税・財政・社会保障制度の一体改革に関する提言

〜安心で活力ある経済社会の実現に向けて〜

2008年10月2日
(社)日本経済団体連合会

1.はじめに

いま国民は、将来の生活に対する明確な展望を失い、国全体に閉塞感が漂っている。
本来、生活の安心の基盤となるべき社会保障制度は、様々な綻びや非効率が顕在化し、逆に、国民の生活不安を呼び起こす要因となってしまっている。また、財政は主要国中最悪の状況にあり、社会保障など必要とされる分野に、財源を投入することもままならない。一方、健全な財政や社会保障制度を維持していく上で、安定した経済成長が不可欠であるが、骨太の成長経路が描かれておらず、米国金融危機も相俟って足もとの経済は停滞感を強めている。
さらに、累次にわたる対策にもかかわらず、深刻な少子化傾向に歯止めがかからないため、財政・社会保障のみならず、わが国の経済社会の将来に暗い影をなげかけている。
こうした状況を打開するため、まずは、現在の停滞した経済情勢を打破し、一刻も早く景気を回復軌道に戻すことが重要であり、そのための緊急総合対策等を着実に実行する必要がある。同時に、中長期的な観点から、持続可能な社会保障制度をいかに確立するか、悪化した財政をどう立て直していくか、そして、経済の成長力向上に向けて国のかたちをどう変えていくかという、わが国が目指すべき将来像を明確に示し、その下で税制や財政、社会保障制度の改革を進めていく必要がある。

これまで政府は、「基本方針2006(経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006)」で示された方針に沿って、各分野にまたがる歳出削減を進めてきた。元来、基本方針2006では、歳出削減、歳入改革、成長力強化策をセットで講じることとされている。歳出削減の着実な実行は今後も不可欠であるが、それだけでは社会保障制度の機能強化や成長力強化に必要な施策を実現することは困難である。
むしろ、歳入改革が先送りされたため、歳出削減が半ば自己目的化し、強引な辻褄あわせが行われたり、わが国の社会保障に対する国民の不安や不信の一因となっていることは否めない。

また、わが国の税体系は、個人所得税や法人税といった直接税に偏重している。今後、社会保障制度を国民全体で支えるとともに、経済の活力を維持・強化していく上では、消費、所得、資産などの各面にわたってバランスのとれた税体系を確立することが求められる。

以上の観点に立てば、いま必要なことは、税・財政・社会保障制度の全体を見通し、歳出構造の改革と税体系の見直しを、同時かつ一体的に進めていくことである。世界経済の先行きが不透明となり、わが国の発展への懸念が拡大しつつある今こそ、中長期的な観点に立って、国の将来像を見据えた改革の道筋を明らかにし、国民的な議論を喚起すべきである。これを通じ、安心で活力ある経済社会を確立し、国民の将来不安を解消しなければならない。
そこで、本提言では、税・財政・社会保障制度改革に関わる中長期的な方向性を示した上で、当面3年の間に求められる改革について、具体的な提言を行うこととする。

2.わが国を取り巻く環境変化と課題

(1) 安心できる社会保障制度の確立と抜本的少子化対策の実行

1. 社会保障制度の機能強化と持続可能性の確立

安心できる社会保障制度の確立は、目下の国民の最大の関心事項であるが、わが国が人口減少社会に入る中で、制度の根本からの見直しを行わない限り、中長期的な持続可能性を確保し、国民からの信頼回復、将来不安の解消を図ることは不可能である。
わが国の人口構成を見ると、現状の少子化傾向を大幅に改善できなければ、2025年には現役世代2人で1人の高齢者を、さらに、2050年には現役世代1.3人で1人の高齢者を支えなければならないという、世界に類をみない超高齢社会となる。しかし、わが国の社会保障制度は、高度成長期に形作られた、世代間扶養の考え方に基づいている。現役世代や企業の保険料に過度に依存する現行制度を維持したままで、中長期的な制度の持続可能性確保と経済活力の向上という課題を両立させていくことは、もはや困難となっている。

