IT戦略本部「デジタル新時代への戦略(案)」に関するコメント

2009年6月19日
(社)日本経済団体連合会
情報通信委員会 情報化部会

政府IT戦略本部「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」が検討を進めている2015年を展望した新IT戦略「デジタル新時代への戦略(案)」に関し、以下の通りコメントする。

1.「デジタル新時代への戦略(案)」全般に係る意見

(1) スケジュール

「三か年緊急プラン」に示された通り、未曾有の経済危機を脱出するためにもデジタル技術が有する力を最大限活用することが不可欠であり、2015年を待つことなく、本戦略期間の前半3年以内に主要な目標を確実に達成するという強い決意が必要である。
目標および方策達成の目標年限や、節目となるマイルストンを明示し、着実な実現を目指すべきである。

(2) 評価指標

今後、目標の達成状況や、方策の進捗状況を評価できるよう、あらかじめ評価指標を設定するべきである。

(3) 横断的推進体制強化と責任主体

新戦略に示された目標や方策をどのように推進していくかを明確に示すべきである。これまでの戦略推進の問題点として、府省庁・国地方の全体最適を目指す推進体制が不十分であった点を示すとともに、戦略を推進するための横断的な体制の強化(行政CIOの任命や新たな推進体制の設置)が必要である。
また、IT戦略本部が、戦略推進上の横断的な責任を負うことは自明であるが、具体的な検討や実施は各府省庁に委ねられるものと考えられる。誰(どの府省庁)が目標・方策の遂行を行うのかを明らかにし、責任と権限を持って実施すべきである。複数の省庁が連携して取り組むべき課題の場合には、取りまとめ責任省庁を明らかに示すべきである。

(4) 行政改革との連携強化

総理が行革担当大臣に指示している「行政サービスの生産性向上」と国民に対する「顧客満足度の向上」は、まさにIT戦略、電子行政推進と表裏一体であり、今後、IT戦略の推進と行政改革との強い連携を図る必要がある。

(5) 国民視点の重視

世界最高水準の情報通信基盤の整備が行われた一方で、国民が十分な成果、恩恵を実感できないばかりか、行政手続きなどでは依然としてストレスを感じざるを得ない状況にある。
新戦略においても国民視点の重要性が一部に記載されているが、新戦略全体を通じて、より国民視点の重要性を強調すべきである。新戦略自体を国民全体で共有すること、進捗について国民視点で評価を受けるなど、国民世論を喚起することを通じて、戦略の着実な達成を目指すべきである。例えば、新戦略の副題として「真に国民視点に立ったデジタル社会の確立」を示すことも考えられる。

(6) 重点分野予算枠

戦略のスコープを3つの柱に絞ることは、妥当である。
重点分野については、各省の取り組みに委ねるだけではなく、予算措置、評価も含めIT戦略本部が権限と責任を持って推進すべきである。予算上は、「重点分野予算枠」を設け、IT戦略本部が重点分野への予算配分を決定することとすべきである。

(7) 他の計画との関係

新戦略は今後5年程度にわたり、IT戦略の基本となるべきものであり、他の戦略(3ヵ年緊急プラン、重点計画など)を参照しなくとも、国民をはじめとする読者が理解できるよう、その関係を明らかにするとともに、可能な限り新戦略へ取り込むべきである。

2.電子政府・電子自治体分野に係る意見

(1) 世界一便利で効率的な電子行政

これまで幾度にもわたり「世界一便利で効率的な電子行政」(IT新改革戦略など)が提唱されてきたが、未だ十分な実現に至っていない。本目標は、国民全体で継続的に共有すべき標語であり、引き続き堅持すべきである。

(2) 電子行政推進法(仮称)の制定

電子行政を強力に推進するための法律(仮称:電子行政推進法)を制定し、これにより、各府省庁・地方自治体に対して「デジタル技術による新たな行政改革」の実現を法的に担保すべきである。法律の中では、行政手続の原則電子化や、一意に国民や企業を特定できるIDの導入、セキュリティ確保やプライバシー保護のための第三者機関の設置、電子化推進のための新体制等を規定する。
具体的には、P.5において「2009年度末を目途に、以下の検討事項について、実現に向けた課題、費用対効果等の検証を整理し、基本構想として取りまとめ、IT戦略本部において決定する」とあるが、決定した事項の実施を担保するよう、「決定し、必要な法整備(仮称:電子行政推進法)を次期通常国会に提出する」といった点まで明らかにすべきである。同様に、P.5、P.6(2)(3)に「国民、企業等に関する行政情報が、他の行政機関と共有される場合には、当該情報の提出を、国民、企業等に対して、求めてはならない旨をルール化すること。」「紙中心の事務処理から電子中心の事務処理への見直しを行い、行政事務の電子的処理をルール化すること。」とされている点について「ルール化」を「法律で定める」とすべきである。

