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映像コンテンツ大国の実現に向けて

2007年2月22日
映像コンテンツ大国を実現するための検討委員会

1.はじめに

コンテンツは、国民に幅広い知識と心の豊かさをもたらすとともに、わが国経済社会の持続的発展を支え、またソフト・パワーの源泉となるものとして、ますます重要になっている。
2002年2月の小泉総理大臣(当時)の施政方針演説における「知的財産立国宣言」を受け、政府は同年11月に知的財産基本法を成立させ、以後、知的財産政策の重要な柱としてコンテンツの振興に取り組み始めた。また、自民党においても2003年12月にコンテンツ産業振興議員連盟を設立し、同議員連盟が中心となり、2004年6月に「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」を議員立法により成立させた。こうした動きは、従来からのものづくりに加え、文化・コンテンツをはじめとする無形資産を国富の源泉と位置づけるものとして高く評価される。
そうした中、政府の知的財産戦略本部においても、コンテンツ業界における契約慣行の改善や透明化に向けた取組みを進めるとともに、関係者全体が潤うコンテンツ大国を目指すため、関係省庁が一体となって、契約に関するルールづくりを進めるための取組みを進めている。
こうした動きを受け日本経団連では、2006年10月に、知的財産戦略推進事務局、総務省、文化庁、経済産業省のオブザーバー参加を得て、実演家、放送事業者、映画製作者、番組製作会社を代表する団体・機関の首脳による「映像コンテンツ大国を実現するための検討委員会」を設置した。同委員会では、放送番組、映画についての2つのワーキンググループを設置し、優れたコンテンツの創造や、国際展開を含めたマルチユース、契約の書面化、アーティストの活躍の場の創出等の重要性についての共通認識の下、相互理解を深めるとともに、映像コンテンツ産業のさらなる発展に向けた諸方策について検討を行った。本報告書は、これらにおける議論の成果をとりまとめたものである。

2.映像コンテンツ大国実現に向けた協力の必要性

日本のコンテンツ産業の市場規模は約13.6兆円(2005年)と推計され 、アメリカに次ぐ世界第2位の市場を有しているが、その市場規模を対GDP比で見れば、米国は言うに及ばず、世界平均と比べても低く、わが国コンテンツ産業はさらに発展する可能性を有していると言える。そうした観点から、政府・与党は2006年7月にとりまとめた経済成長戦略大綱において、コンテンツ産業を飛躍的に発展させるべく、同市場の規模を10年後に5兆円拡大する目標を掲げた。
放送・通信その他ハードの技術革新の加速化やユビキタス化の進展、利用者ニーズの多様化、個人によるコンテンツの創造・発信等、わが国コンテンツ産業をめぐる環境は劇的に変化している。ユーザー側においても、わが国の豊かなコンテンツの多様な利用に対するニーズはますます高まってきている。こうした状況変化を捉え、映像コンテンツのマルチユースに関する新たなビジネスモデルが徐々に現れている。しかしながら、新規投資等に伴うコストを回収し収益を得るだけの市場規模を顕在化させ、一つのビジネスモデルの成功がさらなる新規参入を促すような状況には至っていない。
一方、日本の映像コンテンツが違法サイトや違法アップロードによる不法な使用に大量に利用されている状況があり、これらに対処して権利者が正しい対価を取得することができる社会システムを構築するためにも、利用者のニーズの多様化に対応した権利者による社会システムの構築が必要である。
また国際的に見ても、日本では数多くの優れた作品が生み出されているが、必ずしも本来の日本のコンテンツの価値に比してビジネスや文化の拡大に結びついていない状況がある。とりわけ地理的・経済的に緊密な関係にあり成長著しい東アジアについては、その一員として物心両面での豊かさを共に追求する必要があり、わが国映像コンテンツのアジアへの発信は、今後ますます重要になってくると考えられる。
言うまでもなく、映像コンテンツは、文芸、芸術、科学、教養、娯楽等に係る情報を通じて、人々に楽しさや感動、自己実現の契機等をもたらし、人生を豊かにするものである。わが国において人々に心の豊かさをもたらす優れたコンテンツが継続的に多数創造され、それが国内外問わず多くの人に楽しまれることは、わが国文化の発展のみならず、世界の文化多様性をより豊かにすることにつながる。こうした視点は、文化的側面を有するコンテンツ産業の振興において常に意識されるべきであり、マルチユースの促進や国際展開の強化とも合致するものである。
コンテンツ・ビジネスを飛躍的に拡大させ、ユーザー、クリエイター、アーティスト、ビジネスといった多様な関係者全体がWIN−WINの関係を形成する映像コンテンツ大国を実現するためには、国際的にも通用する優れたコンテンツを創造し、権利者の保護とユーザーの利便のバランスに留意しつつ、著作権や関係する様々な権利を円滑に処理し、国際展開も含めたマルチユースの拡大を通じてコンテンツの収益力を高め、それを新たなコンテンツの創造につなげる適法な創造・流通・投資のスパイラルを構築していくことが不可欠である。こうした取組みは、わが国文化・芸術の発展、日本文化の海外への発信、日本のソフト・パワーの強化にもつながる。
特に、放送番組、映画は映像コンテンツの中心となるものであり、マルチユースの促進に向けた環境整備は喫緊の課題として早急な対応が求められる。出演契約等、映像コンテンツの創造につながる製作関係者・権利者間の各種契約関係の形成、集中管理システム、権利情報データベース、権利者不在時の対応等、マルチユースに係る具体的な課題について、関係者への公正な利益の配分や新たなコンテンツ創作の増大にも留意しつつ、関係者が一致協力して早急に取り組んでいく必要がある。