足もとでは、社会保障関係費は年1兆円のオーダーで確実に増大していく。そうした中、現行の基礎年金制度の安定性を高める上で最低限必要となる、国庫負担割合の引き上げのための財源確保の方策は、依然として不明確なままである。
加えて、年金の未納・未加入問題や年金記録問題の顕在化、小児科・産科・救急医療体制に対する不安の増大、医師・診療科の偏在や介護従事者の不足、医療情報のデータベース化等を通じた効率化・合理化への取り組みの遅れ、さらには、長寿医療制度導入に際しての丁寧な周知・広報不足、きめ細かな対応の欠如など、社会保障の各制度にわたって綻びや不備、非効率が生じている。

本来、社会保障制度をめぐっては、中長期的な持続可能性を高めていくための、抜本的な改革が急がれる。それにもかかわらず、現行制度の綻び、不備、非効率によって、国民の間に不満と不信感が高まり、建設的な議論が進まないことは甚だ残念である。
当面の緊急課題として、制度の運用状況に関するモニタリングを強化し、セーフティネットからこぼれ落ちる人が生じることのないよう万全の体制を期すとともに、必要な箇所には財源を重点的に振り向け、制度の安定性向上、綻びの解消を図るべきである。

2. 抜本的な少子化対策の実行

少子化問題は、国力・国富を左右する重要な課題であり、国として戦略的に取り組むべきである。社会保障制度の持続性を確保すると同時に、長期的に活力ある経済社会を維持していくために、今の人口減少傾向に少しでも歯止めをかける必要がある。
子育て世代の年齢層人口が大幅に減少する前に、抜本的な少子化対策を早急に実行し、子どもを生み育てることを希望する人の思いが実現できる環境を整備すべきである。
そのためには、親の就労と子どもの育成の両立や家庭における子育てを支援する環境整備を進めることが必要である。現在の保育サービスの提供のあり方を見直しつつ、保育サービスを拡充し待機児童の解消を図るとともに、子育て世帯を対象とする税制支援など、財源を確保した上で公的な支援策を拡大していくことが欠かせない。また、公教育の再生を図り、全ての子どもたちが質の高い教育を受けられる環境を整えることも重要である。
同時に、企業においては、労使が協調して自主的に働き方の見直しを進め、効率的かつ柔軟な働き方を推進することで、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)の実現を図ることも重要である。その際、国全体で意識改革を進め、仕事や生活にやりがいや充実感を感じられるよう、多様な働き方・生き方が選択できる社会を目指していくことが求められる。

(2) 財政の健全性確保

財政の健全性確保は、国民生活に必要となる様々な政策を、適切かつ安定的に遂行していく上で、欠かせない要件である。
しかるに、わが国の国・地方を合わせた長期債務残高は、対GDP比148%(2008年度末)と、先進国中最悪の状況にあり、依然としてその抑制の目処はたっていない。現役世代の数が今後減少していく中で、これから生まれてくる将来世代に巨額のツケをまわす現在の財政の構造は、もはや持続不可能である。
歳出・歳入両面にわたる構造的な見直しを行うことにより、政府債務残高の対GDP比を安定的に低下させていかなければならない。中長期的には、財政収支を黒字化し、債務残高の絶対額の増加に歯止めをかけることを目指すべきである。

一方、当面の課題としては、国・地方の基礎的財政収支を黒字化するとの政府方針を実現すべき期日が、目前に迫っている。基礎的財政収支の黒字化は、財政健全化に向けての一里塚であるとともに、わが国が内外に示した国際公約でもある。巨額の債務を抱えるわが国財政が、市場からの信認をつなぎ止めることが出来ているのも、基礎的財政収支黒字化に向けたこれまでの着実な努力によるところが大きく、引き続き最大限の努力を継続してこの目標を何としても達成しなければならない。
その際、行政の合理化、無駄の排除をこれまでにもまして徹底し、財源を捻出する努力を続けていくことは当然である。先に発足した「行政支出総点検会議」が、聖域なき見直しを行い、成果をあげることが期待される。なお、特別会計や独立行政法人の剰余金の見直し、政府資産の売却などにより得られた財源(いわゆる埋蔵金)は、安定財源とはみなせず、債務の償還に充当するのが基本ではあるが、国民生活の安心確保に必要な施策に緊急避難的に充てることも選択肢として考えられよう。

