対外経済戦略の構築と推進を求める
―アジアとともに歩む貿易・投資立国を目指して―

【 要約 】

はじめに

2007年1月の日本経団連ビジョン「希望の国、日本」においては、めざす国のかたちとして「世界から尊敬され親しみを持たれる国」を掲げ、「アジアとともに世界を支える」ことを優先課題としている。
同ビジョンのフォローアップとして、貿易投資委員会において、企業の海外事業活動の実態と直面する課題について、幅広くヒアリングを行った。それらを踏まえ、わが国の対外経済戦略と推進のあり方に関し、提言をとりまとめた。

第1部 対外経済戦略の構築に向けて

1.グローバル化の一層の進展と国際環境の変化

過去数年の間、企業活動のグローバル化が一層進展している。なかでも、東アジア地域とのビジネスの相互依存関係は急速に深化しており、製造業の事業ネットワーク化が進展し、サービス産業も東アジア地域を中心に海外展開を拡大しつつある。同時に、新興市場国等の企業が競争相手として存在感を増しつつある。また、大規模需要国の政府主導による資源獲得の動きや資源ナショナリズムの傾向等も見られる。さらに、途上国市場において高い割合を占める模倣品・海賊版が世界各国へ流通する例が増加している。

2.制度整備の遅れ

東アジア地域においては、上記の企業活動の実態に見合う経済インフラ等制度面の整備が遅れている。製造業に関連するサービスの円滑かつ効率的な提供に資するビジネス環境の整備や金融・運輸・小売等に係る外資規制の撤廃・緩和が喫緊の課題となっている。しかしながら、わが国のEPAにおけるサービス貿易の自由化範囲は限定されており、投資についてもASEANが締結したFTAには盛り込まれていない。また、物流・通関手続の効率化、基準・認証の整備およびわが国との相互認証、知的財産保護法制の整備等、企業活動にとって基本的なインフラの整備の遅れも目立つ。
WTO交渉ならびに東アジア地域以外とのEPA交渉を中心にわが国の対応が後手に回る傾向もみられる。
加えて、わが国の金融・資本市場、航空、物流・通関等の貿易・投資インフラは既に東アジアの先進的な地域に比べ劣位にある。

3.対外経済戦略の必要性

わが国は、受動的・状況適応型の対外経済政策の姿勢を主体的・戦略的なものに転換していかなければならない。そのためには、貿易・投資だけでなく、知的財産権の保護、資源・エネルギーの安定供給の確保、地球温暖化への対応とビジネスとの両立、規格・ルールの国際標準化等の対外的な諸課題と、関連する国内政策を総合的に捉えるとともに、それらを一体的に解決していくための戦略を構築することが必要である。

第2部 推進すべき対外経済戦略

1.「東アジア(経済)共同体」の構築に向けた検討

ASEAN+3、ASEAN+6、FTAAPと複数のEPA/FTAに関する検討が並行して進められる中、わが国が、東アジア諸国とのEPA交渉の成果の上に立って、「東アジア(経済)共同体」の具体像について真剣に議論すべき時期が到来している。

(1) 「東アジア共同体」の具体像の明確化−「東アジア共同体憲章」(仮称)の検討

「東アジア共同体」の具体像を明確化するためには、共同体の理念・目的・構成国・所掌範囲・活動内容等に関する共通認識を形成する必要があり、そのためには、例えば「東アジア共同体憲章」(仮称)の策定の是非について検討することが有益であろう。

(2) 東アジアにおける経済統合の推進

当面、共有の価値観・理念および利益となりうるのは経済的側面であることから、経済面での統合を可能な分野から進めていくことが現実的であろう。その意味で、ASEAN+6の実現に向けた道筋として、インド-ASEAN、豪州・NZ-ASEAN FTAの早期実現を強く期待する。なお、日ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定、中国-ASEAN、韓国-ASEAN FTA等ASEAN+1のFTAを統合することも一案である。将来的には、域内において原則として全ての関税の撤廃を目指すことが望ましい。
また、国境を越えたサプライチェーンを貫くロジスティクスとそれを支えるサービス(IT、流通、金融・保険等)の自由化は、物品貿易の自由化と同等に重要である。わが国も東アジアにおける統合的なサプライチェーンの円滑化・効率化に貢献すべきである。さらに、将来的に、ASEAN+6の間での通関手続きに関する連携を視野に入れるべきである。

