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地球温暖化防止に向けた新たな国際枠組の構築を求める

−究極目的の達成に向けた産業界の基本的考え方−

2005年10月18日
(社)日本経済団体連合会

地球温暖化防止に向けた新たな国際枠組の構築を求める【概要】 <PDF>


1.はじめに

われわれは、地球温暖化という極めて大きな課題に直面している。その解決にあたっては、長期的かつ全ての国の参加による地球規模での取り組みが不可欠である。
気候変動枠組条約(以下、枠組条約)は、温暖化対策の究極目的を「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させること」としている。しかし、温室効果ガスは、あらゆる人間活動に伴い不可避的に発生するものであり、排出抑制は、現在の生活水準や将来の経済発展を制約しかねない等、決して容易ではない。
本年2月に発効した京都議定書は、温暖化防止の究極目的の達成に向けた長い道のりの第一歩となるものである。しかし、京都議定書は、第1約束期間(2008年〜12年)における先進国内の温室効果ガス削減を主目的としており、その限界は明らかである。
京都議定書の規定に基づき、本年末から第1約束期間以降(2013年〜)の先進国の数値目標の見直し交渉が開始されるが、究極目的の達成のためには、温暖化防止に全ての国が参加する、新たな国際枠組が不可欠である。
今日までの努力により、世界に冠たる省エネ国家を実現したわが国は、これまでの経験を活かし、この新たな国際枠組において大きな役割を果たしうるものと確信する。産業界としても、引き続き、事業活動における温室効果ガスの削減はもとより、優れた製品・サービスの開発・普及などを通じて、地球規模の温暖化対策に貢献していく。そこで、2013年以降の国際枠組のあり方について、我々の基本的な考えを示すこととしたい。

2.科学的知見の重要性

地球温暖化については、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)をはじめ様々な機関で新たな科学的知見を得るべく、検討が進められているが、依然として解明されていない点も多い。
今後のIPCC評価報告書をはじめ、枠組条約の究極目的を達成しうる温室効果ガスの水準や、その達成に向けた具体的シナリオについて、より精緻な科学的知見を蓄積し続けながら、温暖化防止への取り組みを強化していくことが求められる。
わが国としても、産学官が連携を図りながら、世界最高水準の地球シミュレーターの活用などを通じた国際的な貢献を進めていく必要がある。産業界としても、IPCCに対する温暖化対策技術に関する様々な情報の提供をはじめとして、引き続き積極的に協力していく。

3.2013年以降の国際枠組み構築に向けた課題

2013年以降の新たな枠組みづくりにあたっては、京都議定書のアプローチにとらわれることなく、以下の諸課題を勘案しつつ、環境と経済の両立を実現できる持続可能でより実効性の高い制度を構築する必要がある。

(1) すべての国の参加と各国の特色を活かした取り組み

京都議定書の発効に伴い温室効果ガスの削減義務を負う附属書I国のCO2排出量は、2002年時点で世界全体の排出量の約30%に留まっている。今後、途上国を中心に世界全体の排出量の大幅な増加が予測される中、その比率はさらに低下すると見込まれる。#1
こうした状況の中で、京都議定書のように一部の先進国のみに排出削減を負わせるアプローチでは、枠組条約の究極目的の達成は不可能と言わざるを得ない。先進国、途上国を問わず、全ての国・地域が参加して、地球全体の温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みを行う必要がある。とりわけ世界最大の排出国である米国や、中国、インドなど主要排出途上国の参加は不可欠である。
多くの国・地域に積極的な参加を促すためには、各国・地域が、自らの特色を活かし、得意とする手法や費用対効果の高い分野を中心に、より効率的・効果的な排出削減策に取り組むインセンティブが確保できる枠組みが必要である。京都議定書のように一部の国のみに削減義務を課し、罰則的な措置を適用する枠組では、成長への制約になるばかりか、各国が自らの約束をできるだけ小さなものにしようとする結果、究極目的の達成には逆行する。
特に、今後、エネルギー使用の大幅な拡大が予測される発展途上国においては、持続的な発展のためのエネルギーを確保しつつ、温室効果ガスの排出を抑制する必要がある。エネルギー効率の向上や低炭素型のエネルギーの供給拡大に向けて、先進国による積極的な協力が可能となる枠組が重要である。