(3) 推進体制の強化

予算権限と責任を持って、トップダウンかつ府省庁・地方自治体を横断して電子行政を推進できるよう、国と地方自治体を包含した推進体制を確立すること、これを統括する行政CIOを任命することを明記すべきである。

(4) 国民電子私書箱構想について

電子行政の将来ビジョン・目標として重点を置いている「国民電子私書箱構想」について、よりわかり易い説明が必要である。「国民電子私書箱構想」は、国民利便性の向上、行政の効率化の観点から、行政機関のバックオフィスの連携およびBPRの推進と表裏一体の形で推進されるべきことを、より強調すべきである。
なお、企業については、国民個々人が求めるようなプッシュ型の行政サービスよりも、むしろ、各省庁のデータ連携による提出書類や事務手続きの重複の回避やコストの削減にニーズがある点を考慮して、検討を進める必要がある。

(5) 国民ID

電子行政を推進し、方策(3)に示されている効率的なバックオフィス連携を実現するためには、「徹底した業務プロセスの見直し」だけでなく、情報連携のための「紐付け」が必要であり、利用者である国民一人ひとり(の情報)を一意に特定できるような国民IDの導入が不可欠と考えられる。
4月に策定された「三か年緊急プラン」では、個人・企業IDの在り方について、既存のID体系との関係を整理しつつ検討し、IT戦略本部において 2009 年度内に決定するとされている。本戦略においても、国民IDの導入に向けた議論を避けることなく、期限を設けた上で検討の場を設け、法制度化にむけた方策として引き続き明示すべきである。社会保障カード、安心保障番号・カード、納税者番号など、政府与党の様々な場で、議論が行われつつあり、国全体のIT戦略を踏まえた国民ID議論を、IT戦略本部がリードしていくべきである。

(6) 政府内IT人材

本戦略が目標とする「新たな行政改革」の趣旨を実際の情報システムに反映させ、実現に向けた取り組みを加速させるためには、強力な権限を持つ行政CIOだけでなく、ITに関してスキル、マネジメント能力を持った高度人材を政府の司令塔機能の中に豊富に擁することが不可欠である。民間の人材活用とともに、中長期的な観点から、行政組織の内部に、将来、行政CIOを担うことが可能な人材を登用、育成する必要がある。

(7) PDCAサイクル

各行政機関は、IT新改革戦略評価専門調査会の評価を尊重するとともに、評価に基づく改善計画を作成し、IT戦略本部へ報告するなど、PDCAサイクル、とりわけ評価(C)から改善(A)への道筋を確立するべきである。

(8) 電子納付促進

テレビ、パソコン、携帯電話等、多様なチャネルを通じた電子政府・電子自治体をより実効的なものとするために、申請手続きのみならず、各種納付手続きにおいても、クレジットカード決済や電子マネー決済など多様な決済手段を拡充すべきである。

(9) 電子申請普及インセンティブ

電子申請の更なる普及に向けて、電子申請による証明書等の手数料の抜本的な減額など、大きなインセンティブを方策として明記し、当初の目標達成(2010年度オンライン利用率50%以上)につなげるべきである。

(10) 原則電子化の実現

IT新改革戦略では、「オンライン利用率を2010年度までに50%以上」との目標を掲げ、積極的な政策が推進されてきた。2015年に向けては、「原則、電子化」を実現するよう目的・方策を明確化すべきである。
また、役所窓口のみならず、住民の至便な場所への簡素で利便性の高い申請端末の設置、および高齢者等のIT弱者への「電子申請の支援」のあり方の検討等、パソコン等のIT機器を持たない国民に対する支援策も拡充する。

3.医療・健康分野に係る意見

(1) 国民ID(再掲)

「医療・介護分野に係るID基盤を、社会保障カード(仮称)構想の検討状況を踏まえ早期に構築する。」とあるが、前述の「国民電子私書箱構想」との関係が不明確である。医療・介護分野のみに限らず、国民生活のあらゆる場面で活用できるID基盤を構築するべきである。

(2) 遠隔医療

地域の医師不足等の問題に対して遠隔医療は有効な手段であり、より具体的な案を盛り込むべきである。
例えば、救急車の到着遅れや医療スタッフ不足等の問題に対しては、救急車内映像をモバイル回線を用いて救急本部へ送信することで、救急医療業務の効率化を図ることが可能であり、このような救急医療のインフラ整備を早急に進めるべきである。
また、特定健康診査・特定保健指導(メタボ健診)に関しては、地域の医師不足や国民の働き方の多様化等に対応するよう、ビデオ会議システムの活用を促進すべきである。この点に関し、ビデオ会議健診と電話健診の診療報酬が同じとなっていることが、普及を妨げる一因となっている。ビデオ健診は対面健診に準じた効果が期待できることから、診療報酬を対面健診と電話健診の中間程度に設定するといった措置も併せて必要である。