3.放送番組における出演契約ガイドラインとマルチユース促進に向けた課題

(1) 契約締結に関する基本的考え方

(契約締結の現状)

放送番組における出演契約について、ドラマについては主役級、準主役級では書面で出演契約が交わされることが多いものの、その他のジャンル、実演家についてはほとんど交わされていないのが現状である。また、契約が交わされる場合でも、収録前になされることはほとんどないのが現状である。

(契約締結の必要性)

優れたコンテンツの創造、コンテンツのマルチユース、国際展開等によるコンテンツ・ビジネスの飛躍的拡大を通じて、関係者全員が潤うコンテンツ大国を実現するためには、放送番組に係る放送事業者・番組製作会社、所属事務所・実演家との間の権利義務関係をより透明で公正なものにする必要があり、団体協約等がある場合はそれを尊重しつつ、現場の諸事情を踏まえて契約関係の見直しを検討する必要がある。
コンテンツの多様な利用が国民の需要として存在することから、コンテンツの違法利用をビジネスとして組み立てる者が跡を絶たない状況がある。これを排除するためには、契約関係を明確にして権利者による権利処理を確立していくことが望まれる。

(契約締結に関する基本的な考え方)

原則としては、放送事業者・番組製作会社と所属事務所・実演家との間で、事前に書面で、かつ、できるだけ早期に契約を結ぶことが望ましい。そこで、今後は、個別の書面契約を主役級、準主役級以外にも拡充していく必要がある。
しかし、あらゆる場面において全ての関係者の間で詳細な書面契約を結ぶのは事実上困難であるだけでなく、合理的とは言えない。そこで、公平な契約関係を示す業界標準となるガイドラインを策定し、契約に盛り込むべき事項や、個別に書面による契約がない場合に関係者が立ち戻るべき共通ルールと確認すべき事項を明示することとすべきである。また、このガイドラインは、個別の書面契約を結ぶ際にも参考とされ、その契約内容を補完し得るものであるという業界慣行を形成すべきである。
そのような観点から、「放送番組における映像実演の検討WG」において、次頁以降にある通り(2)ガイドラインの個別項目を巡る主な議論と今後の方向性や(3)マルチユース促進に向けた当面の課題を検討した上で、(4)にある「放送番組における出演契約ガイドライン」を合意した。

(2) ガイドラインの個別項目を巡る主な議論と今後の方向性

[1] スケジュールの変更
(現状)

ロケ等の性質上、予定の変更が避けられないことについて、放送事業者・番組製作会社側、実演家側相互の理解が存在し、実際に変更が生じた場合は、双方の信頼関係の下で処理されているのが現状である。

(今後の方向性)

