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歳出入一体改革に関する中間とりまとめ

〜スリムで強靭な政府の構築を求める〜

2006年4月18日
(社)日本経済団体連合会

歳出入一体改革に関する中間とりまとめの概要
(参考資料[図表]付) <PDF形式>

はじめに

わが国の財政状況は先進国中例を見ないほど悪化しており、国、地方の長期債務残高は780兆円に迫り、対GDP比で150%を超えている。こうした状況を放置すれば、利払い、償還に要する費用が他の財政支出を圧迫し、機動的な政策運営を行うことができなくなり、国民の安心を支える社会保障制度等も維持できなくなる。また、財政の持続可能性に対する内外市場からの信頼を失えば、金利の高騰、大幅な円安、インフレーション等により、わが国経済に計り知れない損失を与える可能性もある。

現在、経済財政諮問会議をはじめ、政府、与党で、歳出入一体改革に関する検討が行われている。今後の経済社会構造の変化や、明るさを取り戻しつつある経済の状況に鑑みれば、わが国にとって、本格的な改革を実現に移す最後の好機である。この機を捉えて、果断に改革に取り組むことが、後世代に対する我々の責任であると考える。

歳出入一体改革は、国民の生活や経済構造に与える影響が大きく、改革の方向性を議論するにあたっては、わが国が直面する課題や望ましい経済社会の姿、それを実現するための政府の役割などを踏まえる必要がある。

本年6月には、経済財政諮問会議で改革の選択肢と工程表を示すこととなっていることから、経済界として、改革に向けた課題と基本的考え方をとりまとめることとした。

1.わが国を取り巻く内外の環境

わが国は、外にあってはグローバルな競争の激化、内にあっては人口減少社会の出現という事態に直面している。

世界の市場はますますボーダーレス化し、人、モノ、カネ、情報は、これまでにないスピードと規模で、国境を越えている。企業は、国の内外においてますます厳しい競争にさらされている。また、諸外国は、自国の経済発展を目指して、市場統合や経済連携協定を通じた市場の拡大、税制、会計基準、金融・資本市場といったビジネスインフラの整備等を通じ、企業や優秀な人材を誘致しようとする、いわば国家間競争を展開している。わが国としても、こうしたグローバルな競争に打ち勝っていかなければならない。

一方、内にあっては、人口増加を前提とした経済社会の枠組みの転換が求められている。2005年には初めて人口が減少し、今後も当分その流れは変わらない。高齢化に伴う生産年齢人口(15歳〜64歳)の減少はさらに加速化され、2010年代半ばには毎年100万人前後減少すると予測されている。今後、少なくとも20〜30年の間、人口が減少し続ける中で、我々は、持続可能な経済社会の枠組みを構築していかなければならない。そのため、情報通信技術(ICT:Information & Communication Technology)の活用とともに、女性や高齢者、さらには外国人が、これまで以上に持てる能力を発揮できる社会的インフラが不可欠である。

2.目指すべき経済社会の姿

こうした環境の中、天然資源に乏しいわが国において、国民が安心して生活できるようにするためには、高い付加価値を生み出す製造業と、それを支える高品質のサービス業が相互に連携し、生産性を高めあう、活力ある経済社会を実現しなければならない。わが国が直面する様々な課題を克服するためには、たゆまぬ研究開発、技術革新こそが生命線であり、これなくして、明るい未来は望むべくもない。企業や個人がわが国において能力を発揮し、価値を生み出していくようにするためには、透明なルールの整備や、自助努力で対処できない事態に対応できる安心の枠組みの確保が重要となる。

3.今後の政府の姿と役割

経済社会の活力を維持し、国民が安心して暮らせる社会を実現する上で、政府の役割は、ますます重要となる。

外に向けては、国際社会の中でのプレゼンスをいかに高めていくかという視点で国の進むべき道を考え、通商交渉や経済連携を含めた外交や安全保障政策を積極的かつ戦略的に推進すべきである。

