デジタル化・ネットワーク化時代における著作権法制の
中長期的なあり方について(中間とりまとめ)

−産業活性化のための複線化システムの提案−

2007年2月20日
(社)日本経済団体連合会
知的財産委員会

デジタル化・ネットワーク化時代における著作権法制の
中長期的なあり方について(中間とりまとめ)概要


デジタル化・ネットワーク化の進展に伴い、現行の著作権法のもとでは想定されていない状況が発生している。例えば、デジタル著作物は、特定の媒体を介在させずに、国境を越えてネットワーク上を転々流通し、その過程で、ユーザーの積極的関与によって著作物自体が変化していくことも多い。この結果、現行の著作権法では、必要かつ十分な権利保護や利活用促進が図られないおそれがある。

このような状況のもと、コンテンツ関連ビジネスの健全な発展のためには、内外のビジネスの状況、国際条約との調和、権利者の保護とユーザーの利便性のバランスに配慮しつつ、著作権法制のあり方を検討し、解決策を探ることが求められる。とりわけ、ネットワーク環境下におけるデジタル著作物の特質に着目した中長期的な視点からの議論が必要となっている。

一方、デジタル化・ネットワーク化のもとでの著作権法制のあり方をめぐっては、様々な意見が存在しており、明確な方向性が打ち出されているとは言い難い。そこで、ソフト・ハード等の関連する様々な企業が著作権法制のあり方について検討を行う場として、知的財産委員会のもとに著作権部会を設け、デジタル化・ネットワーク化時代における著作権法制の中長期的なあり方について検討を行った。以下は、その結果を中間的にとりまとめたものである。

1.現行の著作権法が前提とする枠組み

現行の著作権法は、「著作物等の文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与すること」を目的としており、著作者等の経済的利益や人格的利益を保護する、すなわちインセンティブを与えることによって、創作活動を活性化させ、ひいてはより優れた著作物の創作を促すことを理念として設計されている。
こうした現行の著作権法が前提として想定している枠組みは、概ね次のようなものである。

  1. 創作者・供給者と利用者の区別が明確
    創作者単独または比較的少数の創作者が、個人の個性の発露として創作活動に携わり、ケースにより事業者がそれを複製、その他の方法により市場に供給する一方、著作物の受け手である利用者は、主として著作物を消費・観賞するという受動的な存在であり、創作者・供給者と利用者の区別が明確である。

  2. 内容が確定しており、その後の変化を予定していない。
    絵画や彫刻、書籍など、いずれも完成した著作物が公開され、その後の変化は予定されていない。

  3. 権利は媒体又は流通経路に応じて付与される。
    印刷、録音、録画など、技術の進展に伴って権利が付与されてきたという経緯とも相まって、権利の付与についても、それが化体される媒体または流通経路ごとに行なわれている。

  4. 権利付与は国ごとに行なわれている。
    ベルヌ条約などの国際条約によって各国での保護基準を一定以上に保っているが、著作権は基本的に国ごとに付与されている。

  5. 権利侵害が限定的である。
    著作物の大規模な複製装置は、限られた数の者が保有し、また、複製行為についてコピーの世代を重ねるとその質が劣化するため、権利侵害は、その主体、客体のいずれに関しても比較的限定的である。

2.デジタル化・ネットワーク化の進展に伴う環境の変化と問題点

デジタル化・ネットワーク化の進展に伴い、現行の著作権法のもとでは想定されていない状況が発生し、その結果、以下のような問題が発生してきている。

(1) 多くの人の知の結集が創作活動を促すとの理念の発生

ネットワーク上で多くの人の知を結集することで、新たな創作活動が促されており、この創作活動への参加者は、著作物の自由な利用や相互連携が産業や文化の新たな発展につながるとの理念のもとに行動しているが、これに対応した法制度を含む環境は十分に整備されているとは言い難い。

