実効ある温暖化対策の国際枠組の構築に向けて

２００６年１１月２１日
(社)日本経済団体連合会

１．はじめに

地球温暖化防止に向けて、各国・地域は、京都議定書等の下で、多様な対策を展開してきた。しかし、途上国の経済発展を中心に、世界のエネルギー需要は急速に増加しており、実効ある対策がなければ、地球全体の温室効果ガス排出量の大幅な増加は避けられない状況にある。地球温暖化は世紀をまたぐ地球規模の現象であり、確実に温室効果ガスの排出を削減するためには、全ての国・地域における本格的かつ長期にわたる取り組みが不可欠となっている。
現在、国連においては、京都議定書の達成に向け、各種の環境整備に向けた検討が進められるとともに、第一約束期間終了後の2013年以降の取り組みについて、長期的協力に関する対話などの議論が開始されている。一方、G8グレンイーグルズ・サミットで合意された「気候変動、クリーンエネルギー及び持続可能な開発に関する行動計画」をふまえて、主要20カ国 ^#1 においてエネルギー問題と気候変動問題への対応策が一体的に議論され、国際エネルギー機関(IEA)が業種別のエネルギー効率向上策の検討を具体的に進めるとともに、世界銀行も、途上国への資金面等からの支援に取り組んでいる。また、主要排出国である米国、豪州、中国、インド、韓国、日本が参加する「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ」(Asia-Pacific Partnership for Clean Development and Climate)は、省CO₂化に有益な技術や利用可能性等の具体的な検討などを進めており、その成果が注目される。今後、国連の活動と、それを補完する多様な取り組みが連携し、温暖化防止の実効を上げていく必要がある。
そこで、京都議定書の第一約束期間以降の国際的な枠組のあり方について、最近の状況をふまえて、特に今後の国際交渉において重視されるべき点を中心に、提言をとりまとめる。

#1 G8諸国と中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカなど主要排出途上国が参加。

２．京都議定書の意義と限界

京都議定書は、各国の政府や国民の地球温暖化問題への政治的関心と理解を高めるとともに、国際的な温室効果ガスの排出削減に向けて具体的な一歩を踏み出したものである。日本経団連では、京都議定書締結に先立ち、産業界あげて温暖化対策に取り組むため、環境自主行動計画を策定しており、毎年、着実にCO₂削減の成果をあげるとともに、わが国の目標達成にも貢献している。しかしながら、京都議定書には、排出削減義務を負わない国を多数認め、また、削減目標設定に当たって省エネルギーの実績が配慮されていないなど、公平さを十分確保していないという問題がある。京都議定書のような枠組では、今後、地球規模での実効ある温室効果ガスの排出削減は期待できない。

(1) 期待できない参加国の拡大

京都議定書の下で、温室効果ガスの排出削減義務を負う附属書Ⅰ国のCO₂排出量は、2002年時点で世界全体の排出量の約30％に留まっている。今後、途上国を中心に世界全体の排出量の大幅な増加が予測される中、その比率はさらに低下すると見込まれる。これは、世界最大の排出国である米国は京都議定書から離脱し、また、中国やインドをはじめ、今後排出量の急増が予想される国には、削減義務は課されていないことに起因する。
多くの国にとっては、貧困解消、失業問題緩和、雇用機会の拡大、地域振興、社会保障財源の確保等が優先課題である。これらの基盤となる成長政策との整合性なくして、多くの国が排出削減に取り組む枠組は構築できないことに留意しなければならない。地球温暖化問題に関する各国の関心は高まりつつあるが、持続可能な発展を確保しつつ地球規模の問題への対応を求められる国が、京都議定書のような排出量の上限(キャップ)に基づく削減義務を新たに負うことは期待できない。
持続的な発展は、温暖化対策を継続的に推進していくための礎としても不可欠である。経済と環境を両立させつつ、温室効果ガスの排出削減を着実に進め得る、実効性ある枠組/アプローチが求められる。

