持続可能で国民の満足度の高い医療の実現に向けて

2007年2月20日
(社)日本経済団体連合会

持続可能で国民の満足度の高い医療の実現に向けて 【概要】
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はじめに

日本経団連では、高齢化が進む中で、公的医療保険給付がこのまま伸び続ければ、公的医療保険制度は将来にわたって持続可能でないことを訴えてきた(「国民が納得して支える医療制度の実現」2005年10月)。来年から本格実施を迎える医療制度改革は抜本改革の第一歩として評価されるものの、十分とはいえない。われわれは、国民の満足度を向上させながら、制度の持続可能性を確保するために、さらなる改革を求めるものである。

I.医療をめぐる不安と不満

健康は国民一人ひとりにとって、かけがえのない「宝」であり、また健全な社会の発展の基礎となる貴重な「財産」である。わが国の公的医療保険制度は、世界的にみても比類のない国民皆保険制度として国民に広く定着し、これまでの社会・経済の発展に大きく寄与してきた。
しかしながら、現在、医療を支える基盤は磐石なものとは言い難い。65歳以上の高齢者の医療費が国民医療費の過半を占める現状にあって、少子高齢化が本格化すれば、医療をとりまく環境はますます厳しくなるであろう。このような中、国民、保険者、医療提供者それぞれが現状に不安や不満を募らせている。

(1) サービスを選択できない国民

例えば、国民一人ひとりの価値観、ライフスタイルや医療に対するニーズが多様化しているにも関わらず、サービスを選択する際の判断材料に乏しく、国民は選択の余地が極めて少ない立場におかれている。また、公的医療保険で認められていないサービスを利用すると、公的医療保険の使えるサービスも含め全て自己負担になるなど、制度の硬直性も選択の幅を狭めている。

(2) 十分に能力を発揮できない保険者

公的医療保険制度を運営し、加入者の健康を支える医療保険者(健康保険組合等)にとっても、必要な情報が不足しており、現状では、迅速かつ適切な支援を行うことが難しい。また、保険者によっては、現役世代から徴収する保険料の半分近くを高齢者や退職者の医療費のために拠出せざるを得ないため、自らの加入者の健康維持に使える財源は、保険者の経営努力に関係なく制限されている。無論、経済の身の丈を上回る保険料率の増大は、個人や企業にとっても大きな負担となる。

(3) 努力が報われない医療提供者

医療を提供する立場にとっても、現在の診療報酬体系や医療提供体制は、提供する医療の質や効率性が評価される仕組みとなっておらず、医療の進歩や効率性向上に向けたインセンティブが働かなくなっている。医療提供体制の効率化の遅れは、勤務医に過重労働を強いるなど、様々な歪みをもたらしている。

II.医療の持続可能性と満足度を高めるために

医療に対する国民、保険者、医療提供者等の満足度を高めると同時に、セーフティネットとしての公的医療保険制度を、支える側からみて身の丈にあった持続可能な形で次代に引き継いでいくため、取り組むべき課題は多岐にわたる。

(1) 自らの健康を自らで守る

まず初めに取り組むべきことは、国民一人ひとりが自らの健康を自らで守るという強い意識を持つことである。幼児期から老齢期まで生涯を通じて健康に留意し、適切な運動などによる体力の向上、バランスの取れた食習慣、禁煙等の生活習慣の改善などに取り組み、家族を含め病気になるリスクを極力低減させることが求められる。健康であることは、個人の幸福を左右するのみならず、わが国の社会保障制度を支える「公共財」であり、国民一人ひとりが、相応の注意を払って健康を涵養していくことが求められる。

(2) 健康維持・管理(疾病予防)に対するきめ細かな支援

個人が自らの健康維持・管理のために必要な知識を身に付け、具体的な行動に移すためには、医療・健康に関する情報を分かりやすい形で提供することが何よりも重要である。国民と健康とを結びつける架け橋として、国、地方公共団体、企業、保険者、医療機関等がそれぞれ積極的な役割を果たすことが期待される。例えば、国は就学期における公的医療保険制度の仕組みや自己の健康管理に対する基礎知識の教育を、地方公共団体は地域内の保健・福祉・医療関係サービスに関する情報提供や地域単位での疾病予防の実施、企業や保険者は老齢期を念頭に置いた健康づくりの支援、医療機関等は健康管理プログラムの提供や健康に関する情報の発信など、ライフステージに応じて積極的な支援を行っていくことが考えられる。
また、個人の自助努力を促す一環として、規制改革などを通じて、公的保険外で健康や予防分野などにおける民間活力を積極的に活用していくことも、制度の持続性の確保には欠かせない。