  1. 利用者の創作活動への参加
    デジタル化・ネットワーク化に伴い、誰もが容易に自己の創作した著作物をネット上に公開することが可能となり、これまで主として著作物の受け手とされていた利用者が著作物の供給者としてネットワーク上に登場してきている。
    また、ネットワーク社会においては、オープンソース・ソフトウェアや一部のオンラインゲームのように、創作者がその内容を変化させたり、利用者が同時に創作者となって内容を発展させたりするなど、インタラクティブ性がある、媒体に化体させる必要がない、といったデジタル著作物の特性を生かして、内容が変化していくことがしばしば生じている。
    さらに、最近は、不特定多数の参加者が明確な意図を持たず協力して創作する著作物も現れるに至っている。
    このようにネットワーク上では、従来とは全く異なった創作過程を経た著作物が誕生するようになっている。
    こうした新しい創作活動に参加している創作者の場合、従来の著作権制度が予定しているような経済的な利益を目的とするよりは、むしろ、自己の著作物をネット上でできるだけ普及させたり、他者との協力で新たな創作活動を行ったりすることが、その創作活動のインセンティブであることが想定される。クリエイティブ・コモンズやオープンソース・ソフトウェアの普及などは、この一例と位置付けうる。

  2. 権利者不明の著作物の増加
    多数の人の知の結集によって作られた著作物(User Generated Contentsなど)においては、誰がどの程度創作に関与したのかが不明な場合が増加している。創作当時から長い時間が経過したことにより権利者が不明となってしまう従来の権利者不明著作物とは異なり、創作当初からその権利者が不明となっているのである。
    このような新たなタイプの著作物においては、権利者不明であるということが、その利活用のかなりの阻害要因となっていることが想定される。

(2) 権利保護の実効性確保の困難性

デジタル化・ネットワーク化社会においては、著作物は、媒体に化体することなく、無形の情報財として流通する結果、ネットワーク上の送信や複製も容易である一方、その裏返しの効果として、違法な複製、配信など、権利侵害が非常に容易であるという深刻な問題を生んでいる。
また、インターネットには、国境という概念は基本的に存在せず、著作物は国境の制限を受けることなくグローバルに流通する。利用者の創作への関与や権利侵害もグローバルな規模で行われる。
劣化しない違法な複製物がインターネットを通じて国境を越えて大規模に流通することで、権利保護の実効性確保が非常に困難となっており、コンテンツ産業の健全な発展を阻害するとともに、現行著作権法の理念の実現自体を揺るがしている。

3.デジタル化・ネットワーク化時代における著作権法制の中長期的なあり方

(1) 基本的考え方―複数システムの並存の必要性

これまで述べた通り、デジタル化・ネットワーク化時代においては、著作物の創作・流通・利用のあり方が大きく変化し、また、創作者や利用者などの参加者やその参加理由(インセンティブ)も多様化している。一つの理念で全ての著作物を扱うという従来の考え方では、こうした環境の変化に対応することが困難となってきている。
新たな環境の変化に対応するためには、従来のシステムに加えて新たなシステムを整備し、複数のシステムによって権利保護と利活用促進の新たなバランスを構築することで、産業の活性化や文化の発展を図ることが必要であると考える。
複数のシステムを導入すれば、例えば、著作物を互いに自由に利活用しあう環境を担保したり、著作物の財産的価値実現に主眼をおいて、多額の投資の回収が不可欠な著作物等を対象にした円滑な利活用の促進と実効的な保護の仕組みを実現したりすること等が可能となると考えられる。著作権法や不正競争防止法などの法制度を産業の活性化の観点から必要に応じて見直し・整備を行うとともに、それを補完するものとしての契約、技術的保護手段、ADR(裁判外紛争解決)を含む救済・紛争解決措置、社会的啓発・教育等を組み合わせることで、複数のシステムを設計すべきである。
複数のシステムの設計にあたっては、例えば、互いに自由に利活用しあうことを主眼とするものや、円滑な利活用と実効的な保護による著作物の財産的価値実現に主眼をおいたものなどが考えられ、その活用については、権利者の意思に委ねられるようにすることが考えられる。
なお、デジタル化・ネットワーク化に伴って従来型の著作物やそのビジネスモデルがなくなってしまうわけではない。従来型の著作物については、現行の法制度を、必要に応じて改正するとともに、海外展開への支援を含め、コンテンツ産業の一層の振興や文化の発展をさらに果たすための取り組みを行うことが求められる。