(3) 「東アジア官民合同会議」(仮称)の設立の検討

「東アジア(経済)共同体」の具体像の検討の場として、関心を有する国の政府と経済界を主体とする「東アジア官民合同会議」(仮称)を設立することを検討すべきである。2010年を目途に同会議において地域統合に向けた議論を軌道に乗せるべきである。

(4) 中国との経済連携の強化

日中間の経済連携の強化は、「東アジア(経済)共同体」の構築に向けて不可欠のステップである。各種許認可等の手続の簡素化・迅速化、透明性の向上等、法制度の運用面の改善をはじめ、中国において改革が加速されることを強く期待している。こうした観点から、日中韓の投資協定およびFTAを早期に締結すべきである。

(5) 日米EPAの意義

東アジア地域の統合は他国・地域に開かれたものであることが重要である。日米EPAは、東アジア(経済)共同体と米国との橋渡しともなるものであり、また、FTAAPの実現に向けた基盤となりうるものである。こうした観点から、東アジア(経済)共同体形成と並行して日米EPAを実現し、政治・経済面での紐帯を強化していくことが重要である。

(6) APECの枠組の活用

開かれた地域統合の実現という観点からは、APECの枠組の活用も重要である。アジア太平洋地域における経済統合の促進を図るべく、APECにおけるFTAAPに向けた議論も活性化すべきである。ボゴール宣言の目標達成の年に議長を務める日本は、早急に体制を整備するとともに戦略を策定し、リーダーシップを発揮することが求められる。

2.グローバル・ビジネス環境の整備

(1) WTOの維持・強化およびドーハ・ラウンドの早期妥結

WTOドーハ・ラウンドの早期妥結に向けて不退転の決意で臨む必要がある。その上で、さらなる自由化とルールの整備を目指し、新たなラウンドの立ち上げと、投資、競争政策などわが国経済界が関心を有する分野への交渉範囲の拡大を目指すべきである。また、WTOの紛争解決手続等を通じ、既存ルールの履行確保と多角的自由貿易体制の維持を図ることも重要な課題である。

(2) 日米・日EU EPA等の推進

東アジア諸国(インド、韓国、ベトナム)および資源・エネルギー、食料の供給国(豪州、湾岸協力会議(GCC))とのEPA/FTAの早期妥結に重点を置くべきである。また、米国、EUとのEPAについて政府間共同研究の開始が急務である。加えて、市場アクセスをはじめ、投資、競争、環境、貿易救済措置制度等に関する二国間EPA/FTAの内容がグローバルな制度の模範となりうることから、米国、EUとのEPA交渉を通じて、わが国経済界の主張をグローバルな制度の構築に反映していくことも重要である。

(3) 分野別協定の推進

相手国・地域との関係に応じて、投資協定、相互承認協定等、EPA/FTA以外の経済連携のための手段を選択していくことも必要である。また、租税条約、社会保障協定等については、わが国と経済関係が緊密な国、将来の関係の緊密化を期待する国々との間で、積極的に交渉を進めることを望む。特に、移転価格税制の適用により発生する国際的二重課税については、EPAや租税条約等において、当局間の合意に向けた相互協議の迅速かつ円滑な実施を保障すべきである。

(4) 貿易・投資以外のグローバル課題

WTO、EPA/FTAの枠組だけでは必ずしも充分目的が達成できないグローバルな課題については、下記の点を重視すべきである。

  1. 1.知的財産権の保護
    模倣品・海賊版被害の効果的防止のため、製造国や地域における取締りの強化、流通各国における水際での取締りの強化、知的財産権法の整備、「模倣品・海賊版拡散防止条約」の実現に向けた取組み等、継続的な対策の実行が不可欠である。EPAにおいては、知的財産権保護の実体法整備および実効的エンフォースメント確保のための条項(模倣品・海賊版の取締りや罰則強化等)を盛り込むよう交渉すべきである。
    また、特許審査の効率化、迅速化に向けて、日米欧を軸に、審査協力、相互承認など特許制度・手続きの国際的調和への取組みを引き続き進め、世界特許システムへの動きを加速すべきである。特に、米国における先発明主義の見直しの動きを促進していくことが重要である。