(3) コストパフォーマンスの高い医療の実現

公的医療保険は、そうした健康管理の取組みを行ってもなお、病気にかかってしまった場合の備えとして、将来にわたって十全に機能させなくてはならない。万が一の時には最適な診療によって、早期に日常生活に復帰できることが、患者本人にとって最も望ましい。したがって、限りある資源を有効に活用し、医療のパフォーマンスを高めることが、医療制度の持続性と満足度向上を両立させるための次なる課題となる。
政府は来年度からの5年間を計画期間とする「高コスト構造是正プログラム」を策定するとしており、この間に目に見える形で成果を挙げることが期待される。重要なことは、医療の内容を透明化し、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を駆使して情報を収集・分析した上で、今後の医療に関する国民の意思決定に活用できるようにすることである。また、公的保険運営の効率化のためには、市場化テストの活用など民間の最新の技術とノウハウを最大限利用すべきである。さらに、国民の選択肢を拡大するため、公的保険外のサービスをより使いやすいようにする必要がある。

(4) 公平で納得性の高い負担の分かち合い

また、制度に対する信頼を高めるには、公平で納得性の高い負担の仕組みとしなければならない。2008年度からの新たな高齢者医療制度においては、従来同様、高齢者の医療給付費に対し、現役世代が納得しがたい負担の仕組みとなっている。保険制度を支える現役世代の理解を得るため、高齢者医療に関する給付を効率化した上で、高齢者にも所得や資産に応じた応分の貢献を求めるとともに、現役世代からの所得移転については、より幅広く国民全体が負担を分かち合う公費によることが望ましい。

III.個人の自立・自助の促進

(1) 公的医療保険は自助努力を超えるリスクへの備え

公的医療保険制度は国民一人ひとりの健康への自助努力を前提に、それでもなお、疾病に罹患してしまい真に医療を必要とする人に対する備え(セーフティネット)として位置づけるべきである。言うまでもなく公的保険は「負担の分かち合い」「支え合い」の仕組みであり、財源を含めた医療資源には自ずと限界がある。国民は、制度の節度ある利用が制度の安定に結びつくことを意識する必要がある。また、医療関係者は、制度運営の効率化のため不断の努力を行うとともに、負担者である国民や保険者、企業に対する説明責任を果たすことが求められる。

(2) 公的医療保険制度の持続性を支える保険者の取組み

個人の健康に対する自律的な取組みを支援していくためには、特に保険者の役割がこれまで以上に重要になってくる。例えば、加入者の疾病予防の支援のほか、加入者の代理人として、医療機関の選択や疾病からの早期回復に向けたアドバイスなど、保険者の役割発揮の余地は非常に大きい。そのためには、レセプトデータをはじめとする情報提供の充実、レセプトの直接審査や優良医療機関との直接契約など一層の規制緩和が必要である。また、事業主と協力して専門的人材の養成・確保に努めるとともに、アウトソーシングの活用拡大等に取り組む必要がある。

(3) 自助努力の受け皿としての「医療貯蓄口座」

今後、限られた財源を真に必要な給付へと重点化するため、免責制導入の可能性を含め、セーフティネットとしての公的医療保険の範囲を吟味し直す必要がある。併せて、個人の自助努力の受け皿として、医療貯蓄口座制度を導入し、積立金に対する所得税等の優遇措置などを講じることも検討に値する。同口座からの引出しを、保険診療の自己負担分や保険外診療の際の費用、あるいは健康増進につながる一定の支出等に充てることを認めることで、個人の自立に対する意識喚起も期待される。同口座は、民間金融機関等に設け、個々人が多様な民間の保険商品や金融商品の中からそれぞれのニーズに応じて選択を可能とする。また、同口座を継続的に積み立て、繰越しが可能な制度とすることで、疾病リスクや医療支出が増大する老後に自ら備えることが可能となる。

(4) 健康関連分野における多様なサービスの実現

健康に対する国民のニーズは増大しており、公的医療保険を補完する多様なサービスが提供され、国民の認知も高まりつつある。今後、この分野は、日本の経済全体の牽引役としてますます重要になってくる。国としても、国民の健康に対するニーズ充足のために、一層の規制改革、手続きの簡素化などを通じ、健康分野を含めた医療関連産業の潜在的成長力の発揮に努めることが求められる。

IV.質の高い医療の選択

(1) 最新の医療知識に基づく医療の確保

公的医療保険をセーフティネットとして効率的に機能させるためには、全ての医師が最新の医療知識に基づく効率的な医療を行えることが前提となる。そこで、保険医の更新制を導入し、医師の継続的な技術の向上に対する意識付けを行うことが求められる。

