今後の賃金制度における基本的な考え方

― 従業員のモチベーションを高める賃金制度の構築に向けて ―

2007年5月15日
(社)日本経済団体連合会

今後の賃金制度における基本的な考え方(概要) <PDF>


はじめに

グローバル経済の進展、国内外における企業間競争の激化、ICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)の飛躍的発展、少子化・高齢化の進行、雇用・就労形態の多様化など、企業を取り巻く環境は大きく、かつめまぐるしく変化しており、絶えざるイノベーション(革新)が求められている。
このような中で、日本経団連では、本年1月に『「希望の国、日本」ビジョン2007』を発表し、ひとつの柱として「開かれた機会、公正な競争に支えられた社会」、具体的には、誰に対しても公平にチャレンジの機会が与えられ、成果が正当に報われる社会をめざすことを示した。
本提言においては、このような希望の国の実現に向けて、企業として、従業員のモチベーション向上や再チャレンジを促進する視点から検討を行った。
処遇のあり方については、本来、人事制度や賞与、退職金などを含めた全体のシステムを検討する必要があるが、今回は、処遇のベースとなる賃金制度に絞って、今後、何を賃金制度の基軸にすることが望ましいか、その基本的な考え方を整理し、その方向性を示すこととする。

1.「賃金」に関する考え方の整理

賃金制度を考えるにあたっては、そもそも「賃金とは何か」ということを整理しておく必要があろう。
一般的に賃金は、「労働の対価」と言われているが、実際には、労働市場における「需給関係」、企業の「支払能力」、従業員の「生計費」などの他、人材の確保と定着、従業員のモチベーションの維持・向上、労使関係といったさまざまな要素を総合的に勘案の上、決定されている。その結果、日本においては多くの企業が、加齢や勤続年数とともに誰しもが昇給し右肩上がりの賃金カーブを描くいわゆる年功型賃金を採用し、それが長期雇用を支える機能を果たしてきた。
しかし、現在、人材の確保と定着の観点からは、賃金水準の向上に伴いこうした機能は薄れてきている。また、モチベーションの観点からは、過去、年齢や勤続年数を軸とした賃金に納得感・公正感が保たれてきたが、技術革新や価値観の変化に伴い納得性が得られなくなってきている。さらに、近年著しい環境変化が生じている中で、長期雇用を維持するためにも、年功型賃金は変容を迫られている。
すでに、多くの先進的企業では年功型賃金を見直しているものの、年功型賃金制度や年功的な運用を行っている企業も少なくないことから、あらためて、環境変化とそれに伴う賃金制度の課題を示したい。

2.経営環境の変化と課題

(1)激化する企業間競争下における雇用の維持・創出

ビジネスモデルの変化の速さやグローバル経済化の進展などによって、企業間競争が激化しており、企業経営における先行きの不透明感や不安定感は一層高まっている。
多くの諸外国においては、仕事をベースにして賃金を決定しており、基本的には、仕事・役割・貢献度と賃金の整合性が図られているといえよう。
したがって、諸外国から見て独特ともいえる日本の賃金について、競争力の観点やイノベーションを担う人材の視点、さらに雇用の維持・創出のために、仕事・役割、付加価値生産性と賃金水準の整合性を図るべく、年齢や勤続年数を基軸とした賃金制度を見直していく必要がある。この対応を怠れば企業の競争力が損なわれ、産業の空洞化が進みかねない。
そもそも「賃金」の英訳には、「salary」と「wage」、その両方の意をもつ「pay」などがあるとされている。このうち、「salary」は、内容が必要に応じて変化したり遂行方法がマニュアル化されておらず、1カ月ないし1年を労働時間の単位として「月給」で支払われる賃金、一方、「wage」は、内容が明確で遂行方法がマニュアル化されており、1時間あるいは1週間を労働時間の単位として「時給・週給」で支払われる賃金とおおよそ解されており、諸外国ではこの両者は厳然と区別されている。
しかし、日本企業では、この両者の考え方が混在しており、担っている仕事と賃金・労働時間管理の整合性がとれていない。その結果、1カ月単位以上での成果を期待する仕事に従事している従業員に対して、月給で賃金を決定しているにもかかわらず、時間単位での労働時間管理が存在している。一方、1時間単位で仕事の成果を計ることのできる仕事に従事している従業員に対して、時間給ではなく月給で賃金を決定している企業はきわめて多い。
したがって、今後、担っている仕事と賃金、労働時間の関係を改めて考えることが必要である。このような視点は、労働時間等規制を適用除外とする制度について議論する際にも求められよう。
いずれにせよ、仕事・役割・貢献度と賃金の整合性が図られることによって、企業の競争力が維持・強化され、従業員の雇用の維持・創出にもつながることを再認識する必要があろう。