(2) 合理的な目標設定の困難さ

国際的な温暖化対策の枠組を発展させる上で、現在特に制約となっているのは、合理性が十分に確保されない中、一部の国・地域に割り当てられた短期・絶対値の排出目標である。
京都議定書では、排出量のキャップ設定に際し、各国における過去の省エネルギー・CO₂排出削減に十分配慮した公平な目標値が設定されていない。そのため、効率化に早期に取り組んだ国が不利となっている。また、一部の国・地域のみに排出枠を当て嵌めるアプローチの採用が、参加国間の不平等感を招き、その後の交渉における建設的な議論を阻害していることも否定できない。
さらに、目標期間についても、革新的な温暖化対策技術の開発・実用化には長期間を要することから、京都議定書のような短期的な目標の下では持続的な効果を得ることは難しい。短期的な排出削減目標の達成を優先するあまり、より費用対効果の高い対策がとれず、また、長期の技術革新に必要な資源が配分できなくなるという問題もある。産業界にとっても、温暖化対策に取り組む上で、投資サイクルと削減目標の達成年度の整合性の確保や、グローバルに展開する企業にとっては、サプライチェーンの分断に伴う全体としての効率的な排出削減の阻害等、懸念される影響は少なくない。

３．京都議定書の限界の克服に向けて

2013年以降の枠組については、京都議定書の反省をふまえて、より実効性ある制度の構築に向けて検討を進めることが重要である。
効果的かつ着実に排出量を削減するためには、実際に排出削減を行う現場に根ざした対策が重要であり、実態を十分にふまえた目標を設定し、技術合理性のある対策を推進していくべきである。具体的な対策推進の中心となるのは民間部門であり、民間の創意工夫と排出削減努力に対する支援も期待される。

(1) エネルギー対策との連携

地球温暖化問題は、世界的に関心が高まりつつあるエネルギー問題と表裏一体の関係にある。省エネルギーや低炭素エネルギーの開発・利用拡大を通じて、エネルギー利用システムを変革し、経済社会の省エネルギー化、省CO₂化を進めることは、地球温暖化対策に直結するものである。
とくに、省エネルギーの推進は、全ての国の重大関心事項であるエネルギー・セキュリティの強化につながるものであり、エネルギーのクリーン化とともに、各国の主体的取り組みを促すことが、ひいては地球規模での温暖化対策の推進に繋がるものと期待される。経済の相互依存が強まる中、エネルギー問題に関する国際協力の推進は、エネルギー問題の解決と同時に、地球温暖化対策の進展にとっても極めて有益である。

(2) 地球温暖化対策の基本となる技術の普及・革新の推進

持続可能な発展を確保しつつ確実に地球温暖化対策を進めるための鍵は技術である。新たな枠組においては、技術の普及と開発を具体的に促進する機能が強く求められる。

着実な効果が期待される既存技術の普及促進
すでに効果が実証された既存技術には、その普及を通じて短中期的な温室効果ガスの排出削減成果を期待できるものも多い。今後エネルギー需要の増大が見込まれる米国、BRICsや他の途上国において、国情や地域特性を考慮しつつ、省エネルギー技術や低炭素技術、原子力、新エネルギー技術を中心に既存技術の普及を促進することが重要である。分野・業種ごとの共通指標の検討や技術の経済性の評価等を早急に実施すべきである。併せて、設計からリサイクル、廃棄に至る一連の過程のエネルギー消費量やCO₂排出量を分析するLCA（Life Cycle Assessment）にも配慮する必要がある。
抜本的対策として期待される革新的技術開発
一方、大幅なCO₂排出量削減のためには、CO₂の隔離・貯留や固定、低CO₂発電技術、水素エネルギー、次世代原子力、核融合、燃料電池などの革新的技術の開発が不可欠である。革新的技術の開発・実用化には長期を要するが、その実現性や導入時期について、ロードマップを示し、着実に取り組みを進めることが必要である。同時に、長期にわたり大規模かつリスクを伴う投資が必要なことから、特に初期段階においては、公的部門による資金面での協力や、民間の投資を促す環境整備等の支援が必要である。また、複数の研究開発が行われているプロジェクトについては、相乗効果が得られるよう、国際的な連携・協力の促進が期待される。