(2) 医療スタッフの実績や経験の評価

さらに、患者による医療機関選択の一助として医師等を含めた医療スタッフの技術を適正に評価していくことも必要である。専門医等の認定制度をより客観性の高いものに改め、専門領域における経験や実績の開示を促し、診療報酬へ適切に反映させていくべきである。これは患者の選択にあたっての判断基準の明確化につながるとともに、医療スタッフの技術の向上に対するインセンティブとなり、わが国における医療の水準の向上に結びつく。

(3) 患者の望むサービスの選択

医療技術の進歩は日進月歩であり、現行の硬直的な制度運営では国民のニーズに対応したサービスをタイムリーに提供することは不可能である。一方、現状では、保険診療と保険外診療の組合せは限られた類型の中で認められているにすぎない。そこで、患者と医療機関との契約による、保険診療と保険外診療の自由な組合せを可能とすることで、医療における選択の幅が飛躍的に拡大し、患者の最先端の医療技術へのアクセスが容易になる。同時に、医療機関や医師が切磋琢磨して質の高い医療を積極的に取り入れ、患者に提供する環境が整うことで、わが国における医療技術の発展も期待される。具体的には以下のような形での見直しが考えられる。

  1. 高度先進技術
    高度先進医療技術について、治療法の裏づけとなるデータなどを用いた医療提供者による十分な説明と患者の選択・合意を前提に、自由に保険診療との組合せを認めるべきである。
    そうした先進技術の中で、一定程度普及したものについては、従来技術と比較して、患者のQOL(Quality of Life:生活の質)の向上や保険財政健全化への貢献などが確認された段階で、その効果を広く国民に還元すべく、速やかに保険収載することを検討する。先進技術に代替される旧来の技術については、保険診療の範囲から外すことで、常に公的保険内において最も効率的な医療が提供される体制を整備すべきである。

  2. 回数制限のある医療行為について
    保険診療上、回数制限が設けられている診療行為についても、患者の自主的な選択を基本に、制限を上回る医療行為を自己負担とすることで、原則自由に認めていくべきである。
    なお、患者の快適性や利便性を向上させるための選択的なサービスの提供は、医療行為に該当せず、保険診療と併用しても患者の病態に影響を及ぼす懸念はないため、医療機関に十分な説明義務を課した上で、患者の合意を前提に、自由に認めるべきである。

V.効率的な医療提供体制の構築

公的保険制度が、国民から強制徴収される負担によって賄われる以上、医療提供側においても、無駄や非効率の徹底した排除が求められる。特に病床数を地域の疾病動向を勘案した真に必要な数へと収斂させていくことは、より手厚い医療配置を実現し、早期の社会復帰を可能とすることで、患者の生活の質の向上にもつながる。
併せて、患者中心の医療実現のため、医療機関の機能や実績、アウトカム(患者の重症度などを加味した治療成果)に関する情報提供を進め、医療をより国民にわかり易い形で可視化すべきである。医療の中身がみえるようになると、患者の選択を通じた医療機関間の競争が促され、より効率的な医療提供体制を実現することが可能となる。

(1) 医療機関の選択と集中による効率性向上

医療機関の役割分担について、これまでの病床規模別の評価を改め、今後は、医療プロセスにおける機能に着目し、各医療機関が果たす機能に応じてきめ細かく評価していくことが必要である。これにより医療機関自身の選択と集中が進み、それぞれの得意領域に特化することが可能となる。自立した国民に選択される医療機関が地域全体で連携していくことにより、効率的な医療提供体制の実現が期待される。診療報酬も、そうした医療機関の機能に着目して設定し直す必要がある。

(2) 「かかりつけ医」をガイド役とした医療の選択

個人の自立に向けた取組みを支援するためには、これまで以上に健康管理と一体的なプライマリー・ケア(予防も含めた初期の総合的な診療)の重要性が高まっていく。例えば、2008年度から40歳以上の者に対して行われる特定健診・保健指導と、適切なプライマリー・ケアによって生活習慣病を早期に予防することは、高齢期を健康に過ごす上で非常に重要である。
そこで、患者の健康や医療における総合的なパートナー、ガイド役としての「かかりつけ医」の役割や機能を明確化し、医療における専門領域として確立していくとともに、住民に効果的に周知していくことが望まれる。「かかりつけ医」に期待される役割としては、生涯カルテなどを駆使した日頃からの患者の健康管理に始まり、疾病にかかった際には、紹介先の医療機関の確保などを通じた地域内のクリティカル・パス(根拠に基づく一定の診療計画)に則った最も効果的な医療への誘導が考えられる。
「かかりつけ医」の役割を明確にすることは、医療資源の効率的な活用の観点からも欠かせない。「かかりつけ医」機能が強化されることで、病院においては入院を中心としたより高度な治療など、その本来の機能に特化することが可能となり、現在問題になっている勤務医の過重労働の是正にもつながる。そのため、「かかりつけ医」を経由して病院を受診した場合には、給付率などの面で一定のインセンティブを講じることが考えられる。