また、国内においては、市場機能をこれまで以上に重視する方向で、効率的かつ機動的に経済社会の枠組みを改革していく必要がある。内外の企業、個人がわが国で活力を発揮できるよう、政府は、規制改革・民間開放や税制等の制度インフラの整備を一層推進するとともに、供給面からの潜在成長力を高める観点から、「科学技術創造立国」に向けた科学技術の振興、資本蓄積を促進する法人課税の見直し、優秀な人材の育成・確保について、従来よりもさらに一歩踏み込んで、積極的な役割を果たすべきである。そうした経済成長に向けた基盤整備を戦略的に推進することが、今後の国、地方を通じた重要な役割の一つである。

同時に、国および地方は、持続可能な社会保障制度等の枠組みを整備して、国民が安心して暮らせる社会を維持していかなければならない。こうした安心の拠り所も、経済の安定的な成長なしには立ち行かないことを念頭において、社会保障制度の抜本的な見直しに取り組む必要がある。

政府が、活力ある経済の実現と国民の安心の確保という役割を全うするため、国および地方における戦略性、機動性がこれまで以上に重要となるが、徒に組織や業務を肥大化させ、歳出を増加させることは、資源の有効活用が阻害されるばかりか、潜在的国民負担率を上昇させ、わが国経済の活力が大きく削がれることになる。その結果、将来世代に先送りする負担をますます増大させることにもなる。

以上のような観点から、「スリムで強靭な政府」の構築を目指し、歳出入一体改革を速やかに進めるべきである。

4.歳出入一体改革の速やかな実現

現在、政府は「2010年代初頭のプライマリー・バランスの黒字化」を一つの目標としているが、これは「スリムで強靭な政府」の実現に向けた一里塚に過ぎない。国・地方合わせた長期債務残高は780兆円に迫り、今後の金利動向によっては、財政の持続可能性に対する信認が失われかねない状況である。

プライマリー・バランスの早期の黒字化を通過点とし、その後の歳出入改革についても、政府債務残高の縮小を目指して、明確な目標と工程表を設定し、着実に推進していくべきである。国民の負担を最小限にとどめ、潜在的国民負担率の抑制を図るためには、改革のスピードが最も重要である。改革に対する国民の理解を得るためには、まず何よりも歳出面の改革についてあらゆる手段を尽くすべきである。その進捗状況を見極めつつ、歳入の安定的確保に向けた税制抜本改革についても、可及的速やかに検討を行う必要がある。

こうした国、地方を通じた政府の取組みと、民間の自助努力、創意工夫の発揮によって、「内外から信頼され、活力ある経済社会」を作り上げていくべきである。

以下、行政財政社会保障税制の各分野について、改革の基本的な課題について、我々の考え方を示す。

【歳出入一体改革に向けた具体的課題】

5.行政の簡素化、効率化

今後、加速するグローバルな国家間競争に伍していくためには、国際競争力の強化や経済活力発揮のための基盤整備などの諸課題に、機動的かつ柔軟に対処できるような行政システムを、早急に確立しなければならない。

新たな時代における行政は、徹底的なスリム化を図り、財政健全化・効率化を実現すると同時に、日本の競争力を強化するという戦略的な視点も踏まえ、国が果たすべき役割を再定義し、選択と集中を図ることによって、国本来の役割に政策資源を集中投入しなければならない。そのためには、まず「行政改革推進法案」の早期成立を図る一方、改革を実効あるものとするため、民間の知見を最大限に活用した推進体制を整備し、PDCAサイクルをまわしていくことが求められる。さらに、不断に行政改革を推進する観点から、行政改革に関する「基本法」を制定すべきである。

また、地方自治体は、受益と負担の関係を明確にした上で、住民に身近な行政サービスを効率よく提供するとともに、企業誘致、人材育成などによる地域経済の活性化に力を入れるべきである。