(2) 既存技術の普及・深化と革新的技術開発の促進の重要性

温暖化防止は、長期的かつ地球規模の課題であり、解決の鍵となる最も重要な要素は技術である。新たな枠組には、技術の普及と開発を具体的に推進する機能が強く求められる。
まず、短期的な対策としては、各国が国情や地域特性を考慮しつつ、既存のBAT(その時点において利用可能な最善の技術)の普及と深化を進めることで、温室効果ガスの削減を進めていくことが必須である。官民一体となった努力により、世界に冠たる省エネ、省CO2国家を実現したわが国が、この分野で果たしうる役割は極めて大きい。#2 #3
同時に、中長期的に、温室効果ガスの大幅な削減を達成していくためには、再生可能エネルギーをはじめ、新たなエネルギーの活用や、二酸化炭素の隔離・貯留、水素エネルギー、次世代原子力、核融合などの革新的技術開発が不可欠であり、国際協力が強く求められる。#4
なお、京都議定書で規定されたCDM(クリーン開発メカニズム)は、先進国の途上国に対する技術協力を進める上で重要な手段であり、途上国側の期待も高いにもかかわらず、手続きが複雑であるなどの理由から活用が進んでいない。京都議定書の第1約束期間が近づくなか、審査の迅速化、ニーズの高い省エネルギー対策の柔軟な承認など、現行のメカニズムを使い勝手のよいものとするための制度見直しが急務である。
途上国の幅広い参加を促すため、新たな国際枠組においても、途上国の温暖化対策を先進国が支援するための制度を一層拡充すべきである。

(3) 中長期の目標期間の設定

京都議定書は、2008年から2012年という5年間の約束期間の国別の排出削減目標を設定している。このような短期的な絶対値目標の設定は、各国の経済活動に制約を課すことにつながることから、米国や途上国の参加を得ることが困難である。
また、温暖化対策技術の開発・実用化には長期間を要し、業種により投資サイクルも異なることから、短期的な目標では持続的な効果は得にくい。短期的な排出量の削減目標にこだわるあまり、より費用対効果の高い対策がとれず、また、長期の技術革新に必要な資源が配分できなくなるような状況は避けなければならない。
このように、究極目的の達成には、より中長期の目標期間の設定が重要である。中長期目標を基本としながら、その通過点として、定期的に中間的な目標の進捗状況を国際的にレビューするといった手法で、P-D-C-Aサイクルに基づいた、より効果的な温室効果ガスの削減を進めるべきである。

(4) 国際的な衡平性の確保と多様な目標設定

多くの国々の参加を得ながら国際交渉を進めていくためには、衡平性および参加へのインセンティブの確保が不可欠である。
京都議定書で定められ、各国に割り当てられた削減目標値は、政治的な交渉の結果であり、各国間の衡平性に大きな問題を残した。こうしたアプローチの継続は、枠組そのものへの信頼を損ない、幅広い参加の障害となるばかりか、いたずらに国際交渉を長引かせるおそれもある。
したがって、各国・地域の目標は、京都議定書のように絶対値目標に限定することなく、各国の事情にあわせた多様な目標とする必要がある。例えば、エネルギー効率や温室効果ガスの排出に関する原単位目標の活用は、経済活動を制約するという絶対値目標の欠点を補うことから真剣に検討すべき課題である。原単位の改善は、生産性や競争力の向上にもつながることから、先進国のみならず途上国にとっても参加のインセンティブとなり得よう。
また、京都議定書においては、CDM等を通じた他国での温暖化防止対策の実施は、国内対策の補完的役割を与えられているに過ぎないが、国内対策が進んだ先進国が、温室効果ガスの削減余地の大きい途上国における温暖化対策の支援そのものを、自らの目標として掲げていくことも検討に値しよう。
さらに、新たな枠組においては、政治的な交渉によって目標の割り当てを行うのではなく、各国が自国の特色を活かしたできる限り野心的な目標を誓約(pledge)し、その進捗状況を定期的に審査(review)するような制度とすべきである。その上で、目標達成が困難な国に対しては、罰則や制裁を行うのではなく、他の国が積極的な支援を行うことが重要である。こうしたプロセスを通じて、一定の拘束力をも確保しつつ、すべての国が一体となって、温室効果ガスの削減を進めていくことが可能となる。