(3) 患者から見て分かりやすい医療の実現

ICT化によって、診療に関するデータの蓄積・分析が容易になることで、診療行為のバラツキをある程度収束させることが可能となる。そうなれば、患者がある程度予見性をもって、自分の病態や診療プロセスについて、医療機関に説明を求め、より納得のいく医療を受けることが可能となる。また、このようなデータが医療機関間で共有されることで、各々がより効率性の高い手法を導入するインセンティブとなり、医療における“標準”が常に底上げされることも期待できる。

(4) 効率的な医療の実現に向けた定額払い化の促進

こうした標準の底上げと合わせ、より効率性の高い医療を行った医療機関が報われる仕組みとして、診療報酬をより大きな括りで定額払い化することが考えられる。現行の出来高払いでは、同じ疾病に対しても、効果的、効率的に短期間で治癒させた医療機関よりも、そうでない医療機関の方がより診療報酬が増えるという不合理が発生し、過剰な診療、あるいは過剰な投薬などが助長されてきたという指摘がある。定額制とすることで支払基準も明確になり、患者はより質の高い医療を追求することに専念できる。ただし、粗診粗療への懸念に対応するため、保険者が積極的に患者の回復経過やアウトカムのチェックを行うことが重要になる。
具体的には、まず急性期入院におけるDPC(Diagnosis Procedure Combination:診断群分類=病名を医療資源の必要度から統計学的に分類する方法)に基づく包括払いについて、現行1日当り定額払いとなっているものを、1入院当り定額払いに改めることが考えられる。また、慢性期においても、包括の単位を1日当り定額制からより大括りにすることが考えられる。外来医療においても、初診料・再診料、検査や一定の処置・投薬などを含め包括化を行うことが望まれる。
特に、現役世代と比較して慢性疾患が多く、相対的に病態が安定していて、受診頻度も高い高齢者の医療において包括化は急務である。2008年度の後期高齢者医療制度の実施時には、「かかりつけ医」機能の確立と併せ、看取りを含めた包括払い方式を導入すべきである。
なお、標準的な診療行為がある程度確立するまで相当の期間を要することが考えられるが、諸外国で活用されている標準の実例を参考にして、包括化を早期に実施することは可能であろう。

(5) 地域における医療の確保

今次医療制度改革の中で決定された療養病床の再編については、確実かつ可能な限り早期に実現すべきである。必ずしも入院の必要のない人にとって、自立した生活状態に戻ることを目的に介護保険から最適なサービスを受ける方が、日常生活の質の向上につながる。その際には、アフターケアを充実し、地域において、医療関係スタッフ、介護関係スタッフが密接に連携して、切れ目のないサービスを提供できる体制整備に取り組むことが重要となる。
現在、医療においては、地域偏在の問題が指摘されている。本来、医療は住民密着型のサービスであり、医療提供の在り方については、地域特性や住民のニーズを極力反映した形で解決を図っていくことが望ましい。国・地方の行政上・財政上の役割分担を踏まえ、極力地域において必要な施策の決定、実施が行われるような体制整備に取り組むべきである。その際には、ICTを活用した広域連携など、従来の行政区域を越えた施策の実施が可能となるよう配慮すべきである。
また、産科・小児科をはじめとする診療科ごとの偏在の是正も重要な課題となっている。2006年度の診療報酬改定では、産科・小児科への重点配分が行われたところであり、その効果を検証した上で、必要に応じて、追加的な措置を講ずる必要がある。

VI.ICTの活用を通じた医療の効率性・利便性の向上

(1) 医療におけるICT活用の意義

医療制度改革の推進のために、ICTは不可欠な手段である。医療におけるICTの活用は、ネットワークを通じて誰もが容易に医療に関する多様な情報を得ることが可能となり、患者、保険者、医療機関等の関係者相互間のコミュニケーションを円滑にする。ICT化によるメリットは医療に関わる全ての者に行き渡り、期待される効果も大きいため、国としても医療・健康・福祉分野のICT化を最優先課題として取り組むべきである。

