[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

2006年版 経営労働政策委員会報告(概要)
「経営者よ 正しく 強かれ」

2005年12月13日
(社)日本経済団体連合会

第1部 企業を取り巻く環境変化

1.景気の現状

2002年1月から始まった景気拡大局面を牽引してきたのは、製造業を中心としたアメリカやアジア諸国向けの外需であるが、最近はこれに加えて個人消費や設備投資などの内需も力を取り戻しつつある。今回の景気回復は、経営者と従業員が一体となって戦ってきた企業の懸命な努力によるものである。しかし、地域間、業種間、規模間には、いまだ景気回復の格差がある。特に、資源価格の上昇は、日本経済の今後にとって成長の阻害要因ともなりうる。
企業が今後も存続・成長するためには、「攻めの経営戦略」によって「選択と集中」を進め、成長が見込める領域、自社が得意とする分野への積極的な資源投入と不採算部門の見直しを果敢に進めなければならない。

2.経済社会の構造的変化への対応

先進国中心の市場経済のなか、BRICs諸国をはじめとする新興国家群の発展が本格化し、「市場経済」が名実ともに世界の基本的な経済原則となった結果、世界規模での競争が激化している。グローバル化する経済活動には自由貿易体制が不可欠であり、日本も積極的に貢献していかなければならない。
日本が自信をもって競争力の強化への取り組みを進め、世界市場で枢要な役割を果たしていくためには、日本発の技術や資本を海外で活用し、世界各国の富の創造に貢献するのみならず、内外のヒト、モノ、カネ、技術、情報を積極的に取り入れて国内を活性化させ、世界に通用する産業、企業を育成することで、わが国の国際競争力の強化に全力を傾注しなければならない。グローバル化した経済における国・企業による競争力強化の努力は、国際社会における科学・技術面での優位性を確立するという形で結実する。これが、これからの日本が目指すべき「科学技術創造立国」の姿である。
世界規模で激化する競争に勝ち抜き、わが国が成長していくためには、国全体の「人材力」を高めていくことが不可欠である。そのためには、国内における教育の充実が何よりも重要だが、企業が率先して世界中から高い能力を持つ人々を受け入れ、外国人と積極的に切磋琢磨することが必要である。

3.地域経済の活性化と中小企業

中小企業をめぐる状況は依然として厳しく、回復状況は「まだら模様」である。地域経済の本格的な回復の鍵を握っている地元の中小企業が、企業間の連携や地方がもつ固有の資源の有効活用、競争力の基盤となる技術を自らの手で開発できる人材の育成などを行なえるよう、資金面などにおける適切な支援の仕組みが必要である。

4.社会保障問題への対応

社会保障制度は、国民の自助努力を基本に据えた上で、消費税率の引き上げを前提として、税制・財政、および年金・医療・介護の一体改革に取り組み、経済成長とバランスのとれた持続可能な制度としなければならない。
公的年金制度は、厚生年金保険料率の上限を15%にとどめ、マクロ経済スライドの終了予定期限(2023年)後においても被保険者数の減少に対応した措置が必要である。公的年金の一元化については、まず厚生年金と共済年金の2階部分(所得比例給付部分)の統合を先行して行なうべきである。また、国民全体を対象とした所得比例年金の導入は、所得把握の公平性の確保などといった課題を解決した上で検討すべき将来の選択肢と考える。
医療制度改革は、国民医療費の増大を抑制するために、2025年度を視野に入れて、当面予見可能な5年間を重点とした公的医療給付費の総額目標を設定し、PDCAサイクルにより、医療費の適正化に取り組むべきである。

5.安心・安全な国づくりに対する企業の貢献

社会・経済活動の基盤である治安の維持に、今こそ国をあげて治安・防犯対策に注力すべきである。物理的・社会的にテロや自然災害が起こりにくい国づくりを進めるためには、企業、行政、地域社会が協働しなければならない。また、産業事故や労働災害は、その撲滅に向け、経営トップが危機意識を持って自ら先頭に立ち、日常の安全衛生管理の徹底に取り組むべきである。
近年、自然災害やテロなどの非常時における企業活動の継続を目的としたBCP(事業継続計画)が注目されている。すべての企業が、バックアップ体制の確立やネットワークの二重構造化など、自社にできる範囲での対策を日頃から計画・準備しておくことが大切である。

