宇宙新時代の幕開けと宇宙産業の国際競争力強化を目指して

2007年7月17日
(社)日本経済団体連合会

宇宙新時代の幕開けと宇宙産業の国際競争力強化を目指して(概要) <PDF>


はじめに

1961年、ケネディ大統領は60年代中の月面有人着陸を目指すアポロ計画の国家的遂行を宣言した。リーダーの強い意志の下で不可能と思われた計画は可能となり、1969年、アポロ11号によって、その目標は達成された。アポロ計画は、人類が月に到達するという夢の実現だけでなく、優れた研究者や技術者を育成し、システムエンジニアリング、材料、コンピュータなどの分野で画期的な発展をもたらし、先端技術に支えられた現代の産業・生活基盤の構築につながったといっても過言ではない。
わが国は同じ頃に宇宙開発利用への本格的な取組みを開始し、現在では、自主技術によって衛星やロケットを開発・製造し、宇宙空間に打ち上げる能力を獲得し、月や惑星の探査といった高度な科学研究を行うとともに、宇宙を利用して気象情報・災害情報や通信放送網等、国民生活に不可欠なインフラを提供するまでになっている。
しかしながら、これまで一定の成果を挙げてきたわが国の宇宙開発利用の将来は、必ずしも明るいとはいえない。宇宙関係予算は米国や欧州と比較して低い水準 #1 にあるだけでなく、ピーク時から大幅に減少 #2 しており、各種プロジェクトの円滑な遂行に支障が出ている。最大の問題は、わが国には宇宙に関する政策を一元的に取りまとめて推進する機関がなく、基本的には各省庁がそれぞれの所掌範囲で個別に施策を講じていることである。そのため、貴重な予算を使っているにもかかわらず、円滑な宇宙プロジェクトの実施や成果の活用が十分にできていない。諸外国が宇宙を国家戦略遂行のための重要な手段とみなして取組みを進めているなか、わが国も国家としての長期的・戦略的な視点を持つ必要がある。
そこで、わが国の宇宙開発利用を強化し、国民が宇宙の恩恵を十分に受けられる新時代の幕開けを迎えるため、下記のとおり提言する。

1.重要性を増す宇宙開発利用

現在、わが国の宇宙開発利用は重要な局面を迎えている。第一にグローバルな問題解決のため宇宙の一層の活用が求められていること、第二に宇宙を利用した安全保障確保の必要性が増していること、第三にわが国宇宙産業の競争力強化の重要性が増していること、第四に内外の諸情勢を踏まえ政治のリーダーシップ等による国の宇宙開発利用に関する法制・体制の整備が進んでいることである。

(1) グローバルな問題解決に資する宇宙活動

人類にとって、地球温暖化問題の解決は21世紀の最重要課題となりつつあるが、地球温暖化対策には正確なデータの収集が不可欠であり、温暖化の原因となる二酸化炭素の濃度分布を測定する温室効果ガス観測や地球環境変動観測などのプロジェクトが進められている。また、自然災害に関しても、宇宙からのデータ収集・解析による予知や防災・減災が重要である。わが国としては、こうしたグローバルな問題解決のための宇宙活動を積極的に推進し、国際貢献につなげるべきである。

(2) 宇宙を活用した安全保障確保

衛星の測位、監視、通信等のさまざまな機能は、民生用だけではなく安全保障の確保のためにも重要な役割を果たすことができる。しかし、宇宙開発利用を非軍事目的に限った1969年の国会決議や利用が一般化しない段階における自衛隊の衛星利用を制約した1985年の政府見解により、わが国では最先端の宇宙技術を安全保障に本格的に活用することができない。宇宙技術によって外国を侵略することは当然許されないが、国民の安全・安心を確保するため、テロや海賊対策、ミサイル防衛等の分野において非侵略目的で宇宙を活用することは必要である。
なお、宇宙を安全保障に活用する際であっても、宇宙空間における自由な活動への配慮は重要である。わが国としてスペースデブリ減少に関する取組みを推進するとともに、諸外国へもその努力を促すべきである #3