(2) 関係者がメリットを享受できるICT化

ICT化が進むと、患者にとっては、情報の蓄積・分析により、エビデンス(科学的な根拠)に基づく質の高い医療が確立することで、自らのニーズに対応した、より合理的な医療サービスの選択が可能となる。また、医療機関同士で情報が共有されるため、継ぎ目のない受診環境が構築され、利便性や快適性が格段に向上する。さらに、社会保障全体を通じて給付と負担の関係をより透明化する「社会保障個人勘定」を導入するなど、制度に対する信頼性を回復させる上でもICT化が不可欠である。
保険者にとっても、情報共有・分析が容易になることで、加入者に対し迅速な支援が可能となり、提供される医療の質の向上や効率性のチェックも効果的に行えるようになる。また、レセプト請求のオンライン化等を通じた事務負担の軽減にもつながる。
医療機関においても、事務コストの低減等を通じた経営の合理化・効率化に資するばかりではなく、現在医療機関にとって大きな負担になっている患者の資格確認への対応の簡素化、診療報酬の支払期間の短縮、さらにはICTを活用した院内の安全対策などによる患者からの信頼の確保等のメリットも大きい。何よりもICT化によって得られたデータを活用することで、患者に対して根拠に基づく客観的な説明が可能となり、より強固な信頼関係の構築に資すると考えられる。
さらに国や地方公共団体については、効果的な医療の推進による国民生活の向上、医療情報の集積とその活用による医療の進歩、さらに制度運営の効率化による行政コストの削減が可能となる。

(3) 医療におけるICT化促進のために

こうしたICT化の効果を早期に発現させるため、国においては、規制緩和や情報の標準化、ネットワーク構築のための環境整備を早急に進めることが求められる。併せて、医療情報を効率的に活用できるよう、情報活用に向けた国民的な合意を形成していくため、国は主導的な役割を果たすべきである。今次医療制度改革においては、2011年度からのレセプト請求の原則オンライン化が決定されているが、実施時期を前倒しするとともに、特定健診によるデータとの相互利用を視野に入れるべきである。これらを梃子に、医療全般のICT化を促進していくことが望まれる。また、国民の信頼を確保するため、特に情報のセキュリティについては十分な配慮が必要であり、早期にセキュリティ標準を策定すべきである。
ネットワークの運営は、国民との実際の接点である地方公共団体が地域の実態に応じて担うこととなるが、システム開発や運用についてはアウトソーシングなど民間活力を活用し、コスト削減や最新技術の活用を図ることが望ましい。
なお、医療機関におけるICT化は患者のニーズに応えるための経営戦略の一環として自らの負担で行うことが基本である。
コストを最小化するとともに、幅広い情報共有によりICT化のメリットを高めるため、システム開発・提供者に対しては標準的仕様の確立、安全確実で使い勝手の良いシステムの開発が強く求められる。
医療におけるICT化の真価は、国民が使いこなして初めて発揮されるため、学校教育段階から情報活用能力を高めておく必要がある。また、使い勝手の良い情報端末の提供等を通じて、あらゆる年代の国民が情報にアクセスできるようにすることも重要な課題である。国民一人ひとりが、自らに必要な医療を選びとることを通じて、医療の可能性は拡がっていく。

おわりに―今後の改革実現に向けて

今後もセーフティネットとしての公的医療保険制度の持続性を確保しながら、医療全体が持続的な発展を遂げていくことが、国民生活の質的向上や経済の活性化のために不可欠である。そのためには、今後の医療の発展に向けて、国民の自助努力と、それを支援する保険者や医療機関等の関係者それぞれの努力が報われるとともに、健康分野をはじめとした医療産業がわが国経済の成長の牽引役としてその能力をいかんなく発揮することが要である。
政府は、これまで述べてきたような施策を「歳出改革プログラム」において確実に実現するため、具体的なスケジュールを掲げた工程表を明らかにすべきである。その際、目に見える目標として、公的医療保険給付費の伸びをGDPの伸びに高齢化の影響を加味した水準に収める(高齢化修正GDP)ことを目標として掲げ、毎年PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルをまわしていくことで、経済・財政とのバランスも期待でき、結果として医療の持続可能性をより確実なものとすることができる。2007年度以降、政府は「骨太方針2006」で掲げた社会保障給付費の伸びの抑制に本格的に取り組むことになる。弥縫策に終わらせることなく、真に国民が満足できる医療が実現するよう、腰を据えた着実な改革が行われることを強く期待する。

以上

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