会計基準の国際的な統一化へのわが国の対応

2008年10月14日
(社)日本経済団体連合会

1.はじめに 〜会計基準の統一化を巡る各国の動向〜

国境を越えた投資活動の活発化、企業のグローバルな事業活動・資金調達活動の広がりなどを背景に、金融・資本市場の利便性、効率性の向上に向けて、市場インフラの国際的な調和が重要性を増し、企業の財務情報のディスクロージャーの基礎となる会計基準についても国際的な統一化の動きが加速している。

世界の三大市場のうち、欧州連合(EU)では域内の資本移動の自由化という大きな目標の下、2005年より連結財務諸表の域内統一基準として国際会計基準(IFRS: International Financial Reporting Standards )の適用を義務付け、今日では欧州各国市場において定着しつつある。一方、この間、日本ならびに米国では、他市場の会計基準の動向を踏まえながら、各々、自国の会計基準を見直し、国際的に収斂(コンバージェンス)させていく作業に取り組んできた。経団連としても、一貫して日本の会計基準と海外基準とのコンバージェンスを支持・推進している。わが国の会計基準設定主体である企業会計基準委員会(ASBJ)による東京合意 #1 に基づくコンバージェンスへの取組みなど、関係者による精力的な取り組みの結果、当面の最重要課題であったEUによる日本基準の同等性評価 #2 についても正当な評価が下される見通しである。

このような中、米国は、2007年11月、米国に上場する外国企業に対して、IFRSの使用を容認した。さらに、本年8月に、2009年から一部の米国国内企業に対してIFRSの適用を認め、2014年からは順次IFRS採用(アドプション)を義務付けていく考えを示唆した。

既に、EU諸国をはじめカナダ、オーストラリア、インド、中国、韓国など、IFRSの採用を表明した国は100カ国を超えていたが、今回、米国がコンバージェンスからIFRSの採用へと方針を転換したことにより、IFRSが名実ともにグローバル・スタンダードとなる方向が揺ぎないものになりつつある。

このように、世界において会計基準の流れは大きな転換期を迎えており、EUの同等性評価に一応の目途が付いた今日、わが国においても、IFRSの採用を含め、中長期的な視点から、今後のわが国会計基準に関する方針を明確にすべき時期にきている。そこで、本提言では、今後のわが国会計基準の方向性に関し、経済界の基本的考え方を示すこととする。

#1 IFRSを策定する国際会計基準審議会(IASB)と日本の会計基準を策定する企業会計基準委員会(ASBJ)が2007年8月に締結した合意。2011年6月末までにIFRSと日本基準に係る既存の差異を解消することとされている。
#2 EU市場では、日本企業が上場する際に日本会計基準の適用が容認されてきたが、2009年からは、IFRSかIFRSと同等以上の会計基準の適用を義務付けることとされており、日本基準がIFRSと同等か否かの評価作業が2008年末までに終了する予定である。

2.わが国会計基準の方向性を検討する上での視点

(1) 日本の金融・資本市場の国際競争力強化

わが国資本市場では、外国人投資家の持ち株比率が3割に迫り、更なる市場の活性化に向けて、海外からの一層の投資拡大が欠くことのできない要素となっている。国際的な激しい市場間競争のなかで、わが国資本市場の地位を高めていくことは、高齢化社会を迎えたわが国の個人金融資産を効率的に運用していくため、また、わが国企業の円滑な資金調達に向けた必須の課題である。

今後とも、わが国の金融・資本市場への内外からの資金流入を促していくためには、国際的に整合性のある市場インフラを整備し、魅力的かつ信頼性のある市場にしていかなければならない。会計基準、ディスクロージャー制度は、最も基本的な市場インフラの一つであり、世界の流れを踏まえながら、わが国としても不断の見直しや国際的な参画を続けていくべきである。なお、市場活性化の観点からは、会計基準の整備のみならず、諸外国に比して株式投資の比率が未だ低いわが国の個人金融資産に関し、「貯蓄から投資へ」の流れを促進させるよう、金融証券税制なども併せて整備していくことが欠かせない。