(2)産業構造変化の下での公平なチャレンジ機会の確保・拡大

従来の年齢や勤続年数を基軸とした賃金は、中途採用者にとって不利になるため労働移動を阻害するひとつの要因となっている。また、現在、就職氷河期に希望どおりに就職できなかった年長フリーターの固定化が問題となっている。希望の国の実現には、こうした意欲と能力がある若年者の就労を促進する必要があり、企業にもその対応が求められている。
したがって、中途採用者と在籍従業員との賃金の公正性が図られ、かつ、誰に対しても公平にチャレンジする機会が開かれる制度の構築が必要であり、年功型賃金の見直しは、喫緊の課題といえるだろう。
一方、サービス業など非製造業の急速な発展などを背景に、日本全体として産業構造と従業員構成が大きく変化しており、わが国の発展に向けては、高付加価値を生み出す産業・企業における人材確保が重要な課題となっている。
このような中では、年齢や性別、職種などにとらわれることなく、生産性の低い分野から高い分野へとスムーズな労働移動が行われることが必要となってくる。年功型賃金の改革により労働移動が促進されれば、労働者にとって雇用の場が確保されるだけでなく、社会全体として労働生産性を上昇させ、国際競争力が強化される。年功型賃金制度の見直しに向けた積極的な取り組みが期待されるところである。

(3)少子化・高齢化に伴う多様な人材活用とモチベーション向上

日本では少子化と高齢化が、同時かつ急速に進行している。このことは、総人口(需要)の減少と、15〜64歳の生産年齢人口(供給)の減少が同時に進行することを意味しており、将来の日本の国力衰退につながる危険をたぶんにはらんでいる。
そこで、今後は女性、高齢者、外国人など、多様な人材をより一層活用することが必要となる。
このため、多様な人材が不利とならず、モチベーションを高める公正で納得性の高い賃金制度が求められている。
具体的には、女性の活躍促進に向けては、出産・育児等によってキャリアの断絶が起こりやすいため、勤続年数による年功型賃金を見直す必要がある。
また、高齢者については、約700万人ともいわれる団塊世代がここ2〜3年のうちに60歳定年を迎えて大量に退職することや、昨年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法への対応ともあいまって、その活用が重要となっている。高齢者の能力については、若年者に比べて個人差が大きいとの指摘があるほか、モチベーション維持の観点も重要であることから、定年後の再雇用における賃金については、仕事・役割・貢献度と賃金水準のバランスをとることを考えることが必要となる。また、継続性の観点からも、定年に至るまでの賃金制度の見直しも求められよう。
さらに、外国人従業員の納得性の確保も課題となっている。グローバル経済化の一層の進展などによって、日本国内にしか活動拠点をもたなかった企業においても、海外進出が行なわれるなど、グローバル経営が進んでいる。その結果、現地法人などで現地のローカルスタッフを採用して外国人従業員を増やすなど、人材の採用・活用の仕方においても、グローバル化の波が広がりをみせている。また、国内においても高い付加価値を創造する外国人従業員の受け入れが進んでいくと思われる。
したがって、年齢や勤続年数を基軸とした賃金制度ではなく、仕事に応じた公正な賃金制度を構築することで、外国人従業員の納得性を高めることも必要であろう。

(4)雇用・就労形態の多様化と従業員の納得性向上

企業の経営戦略や従業員の就労ニーズの多様化、さらには企業と従業員双方のニーズに応える「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」の実現に向けた社内の制度整備などによって、雇用形態や就労形態の多様化が進展している。このことは、単にパートタイマーやアルバイト、契約社員といった、有期雇用従業員の増加のみならず、いわゆる正規従業員の中においても多様かつ柔軟な働き方が進んでいることを意味している。
したがって、多様な雇用形態や就労形態で働く従業員間の納得性を確保し、モチベーションを維持・向上するためには、企業内労使のコミュニケーションを一層充実させるとともに、将来に亘る活用の仕方、担っている仕事や役割などを軸にした公正な賃金をめざすことが重要となる。