社会資本整備など近隣自治体間の協力が必要となる広域行政課題については、市町村合併の評価を行うとともに、行政間で無駄が生じないよう十分配慮する必要がある。また地方支分部局を含めた国と地方の機能の多層構造についても、国と基礎的自治体の役割分担を十分に精査したうえで、道州制の導入も視野に入れつつ、対応策を早期に検討する必要がある。

(1) 規制改革・民間開放のさらなる推進

市場機能を重視する観点から、事前規制から事後チェック型行政への転換をさらに進めることが必要であり、規制改革を一層推進していくことが強く求められる。これまで積み残されてきた課題については、制度のあり方を含めて集中的に検討し、改革を図る必要がある。

公共サービスの民間開放は、サービス自体の価格、質両面からの改革だけでなく、特殊法人や独立行政法人改革にもつながる。「公共サービス改革法案(いわゆる市場化テスト法案)」の早期成立を図り、民間からの提案を尊重した幅広い対象の設定に努めるべきである。

今後は、従来公的部門が果たしてきた分野においても、公益法人、NPO等の民間部門が担い手となることが期待されており、それを支える環境の整備に取り組む必要がある。

(2) 公務員制度改革

公的部門をスリムで効率的なものとするのみならず、日本の国全体の機動的な政策実施を可能とするためには、硬直的な公務員制度を抜本的に改革する必要があり、早期に検討の場を設け、議論を開始する必要がある。

国、地方を通じた公務員制度改革によって、総合的な人事評価制度の構築とそれに見合った給与制度を構築し、専門性の確保にも配慮しながら、縦割りを排した省庁横断的な人員配置を可能とすべきである。公務員が有する能力が十全に活用されるためには、国、地方、民間を通じた人材の流動性を高めることが必要である。縦割り行政と早期退職慣行に伴う弊害の是正に向けて、透明性の高い、一元的な再就職管理システムを整備すると同時に、内閣による幹部職員の採用から人事、再就職までの一元管理と、政府部内で分散されている人事関連部局を統廃合の上、内閣の下に集約することが求められる。地方公務員については、大半を占める教員、警察官、消防士等の配置基準の弾力化を進めることが重要である。

官民のイコール・フッティング確立の観点から、公務員の身分保障のあり方の検討と併せて、例えば、共済年金の職域加算(事業主負担部分)については、退職金制度と合わせて民間企業並みにすべきであり、地域の民間給与水準に比して著しく優遇されている処遇なども廃止すべきである。

(3) 独立行政法人の不断の見直し

独立行政法人については、中期目標期間終了時を待つことなく、組織の在り方の見直しや、事務・事業の廃止・縮減、市場化テストの実施など、不断の見直しを行うとともに、特定独立行政法人の職員の非公務員化を強力に推進すべきである。

(4) 政策評価・情報開示による検証

政策評価をより実効あるものとするには、総務省、財務省、会計検査院が十分な連携をとる必要がある。

国の財務諸表については、一般会計、特別会計、連結ベースなどの整備が進みつつあるが、今後は、予算・決算項目を政策別に組み替え、財務諸表を政策評価につなげる手法の開発を進め、同時に決算の更なる早期化を実現し、PDCAサイクルによる効率化を徹底させる必要がある。さらに、内外からの信頼を高めるためには、公会計の国際的整合性の確保について早急に取り組むべきである。

(5) 情報通信技術(ICT)の有効活用による行政の効率化

情報通信技術(ICT)の有効活用により、行政の組織、業務の再構築を図り、総合的かつ効率的な行政サービスの実現を図るべきである。現状では、既存の業務プロセスを電子化したに過ぎず、情報通信技術(ICT)を利用した業務の効率化、人員削減、民間部門の負担軽減につながっているとは言い難い。今後、IT戦略本部・内閣官房主導の下、原則として全ての業務の電子化を進め、不要となった業務の廃止や共同化・標準化、民間委託の推進を図るべきである。

とりわけ、民間との接点の多い地方自治体を含めた総合窓口サイト(ポータルサイト)の構築が重要である。ユーザーがワンクリックで一連の行政手続や電子決済を完了できることを目指し、各行政機関をまたいだ制度設計に取り組むべきである。