(3) 宇宙産業の競争力強化と新たな産業の創出

宇宙産業は、宇宙空間という過酷な環境でのミッション遂行に耐え得る機器を製造するために最先端技術を用いており、潜在的なイノベーションの芽を豊富に有している。また、気候・気象変動などに関する衛星からのデータは産業活動にとって重要である。衛星、ロケット等の開発自体がイノベーションであるが、そうした技術によるスピンオフ、宇宙環境を活用した高品質の製品の開発、観測データの積極的活用により、わが国産業全体の国際競争力強化につなげるべきである。
ところが、近年の宇宙関係予算削減により、宇宙産業の人員数 #4 や宇宙関連事業の売上高が減少 #5 し、部品を製造する中小企業が宇宙分野から撤退 #6 するなど、宇宙産業は厳しい状況に置かれている。これを放置すれば宇宙産業にとって致命傷となるばかりでなく、わが国の産業競争力全体にとって大きなマイナスである。宇宙は国家が直面する諸課題に対して有効な解決手段を提供することが可能であり、この点でも宇宙産業の技術基盤回復・競争力強化は緊急の課題である。
H-IIAロケットやGXロケット、準天頂衛星システム計画、あるいは国際宇宙ステーションの運用・利用のように、民間への事業移管や官民連携により、民間の活力を導入して事業活性化につなげようとする事例が出てきている。もとより宇宙事業には高いリスクが伴うことから、官は宇宙における技術の実証と確立、基盤整備、民は成果の利用・企業化といった適切な役割分担により、宇宙産業の振興や国民の利便性向上を達成する視点が求められる。また、官民の人事交流を推進し、更なる意思疎通と相乗効果の発揮にも努めるべきである。

(4) 国家戦略としての宇宙開発利用の法制・体制整備

昨年4月、自民党宇宙開発特別委員会において、総合的な宇宙開発利用の国家戦略を構築すべく、「宇宙基本法」の策定など関連法制・体制の整備を目指した「新たな宇宙開発利用制度の構築に向けて(中間報告)」が取りまとめられ、自民党内での議論、与党内での調整を経て、本年6月20日に国会へ宇宙基本法案が上程された。
宇宙基本法に先立ち、衛星測位と地理情報システムの連携により高度地理情報社会の実現を目指す「地理空間情報活用推進基本法」が成立したが、政府内の体制整備や官民の適切な役割分担により、衛星測位を利用した国民生活の利便性向上、産業振興が期待されている。将来的には、安全保障面での重要性も踏まえ、地域衛星測位システムの主体的な確立を図ることが重要である。

2.宇宙基本法への期待と今後の課題

宇宙基本法に期待される最重要課題は、第一に国家の宇宙政策を戦略的・効率的に推進するため、一元的な実施体制を早急に構築することである。わが国では関係省庁が縦割りでそれぞれ宇宙開発利用を進める状態が続いているが、フロンティアの両輪である海洋においては、既に2007年通常国会において「海洋基本法」が成立し、一元的な推進本部が誕生することとなっている。
第二にわが国の宇宙開発利用のあり方を規定している国会決議の見直しである。わが国独自の平和利用の解釈によって、本来、宇宙が有効に活用されるべき安全保障の分野において、せっかくの優れた技術が十分に使われていない。安全保障環境が変化しつつある今日、憲法や国際的な枠組みの範囲内で宇宙技術を最大限に活用すべきである。また、Sentinel-Asiaプロジェクト(アジア地域の観測・監視協力)や、APRSAF(アジア太平洋地域宇宙機関会合)のような国際協力の枠組みを活用し、国際的な宇宙政策の推進においてわが国が主導的な役割を担うとともに、一歩進めて、宇宙を有効な外交手段として活用し、国際社会におけるわが国の地位向上につなげるための取組みが不可欠である。
このような課題を解決し、わが国の宇宙開発利用を一段上のステージに上げるため、次期国会における宇宙基本法の一刻も早い成立を強く期待する。