(5)仕事の内容・価値の変化に応じた公正賃金の確保

ICTの発展・普及などにより、高度化された仕事が創出された。他方、これまで人の手によって行なっていた仕事のうち、コンピューターでも遂行可能な仕事が増加するとともに、これまで熟練や習熟が必要とされた仕事においても、マニュアル化や定型化・標準化可能な仕事が増えている。
その結果、習熟期間にかかわらず高度な技術・知識を必要とする仕事が生じる一方で、かつては習熟に長期間を要した仕事が単純化・定型化され、短期間の経験で遂行できるようになったため、経験年数の短い従業員や有期雇用契約の従業員が担えることとなった。このように、企業においては、仕事の内容や価値が大きく変化した。
かつては、仕事の価値や経験年数と、年功型賃金がある程度の整合性を持っていたが、今日、仕事の内容や価値が大きく変化し、仕事と賃金の乖離が生じているものについては、年齢・勤続年数を軸とした賃金制度を改める必要がある。
それにより、仕事の価値と賃金に対する従業員間の公正さが確保されることになる。また、個々人の担う仕事・役割が明確となることで、自らのキャリアを考える契機となり、自立意識の醸成や自発的な能力開発も促進されることが期待できるとともに、多様な労働時間管理が確立しやすくなろう。

3.今後の賃金制度で基軸とすべきもの

日本企業は概して、(1)「年齢や勤続年数」を基準とした賃金項目(例:年齢給や勤続給など)、(2)「仕事・役割」を基準とした賃金項目(例:仕事給や役割給など)、(3)仕事を遂行するために「発揮した能力」を基軸とした賃金項目(例:職能給など)――などを設けて、賃金体系を構築している。
経営環境の変化や課題を踏まえると、今後の賃金制度においては、年齢や勤続年数に偏重した賃金制度から、「仕事・役割・貢献度を基軸とする賃金制度」とすることが望ましい。

(1)仕事・役割・貢献度を基軸にすることでもたらされる効果

仕事・役割・貢献度を基軸にした賃金制度に改革し、適正に制度運用することによってもたらされる効果をあらためて整理すると以下のとおりであり、全体として従業員のモチベーション向上と再チャレンジ促進に資すると考える。

  1. 仕事・役割・貢献度、付加価値生産性と賃金水準の整合性が図られることにより、グローバル経済下での企業の競争力が強化され、従業員の雇用の維持・拡大が図られる。
  2. 中途入社が不利にならないため、人材を必要としている産業・企業への労働移動が円滑となる。意欲と能力のある若年者の就業促進につながる。
  3. 公正性、納得性を高めることで、女性、高齢者、外国人など多様な人材の活用が進む。
  4. 多様な雇用形態や就労形態で働く従業員間の納得性が確保され、モチベーションの維持・向上につながる。
  5. 仕事の価値と賃金に対する従業員間の公正さが確保される。また、従業員自らがキャリアを考える契機となり、自立意識の醸成や自発的な能力開発の促進も期待できる。さらに、個々人の担当する仕事や役割が明確になることで、多様な労働時間管理が確立しやすくなる。

(2)仕事・役割・貢献度を基軸にするにあたっての留意点

仕事・役割・貢献度を基軸にする賃金制度に改めるにあたって、従業員の異動などを容易にするためには、1つの職務に1つの賃金額を設定する「単一型」ではなく、同一の職務等級内で昇給を見込んで賃金額に幅を持たせる「範囲型」の制度とすることが一般的である。
さらには、職群ごとに賃金制度の基軸を変えるなど、自社の実情に合ったバランスのとれた制度とすることが望ましい。
例えば、複数の仕事・役割を一人でこなしている場合や、複数の従業員によるチームワークが特に求められるような仕事の場合、経験年数・勤続年数と発揮される職務遂行能力との間に明らかな相関関係が認められる場合などにおいては、前述した「範囲型」の制度や経験年数・勤続年数や発揮した能力(貢献度)にウエートを置いた制度のいずれかを、企業の実態に即して選択することも考えられる。このような場合に経験年数・勤続年数要素を反映することは、従業員の働く上での安心感や企業に対する忠誠心の維持・向上にもつながろう。

(3)まとめ

どのような賃金制度とするかは、企業の実態あるいは企業戦略に基づき、それぞれの企業労使が十分に話し合って決めることであるが、経営環境の変化や課題、従業員の納得性や公正性などの諸点からすれば、基本的には、仕事・役割・貢献度を基軸にした賃金制度の導入・移行が望ましい。
仕事・役割・貢献度を基軸にするに際しては、従業員のモチベーションやチームワークなども考慮し、組織全体が活性化される制度づくりと適正な制度運用が求められよう。
各企業において、自社に最も適した形で、仕事・役割・貢献度を基軸にした賃金制度の構築に向けた検討がなされるとともに、すでに仕事・役割・貢献度を基軸にした制度を採っている企業においては、よりよい制度とすべく、労使の話し合いのさらなる深化を期待したい。

以上

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