(3) 薬歴電子管理

サプリメントや後発医薬品等の多様化により、副作用や飲み合わせ、重複処方が新たな問題となっている。処方箋および調剤情報の電子化と合わせ、お薬手帳(患者側の薬歴管理)の電子化も進めるべきである。
平成20年4月より後期高齢者に対して薬歴管理(お薬手帳)が推奨されているが、紙媒体によるお薬手帳を複数所持したり、持参しなかったりするケースが少なくないなど、課題が多い。様々な医療機関の診察券とお薬手帳を1枚のICカードにまとめる等、利便性の高い方法を採用し、お薬手帳を電子化することによって、広く普及させる。

(4) ITによる病院経営の改善

公立病院の大半が赤字財政の中で経営を行っている状況下において、ITの活用により経営の改善に貢献できる余地は極めて大きい。国としてITを活用した病院財政の健全化を積極的に後押しするメッセージを発信すべきである。

4.教育・人財分野

(1) 実践的教育専任教員

一般的に一流と呼ばれる大学では、客観的に測定できる論文数などの研究業績が重視され、産業の実態に即した実践的教育に注力していない。大学(院)における実践的な教育が不十分だった要因分析と、その対策を講ずるとともに、実践的教育を担当する専任の教員を育成、配置するなどの抜本対策が必要である。

(2) 高度IT人材育成ナショナル・センター

産学官連携による高度IT人材の安定的な輩出に向けて、「ナショナルセンター“的機能”の充実」ではなく、新たな機関、あるいは既存の政府系機関が、予算を確保し恒常的運営を担う「ナショナルセンター」を確立すべきである。

(3) 大学における情報教育

大学において必要とされる情報教育とは、非IT系の学生に対して、自らの専門能力を高めよりよい効果を得るために、デジタル技術を高度に活用するための教育である。パソコン教育のようなITリテラシーや、小中高等学校で行うべき情報利活用リテラシー教育とは異なる点に留意してより明確に記載すべきである。

(4) 遠隔講義システム

遠隔講義システムなどの活用によって、優れた授業が多くの教育機関で聴講可能になる一方で、教育機関間の相互認定単位数の上限が制約になるケースがある。また、大学教員による教育より、外部の専門機関に委託したほうが、コスト・効果ともに上回るケースもある。
外部機関が保有する有用な教育資源・講義を、他の教育機関が遠隔等で利用することを促進するよう、教育の外部委託や単位相互認定の緩和等を行うべきである。

5.産業・地域の活性化及び新産業の育成に係る意見

地球温暖化対策等

ポスト京都議定書の目標達成、環境と経済の両立の観点から、省エネや交通制御、ライフスタイルの変革にITの果たす役割は大きい。また、高齢化社会において安心安全な交通社会を構築する上でも同様である。わが国は、これらの技術で世界に貢献していくべきである。例えば、物流分野のCO2削減については物流事業者のIT・ITS導入による効率化が効果的である。エコドライブを進める車載端末のみならず、配送計画を効率化するソフトウェア等、物流の効率化に資するIT・ITS全般の支援などを方策として盛り込むべきである。
また、グリーンITの普及促進に際しては、その導入効果を正しく計測することが重要であるが、わが国は本分野において世界的に先行しており、地球温暖化対策への貢献のため、わが国発の世界標準の取組みを推進することが重要である。

6.デジタル基盤の整備に係る意見

研究開発

世界をリードする「デジタル高度社会」の構築のためには、官民における大規模かつ継続的なデジタル基盤技術の研究開発が必要である。わが国では先進諸国と比較しても情報通信分野における研究開発の民間負担割合が高いが、昨今の経済情勢により、民間企業の研究開発投資意欲は低迷の傾向にある。IT分野、とりわけグリーンITに係る技術革新は、今後のわが国を支える糧であり、引き続き、研究開発促進税制等の支援措置に加え、国際競争力強化の観点から、政府主導による大規模研究開発プロジェクトを推進すべきである。

7.規制・制度・慣行の「重点点検」に係る意見

行政改革との連携強化(再掲)

ITの効果を最大化するために、規制・制度・慣行の是正が不可欠であり、「重点点検」の必要性に踏み込んだことについて評価する。本戦略が成立後、時間を置かず重点点検に着手できるよう、対象分野を早期に明確にするとともに、一過性のものにならないように、継続的に実施する仕組みを作るべきである。


今回の新戦略が、本格的な少子高齢化を迎えたわが国にとって、安心安全で真に国民の視点に立ったデジタル社会の確立や、地球温暖化問題への国際的な貢献、産業競争力の強化による経済活性化に資することを期待する。

以上

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