(2) 企業のグローバル展開の基盤整備

会計基準は、株主・投資家をはじめとするステークホルダーに対して企業の財政状態を正しく伝えるためのいわば「ものさし」であると同時に、企業を経営していく上での重要なツールでもある。

いまや製造業の海外生産比率が平均で3割を超え、海外での資金調達も活発化するなど、わが国企業のグローバルな展開は一層拡大している。世界的な「ものさし」の統一は、財務諸表の比較可能性向上によって投資家の利便性を向上させ、多国間における企業の資金調達のコストを低減させるのみならず、企業経営のツールの共通化によって、グローバルな経営の効率化にも資する。

グローバルな事業展開を行うわが国企業の海外子会社ではIFRSの採用が増加しつつあり、世界のグループ会社で、統一的に理解可能な会計基準を整備することは、グループ全体の連結決算や経営管理を行う上でも、日本企業のグローバル展開の基盤整備につながる。

なお、市場に対するディスクロージャーの信頼性確保に係る社会的要請が高まるなか、内部統制報告制度や四半期報告制度の導入など、上場企業の財務報告に係るコストは上昇の一途を辿っている。会計基準の方向性を検討する上でも、コスト・ベネフィットに関する十分な配慮が必要である。

3.IFRS採用に向けたわが国の対応

(1) IFRSの採用を含むロードマップの作成

米国がIFRSの採用に向けた方向性を示唆した今日、主要先進国の中で、IFRSの採用を正式に表明していない国は日本のみとなっている。既に、海外に上場する日本企業のなかには、IFRSの使用に向けた準備を開始する企業も増えつつある。日本も国際的な潮流を勘案しつつ、IFRSの採用を含む、今後のわが国会計基準の方向性に関する検討を加速し、具体的なロードマップを早急に作成すべきである。

ロードマップには、米国SECと同様に、わが国がIFRSを採用する上で前提条件となる課題(例えば、IASBが進める中長期プロジェクトの議論の方向性の確認、適切なガバナンス確保、ASBJとのコンバージェンス作業の取り組み状況など)を予め示していくことが適当と考えられる。

(2) IFRS採用にあたっての経済界の考え

IFRSの適用は、当面の間、IFRSと日本基準(現在、適用が認められている企業においては米国会計基準を含む)の選択制とすることが適当である。しかし、同一市場において複数の会計基準が長期間にわたり並存することは、投資家の利便性や市場の信頼性の観点から望ましいとは言えない。将来的には、基準の統一が必要と考えられるが、IFRSの義務付けを行う場合には、その適用時期については、最終決定を下した後、最低でも3年程度の準備期間が不可欠(早期適用可)となろう。人材育成、世界的なグループ決算処理の統一など、財務諸表作成者の準備期間に十分に配慮するとともに、今後の米国の動向なども踏まえつつ、国際的な発言権を低下させないよう判断を行っていくべきである。

また、適用対象会社の範囲については、四半期報告書提出会社や内部統制報告制度の対象会社同様、金融商品取引法上の上場会社とすることが適当と考える。連結財務諸表を作成していない上場企業や上場企業以外の金融商品取引法対象会社については、IFRSの選択適用の容認やIFRSの影響額の注記などにより比較可能性を維持することが考えられる。

IFRSは、投資・資金調達活動のグローバル化を背景とした、国際的な財務諸表の比較可能性の向上を主眼とする会計基準である。その目的を踏まえれば、諸外国で必ずしも開示が求められていない個別財務諸表にまでIFRSを適用する必要はなく、適用は連結財務諸表に限定すべきである。一方、上場企業の連結財務諸表作成実務の簡素化、効率化を図る観点から、個別財務諸表へIFRSを選択適用することも検討すべきである。

4.IFRSの採用に伴う個別財務諸表の取扱い

(1) 金融商品取引法上における開示の簡素化

世界最大の資本市場を抱える米国においては、企業のディスクロージャーは連結財務諸表の開示のみで、個別財務諸表は開示されていないことに象徴されるように、投資家に対する証券市場でのディスクロージャーのグローバル・スタンダードは連結財務諸表である。