(3) 多様で柔軟なアプローチの重要性

国連の下での温暖化対策の推進とともに、各国が経済・産業、国民生活等の実態をふまえて、費用対効果が高く実効ある取り組みが可能となるよう、多様かつ柔軟なアプローチを活用する必要がある。G8のイニシアティブやクリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ(APP)をはじめ、国別総量規制とは異なるCO₂排出削減のための手法も積極的に推進し、重層的に成果を得ていくことが重要である。目標期間についても、各国の状況に応じて、短期、中期、長期の目標を適切に組み合わせ、多種多様な取り組みを可能とすべきである。絶対値目標には経済成長を制約しかねないという欠点があることから、エネルギー効率や温室効果ガスの排出に関する原単位目標も活用すべきである。
とりわけ、先行的取り組みの成果を活かし、参加国の拡大と実効性の確保を図る試みとして、セクトラル・アプローチの活用が期待される。セクトラル・アプローチは、業種別の連携・協力の下、既存技術の普及や技術開発協力等を通じて温暖化対策の底上げや将来の対策強化を図るものであり、業種や協力対象国の特性をふまえた、きめ細かく柔軟な手法を講ずることが可能である。
セクトラル・アプローチの検討においては、官民協力の下、エネルギー利用やCO₂排出の効率性に関する業種毎の共通指標の設定や、協力国へのインセンティブ付与等により、各国・地域の実情に応じて、効果的な削減方策を導入・促進することが重要である。例えば、消費財産業については、ベストプラクティスの基準を設定し、一定期間内に達成していく方式等が有効と考えられる。また、素材産業については、原単位に基づくエネルギー効率の改善等、業種に応じた方策を選択すべきである。かかる観点からも、企業の果たし得る役割は大きい。一方、各国政府には関連諸制度の整備や国際的な整合性の確保、さらには、競争環境を確保できる国際的な枠組の構築に取り組むことが望まれる。
なお、CO₂削減の成果をあげるためには、併せて、これまでの各国・地域の省エネルギー・温暖化対策と効果を改めて評価し、有効な施策とその条件等を整理し、各国・地域における今後の対策の参考とすることも有意義である。

(4) 本来の意味での市場メカニズムの活用

今後の技術革新や経済社会情勢の変化等により、実効ある温暖化対策は変化し得る。現在予想しえない手法の登場も十分考えられる。従って、普遍的に活用される技術、製品、サービス等を予め特定することは望ましくない。
また、地球温暖化問題の議論においては、最近、一部では「市場メカニズムの活用」が、排出権取引が行われる「カーボン・マーケットの活用」と同義で使われている。しかし、市場メカニズムとは、本来、競争原理に基づいて各企業が温暖化対策に効果のある手法や製品・サービスの開発、提供を推進して付加価値を生み、それらがユーザーや社会から評価・選択されることであり、省エネルギーやCO₂排出削減のためには、こうした市場の機能を活用していくことこそ必要である。各国政府には、自由かつ公正な競争環境の確保に努めるとともに、技術開発支援の推進、省エネルギーや低CO₂の基準等を実現した手法や製品・サービスの利用促進に向けて、国民への啓発等を積極的に行うことが求められる。
排出削減クレジットについては、京都議定書の下、CDMやJIを通じて経験の蓄積が進んでおり、今後も、多様な対策の選択肢の一つとして存続しうると考えられる。しかし、クレジットの活用は、温暖化対策推進のための中心的な対策ではなく選択肢の一つであり、クレジットを活用するかどうか、また、どの程度、どのような仕組みで活用するか等は各国・地域や企業の判断に委ねるべきである。
なお、キャップ＆トレード型の排出権取引制度（温室効果ガスの総排出枠を定め、それを個々の主体に排出枠として配分し、個々の主体間の排出枠の一部の移転・取得を認める制度）については、公平で技術的合理性があり、かつ急速に変化する経済情勢に対応できる排出枠の割当が困難という問題がある。とくに、省エネルギー、低CO₂化が進んだ国においては、過去の排出削減努力の成果が十分反映されなければ、経済活動、国民生活、地域社会に深刻な影響を及ぼしかねない。また、緩やかな排出枠が設定されれば余剰分は実質的な政府補助金となり、公正な貿易や健全な国際競争を阻害する恐れがある。さらに、投資サイクルとの不整合やサプライチェーンの分断、新規事業の展開、新製品開発への制約等から、産業構造に歪みをもたらすとともに、生産・開発の海外移転を促す一因となり、地域における雇用や事業の機会を失わせるばかりか、地球規模での温室効果ガス排出量を増大させるという炭素リーケージを招く可能性もある。革新的な技術の開発推進や排出抑制への具体的な取り組みよりも、短期的な辻褄合わせ優先を助長する懸念も大きい。排出権のキャップ＆トレード制度を国際枠組として位置づけることには問題が多い。
温暖化対策としては、長期的なCO₂排出削減の実効性に着目すべきであり、「カーボン・マーケット」に過度に期待すべきではない。ましてや「カーボン・マーケット」の形成、拡大の目的化は本末転倒の発想といわざるを得ない。