(3) 経済の成長力強化

持続的な経済成長なくして、国民の生活水準を高めていくことは不可能であり、また、財政の健全化や社会保障制度の機能強化・持続可能性の確立を図ることもできない。
現下のわが国経済は、世界経済の減速などの影響を受け、停滞の度合いを深めている。これ以上の景気の落ち込みを食い止め、速やかに安定的回復軌道にのせるために、予算・税制双方からの緊急対策を実施するとともに、これまで講じられてきた成長力強化策を総点検し、改めて骨太の成長戦略を実行する必要がある。グローバルな競争の激化、労働力人口の継続的減少という環境変化の中で、中長期的に経済の活力を維持・強化していかなければならない。
そのためには、第一に、わが国のビジネス・インフラを、国際的にみて魅力あるものにすることで、内外からの投資を促進する必要がある。この観点からは税制抜本改革において、国際的に見て10%程度高止まりの水準にある法人実効税率の引き下げが重要な課題である。第二に、内外の知を融合する「日本型イノベーション」の推進に国を挙げて取り組み、国際競争力を強化していく必要がある。第三に、海外から優れた人材を数多く受け入れることも、重要な検討課題である。第四に、これらのサプライサイドの施策とあわせ、海外各国との経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)の締結を加速させ、内外の市場を一体化することにより、需要の創造を図っていくことも欠かせない。
また、最先端の電子行政・電子社会の実現によって社会全体の効率性・生産性を向上させることも重要である。
さらに、日本全体を中長期的に繁栄させていくための成長戦略の柱として、道州制の導入が不可欠である。それぞれの地域が、広域的な経済圏を形成しつつ、グローバルな経済と直接結びつくことにより、成長力を高めていく必要がある。

3.税・財政・社会保障制度の一体改革の推進

上記の諸課題に真の意味で対処していくためには、今後10〜20年程度を見通して、わが国の目指すべき将来像を明確に示しつつ、税・財政・社会保障制度を一体的に見直していく必要がある。

(1) 社会保障制度の将来像の確立

まずもって求められるのが、給付と負担の水準のあり方も含めての、社会保障制度の将来像の確立である。
欧米先進諸国をみると、一方には、北欧諸国や一部の欧州主要国に代表される「高福祉・高負担」型の経済社会モデルがあり、他方には、米国に象徴される自助努力中心のモデルが存在する。
これに対し、かねてより経団連としては、セーフティネットに綻びが生じないように目配りをしつつ、今後高齢化が進展する中でも持続可能な、経済の身の丈にあった社会保障制度を構築すべきであると主張してきた。こうした観点から、現在のイギリスやドイツに見られるような、「中福祉・中負担」型の国家が、今後のわが国の目指すべき道と考えられる。