契約書等において、可能な限り具体的に予定を定め、これを確認する条項を記載するとともに、変更についての協議条項を設けるべきであるとの方向性について共通の理解が得られた。NHKと日本俳優連合との間の団体協約書では、「NHK側がスケジュールを提示し、出演者がそれを遵守する。NHK側の理由でスケジュールを変更する場合は、協議の上新たなスケジュールを定める」こととしており、検討の際の有力な参考となる。また、契約当事者の責任の所在により変更の諸事情の分類を行い、協議条項とする事項を明確化する方法も考えられる。
スケジュールの変更の原因が常に放送事業者・番組製作会社側にあるのではなく、実演家にもその責任が帰属する場合もあり得ることも確認された。さらに、相互に損害賠償の算定の仕方、特にその上限について合意しておくことが必要といった議論がなされた。

[2] キャンセルの場合の取り決め
(現状)

キャンセルについては明確な補償がない場合が多いのが実態である。有力な実演家については、次の仕事でカバーされる場合があるが、主役級あるいは準主役級以外の交渉力のない実演家は、そうした穴埋めの機会も少ないとの指摘があった。

(今後の方向性)

キャンセルについては何らかのキャンセル条項が必要である。いわゆる「次回穴埋め」は、発注者側との力関係に依存することが多く、契約関係を公平に定め、実効あるものとするためには、契約書等におけるキャンセル条項を明記することが求められる。その際、キャンセルは、放送事業者・番組製作会社側、実演家側双方の事由により生じ得ることを踏まえ、パーセンテージの設定や、定額方式の場合の上限の確定、キャンセル時期による減額方式等の様々なパターンを定めることが考えられる。NHKと日本俳優連合との団体協約では、「NHK側の都合によりキャンセルした場合、基準料金の5割相当を支払うこととしている。ただし、出演または収録の2ヶ月前までは、その限りではない」との規定を設けており、検討の際の有力な参考となる。

[3] 安全対策・事故補償義務
(現状)

安全対策・事故補償については、放送事業者では一定程度対応されており、保険についても、リスクの程度に応じてできる限り加入する方向性にあることが報告された。

(今後の方向性)

安全対策を講じる責務が、現場を提供する放送事業者・番組製作会社側に存在することは一般契約法理上認められるところであり、放送事業者・番組製作会社側には安全対策をより確実に実施することが求められる。また、契約書に当事者として記載されていなくても、放送番組を企画し、その局の名を付して製作を進め、現場設定の指示や危険を伴う実演を求める場合等においては、法的責任が生じる可能性は否定できない。これらの点について、放送事業者・番組製作会社側が注意すべき事項をガイドラインに定めることについて検討する必要がある。
事故補償については、ガイドラインに、契約当事者たる放送事業者・番組製作会社側に保険の付保等の補償義務を負わせる旨を示した上、各契約書等に明記することが望ましい。また、保険については、契約済みの保険も含め、放送事業者・番組製作会社側は、実演家側の求めに応じ、保険内容を開示すべきである。また将来的には、双方が負うべき責任の範囲を明確にし、これを担保するために付保義務の範囲を関係者・団体間で協議し、契約に加えていくことも求められる。
実際に事故が生じた場合において、保険が当事者間の問題解決に果たす役割は大きい。放送事業者・番組製作会社側(契約当事者)が負担する傷害保険や、実演家が自ら負担する傷害保険、契約当事者外の者(例えば放送事業者)が負うべき傷害保険、さらには過失責任を前提とした大損害(後遺症・死亡)に対処すべき損害賠償責任保険が存在するが、これらが相互に有効に機能しているかについて検討がなされていない。そのため、それぞれの機能を整理して、共通認識を形成する必要がある。その上で、放送番組のジャンル毎の事故発生の可能性等を踏まえ、保険会社等も交え、より効率的な事故補償制度について関係者間で実務的な検討を早急に開始すべきである。