(5) 国際交渉のあり方

新たな国際枠組みについては、枠組条約の下での検討を継続するとともに、様々なイニシアティブを通じて議論を活性化し、気候変動枠組条約締約国会議(COP)での議論に反映していくことが望まれる。
例えば、G8グレンイーグルズ・サミットで合意された「気候変動、クリーンエネルギー、持続可能な開発に関するダイアログ」(Dialogue on Climate Change, Clean Energy and Sustainable Development)は、G8諸国と、中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカなど主要排出途上国間の議論を進めるものとして、今後のイニシアティブが期待される。
また、米国、豪州、中国、インド、韓国、日本が参加する「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ」(Asia-Pacific Partnership for Clean Development and Climate)は、具体的な技術開発・普及を目指すものであり、技術に焦点を当てた地域協力の試みとして、その成果が注目されるところである。

4.産業界の果たすべき役割

産業界は、各国・地域別の縦割りの取り組みを補完、強化する重要な責務を担っている。産業界は研究・開発段階から製品・サービスの市場化までの一貫した担い手として、既存技術の普及・深化に大きな役割を果たしていく。革新的技術の開発についても、政府レベルの国際協力に対して、より積極的な参加を進める。
国際的な事業活動を行う企業は、温暖化防止対策をグローバルな連結ベースで展開することで、国内に止まらず、海外の技術水準の向上やエネルギー効率の改善、ひいては地球レベルでの温室効果ガスの削減を図る。その際、シビルソサエティとの連携も重要な課題ととらえ、その推進に取り組む。
異業種間の連携も不可欠である。例えば、廃棄物の燃料利用などを通じて、地球温暖化防止のみならず、循環型社会の形成にも貢献する。
また、地球規模で温暖化対策の実効を上げていくためには、各国産業界相互の横の連携・協力を拡大する必要がある。先進国、途上国企業の参加する国際的なフォーラムなどの場で議論を深め、グローバルな提言活動や情報の共有を促進する。例えば、より効率の高い技術の導入や、技術の普及促進に向けて、各国産業界が、各分野の技術・製品についてBATやベストプラクティスをベンチマークとして開発、共有することは有益である。さらに、各業種が国境を越えて連携・協力し、それぞれの長所を活かして温暖化対策に取り組む「セクトラル・アプローチ」についても、各国産業界の主導の下、その可能性について検討を進める。また、日本経団連が進める自主行動計画のような産業界の自主的な取り組み強化も期待される。
今後、一層重要となる途上国の温暖化対策においては、先進的技術を有する企業からの技術移転が不可欠であり、知的財産権の保護を含め、受入国側の投資環境の早急な改善が望まれる。こうした協力が、市場ベースで実現できない場合や、協力の初期段階においては、GEF(地球環境ファシリティ)をはじめとするファンドや国際機関の支援・協力が期待される。さらには、先進国によるODAや公的資金の活用を通じた途上国への協力策の拡大も課題である。
一方、政府には、民間の活力を最大限引き出すべく、研究開発投資の促進、規制緩和や制度・インフラの整備などが求められる。

5.おわりに

わが国産業界は、オイルショック後の1970年代より世界に率先して省エネ対策に取り組んできた。また、1997年以降、日本経団連環境自主行動計画を着実に進め、温暖化対策に大きな成果をあげている。
こうした努力の結果、多くの産業分野において産み出された優れた技術を国際的に展開し、また、産学官が協力して革新的な技術開発を進めることで、日本は温暖化防止に貢献し、世界をリードしうる大きな可能性を有している。
わが国産業界は、今後も自主的取り組みの強化や不断の技術革新に挑戦するとともに、各国の産業界との連携を強化しながら、地球温暖化防止の究極目的の達成に向け貢献していく。

以上

  1. 2020年には約25%、2050年には約20%と、その比率は低下していくとの予測もある。
  2. 現状のBATを2020年に導入し、効率化を図ることにより、世界全体で37億t-CO2/年の削減が可能との試算(日本エネルギー経済研究所)もある。一方で、BATの普及は、地域や業界により一律ではないことにも留意が必要である。
  3. G8グレンイーグルズ・サミットを受けてIEAで検討することとされた各国のエネルギー効率の評価や基準のレビュー等も、BATやベストプラクティスの普及に資することが期待される。
  4. RITE((財)地球環境産業技術研究機構)の開発したDNE21+モデルでは、中期的に大幅な温室効果ガス排出削減を達成するためには、省エネルギー等の推進では不十分であり、CO2の隔離など、現時点では十分に実用化されていない技術の開発とその成果の大規模な普及が必要としている。

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