具体的な制度改革の方向性として、まず、年金制度については、保険料の未納問題などによる将来の無年金者やその予備軍を無くし、また世代間・世代内の不公平感を払拭して現役世代が持つ年金制度への不信を解消する必要があり、本年5月に「社会保障制度改革に関する中間取りまとめ」において指摘した通り、基礎年金を現行の保険料方式から広く国民が負担する税方式化に移行することが有力な選択肢として考えられる。その際、厚生年金保険料が引き下げられる場合、保険料の従業員負担分及び企業負担分をどのように取り扱うかという問題があるが、いずれの軽減分についても従業員に還元する(保険料従業員負担分の軽減、企業年金への拠出等)のが当然であり、具体的な取り扱いについては、改めて経済界の考え方を示すこととしたい。
また、医療制度については、まず、医師・診療科の偏在の是正、病院勤務医不足の解消、救急医療の確保など、国民が安心できる医療提供体制を構築することが不可欠である。併せて、給付面において、ICT化の推進やレセプトの完全オンライン化、診療の標準化などを通じ、医療の質を落とさずに効率化を図ることが必要である。負担面では、給付を受ける高齢者世代が増加する一方で財政面での支え手である現役世代が減少する中、高齢者医療を現役世代の負担に依存して維持することは持続可能性を欠いており、国民の不安を解消することはできない。今後、高齢者医療への公費投入割合を増やし、国民全体で支えていく仕組みへと、包括的・抜本的に見直していくことが必要となろう。
同様に、介護保険制度についても、高齢化に伴い給付が今後急速に拡大すると見込まれる。給付の拡大は、保険料負担の拡大に直結し、その引き上げによる対応には限界がある。中長期的には、給付の重点化を図るとともに、公費と保険料とで50%ずつ賄うという現行の介護保険財政を見直し、公費投入割合を引き上げていく必要があろう。
また、このような個別の制度改革と併せて、国民一人ひとりが自らの負担と給付を容易に把握可能な安心できる制度とすることが不可欠である。そのために、社会保障制度の基本インフラとして、世界最先端の電子行政を構築するなかでICTの効果的な活用を図りながら、社会保障個人勘定や社会保障番号を導入し、社会保障制度の給付と負担の「見える化」を推進するべきである。

このように、今後、少子高齢化が一層進展する中で、安心で信頼できる社会保障制度を実現していく上では、現役世代の負担に過度に依存する現行の財源方式を改め、国民全体で広く支えていく方向に見直さなければならない。その際、負担をできる限り将来世代に先送りすることなく、社会を構成する現世代の人々の間で分かち合っていくこと、また、直接税に偏重し安定性を欠いている現在の税収構造を、バランスのとれた体系としていくことが、とりわけ重要である。
こうした観点からは、増大する社会保障費用を消費税で賄うということが不可欠である。この場合、中長期的には消費税率が欧州主要国並みの水準になることは不可避である。
こうした点を念頭に置きつつ、中長期的に安心で持続可能な社会保障制度をどのように実現していくべきか、国民的な議論を速やかに行っていく必要がある。
経団連としても、本年11月を目途に、社会保障制度の今後のあり方についての考え方を、改めて示すこととしたい。

(2) 税体系の抜本的改革

次に、待ったなしの課題として、これまで先送りされてきた税体系の抜本的改革が挙げられる。
既述の通り、わが国は少子高齢化・人口減少とグローバル化という大きな構造変化に直面しているにもかかわらず、現行の税体系は、これらの環境下において持続可能な形とは言い難い状況にある。国民の安心・安全を支え続けるために必要な財源を確保するとともに、個人や企業の活力を高めていく税体系の確立に向け、税制の抜本改革が急がれる。

現在、わが国の税収は、個人と法人に対する所得課税が6割弱、消費課税が3割弱、資産課税が1割強の構成となっている。このため、景気変動による税収の増減が著しく、国の運営を支える財政基盤として極めて不安定である。今後の急激な人口減少下においても安定した歳入基盤を確立するためには、欧州諸国に見られるように、消費税の役割を一層拡大し、税収構造自体を消費、所得、資産の各課税のバランスがとれた体系へと改革していく必要がある。
消費税は、経済活動への影響が最も中立であり、景気変動による税収への影響が少ない安定的な財源である。また、特定の者に負担が集中することが無く、社会保障制度といった国民の安心・安全に係るサービスを広く国民全体で支え合うのに相応しい税目である。
さらに、国内消費に対する課税であり、基本的に輸出コストに反映されないため、国際競争力低下の懸念が無く、グローバル化によって成長を図るわが国の将来像に最も適した税と言える。国際的な比較においても、わが国において拡充の余地がある税源と言える。
このような理由から、今後の税制改革において、消費税をわが国の最も基幹的な税目として位置づけていくべきである。