(3) マルチユース促進に向けた当面の課題

[1] マルチユースに関する基本的な考え方

新たなコンテンツ市場の拡大のためには、ネット配信等多様なメディアに対応した新たな流通システムにコンテンツを供給するコンセンサスが不可欠であり、流通システムの構築に向け関係者が協力し合い、関係者自らが構築する努力が必要である。これを基盤とし海外市場に日本のコンテンツを展開することにより、コンテンツ産業の飛躍的拡大が図られる。そのような認識に基づき、関係者全体が潤うコンテンツ大国を目指すため、一致協力してマルチユースの拡大を進める。その際、コンテンツの創作・流通に寄与する関係者への公正な利益の配分や新たなコンテンツ創作の機会の増大にもつながる施策の検討を行わなければならない。

[2] マルチユースを念頭においた出演契約の現状と今後の課題
(現状)

放送番組については、著作権法上の定義規定はない。現在、放送事業者が自ら製作するいわゆる局製作番組と、番組製作会社が製作するそれ以外の製作番組がある。
局製作番組については、一般的には実演家の放送に関する許諾(著作権法第92条1項)及び放送のための固定制度(著作権法第93条)に基づき製作される場合が多く、現在当該番組の放送目的以外のマルチユースを行うためには、原則として改めて実演家の録音・録画に関する許諾(著作権法第91条1項)を求めなければならない。その際、それぞれの関係者の間で、その後の利用について使用料支払いのルールが定められている場合には、それに基づきマルチユースが進められている。
一方、それ以外の製作番組については、番組製作会社が実演家の録音・録画に関する許諾(著作権法第91条1項)を事前に受けることにより製作され、その放送後の利用について使用料の支払いに関する特段の取決めがない限り、実演家の権利が及ばない(著作権法第91条2項)とされる場合が多い現状がある。いわゆるワンチャンス主義の適用と言われる場合である。

(今後の方向性)
  1. マルチユースにおける出演契約の役割
    長い間人々に楽しまれる放送番組を創り、技術の進歩やグローバル化等の下でも市場を拡大していけるようにするためには、マルチユースをする際の使用料に関するルールを出演契約の際の書面(契約書等)や団体間の約束にて内容を定めることが重要である。
    その際、一部の放送事業者が仮に優越的な地位に基づきマルチユースに関する実演家の権利をすべて移転するといった取決めを強要することがあるとすれば、CPRA(日本芸能実演家団体協議会・実演家著作隣接権センター)の集中管理への動き等実演家の正当な権利行使に重大な影響を与えるという懸念が表明された。
    実演家側においても、種々の製作過程および製作資金等の状況を踏まえた上で、正当な権利行使を行うためには、後述するように、関係者間で事前にマルチユースに関する使用料のルールを定める努力や集中管理に向けたさらなる取組みを行うとともに、利用に必要な権利に係る情報を電子データ化することが望まれる。

  2. 使用料の支払い対象となる出演者
    番組に出演するすべての者に対してマルチユースの使用料を支払うことは現実的ではなく、いわゆるプロの実演家であっても、主役・準主役級等の完成した作品の市場価値を顕著に高める者とそれ以外の者に分け[0]て配分のルールが構築されると考えられる。また、一般人等の出演者については、配分の対象としないことも当然求められる。なお、一般人等の出演者を判断するひとつの手段として、CPRAにおけるデータベースへの登録の有無を活用するといった方法が考えられる。

  3. マルチユースに関する使用料のルール
    放送事業者と実演家側との間では、CPRAの集中管理等により、二次利用に関する使用料の支払いルールが確立している。一方、番組製作会社と実演家側との間では、後述のいわゆるワンチャンス主義の考え方の問題とも関係し、様々な議論があるところである。
    現在、使用料に関するルールが定められていない分野について、関係者が合意して事前に支払いルールを定めることは、マルチユースの促進のためには理想的な手段であるという認識は共有しつつも、あくまで民民の契約でありビジネス上の問題や独禁法上の問題を考えると、当該配分ルールを一律に強制することや公表することは難しいとの指摘があった。また、あり得べき権利処理パターンを示すものとして配分に関する合意は個別に当事者間で定めることを原則とし、この合意が不明確な場合に最も近似のパターンを適用するという方向性が妥当ではないかという意見がある。
    現在使用料に関するルールが定められていない分野については、引き続き関係者間で議論の場を持つこととする。特に、ネット利用等発展するテクノロジーに対応して生ずる分野については、使用料に関するルールについて早急に具体的な検討を進めるべきである。