第2部 経営と労働の課題

1.人口減少社会・高齢化社会への対応

わが国では急激に高齢化が進み、遅くとも2006年をピークに、人口が減少し始める。人口減少については、(1)現実に起こっている出生率の低下にどう対処するか、(2)人口が減少していくなかで、企業としてこの問題にいかに対処していくか、(3)少子化を止めるための長期的な施策をどうするか――の3つの視点からの検討が必要と考える。また、持続的な安定成長を保つという観点からも、人口減少社会に向け、適切な対応が急務である。
近年、仕事と家庭の両立に関して、「ワーク・ライフ・バランス」(仕事と生活の調和)という考え方が注目されている。その基本は、柔軟な働き方の実現であり、労働時間や就労場所、休暇などについて多様な選択肢を提供・整備し、個人の能力を十分発揮することができる「ダイバーシティ」(人材の多様化)を活かす経営を進めていくことである。こうした考え方を企業戦略の一環として組み入れていくことが、長期的にみて、高い創造力を持つ人材を育成し、競争力の高い企業の基盤をつくることになる。
若年雇用の改善については、次代の日本を担う貴重な人材である若者が自らを高め、成長し続けることができる環境をつくることが、社会全体の課題であるとの認識の下、国、地方自治体、教育界、産業界の連携が必要である。企業においては、意欲と能力のある若者に積極的に雇用機会を提供するとともに、企業が求めている人材像を具体的に伝えるべきである。
高齢者の活用については、2006年4月1日からの高年齢者雇用安定法の改正により、65歳までの高年齢者雇用確保措置が義務化されることから、労使で話し合いを進め、自社に適した制度の構築が求められる。また、いわゆる2007年問題は、あらゆる産業に大きな影響をもたらし、退職していく人々の技術や技能、ノウハウをどう伝承していくかなど、対処すべき課題は多い。また、企業での雇用のみならず、多くの社会参画の機会を高齢者に提供し、その培った力を発揮してもらうことも大切である。
障害者雇用については、法改正により、新たに各企業の実雇用率の比率に精神障害者を算入することとなったが、企業にはすでに多くの在職精神障害者がおり、雇用管理上の対策に多くの時間を費やさざるを得ない実態を踏まえた適切な行政の施策が望まれる。
外国人労働者については、高い付加価値を創造できる外国人労働者を適切な管理の下に受け入れていくことが重要である。今後、特に社会の変化により需要の多くなることが予想される分野については、規制改革によって受け入れの一層の促進に取り組むとともに、外国人留学生が日本で就職しやすい環境を整備することも引き続き重要な課題である。

2.企業の競争力を強化する人材戦略

グローバル競争が激化するなかで、わが国が競争優位を保つためには、市場や時代の要求に応えた高い品質の製品・サービスを開発し、時機を逸せずに提供していく体制をつくることである。こうした領域で強みを発揮するためには、日本的経営の根幹である「人間尊重」「長期的視野に立った経営」の理念を基本において、環境の変化に柔軟に対応しうる組織・人材戦略が求められる。
これからの競争力の源泉は、環境変化に適切に対処できる知的熟練である。このような高い能力をもつ従業員を育成するには、その意欲を高め、能力の向上が正しく評価される処遇制度が大事である。また、「現場力」という言葉に示されるように、経営陣と現場が一体となり、現場の人々が自分で考え、活動する現場主義によって、新しい技術やノウハウが多く生み出され、これが日本の経営を支えてきたことを改めて認識すべきである。あわせて、維持すべき技能を明確にし、人材力強化の一環として技能の継承のあり方を真剣に考えねばならない。
多様な人材の能力を引き出すためには、年齢・勤続に偏重した人事制度から、能力・役割・業績評価と人材育成を主眼とする人事制度へ移行することは不可避である。重要なことは、企業が次代を担う人材を育成し続け、その競争力を常に向上させていくことである。育成重視を基本にして、知的熟練などの人材力を高める人事制度を構築することが、企業の競争力を高めることになる。
また、職場内のメンタルヘルス(こころの健康づくり)対策への関心が高まりつつあり、経営上の重要な問題となる可能性がある。今後は、「相談窓口の設置」「定期健康診断における問診」などといった事前の取り組みとあわせて、事後の取り組みとしての「職場復帰プログラム」を充実させていく必要がある。

3.労働分野における規制改革・民間開放の徹底を

多様な働き方の推進や国際競争力の強化のためには、労働分野における規制改革が必要不可欠である。第1に、雇用・就業形態の多様化に対応するインフラの整備として、労働者が自らの意思による円滑な労働移動が実現できるよう、情報提供機能や相談機能などを充実させる仕組みが重要である。第2に、労働時間に関する規制改革として、ホワイトカラー労働者を労働時間に関する法的規制の適用除外とするホワイトカラーエグゼンプション制度の導入など、労働時間規制のあり方を抜本的に見直すべきである。第3に、労働契約法制の導入の検討にあたっては、労使の自主的な労働条件等の決定と契約自由の原則を最大限に尊重することを基本とすべきである。第4に、すべての労働者を対象とする地域別最低賃金制度が設定されていることから、これに屋上屋を架す産業別最低賃金制度は早急に廃止すべきである。