また、税制抜本改革にあたっては、適切な公的サービスを自らが受益するために必要な負担を、安易に子孫に先送りすることなく、自らが担っていくという基本的姿勢に立ち戻ることが重要である。現状では、国の一般会計のうち、税収で賄われているのは約6割程度であり、低金利や歳出削減によって改善の兆しはあるものの、過去の債務残高の減少には程遠い。
さらなる歳出の効率化や無駄の排除、国・地方を通じた経済活性化とともに、可能な歳入確保によって、将来世代の足枷を少しでも軽減する道筋を明らかとすべきである。

(3) 当面の一体改革の具体策

本来であれば、上記のように、中長期的な観点から社会保障の将来像を明確にした上で、年金・医療・介護をはじめとする社会保障制度を再設計するとともに、それをだれがどのように負担するのかについて広く選択肢を提示し、国民の納得が得られる形で、コンセンサスを形成していく努力が欠かせない。
しかしながら、それには時間を要する。既に少子高齢化は深刻化しており、社会保障はいたるところで綻びが見え始めている。また、グローバルな競争の下で、日本経済の活力は急速に低下している。さらに、膨大な財政赤字を抱える中で、基礎年金の国庫負担割合の引き上げや基礎的財政収支の黒字化が待ったなしの課題となっている。

そこで、まずは当面するこれらの課題を解決するとともに、「安心で活力ある経済社会」の実現に向けて、2009年度から2011年度の3年間を第一フェーズと位置づけ、以下のような税・財政・社会保障の改革を一体的、連続的に措置すべきである。
その際、改革は増減税一体、歳出入一体型で進めることが適当である。近年、ドイツの連立政権において、2007年から2009年にかけ、付加価値税の引き上げや所得税改革、法人実効税率の引き下げが計画的に行われたことは、わが国の税制改革を進める上でも大きな参考となろう。
改革は、もはや待ったなしの時期に至っており、断固たる姿勢でこれを実現すべきである。但し、その実施に当たっては、経済情勢や実際の歳出入への影響を注意深く観察し、仮にこれらに深刻な影響が生じる場合は、改革の手順やタイミングに関して柔軟かつ機動的な判断を行うべきである。

1. 経済活性化、社会保障制度の機能強化、少子化対策(2009年度)
  1. 停滞する経済情勢の打破
    2009年度においては、まず、原燃料価格の高騰に加え、米国金融危機によって停滞の度合いを深めている現下の経済情勢を打破し、早期回復軌道にのせるべく、経済活性化、成長に資する措置を講ずることが重要である。
    2009年度の税制措置としては、内需拡大の刺激策として、本年末で期限を迎える住宅ローン減税などの住宅取得促進税制を維持拡充するとともに、低炭素社会・日本の実現に向けた省エネ、環境対応型製品普及のための税制措置などを講ずるべきである。
    さらに、日本企業が海外で獲得した利益を国内に還流させ易くする税制措置をはじめ、企業のグローバルな展開に即した国際租税制度の見直しや道路特定財源の一般財源化など、所要の2009年度税制改正を行う必要がある。
    (詳細については「平成21年度税制改正に関する提言」参照)

  2. 社会保障制度の機能強化
    社会保障制度においては、差し迫った課題として、国民年金法附則により予定されている基礎年金の国庫負担割合の引き上げを、予定通り2009年度に行う必要がある。消費税率の引き上げによる安定的財源の確保は2009年度においては事実上困難となっているが、徹底した無駄の排除、歳出削減や特別会計の剰余金(いわゆる埋蔵金)の活用により、財源を捻出すべきである。また、年金制度に対する信頼回復を図るべく、年金記録問題の解決を図ることが重要である。
    同時に、医療・介護分野への緊急対応にも公費を投入する必要がある。効率化を進めつつも、医療・介護のサービス提供体制を確保するため、医療分野においては、勤務医などの勤務状況の改善、救急医療、小児・産科医療の体制づくりを図るべきである。また、介護分野においては、介護報酬体系のあり方等を幅広く検討するとともに、2011年度末に予定されている介護療養病床廃止の受け皿を準備する観点から、高齢者向けのケアハウス・施設等の整備や、医療・介護が連携した地域包括ケア体制の構築など、社会的入院の是正に向けた基盤整備を進めなければならない。