  4. ワンチャンス主義に係る議論
    番組製作会社が製作する放送番組に出演する契約を締結する際に、実演家の録音・録画の許諾を得ることにより、その後のマルチユースに関し実演家の権利が働かない、いわゆるワンチャンス主義の考え方については、関係者で様々な意見があるところである。
    実演家側からは、放送番組を製作するという行為は同じなのに、放送事業者が作るかそれとも番組製作会社が作るかという単なる製作形態の違いによって、実演家の権利の法的な扱いと放送番組の権利帰属が異なるということについては、早急に見直しをすべきであるとの意見があった。そして、一部実演家については、全てがワンチャンスで処理されているわけではなく、協議事項となっているケースがあることが紹介されるとともに、実際にビジネスを進めていくためには関係者で明確にワンチャンスに関する考え方についての合意がなされる必要があるという見解が示された。それらに対して、番組製作会社側からは、二次利用の権利を主張するのであれば、WIN−WINの関係を目指すためにも、番組の製作・利用に係るリスクを考慮する必要があるという意見が出され、例えば、最初の出演料を抑える代わりに成功報酬を要求する等多様な契約パターンがあり得るのではないかという提案がなされた。その場合、そもそも最初の出演料がビジネス規模に比して適正な額なのかどうかということも考慮する必要があるといった意見も出された。
    いわゆるワンチャンス主義が導入された経緯や技術・社会の変化を踏まえ、上記iii)に記述したマルチユースの使用料に関するルールの検討を進める中で、いわゆるワンチャンス主義が妥当する契約類型について、関係者が具体的に議論する場があってもよいのではないか。また、いわゆるワンチャンス主義が妥当する場合であっても、その契約時にまったく想定されなかったような新たな利用にまで実演家の権利が及ばなくなるとするのは問題があるという意見が出された。

  5. 海外展開に向けた新たな取組み
    視聴者数や視聴時間の急激な伸びが期待されない現状がある一方、多様な国民のニーズに対応するものであると主張して違法な利用が跡を絶たない状況も存在する。関係者の努力によってマルチユースに対応する権利処理が実現することによって、この違法ビジネスを適法ビジネスに転換する契機となり、ここに一定の市場の伸長が期待でき、さらに、この権利処理をベースとして、海外展開を進めることが可能となり、わが国のコンテンツ市場は飛躍的に拡大することになる。その場合、文化の共通性を考えるとアジアへの海外展開にビジネスチャンスがあると考えられるが、アジアへは当初から高い金額での展開は難しいため、わが国コンテンツを広く浸透させビジネスとして成功させるためには、国内でのビジネス展開とは違った視点で、新たな海外ビジネス戦略を組み立てるよう関係者が取り組む努力が必要である。また、ヨーロッパにおける同時再送信を含む権利処理済の放送番組を利用する需要に至急対処すべきであるという意見もあった。
    海外展開の強化にあたっては、民間の取組みだけでは限界があり、政府においても、模倣品・海賊版対策の強化や海外見本市への出展支援、国際共同制作支援等を通じて民間の取組みを後押しすべきである。

  6. その他
    委託製作番組のマルチユースに際しての実演家への使用料の支払いに関しては、製作の委託を受けた番組製作会社と放送事業者との関係に左右されることがあるといった指摘があった。
    また、社会的なインフラである放送波を有するとともにコンテンツ・ホルダーでもある放送事業者に、マルチユースの促進に向けた課題について、より前向きな対応を期待するといった声があった。

[3] 集中管理システム
(現状)

実演家側においては、日本音楽事業者協会が非一任型の集中管理を継続的に推進してきた実績があり、CPRAは一任型の著作権等集中管理事業を2006年10月8日より開始し、2007年4月1日より実運用を始める予定となっている。

(今後の方向性)

効率よくかつ確実に配分される集中管理システムを構築し、充分に機能させるためには、放送事業者・番組製作会社や関係団体が必要な協力を行うことが期待される。その際、放送番組に出演する実演家の捕捉(組織)率が重要なところであり、CPRAにおいて委任者以外の実演家への働きかけを積極的に進めることが望まれる。委任者以外の実演家の問題については、マルチユースに応じて報酬が生じ、メリットが生じてくれば、参加する者も増えるのではないかと期待されている。