わが国のディスクロージャー制度は、1999年から連結財務諸表中心となり、その際、個別財務諸表の効率化を図っていくこととされた。連結ベースのディスクロージャーへの移行から10年を経て、IFRSの採用を検討することを機に、資本市場において開示すべき財務諸表に関しても、国際的な整合性の観点を踏まえて見直すべきである。国際的な整合性が特に求められている金融商品取引法上の財務諸表開示は、可能な限り連結財務諸表に一本化し、個別財務諸表に関する開示は抜本的な簡素化を図っていくべきである。

(2) 連結会計基準のコンバージェンスと個別会計基準の整備

約3900社の上場会社に対して、当面、IFRSと日本の連結会計基準の選択適用を認めた場合、市場における二つの基準の整合性を図る観点からも、日本の連結会計基準は、東京合意に基づく現在の計画に則ったコンバージェンス作業を継続していく必要がある。IFRSと日本の連結会計基準のコンバージェンスを進めることにより、将来、IFRSの義務付けを行う場合でも、その基準変更による影響を小さくすることが可能となる。

一方、個別会計基準は、約250万社に及ぶ非上場会社や中小企業も適用する基準であり、法人税法上の課税所得計算や会社法上の分配可能額算定の基礎となる。これらに対し、一律に、IFRS並の国際的な水準を求めることは社会的コストの観点から非効率である。

即ち、投資活動のグローバル化を背景として、より国際的な整合性が強く求められる連結会計基準(約3900社が対象)と、会社法、税法での目的が中心となる個別会計基準(約250万社が対象)の間では、差異が生ずること(連結会計基準を先行して国際化していくこと:連結先行論)は当然の流れといえる。

IFRSを連結財務諸表の統一基準として採用した欧州においても、個別会計基準は、各国で異なる法人税法や会社法を考慮した調整が行われている。既に、現在のわが国のコンバージェンス作業においても、IFRSと国内法人税法との調整が困難となる例も見受けられ、個別会計基準は、その役割上求められる範囲内での見直しに留めるべきである。

今後とも、わが国の個別会計基準においては、企業会計、会社法、法人税法が関連しつつ見直し作業が続けられていくと考えられる。各々の目的に合致した調整が可能となるよう、法人税法上では損金経理要件 #3 をより緩和して、申告調整の幅を広げていくこと、会社法では分配可能額算定の基礎として妥当か否かなどを適宜判断していくこと、などが必要となろう。

#3 法人税の所得計算は、株主総会の承認を受けた個別財務諸表が基礎となる。決算に反映することが、法人税法上の費用(損金)として認める条件となっていることを損金経理要件と呼ぶ。

5.わが国における今後の課題

(1) 人材育成・教育

現時点において、日本でIFRSを採用し、連結財務諸表を作成している企業は基本的に存在せず、いまだ、IFRSに係る十分な認識は深まっていない。今後、わが国がIFRSを自らの基準として採用するにあたっては、企業経営者を含めた財務諸表作成者、監査人、規制当局、財務諸表利用者のあらゆるレベルで、IFRSに対する理解を深めていくことが前提となる。人材面の裏付けの無いまま制度を導入すれば、資本市場への混乱を招き、かえってわが国市場や企業に対する信頼性、国際競争力の低下につながりかねない。今後のロードマップの作成にあたっては、官民挙げた人材育成・教育の方策を明確化すべきである。

(2) IFRS策定への本格的な参画・貢献

IFRSの採用にあたっては、これを海外の設定機関が作成した基準として受け入れるのではなく、自らの基準として、基準開発段階から主体的な関与を深めていくことが不可欠となる。例えば、国際会計基準審議会(IASB)に対する意見発信は、ディスカッションペーパーが作成される時点など、可能な限り早い段階から行うことが必要である。また、人的なつながりを強化するとともに、各国の基準設定主体とも連携しながら、意見を発信していくことも必要である。さらに、行政、産業界、基準設定主体など様々なレベルにおいて長期的な関係を構築するなど、わが国全体として自らの基準開発という位置付けでこれまで以上に積極的に貢献していくための体制作りが急務である。