  3. 子育て減税をはじめとした少子化対策の拡充
    少子化対策の一環として、2009年度税制改正において、公平性の観点を踏まえて、所得税の各種控除制度を極力、税額控除方式へと組み替えることで、中低所得層の子育て世代に減税となるように集中的な支援を行う。例えば、現行の扶養控除は廃止し、子の数に累進的に増加する税額控除制度を創設することで、多子家庭の支援に役立てることが考えられる。個人住民税においても同様の税額控除制度に組み替えることで、子育て世代を国・地方を通じて支援すべきである。
    また、公的年金の財政検証等においては、女性の労働市場参加の増大を前提としている一方で、それを実現するための環境整備に必要な財政投入は十分でない。持続可能な社会保障の実現ならびに将来の社会の担い手の育成の観点から、少子化対策への公費投入の拡大が求められる。
    特に、団塊ジュニア世代が30代後半にさしかかる現状を踏まえるとここ数年が正念場であり、働きながら子育てをしたいと希望するすべての人が安心して子どもを預けて働くことができるように、保育サービスの量的拡充と提供手段の多様化を図るための緊急的な歳出を拡充する必要がある。
    なお、現行の配偶者控除等については、人口減少社会における女性の社会での活躍を促進する観点から検討を進めるべきである。さらに、給与所得控除については、サラリーマンの活動の必要経費の控除との観点から、一定の限度額(例えば300万円)を設けることが考えられる。

2. 大胆な所得税減税と消費税率引き上げの一体的な実施(2010年度、2011年度)

2010年度、遅くとも2011年度までに、消費税率の引き上げと、中低所得者層の負担緩和に向けた所得税減税を一体的に実施すべきである。

  1. 中低所得者層に対する大胆な所得税減税
    中低所得者層(概ね年収500万円以下の世帯)に対し、5年程度を期限として消費税率1%相当程度の規模の大胆な定額減税(例えば、世帯当たり10万円程度)を行う。その際、所得税から控除しきれない税額に関しては、個人住民税から控除する措置が必要である。
    大幅な所得税減税を行うことで、景気刺激策とするとともに、消費税引上げによる負担の緩和を図るべきである。

  2. 消費税率の引き上げ
    年金をはじめとする社会保障制度や少子化対策、所得税減税や軽減税率導入、地域活性化、さらに基礎的財政収支の黒字化を見据えると、最低でも5%の引き上げが必要と考えられる。
    その際、経団連が究極の構造改革と位置づける道州制の導入を見据え、疲弊した地方の財源確保と活性化に資するよう、国7%、地方3%の配分とすることによって地方消費税の拡充を図ることが適当である。なお、国・地方を通じた税制のあり方については、2012年度以降の一体改革の第二フェーズにおいて地方交付税の見直しや水平的調整を行うための地方共有税の創設などを含め、抜本的な見直しを進めるべきである。

    消費税率の引き上げに際し、欧州諸国にも見られるとおり、基礎的な食料品等に関しては極力品目を限定して軽減税率(現行の税率5%を維持)の適用を検討すべきであろう。なお、制度の複雑化や納税者、執行当局双方におけるコンプライアンスコストの増大、税収の減少などを考慮すれば、消費税率は、本来極力、単一税率を維持することが望ましい。軽減税率導入の目的はあくまで、生活必需品における負担増大の回避である。このような観点からは、例えば、一定の所得階層ごとに消費税負担相当額を所得税から税額控除する制度(カナダにおける連邦消費税(GST:Goods and Services Tax)税額控除制度など)なども検討に値する。
    所得税減税と軽減税率の導入により、中低所得者層の消費税引き上げによる負担増の大部分は解消され、また、景気への影響も最小化することが可能と考えられる。