(1) 宇宙開発戦略本部の役割・体制等

基本法案では、首相を本部長とする宇宙開発戦略本部を内閣に設置することが規定されているが、的確かつ迅速に対応できる実行力を持った強力な組織とするとともに、議論が政府内で閉じることのないよう、本部に産業界も含めた宇宙に関する幅広い分野の有識者で構成する会議を設置し、その意見を反映できるようにする必要がある。
わが国の宇宙活動が停滞を続け、中国や韓国、インド等の宇宙新興諸国に遅れを取れば、将来に大きな禍根を残すこととなりかねない。関係機関が連携し、世界第二位の経済大国に相応しい額の宇宙関連予算を確保することに努めるとともに、各省庁が個別に財務省へ予算要求する現行の方式を改め、宇宙開発戦略本部において各省庁の予算要求を取りまとめ、優先順位と資金配分を踏まえつつ一括して財務省へ要求するなど、戦略的・効率的な予算配分を実現すべきである。

(2) 国によるアンカーテナンシー(政府調達)

現在の宇宙市場は、官需に支えられている部分が大きく、民間事業はそれを前提にして展開されている。また、純粋に民間事業と思われる場合においても、国際市場において自国企業が有利な立場に立つことができるよう、国が政治的影響力を行使する例もある。世界的に見れば、国によるこのような産業支援は一般的であり、わが国においても、少なくとも、衛星やロケットを国がユーザーとして長期間、安定的に調達する仕組みを確立し、産業技術基盤の維持・向上に努める必要がある。国が将来的にどのような衛星を利用するのかを明確にすることは、企業の経営計画策定にあたっても重要である。

(3) 国産技術の確立による国際競争力の強化

わが国宇宙産業の国際競争力を強化するためには、宇宙に関する自立性・自在性確保の観点から、国産技術の確立・信頼性の向上等に力を入れることが必要である。その際に問題となるのが、貿易摩擦解消の一環として、国が調達する安全保障や研究開発目的以外の衛星は内外無差別の手続に従うとした1990年の日米衛星調達合意である。締結以降、放送、通信、気象等の非研究開発衛星は殆ど米国企業が受注する結果となり、成長途上にあったわが国の宇宙産業は大打撃を受けた。また、内外無差別とした結果、わが国のインフラ構築を他国に委ねることになり、安全保障の観点からも懸念がある。欧米では域内や国内の衛星やロケットを優先的に調達しており、将来における日米宇宙協定の締結等も視野に入れ、日米衛星調達合意の抜本的な見直しが必要である。

(4) 宇宙基本計画のあり方

基本法案においては、宇宙開発戦略本部は、宇宙開発に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、(1)宇宙開発の推進に関する基本的な方針、(2)宇宙開発に関し政府が総合的かつ計画的に実施すべき政策、(3)その他の必要な事項、について定めた宇宙基本計画を策定することとされている。
宇宙基本計画は、防衛分野における中期防衛力整備計画を参考に、5年程度の中期的な衛星、ロケット等の具体的調達数や予算規模について明示し、企業の経営指針にもつながるものとする必要がある。さらに、衛星のシリーズ化による継続的なデータの提供、データの解析等による成果の還元・有効利用、実用衛星の一層の性能向上等につながる研究開発等の実施を明確にすべきである。また、ユーザーのニーズに沿って、ロケットの大型・中型・小型のラインアップを揃えるとともに、射場の整備や日数制限の撤廃を含めた打上げの自由度拡大を図ることについても明記すべきである。