(5) 途上国の取り組みを促進する環境整備

将来にわたり、地球規模で温室効果ガス排出の抑制を進めていくためには、エネルギー需要・消費の増加が予想される途上国における対策の推進・強化が極めて重要である。途上国の幅広い参加を促すため、新たな国際枠組においても、途上国の温暖化対策を先進国が支援するための制度を一層拡充すべきである。排出量増加の著しい国を中心に、官民の省エネルギー・温暖化対策を促すとともに、主体的取り組みを支援するための仕組みが重要である。
この点、世界トップレベルの効率を実現している日本の産業界の取り組み事例等は大いに参考になると考えられる。民間企業も、政策・制度への対応を含め、省エネルギー、省CO₂対策に関する情報提供を積極的に行っていく所存である。関係国際機関や先進国政府は、民間と連携し、途上国に対して、省エネルギー、省CO₂に関する政策・制度形成を支援するとともに、省エネルギー、省CO₂に繋がる手法、製品、サービスの積極的な利用に向けて協力していく必要がある。また、途上国による具体的な取り組みを支援するため、プロジェクトの事業化調査を実施しやすい環境整備を図るべきである。
途上国の資金調達面での協力については、国際金融機関の各種制度や各国ODAの柔軟な活用、直接投資を促す制度整備、証券化の推進等、多様な支援策の展開が期待される。
他方、途上国においても、特に民間企業の投資促進に向けて、知的財産権の保護をはじめとする投資環境の整備や、政策の不確実性の排除等への取り組みが不可欠である。そうした環境整備によって、企業の途上国への投資や協力も格段と推進しやすくなる。
なお、CDM等京都メカニズムについては、その活用が本格化しつつあるが、対象プロジェクトに関する見通しは依然不透明であり、CDM理事会における審査プロセスの迅速性や柔軟性にも、関係者の不満が根強く残るなど問題が少なくない。京都メカニズムの利点を今後の枠組において活かし、途上国における排出削減対策を促進する観点から、審査の迅速化、ニーズの高い省エネルギー対策の柔軟な承認など、現行のメカニズムを使い勝手のよいものとするための制度の見直しが急務である。

４．おわりに

地球温暖化問題は、地球規模で、しかも長期間にわたる問題である。温室効果ガスの削減策については、数十年単位などの超長期の目標を設定するとともに、一定期間毎に、各国・地域における対策の進捗状況や成果を国際的にレビューし、対策の拡充を随時図るなど、P-D-C-A（Plan-Do-Check-Action）のサイクルに基づいた取り組みが、より効果的である。各国・地域が設定する目標については、排出総量に関しては数十年先の目標とし、そこに至る道筋は、各国・地域の実情にあわせた多様な手法を容認する必要がある。国内対策の進んだ先進国が、温室効果ガスの削減余地の大きい途上国における温暖化対策の支援を自らの目標として取り上げていくことも検討すべきである。
また、各国ができる限り野心的な目標を誓約できるよう、目標達成が困難な国に対しては、罰則や制裁を課すのではなく、進捗状況を定期的に審査しつつ他の国が積極的な支援を行うことが重要である。
日本としては、今後の国際交渉に当たっては、米国、中国、インド等の主要排出国が適切な排出削減の仕組みを構築するとともに効果的な対策を講じること、排出削減努力が不要な水準にキャップを設定するホットエア等を認めないこと、ならびに、過去の排出削減実績を十分考慮することを新たな枠組に参加する前提とすべきである。また、建設的な国際的議論を促すため、技術的合理性に基づく形で数十年後のCO₂排出目標について官民で検討を行い、合意が得られた場合には、それを自主的に宣言することも検討に値する。

以上

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