(3) 企業会計基準委員会(ASBJ)の機能強化

会計基準を取巻く国際的な流れが加速する中で、会計基準に関するわが国の知の集約機関として、ASBJの役割は益々大きくなる。今後とも、会計基準に関するわが国各界の意見を取りまとめの上、コンバージェンスの推進に向けて、国を代表して意見発信する最も重要な機関であり、IFRSの採用・普及にあたって、その機能をさらに充実させていくべきである。

対外的には、IASBの最重要パートナーとしての関係を強化し、常に最先端の動向を把握するとともに、IASBの進めるプロジェクトに積極的に人材を派遣すること、諸外国の会計基準設定主体との連携をより深めていくこと、わが国各界の意見を取りまとめた上で、これを意見発信していく機能の強化が求められる。将来的にIASBボードメンバーやスタッフとして活躍できる人材の育成や、日本のみならず、アジアにおけるIASB活動の拠点としての役割も期待される。

さらに、英文で、かつ原則ベースとされるIFRSを日本国内で採用する際には実務上の課題も多い。ASBJにおいて、IASBとの共同作業として、英文IFRSを理解が容易な日本語へと翻訳する作業を行うとともに、基準の解釈による混乱が生じないよう背景の説明などを含めた普及、理解促進、人材の育成などの役割を担うことも重要である。なお、これらの役割を担うためには、安定的な財政基盤の構築や適切なガバナンスの確保が欠かせない。

6.今後の国際会計基準審議会(IASB)の活動についての期待

(1) 適切なガバナンスの確保

今や世界各国で使用されるIFRSの開発を担うIASBには、多くの国々の市場関係者の意見を基礎とした、公平、中立な観点から判断を行う重責が求められている。デュープロセスの遵守、経済界をはじめとする各界意見の偏りのない尊重、市場や産業に与える影響の慎重な評価、国際的な意見調整機能、判断に対する十分な説明責任などが強く求められる。

これまでのIASBの活動においては、会計基準の世界的な統一という理想を追うがあまり、実務上の実行可能性や投資家・経営者の理解容易性、各国法制との整合性などに疑問が生ずるようなプロジェクト遂行も散見された。真のグローバルスタンダードセッターとして、会計基準は机上ではなく、市場のニーズで生まれるという原点に立ち戻った活動が求められる。特に中長期プロジェクト項目(財務諸表の表示、退職後給付など)には、現行の会計概念を大きく変更する可能性を含むものも多く、日本としても、IFRS採用の検討にあたり、その動向を注視する必要がある。

また、会計基準は各国の法令の一部としても位置付けられることから、独立性を保ちつつも、現在検討されているモニタリング組織の設立やIASCF評議員による監視機能の強化が必要である。

(2) 長期運営に耐えうる運営方法への見直し

IASBは民間団体であり、その運営は世界各国からの拠出によって成り立っている。IASBの活動は今後とも拡大が予想されることから、まず、国際的な機関に相応しい効率的な組織運営の実施とその監視機能を強化する必要がある。同時に、安定した運営を支えるために、長期的に持続可能な資金調達方法を確立する必要がある。

現在、日本からは限られた市場関係者の寄附によって、IASBの運営資金全体の十数パーセントが賄われている。今後、わが国上場企業の全てに対して、連結財務諸表におけるIFRSの適用が考えられることから、資金面においても、一部の関係者に偏った寄附方式ではなく、より広く、強制力を持つ調達方法の確立が求められる。


会計基準を巡る世界の流れは急である。サブプライム・ローン問題に端を発し、世界同時株安が進むなど金融・資本市場に対する信頼性が大きく揺らぐなか、会計基準やディスクロージャー制度の重要性は一層増すものと考えられる。

金融危機に対する各国の対応なども十分に踏まえ、わが国市場と企業の国際競争力の強化に資する会計・開示制度の再構築を図るべきである。

以上

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