(5) 宇宙航空研究開発機構(JAXA)およびその他の宇宙開発機関に関する検討

基本法案の附則においては、基本法の施行後、速やかにJAXA等の事業目的、機能、組織形態等について検討することとされている。
JAXAをはじめとする宇宙関係機関は宇宙開発に関して大きな蓄積と経験を持ち、わが国が科学技術創造立国としての地位を維持・強化するため、これまで以上の役割が期待される。とりわけJAXAについては、国民生活の向上や産業競争力強化につながる研究や開発を重視し、利用省庁や産業界などとの一層の連携強化、スケジュール管理、コスト管理等のマネジメントの更なる厳格化が必要である。安全保障分野における宇宙の利活用に係る研究者や技術者にはより厳しい秘密保持が求められることから、研究開発の成果の取扱い等に関する制度整備も必要である。

(6) 基本法成立後の実効性担保

基本法案の宇宙開発に関する施策の総合的かつ計画的な推進という趣旨を貫徹するためには、法律制定後の実効性担保が不可欠である。そこで、情報の管理、宇宙活動に関する法制の整備、JAXA等に関する検討、宇宙に関する有識者会議の設置について、附帯決議において実施期限を明確にすべきである。
また、宇宙基本法成立後、その指摘事項を具体的に実施し、宇宙の産業化を円滑に進めるため、ロケットや衛星等の開発・製造を行う企業や宇宙を利用して事業を行う企業等に対する円滑な技術移転に向けた知的財産権の柔軟な運用、信頼性の向上、債務保証を含めた財政・金融上の支援等の具体策を明確にすべきである。

3.2008年度予算編成の進め方

宇宙基本法が制定されれば、2008年度予算編成はわが国の宇宙開発利用が新たな一歩を踏み出す重要な節目となる。JAXAは2008〜2012年度を対象とした次期中期計画の策定作業を進めているが、他の省庁分も含め、必要となる年間平均予算は少なくとも3,000億円を超える規模になると思われる。次期中期計画がスタートする来年度の宇宙予算については、是非ともこの水準を達成すべきである。
このため、第3期科学技術基本計画(2006年3月28日 閣議決定)で目標とされている5年間で25兆円の政府研究開発投資を実現し、科学技術予算総額の増加を図るとともに、宇宙分野へ必要な額を配分すべきである。第3期科学技術基本計画では、宇宙分野から宇宙輸送システムと海洋地球観測探査システムの二つが国家基幹技術に選定され、リモートセンシング技術やGXロケット等が戦略重点科学技術に選ばれており、これらのプロジェクトの着実な実施が必要である。「経済財政改革の基本方針2007」(2007年6月19日 閣議決定)にも治安・防災等への宇宙の活用等の指摘があり、必要な予算を手当てすべきである。わが国の宇宙関連技術を根底で支えているのは企業であり、企業の産業技術基盤維持にも十分配慮すべきである。

おわりに

宇宙は世界最先端の技術開発、それを活用した新たな産業の創造、イノベーションを行う人材育成にとっても重要な役割を果たすだけでなく、国民の安全・安心を確保するうえでも欠かせない。さらに、宇宙における先進国との協力や途上国への支援は、外交上の重要なカードにもなる。宇宙関係者のエネルギーを結集し、宇宙開発利用を戦略的に推進することにより、わが国の国益増進や国民生活の向上を図っていく必要がある。

以上

(参考資料) <PDF>


  1. 2004年度時点で、日本が2,732億円、米国が16,637億円、ESAが3,628億円、フランスが2,392億円(「世界の航空宇宙工業」 2007年3月 日本航空宇宙工業会)。
  2. ピークは2002年度の2,950億円、2007年度は2,533億円(前掲、「世界の航空宇宙工業」)。
  3. 2007年2月、国連宇宙空間平和利用委員会科学技術小委員会で、「スペースデブリ低減ガイドライン」が採択された。
  4. ピークは1997年の8,919人、2005年は6,740人(「平成18年度宇宙産業データブック」 2007年3月 日本航空宇宙工業会)。
  5. ピークは1998年の3,789億円、2005年は2,237億円(前掲、「宇宙産業データブック」)。
  6. 認定部品メーカ数は1999年の45社から2006年は25社へ減少(JAXA調べ)。

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