(2) 複数システムを構築する上での法制度上の論点

複数のシステムの具体的内容を検討する上での法制度上の論点としては、例えば、以下が考えられる。
なお、検討にあたっては、ベルヌ条約、WIPO著作権条約、ローマ条約その他の国際条約と調和のとれた制度設計を行なうことが大前提である。

  1. 権利の内容の多様化
    複数のシステムを並存させるとの観点からは、著作権(財産権)、著作者人格権という著作権法で定められた権利について、環境変化に対応して、産業活性化の観点から、権利にいわゆる強弱のバラエティーを設けることが可能かについて検討を行う必要がある。
    具体的には、例えば、著作権(財産権)について、本人の意思に基づく権利の放棄を法制度上位置づけたり、著作者人格権について、一定の条件のもとで本人の意思に基づく不行使や放棄などを認めたり、その効力を担保したりすることが可能かについて検討すべきである。

  2. 権利保護の実効性の確保
    権利保護の実効性の確保という観点からは、権利者に多大の侵害を与えているおそれがあるような場合について、私的複製のあり方をどう考えるか検討が必要である。
    また、デジタル・ネットワーク社会における複数システムを考えた場合、技術的保護手段に対する法的な担保のあり方の検討も不可欠である。
    さらには、間接侵害、ネット上の匿名性、プロバイダーとの協力のあり方も検討する必要がある。また、侵害の救済としてADRの活用なども論点としてあげられる。
    なお、実効性の確保にあたっては、システムによって許諾権と報酬請求権、刑事罰の有無を使い分けることも考えられる。

  3. 技術の進歩に対応した権利制限規定
    デジタル技術、ネットワーク技術の今後の発展を勘案したとき、権利制限のあり方についても検討する必要があると思われる。権利制限を個別に法律で定める現行の方式について、技術の発達や利用形態の多様化に必ずしもタイムリーに対応しきれていないという意見も出されている。例えば、現行の個別的な権利制限規定に加えて、定性的な要件のみを規定した包括的な権利制限条項を置くべきかについても検討が必要である。

  4. 権利者明確化
    多くの人の知を結集することにより新たな創作物が生まれる場合などにおいては、利活用促進の観点から、権利者のより一層の明確化を図るための諸制度・インフラ整備が求められる。
    権利者明確化の方策としては、現行の裁定制度の利用促進や、権利者明確化のための新たな登録制度の導入などが考えられる。その際、登録の効果や、実効性の確保策との組み合わせも検討の対象とすべきである。
    また、米国では、オーファンワーク(権利者不明著作物)に対して、利用者が誠実、合理的に権利者を探しても見つからなかった場合、利用後に権利者が現れても一定の条件のもとに、損害賠償や差止を制限できるとする法案も検討されているが、こうした方式も検討の対象となろう。

  5. 国際的調和
    著作物の利活用や権利侵害は、ボーダレスで起こっており、複数のシステムを考えていくにあたっては、わが国だけが他国の仕組みと違ったものを採用することはあまり意味がない。デジタル化・ネットワーク化時代における著作権法制のあり方について海外に発信し、関係者と議論を進め、その結果を、また、わが国の検討に反映することを通じて、国際的に調和の取れた仕組みの構築に積極的な役割を果たしていくべきである。その際、準拠法、裁判管轄の処理といった国際私法の側面も念頭に置く必要がある。

以上

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