6.財政の持続性確保のための歳出効率化と重点配分

2006年度予算ベースでの政府債務残高対GDP比は150.8%に上っており、財政の持続可能性に対する内外からの信認を今後も維持できるのか、予断を許さない状況である。可能な限り早期に、プライマリー・バランスを回復させるとともに、政府債務残高を縮小していかなければならない。財政圧迫要因となっているのは、社会保障関係費と地方交付税交付金等であり、社会保障制度改革とあわせて、地方自治体における財政規律を高めることが喫緊の課題である。

そのためには、国・地方の双方において、行政の効率化と歳出の徹底的な見直しを行うとともに、歳入の源泉となる経済の成長促進のために、戦略的・重点的に政策資源を投入することも重要である。

(1) 地方財政のマクロ管理と規律強化

国と地方の一般歳出に占める地方の割合は60%を超えており、国から地方への財政移転は33兆円に達している。地方歳出の一層のスリム化を進め、歳出入一体改革を実現するためには、地方の歳出総額について全体の削減目標を置いて管理し、社会保障関係費、公共事業費、公務員人件費など、聖域を設けることなく、着実に歳出削減を進めなければならない。そして、地方交付税制度や地方財政計画を抜本的に見直し、地方財政の規律の強化を通じて、地方の自立を促していかなければならない。

地方財政の規律を強化するためには、地方行政サービスに関する受益と負担の関係を明確にし、各自治体の行う行政サービスをその住民が選択する中で、それぞれの地域のニーズにあった独自のサービスを行うことが大前提となる。

自治体の財政情報については、総務省が統一的な情報開示に取り組んでいるが、これと並行して、標準的な行政コストの算定やそれを活用した自治体ごとのコスト比較、決算の早期化などが進めば、コスト意識の喚起や住民による行政監視に資するとともに、地方債の格付けにも役立つものと期待される。

現行の地方交付税制度は、不足額を交付する仕組みとなっているため、自治体の歳出削減を促す仕組みとなっておらず、地方財政の規律を確保することが困難となっている。地方自治体の歳出削減努力を促すため、地方財政計画の財源保障の対象となる事業については、最もコストの低い自治体の単価を用いて策定し、コスト削減分を地方財政計画に反映させるべきである。また、国による義務づけの緩和等によって、地方自治体の創意工夫によるコスト合理化を可能とすることが求められる。

将来的には、地方交付税制度を抜本的に見直し、歳入の不足額を補填する仕組みでなく、税源偏在を調整するための仕組みへと再編し、その規模も大幅に縮小すべきである。こうした方向性を明確にして、各自治体に地域経済活性化による税収増と徹底した歳出削減に一層取り組むよう促し、魅力ある地方の再生に資するものとすべきである。また、税源偏在の少ない地方消費税の拡充が進めば、地方交付税のもつ財政調整機能をさらに小さくすることも可能となる。

(2) 特別会計、政府資産改革

特別会計については、財政健全化への寄与を目指した改革が進められており、それを着実に推進する必要がある。そのうえで、引き続き、全ての特別会計について、受益と負担のバランスの観点から、国民・納税者に対する説明責任を強化し、事務・事業の見直しや実施機関の独立行政法人化、費用の合理化、不用・剰余金の縮減、成果の国民への還元等をさらに進めていく必要がある。

また、民間による政府資産の有効活用を図るということを基本にして、国の資産の一元的な管理、売却、貸付、証券化等を一層推進すべきである。地方自治体が保有する資産についても、統一的な見直し基準を設け、その有効利用、民間部門への売却、貸付を促すべきである。

(3) 民間活力発揮のための重点配分

歳出合理化により、フローの財政赤字を抑制したとしても、財政を支える経済が着実に成長し続けなければ、政府債務残高の対GDP比は上昇する。経済成長を促す観点から、科学技術の振興、人材の育成・確保などは重要な政策課題であり、財政の果たすべき役割も少なくない。