  2. 2.資源・エネルギーの安定供給確保
    わが国の資源外交・エネルギー環境協力の総合的強化に向けて、官民の明確な役割分担のもとでの連携の強化と、戦略の共有化・具体化に重点を置くべきである。今後とも、資源供給国とのEPA/FTA等を通じ、エネルギーの開発・輸入事業に関する環境整備を推進していく必要がある。
    また、わが国の交渉力を高めていく上で、資源国におけるエネルギーの有効活用、代替エネルギーの開発、省エネなどを促進することも重要である。
    アジア地域においては、石油備蓄制度構築への積極的な協力や消費国間対話の枠組の設置も検討すべきである。消費国間では、資源の共同開発等による官民一体となった協力が不可欠である。
    併せて、エネルギー・環境関連技術面での協力を通じた需給緩和も推進していくべきである。

  3. 3.地球温暖化問題への対応
    わが国は、京都議定書後の国際枠組の構築に向け、主要排出国の参加を図るとともに、セクトラル・アプローチの採用、志のある途上国に対して効果的に資金や技術を提供するメカニズムの導入、革新的技術開発の推進等を通じ、議論を主導していくべきである。

  4. 4.規格・ルールの国際標準化
    政府の国際標準総合戦略をもとに、官民が連携して、国際標準化への取組みを一段と強化していく必要がある。また、健康・環境・安全基準、セキュリティ、物流等の規制面、会計基準等制度面の国際標準化に向けた戦略的取組みが必要である。特に、東アジアにおける規格・ルールの国際調和においてわが国が積極的な役割を果たすとともに、EPAにおいて取り上げることを検討すべきである。

(5) ODA等の戦略的活用

通商政策を効果的・戦略的に推進するためには、ODA等の活用が不可欠である。わが国政府においては、「経済成長に資するODA」をこれまで以上に実施すべきである。他方、東アジア地域において、資源・食料・水の安定供給確保、省エネ、エネルギーの有効活用、代替エネルギー開発、自然災害への対応等の面における貢献も重要な課題である。

3.国内制度の整備・改革

(1) 貿易・投資インフラの整備、手続の簡素化・円滑化

通商戦略上の兵站基地とも言うべき物流インフラは、中長期的な見地からハード面のみならずソフト面も含めて絶えず見直していく必要がある。特に主要な港湾間・空港間の広域的な連携を強化する必要がある。
まず、わが国の国際物流に関する諸制度を抜本的かつスピーディに改革することが重要である。そのためには、サプライチェーンの流れに即した制度や手続、システムに改める必要がある(輸出時の保税搬入原則の廃止など関税法の抜本的な改正、次世代シングルウィンドウ・システムの不断の改善)。
また、「日本版AEO制度」の構築を進め、米国、EUとの間でこれと同等のセキュリティ関連制度との相互認証を早期に実現するとともに、他の主要国間でも同様の取組みに着手すべきである。
加えて、EPA/FTAの促進を図るため、利便性の高い原産地証明制度の確立が急務である。特定原産地証明制度の再設計に速やかに着手するとともに、原産地証明書発給制度の基盤強化に取り組むことを期待する。

(2) 不公正貿易措置の是正および貿易救済措置に関する制度整備

わが国において、外国政府の不公正貿易措置等に対する調査開始申立に関する法律を制定し、国内事業者による申立を法的に可能とする制度を構築する必要がある。併せて、アンチ・ダンピングに関しては、わが国における調査申立要件とWTOアンチ・ダンピング協定との適合性を国内法的に担保すべきである。セーフガードに関しては、民間の主体に申立権を付与するとともに、発動までの公正かつ透明な手続を整備すべきである。また、WTOセーフガード協定に沿ったセーフガード措置の調査・発動に関する統一的な法制を整備すべきである。