[4] 権利情報の整備
(現状)

実演家団体においては、集中管理事業と併行する形でデータベースの構築が進められている。放送事業者においても1990年代からデータベースの整備が始まっており、近年では、各社において差はあるものの、ある程度の記録が整備されるようになってきている。しかしながら、CPRAに委任をしているPRE(映像実演権利者合同機構)の実演家データベースについては、すでにNHKや一部キー局において利用されているものの、多くの場合、データベースそのものは内部用であり、権利者、利用者等の関係者が利用し得る形にはなっていないのが現状である。

(今後の方向性)

権利者情報の整備は、マルチユースの時代における権利処理の円滑化のためには不可欠な基盤整備であるという認識は共有しつつも、ある程度、ビジネスチャンスが見いだされなければデータベースを整備することは難しいという意見や、マルチユースのために必須なインフラとして放送事業者・番組製作会社側に、放送コンテンツごとの実演家に関するデータベースの整備を期待する声があった。
権利情報のデータベースは、今後のマルチユース推進のインフラとなるものであり、放送事業者・番組製作会社側、実演家側双方において、権利情報に関するデータベースの拡充・強化が求められる。また、データベースの情報の内容によっては、必要に応じて関係者に開示することが求められるほか、将来的には、放送事業者・番組製作会社側と実演家側のデータベースを照合する仕組み等マルチユースの促進に資する機能を付加したシステムの構築が望まれる。
団体に所属していない、いわゆるノンメンバーの捕捉についても検討が必要であるとともに、例えば取材協力者等、著作権法上の権利者でない者についてどこまで権利処理の対象にするのか、どこまでデータベースに載せていけばいいのかといった課題が提示され、慣行を重視しつつ一定の範囲で権利者とそれ以外の者を峻別することが求められることについて、ほぼ共通の認識が形成されている。加えて、データベースの必須項目等についての検討が必要であることも提起された。今後、権利情報データベースをマルチユースの基本インフラとして活用していくためには、情報を開示する対象、開示方法、開示内容、開示情報の利用の仕方等、運用の詳細について議論することが必要である。
後述の権利者不在の際の対応に関係して、完全なデータベースはあり得ないので、努力したにも係らず見つからない場合等支払いをプールしておき、問い合わせがあった際に支払うような仕組みや慣行を作らなければならないという意見があった。

[5] 権利者不在の対応
(現状)

権利者が不在あるいは不明となる事態は避けることができず、放送事業者・番組製作会社側、実演家側双方の団体において相応の努力がなされ、作品毎に個別対応されている。
権利者団体に所属するプロの実演家については努力をすれば原則としてその連絡先を見つけることができるが、団体非加盟のプロの実演家や一般の出演者の場合の追跡は困難である。

(今後の方向性)

不在あるいは不明の権利者の追跡に相当の努力を払ったとしても見つからない場合にも、放送番組が有効に活用されるために、著作権だけでなく肖像権等の問題も含め出演者からのクレームに対応する第三者機関を利用者の拠出金で運営するとの提案があり、検討に値する。また、権利者不在の場合ではないが、ほとんどすべての権利者の許諾がとれた上で展開をする場合、それに対するクレームを第三者機関で対応するという方法もあるのではないかという意見があった。

(4) 放送番組における出演契約ガイドライン

(ガイドラインの位置付け)

放送番組への出演に際し、放送事業者または番組製作会社と所属事務所・実演家との間で書面契約を締結しない場合において、出演前に、慣行として当事者間で確認されるべきものとする。また、書面による契約を締結する場合においても参考とされるべきものとする。なお、関係団体間において既に団体協約等が取り交わされている場合は、当該協約を優先することとする。

(契約の目的)
(契約の当事者)
(出演条件等)
(出演業務・出演に伴う義務)
(スケジュール変更)
(キャンセル)
(氏名表示)
(安全管理・事故補償)
(マルチユース)
(別途協議事項)