特に、労働力人口の確保の観点から、経済活動や社会的活動において、高齢者や女性が持てる能力を発揮できる社会的インフラの整備や、外国人受け入れのためのインフラ整備は、喫緊の課題である。その意味で、子育て支援については、これまでの政策の検証を踏まえ、税制を含め重点的な取組みを行うべきである。

さらに、物流効率化のためのインフラ整備を重点的・集中的に進めることも重要である。

もちろん、重点分野においても無駄な歳出は極力合理化すべきであり、政策評価等を活用しながら、資源を戦略的、集中的に配分することが必要である。

7.持続可能な社会保障制度の確立

個人の自助努力で対応できないリスクが社会全体でカバーされてはじめて、個人の果敢な挑戦が可能となり、その能力をいかんなく発揮することができる。社会保障制度への国民の信頼を確保するためには、給付と負担のバランスを図り、世代間の不公平を是正して、後世代に負担を先送りすることのないようにすることが肝要である。

今後の労働力人口の減少、厳しい財政状況等を総合的に勘案すると、将来にわたって国民負担を抑制し、社会保障制度を機能させていくためには、真に保障が必要な給付に絞り込む方向で、給付の範囲や水準を見直さざるを得ない。

国民から見て分かりやすく、給付と負担に照らして納得が得られる仕組みとするためには、可能な限り、年齢や働き方によるバラツキがなく、全ての国民が経済的能力に応じて負担していくことが望ましい。国民一人ひとりが受益と負担のバランスを十分理解し、制度運営の効率化を図るために、基礎年金番号を社会保障番号として活用し、さらには社会保障と税を通じた共通番号による一元的なシステムを構築するとともに、生涯を通じた個人ごとの給付と負担を明らかにする社会保障個人会計を導入していくことが考えられる。

これまで、社会保障の各制度において改革が行われてきたが、依然として国の一般歳出に占める社会保障関係費の割合は4割を超えている。

今後の歳出入一体改革の中では、中長期の給付抑制の選択肢が示されることとなるだろうが、社会保障には、世代間・世代内の給付と負担の不公平が依然として大きく、給付そのものにも無駄や非効率が存在する。こうした中で、社会保障費が今後も漫然と伸びていくことは許されない。

社会保障制度を将来にわたって持続可能とするためには、本格的な高齢社会を迎える前に、一段の給付の絞込みを行う必要がある。例えば、2010年代初頭までは、社会保障給付費全体について、経済の伸びよりも低く抑えることを目標とすべきである。制度の抜本改革を先送りすることなく、確実に実現するために、国民的な議論を喚起しながら、税と社会保障の一体改革に関する検討の場を明確にし、「骨太方針2003」にもあるとおり、2006年度中に結論を得るべきである。

(1) 年金制度

公的年金制度については、2004年度改正により、年金給付の算定にマクロ経済スライドが導入され、現役世代の負担に一定の歯止めがかかったことは評価できるが、先送りされた課題も多い。改正後は、新規裁定時のモデル世帯の所得代替率50%を給付の下限として維持し、マクロ経済スライドにおいても名目下限額を維持するとされたが、将来労働力人口の減少が加速すれば、マクロ経済スライドが十全に機能しなくなる可能性があり、その分は現役世代の負担増としてはね返るおそれがある。

まずは、退職後の所得補填という本来の役割に立ち戻り、高所得者の給付を見直す、マクロ経済スライドの名目下限額維持を撤廃するなど、給付額全体を絞り込み、厚生年金の最終保険料率を15%までに抑える必要がある。こうした公的給付の縮減に対応して、個人や企業の自助努力を促す観点から、特別法人税を廃止し、確定拠出年金の拠出枠を拡大すべきである。

