定期借家の実現をはかる必要がある。

なお、今後老朽化マンションの増加が進み、それに伴って、マンションの維持、管理、建替えを巡り、区分所有者間の経済的状況が異なることによる深刻な紛争が多発することが十分に予想される。維持、管理が十分に行われなければ、マンション自体がスラム化し、大きな社会問題となりうる。スラム化するマンションの出現を防ぐにはどのような施策が必要かをこれまでにも増して十分に検討する必要がある。

(3)街づくりに関する施策

魅力的な街づくりが推進されるためには、地域の自主性と創意が十二分に発揮される必要がある。そのためには、土地所有者を始めとした住民・事業者が中心となって行政と緊密に連携しながら、地域ごとに街づくりのルールの設定や運用などの活動に取り組むことが不可欠である。また、こうした活動は地域コミュニティの再生にもつながる。
具体的には次のような施策を講じるべきである。

第一に、街づくりの責任主体である地方自治体が、国の基本計画との整合性を確保しつつ、地域の特性に応じた街づくりに関する条例を定めることができるよう環境整備に努めるべきである。
第二に、街づくりの具体的なルールづくりや運用に土地所有者、事業者などの創意を反映させる仕組みを構築すべきである。なお、一部の地域ですでに道路、街路樹、公園、河川敷等の環境の整備を市町村が住民などに委託する制度が導入され、ルールの運用面で地域住民の創意が発揮されている事例もある。
第三に、木造密集市街地の解消については、地域住民の意向を尊重しつつ、財政、金融などの手厚い公的支援により、良好な住環境を実現すべきである。

(4)住宅セーフティネット、公営住宅に関する施策

住宅は基本的に個々人がライフステージや所得に応じて自助努力によって確保することが基本であるが、生活困窮者、災害時の被災者など住宅弱者に対する住宅のセーフティネットを整備する必要がある。セーフティネット整備に当たっては、PFIの手法を含めて民間の活力を最大限に活用し、公的な住宅の新規建設・供給から既存の住宅ストックを有効に利活用する施策にその重点をシフトする方向が望ましい。

6.基本計画に盛り込むべきアウトカム指標

基本計画に盛り込むべきアウトカム指標としては以下のような項目を設定すべきである。それぞれの指標は可能な限り数値化されることが望ましく、またそれぞれの指標毎に期限を定めるべきである。

(1)住宅の質に関する指標

(2)市場整備に関する指標

(3)住環境・街づくりに関する指標

7.施策を評価するための統計・調査、あるいは年次報告、政策の進捗に係る評価機関の設置

上記に掲げた施策の進捗を評価するための統計や調査の実施は、その頻度を従前の5年毎から3年毎程度に短縮し、経済・社会状況の急激な変化に対応するべきである。また、施策の進捗状況を評価し、必要に応じて基本計画・整備計画の変更を建議できる評価機関を設置すべきである。

おわりに

戦後の住宅政策の大きな転換期にある今日、これまでの住宅政策では優先事項とはなっていなかった、住環境を含めた「住」のストックの質の向上に、国全体で積極的に取り組む契機であり、「住宅・街づくり基本法」を制定する意義がここにある。基本法を制定する以上は、今世紀を通じた住宅・街づくり政策の指導的理念として機能しうる内容をもつものでなければならない。
これまで住宅政策なかんずく住宅税制はもっぱら景気対策として実施されてきた。しかし良質な住宅と住環境を求める国民のニーズは景気の動向に左右されるものではない。したがって、住宅・街づくり基本法で定める住宅政策の基本は景気の動向に左右されない、恒久的なものとして措置されるべきである。

以上

日本語のトップページへ