  3. 社会保障番号を活用した納税者番号制度の導入
    また、税制の公平性、効率性を高める上で早急に具体化すべき課題として、納税者番号制度の導入がある。納税者番号制度は、プライバシーやセキュリティーなどの問題から、国民的な合意に至らずに先送りされてきた課題である。しかし、ICTの革新的な進歩が続くなか、世界最先端の電子行政を確立することは社会の効率性や生産性の向上に資するのみならず、内需刺激の起爆剤にもつながる。社会保障番号との共通化を図ることで、これまで税制面と社会保障負担・給付で区々に行われてきた政策の幅が、限られた資源のなかで大きく広がることが期待される。
    例えば、欧米で既に導入されているように、税制上の扶養控除と児童手当を一体化することにより、給付付き子育て税額控除制度を導入し効率的な少子化対策を確立することも可能となろう。また、利子、配当、株式譲渡損失などの金融所得を一元的に課税する制度の導入にも資することとなる。国民にとって最も身近で重要な接点である税制と社会保障制度の信頼性、公平性、納得性を高めるためにも、利用促進に向けたインセンティブも含めて制度実現を図るべきである。

3. 国際的整合性を踏まえた法人実効税率の引き下げ

消費税率の引き上げにより少子高齢化社会における持続可能な税体系の構築を図ったとしても、一方で、BRICs諸国も含め急速に進展するグローバル化への税制上の対応を怠れば、わが国の発展は覚束ない。
最大の課題は、諸外国で進む法人実効税率引き下げ競争への対応である。欧州諸国では、自国企業の競争力強化や企業立地促進のために法人実効税率の引き下げが相次いでおり、いまやEU平均で28%とわが国(約40%)との税率差は10%以上にも及んでいる。この税率差は、わが国企業の競争力のみならず、ビジネス拠点としての日本の魅力を著しく低下させており、今後のわが国の重要課題である対内投資促進の大きな障害となっている。
国際的な整合性を踏まえ、法人実効税率を早急に引き下げていくことは、税制抜本改革の主要課題である。
特に、法人住民税ならびに法人事業税の地方法人二税は、地域偏在性が高く、景気にも左右されやすいことから、地方の住民サービスを安定的に支える税源としては適当ではない。2008年度税制改正において、税制抜本改革までの暫定措置として導入された地方法人特別税の廃止とともに、地方消費税の拡充の中で地方法人二税の見直しを進めるべきである。

また、現行の法人税は欠損の場合に納税義務が生じないため、約7割に上る欠損法人は国からの受益に対して何ら負担が生じていない。欠損法人であっても受益に対する適切な負担を行うよう、地方法人住民税における均等割のような簡素な応益税を国税に導入することも検討すべきである。

法人実効税率の引き下げは、日本経済の成長力向上のために成長戦略の柱として不可欠であり、グローバル社会でわが国が生き抜いていくためにも必須の条件である。また、企業活動の活性化は雇用の確保や給与、配当の増大を通じて個人やわが国経済全体の利益になるものであり、法人税改革は消費税拡充と共に早急に実現しなければならない。しかし、持続可能な税体系確立のために、当面の税制抜本改革で最優先すべき課題は、2011年度までの消費税の着実な引き上げである点は、改めて明らかにしておきたい。

4.おわりに

安心で活力ある経済社会を実現することは、政治に課せられた責務である。政治に対しては、わが国の将来のために必要な改革を先送りすることなく、まずはここに掲げた当面3年間の改革(第一フェーズ)を実行することを強く望む。それとともに、今後10〜20年程度(改革の第二フェーズ)を見通し、国民の合意を得て、安心で活力ある中福祉・中負担の国家を確立していくための議論に、直ちに取り掛かることを期待する。
企業・経済界としても、国民の所得・雇用を維持・創出することが、果たすべき使命であることを認識し、引き続き、競争力の強化に邁進する所存である。

以上

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