また、制度への信頼を高めるために、税と社会保険料の徴収一元化についても検討すべきである。

(2) 医療制度

今次医療制度改革により、国および都道府県が医療費適正化計画を5年を一期として策定することとなったが、併せて2010年度の公的保険給付費の総額を30兆円以内とすることを目指し、毎年PDCAサイクルをまわすなど、適正化を促すための一段の仕組みが必要である。そのためにも、データの蓄積・分析と公表を通じた患者・医療機関・保険者の間での情報共有による、検査や投薬等の重複の是正、医療機関のアウトカム評価の確立、患者の適正な医療サービスの選択の実現、さらにはレセプトデータの分析を通じた予防事業実施による保険者機能の強化などが不可欠である。これらは情報通信技術(ICT)を活用することにより飛躍的に効果を挙げることが期待できる。あわせて、診療報酬の適正化を行い、入院・外来を問わず一層の包括化を目指すべきである。これらの取組みに加え、制度の持続可能性を確保するためには、免責制の検討や、公的医療保険給付の重点化などが不可欠である。

保険者による財政規律を高めるためには、各保険者において、給付と負担の関係が明らかな仕組みとする必要がある。とくに、今般創設が決まった後期高齢者医療制度に関しては、給付費に占める高齢者の保険料の割合が低く、保険者、被保険者双方にとって財政規律が確保しにくいものとなっている。更に、対象年齢を75歳以上とする一方、65歳以上の前期高齢者の給付費等について制度間の財政調整に頼っている。2015年度には現役世代の支援金等は、保険料収入の過半を占める状況となり、持続可能な制度とは到底言えない。

高齢者医療費の増嵩に歯止めをかけるためにも、上記のような医療費効率化のための方策が不可欠である。また、高齢者に応分の負担を求める観点から、保険料や自己負担についても更なる見直しが必要である。

(3) 介護保険制度

2005年度改正では、施設入所者の食費及び居住費の自己負担化や新予防給付の創設などが評価できる。しかし、介護保険財政の状況を考えれば、利用者の生活機能・能力の回復、心身の状態改善に資する介護サービスに対して給付の重点化を一層進める必要がある。また、自己負担についても、高所得者の自己負担引上げや、要介護度の改善、施設サービスから居宅サービスへの誘導を図る観点からのメリハリ付けを検討すべきである。高齢者介護を目的とする介護保険の対象年齢の引下げは、受益と負担の関係から若年世代にとって納得性に乏しいため行うべきでなく、まず介護給付費の適正化に取り組むべきである。

(4) 労働保険制度

労働市場の流動化の進展、民間による職業紹介、能力開発等の進展等を踏まえれば、雇用保険料で賄われる雇用保険三事業(雇用安定事業、能力開発事業、雇用福祉事業)は、給付と負担の関係が明確でなく、廃止を含めて抜本的に見直しを行うこととし、必要な事業があれば一般会計により実施することも検討すべきである。また、労働保険特別会計の労災勘定においては、事業そのものの見直しが必要な労働福祉事業に保険料が充当されている。労働福祉事業の抜本的な見直しを行い、保険料引下げを実施すべきである。

8.税制抜本改革

以上述べてきたような公的部門のスリム化と歳出削減を大前提として、経済のグローバル化や人口減少社会に対応した税体系を実現するための抜本改革を実現する必要がある。わが国が今後とも企業や個人の活動の拠点として選択され続けるためには、国家間競争の一環として、税負担を極力抑制することが肝要である。必要不可欠な政策運営を可能とするため、やむを得ず新たな税源を求めざるを得ないとしても、単に安定的な税源の確保という観点だけでなく、経済活動を阻害せず、むしろ経済活動の拡大を図ることによって税収増を実現するという視点を重視すべきである。