(5) マルチユース促進に向けた今後の課題

放送番組のマルチユースを促進するためには、先に整理したマルチユース促進のための当面の課題を関係者が協力して解決していくとともに、放送番組の総合的な権利処理システムの可能性について調査研究を進めることが重要である。
これに関して松田主査から、マルチユースの慣行を形成し、契約モデルの類型化とフォーマット化を進め、権利情報のデータベース化と組み合わせることによって総合的な権利処理システムを構築することを骨子とする試案が示された #1。契約内容、とりわけ報酬の情報の扱いや、権利処理機構の具体的あり方、使用料に関するルール等について問題点の指摘があり、他の試案を含めてさらなる議論が必要であることが確認された。

#1 http://www.mhmjapan.com/home/publications/intellectualProperty/12/mhm00008650.html

(6) 今後の取組み

放送番組における映像実演に関するWGは、放送事業者、番組製作会社、実演家を代表する団体が一同に会する場として画期的なものであるだけでなく、出演契約のガイドライン、マルチユース促進策を中心に、建設的な議論が行われ、マルチユースを促進する方向性が確認された。今回の議論の成果を踏まえ、今後、以下のような取組みが行われることが期待される。

[1] ガイドラインの周知徹底

「放送番組における出演契約ガイドライン」を関係団体、団体構成員等に広く周知し、同ガイドラインが幅広く参照・活用されるための努力を行う。

[2] 保険の枠組みに関する検討の開始

事故補償をより経済合理性をもって実効あるものとすべく、放送番組のジャンル毎の事故発生の可能性等を踏まえ、保険会社等も交え、新たな事故補償制度をテーマとする関係者間の実務ベースによる検討会を発足させるべきである。

[3] 権利情報の整備の充実

放送番組のマルチユース促進に向け、放送事業者、番組製作会社、関係権利者団体等において、作品情報、権利者情報に関するデータベース整備の充実に努めるべきである。また、蓄積された情報を必要に応じて提供・照合できる仕組みの構築が必要であり、民間における既存の取組みとの連携も考慮しつつ、検討を開始すべきである。

[4] 集中管理に向けた実演家の組織化の促進

いわゆるノンメンバーの権利者団体等への加盟を奨励すべきである。これは、著作権等集中管理事業の実効性を高めるとともに、権利者情報の整備や不明権利者の所在確認等にも資するものである。

[5] 関係団体の連絡会の設置

放送事業者、番組製作会社、実演家を代表する団体等が集まり、必要に応じて他の権利者団体の参加も得つつ、放送番組のマルチユースをはじめ、放送番組の映像実演に係る諸課題等について共通認識を作り、その解決に向け議論することは有益である。本WGの継続や拡大の可能性も含め、関係者による定期的な連絡会を設置することが望まれる。この連絡会では、ビジネスにおいて生じた日常的な課題のみならず、WGで提起された当面の課題((1)ネット配信に関する配分ルール、(2)国際展開、特にアジアへの展開を強化するための新たな海外ビジネス戦略、(3)権利情報データベースの整備・活用を進めるための具体的な方策、(4)権利者不明時の場合におけるクレーム対応の第三者機関の運用方法)について具体的な検討をさらに進めるとともに、マルチユース促進のための適切な権利処理のあり方についての検討が必要である。

[6] ガイドラインの個別項目の詳細に関する議論の開始

安全対策や事故補償、キャンセル時の対応等、必ずしもガイドラインにおいて具体的な基準を定めてはいない項目については、標準的な対応につき関係者間での協議を開始することが必要であり、その模様については必要に応じて、前述の連絡会において報告されることが望ましい。

4.おわりに

放送番組、映画をはじめとする映像コンテンツの海外展開を含めたマルチユースの促進は、わが国コンテンツ・ビジネスの飛躍的拡大、日本文化の発信による国際理解増進に資するものである。その実現のためには、本報告書で掲げた課題を含め、実演家、放送事業者、番組製作会社、映画製作者をはじめ関係者による多大な努力が必要であることは論をまたない。同時に、知的財産戦略本部や、総務省、文部科学省、経済産業省をはじめとする関係省庁がこれまで以上に連携し、必要な制度改革および財政措置を推進することも必要である。
本報告書が契機となり、映像コンテンツ大国実現に向け、関係者の相互理解がさらに深まり、課題解決に向けた取組みがさらに加速することを期待する。

以上

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