4.春季労使交渉・労使協議に臨む経営側のスタンス

景気は回復基調にあるが、事業環境は常に予断を許さない状況にあり、企業は絶えず競争力を高めるための努力を続けなければならない。現在、企業にとっては本格的に「攻めの経営改革」に乗り出す環境が整いつつあり、その好機を活かすためには、労使の一層の協力が不可欠であり、労働条件の改定についても、企業の競争力を損ねることなく働く人の意欲を高める適切な舵取りが望まれる。
今次交渉・協議にあたっては、(1)自社の支払能力による賃金決定を基本とする、(2)総額人件費をもとに判断する、(3)中長期的な見通しに立った経営判断により決定する、(4)短期的な業績は賞与・一時金に反映する、(5)企業内の幅広い課題について労使間で積極的に協議・話し合いを行う――という5つの観点が重要である。
賃金決定においては、生産性の裏付けのない、横並びで賃金水準を底上げするベースアップはわが国の高コスト構造の原因となるだけでなく、企業の競争力を損ねる。個別企業の賃金決定は個別労使がそれぞれの経営事情を踏まえて行なうべきである。いかなる決定を行うかはあくまで個別労使の自由だが、結果的には、激しい国際競争と先行き不透明な経営環境が続くなか、国際的にトップレベルにある賃金水準をこれ以上引き上げることはできないとの判断に至る企業が大多数を占めるものと思われる。
今次交渉・協議においては、定期昇給制度の見直しが引き続き重要な課題であり、だれもが自動的に昇給するという従来の運用ではなく、能力・役割・業績を中心とした制度への抜本的な改革を急ぐべきである。また、団塊世代の60歳定年が間近であり、退職金・年金制度、定年後の継続雇用やその処遇などについても、早急な対処が求められる。
毎年の春季労使交渉・協議は、労使が定期的に情報を共有し、意見交換をはかる場としてその意義は大きい。今後の労使関係においては、賃金など労働条件一般について議論し、さらに広く経済・経営などについても認識の共有化をはかることが大切である。
横並びの「春闘」はすでに終焉した。春季の労使討議の場として「春討」が継続・発展することを期待したい。

第3部 今後の経営者のあり方

1.企業倫理の徹底のための経営者の自己改革

企業は、公正な競争を通じて利潤を追求するという経済的主体であると同時に、広く社会にとって有用な存在でなければならない。しかし残念なことに、企業が関わる不祥事は繰り返され、企業に対する世間の不信感を高めている。企業不祥事は、企業そのものの存立を危うくし、経済界全体に対する信頼を大きく損なう。経営トップの姿勢こそが不祥事防止の根幹であり、企業行動を常時点検し、企業倫理を確立することは、経営トップの責務であることを、経営者は自覚しなければならない。

2.21世紀は環境の世紀

現在はテクノロジーの飛躍的な発展と経済活動のグローバル化により、多くの国々が市場経済に参入し、改めて世界全体の成長の持続可能性が問われはじめている。成長の制約要因となるエネルギー、資源、食糧、環境の問題に対しては、国を越えたレベルでの解決策を検討することが求められる。21世紀は、自然環境に限らず、生活環境、労働環境など、人間を取り巻くさまざまな諸環境に対して配慮する経営が、すべての経営者に求められる。

3.地方経営者団体の新たな役割への期待

本年度以降、順次60周年を迎える各地の地方経営者協会は、企業の労使紛争解決への積極的な支援など、戦後の企業経営の発展の基礎づくりに貢献した。今日においても、経営者の叡智を結集できる経済団体の果たすべき役割は大きい。来るべき「地方の時代」において、地方経済の発展に貢献する中核的な団体としての使命が期待されている。

4.経営者の姿勢

経営者の使命は、企業のあるべき姿・将来像を示し、その望ましい未来の姿を実現していくために、絶えざる変革に挑み続けることである。現在の経営者に求められているのは、新しい成長分野をめざす「攻めの構造改革」の構想を示し、その実現に向けて積極的に事業活動を展開する企業家精神ではないか。
普遍的な価値観の伝承、時代に適応した新たな価値観の創造、社会の信頼の獲得、さらに企業活動を通じた社会の活力の向上を目標に、公のために働こうとする経営者の志が、企業の将来を決める。企業本来の役割である価値創造を通して、社会に貢献する道筋をつくっていかなければならない。

以上

日本語のトップページへ