(3) 国内改革の推進、競争力の強化
  1. 1.農業構造改革の加速化
    わが国農業の国際競争力の強化を図り産業として農業を活性化するための残された最大の課題は農地制度改革である。同時に、国際化への対応と健全な国内農業とを両立させる方策の確立も急務であり、現在、これらの具体策等を検討しているところである。

  2. 2.外国人材の受入れ拡大、人の移動の自由化・円滑化
    わが国への外国人材の受け入れ拡大に向けて、「専門的・技術的分野」の外国人材の在留資格要件などを緩和するとともに、これまで「専門的・技術的分野」と看做されてこなかった人材についても、「専門的・技術的分野」の範囲を見直すことにより、一定の技能・資格・日本語能力等を要件としてわが国での就労を認めるべきである。特に、看護師・介護士の受入れ、外国人研修・技能実習制度、企業間の契約に基づく専門人材の受入れ等において、国内の受入れ体制を早急に整備することが求められる。
    また、企業の海外拠点間の人の移動を容易化することも重要である。わが国とのEPAによって域内の人の移動の自由化・円滑化を図るだけでなく、WTOサービス貿易自由化交渉において、専門的・技術的な分野の人の移動、全ての企業内移動および一時的な滞在について、加盟国の自由化約束を得るべく交渉すべきである。

  3. 3.金融市場改革の推進
    わが国は、早急に制度・システム面での改革を進め、国際的に魅力ある金融市場を構築することが求められる。東京市場の国際競争力強化、「貯蓄から投資へ」の流れを後押しする金融・証券税制の適切な見直しを進めることが重要である。また、金融関連法制およびその解釈・運用の透明性の向上、会計基準の各国間での相互承認も課題である。

  4. 4.対内直接投資の拡大
    わが国としては、物流・流通・通信および社会資本整備等の効率化・低コスト化、法人実効税率の引下げや研究開発などの投資促進、移転価格税制など国際税制の整備を含む税制改革、行政手続の簡素化・迅速化等を通じ、国際的に魅力ある事業環境整備に向けた取組みを継続する必要がある。また、EPA/FTA、社会保障協定、租税条約の締結も、わが国の国際的な魅力向上に資するものである。他方、わが国全体の国際競争力が失われ、国益を損なう事態につながる恐れのある対内直接投資に関し、欧米等他国と比較して脆弱性が存在する部分については、同等の制度を確立することが必要である。

第3部 対外経済戦略推進体制の整備

1.対外交渉および国内調整権限の一本化

対外経済戦略を総合的に捉え、一体的に解決していくためには、真の国益を総合的に判断し、責任をもって実行に移すことが重要である。
そのためには、省庁横断的な「司令塔」として、内閣総理大臣を本部長とし、「対外経済戦略特命担当大臣」を本部長代理とする「対外経済戦略推進本部」を内閣に創設し、官邸主導による対外交渉および国内調整権限の一本化を図るべきである。
併せて、対外経済戦略を総合的・専門的見地から決定するにあたり、内閣総理大臣・対外経済戦略特命担当大臣の諮問に応じて、調査審議を行い、意見を述べる機関として「対外経済戦略諮問会議」を設置すべきである。

2.官民の連携推進による外交力の強化

各種対外交渉にあたり、民間企業の意見を継続的に取り入れることが不可欠であり、上記の「対外経済戦略諮問会議」を中心に一層の官民の連携強化が求められる。在外公館はじめ各種関連組織の幹部への民間人の登用、首脳外交における経済人の同行のより戦略的な活用も不可欠である。

3.民の発信力の向上

民間企業としても、政府との連携を強め、積極的に働きかけを行っていかなければならない。そのためには、各企業が専門的見地からの発信力をさらに強化していく必要がある。進出先の現地政府等に対しても意見を発信していくべきである。

おわりに

わが国企業をとりまく経済環境は急激に変化し、グローバルな企業の競争は厳しさを増している。各国政府が自国に有利な制度の構築を加速させるなか、わが国の対応の遅れはわが国企業のビジネスにとって死活的な影響をもたらしかねない。わが国政府・国会においては、こうしたわが国の現状を認識し、強い危機感をもって、対外経済戦略を構築し実現することを切に望むものである。

以上

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