(1) 国際競争力強化に資する法人課税の見直し

わが国の法人実効税率は約40%であるが、諸外国は一段の引下げに踏み切っており、欧州主要国や近隣アジア諸国に比べ、高水準にとどまっている。なお、米国においては、連邦法人税率は35%であるにもかかわらず、様々な制度によって、実質的な連邦法人税の負担は20%前半にまで低下しているとの報告もある(注)。各国とも、グローバルな国家間競争を勝ち抜くための重要な手段として法人実効税率の引下げを位置づけ、これによって国内企業の競争力を確保するとともに、対内直接投資の拡大を実現することを目指している。経済活動の拡大は、設備投資や雇用機会の拡大をももたらし、結果としてあらゆる税収の基盤を強固なものとすることとなる。わが国においても、成長戦略の一環として、法人実効税率の引下げに踏み込むべきである。

国際的なイコール・フッティングの観点からは、減価償却制度の見直しや、償却資産に係わる固定資産税の廃止等により、企業の設備投資を後押しする必要がある。これによって、今後ともわが国を支え続ける産業の国際競争力の強化が図られ、法人実効税率の引下げとあいまって、資本蓄積の促進、成長力の強化も期待できる。特に、減価償却制度に関しては、償却可能限度額の取得価額の100%への引上げはもちろんのこと、耐用年数について、諸外国に比べて遜色のないものとするための短縮、経済実態や企業の個別の事情に対応できる、分類の大括り化も含めた柔軟化などが課題として挙げられる。

今後のわが国の経済成長の鍵を握るのが、研究開発・技術革新であることは疑いが無く、企業による研究開発投資やそのための人材育成を促す税制措置の充実についても、将来を見据えた検討を行うべきである。

企業のグローバルな事業展開が進む中で、国際課税のあり方についても踏み込んだ検討を行うべきである。

注)出典:『国際租税研究』No.15 米国の法人タックスシェルター問題と
わが国へのインプリケーション 森信茂樹 財務総合政策研究所所長

(2) 地方における行政サービスと地方税のあり方

地方行政は、住民の負担で住民が望むサービスを提供するのが基本であり、受益と負担の関係が分かりやすいことが重要である。地方行政を支える税源としては、個人所得課税と居住用資産に対する固定資産税を中心に据えるとともに、税源偏在や景気変動による影響回避の観点から、地方行政の効率化と歳出の徹底的な見直しを前提に、地方消費税を拡充し、地方における税源として活用することも必要と考える。地方において、企業は法人所得課税以外にも固定資産税や事業所税など多大な負担をしている。地方における法人所得課税については国に集約するなどして段階的に廃止し、国家間の競争戦略の一環としてその水準が決定されるのが望ましい。また、本来の意味での課税自主権は、住民が選挙権の行使によって行政サービスの水準とそれに見合った負担を選択することによって発揮されることが基本であり、選挙権を持たない企業に対する超過課税や法定外税については慎重であるべきである。

(3) 個人所得課税をめぐる課題

個人所得課税については、個人の活力発揮と負担の公平性の観点に立った見直しが必要と考える。所得課税については、国の基幹税として位置づけられるべきものであり、一定の再分配機能を有する必要はあるが、その一方で、個人の活力、就労意欲を減殺しないようにすることも重要である。

また、社会保険料を含めた公的負担が増嵩していることから、国民が公平感を実感できることがこれまで以上に重要であり、現行制度の効率的な面は残しつつ、社会保障と税を通じた共通番号による一元的なシステムづくりに取り組むべきである。

課税の簡素化、二重課税の排除、損益通算促進の観点から、実務面の課題に十分配慮しつつ、金融所得課税の一体化を推進すべきである。世代間の不公平の是正や機会の平等を図る観点から、相続税についても見直すことが求められる。

(4) 消費税の位置づけ

上述したような公的部門のスリム化を図ってもなお、高齢化に伴う社会保障関係費の増嵩が避けられない一方、経済活力や国際競争の観点からは、企業や個人への直接税による税収増に頼ることにも限界がある。したがって、今後は、幅広い世代が応分に負担することのできる消費税を重視していかざるを得ない。歳出削減を徹底して進める中で、経済情勢や税率引上げの影響を十分見極めながら、できるだけ早期に消費税率を段階的に10%に引き上げていくべきである。

以上

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