豊かなアジアを築く金融協力の推進を求める

〜債券市場整備でアジアの成長を支える〜

2010年3月16日
(社)日本経済団体連合会

豊かなアジアを築く金融協力の推進を求める【概要】
〜債券市場整備でアジアの成長を支える〜
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はじめに

世界の成長センターであるアジアは、その持てる潜在成長力を顕在化させ、さらなる発展を達成し、将来にわたって世界経済をリードしていくことが期待されている。わが国経済が、今後、持続的に発展していくためには、これに積極的に貢献し、アジアとともに成長していくことが必要である。

アジア域内の債券・株式市場の整備は、経済統合と広域インフラ整備の推進 1 によって域内の貿易・投資を活性化する上で、不可欠である。債券市場の育成については、これまでもASEAN+3財務大臣会合によるアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)、東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)によるアジア・ボンド・ファンド、アジア太平洋経済協力(APEC)による取り組み等で進められてきたが、域内の民間企業の資金調達のニーズに応えるにはいまだ十分ではない。また、株式市場においても、先の金融危機時に、株式時価総額、株式売買高、株式公開が急減するなどの脆弱性がみられたところである。

そこで、域内の長期資金需要に対して、資金調達を米ドル等外貨建ての短期借り入れに依存する現状を解消し、域内企業が直接、現地通貨建てで長期資金を調達するなどの幅広い財務手段を提供できる、多様な機能を備えたバランスある債券・株式市場の実現が必要となっている。

さらに、域内の物流関連をはじめとする広域インフラ整備や大型プロジェクトを進めていく上で、パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)等を通じた官民資金の効果的な連携が必要である。その一環として、域内債券市場の整備が重ねて求められている。また、アジア各国の貯蓄を活用するための、官民連携によるインフラ・ファンドの創設や、わが国政府機関による現地通貨建ての投融資等が必要である。

アジア域内金融協力のもうひとつの課題は、域内の貿易・投資を活性化する上で前提となる域内通貨の安定である。そのためには、チェンマイ・イニシアティブの充実が重要である。同時に、通貨安定のために市場がヘッジ手段を提供する必要があり、両者は密接不可分であることに留意しなければならない。

かかる観点から、アジア域内の金融協力推進について、下記の諸点についての取り組みを、わが国および各国政府ならびに市場関係者に改めて求めるものである。

1 広域インフラ整備の具体的な推進方法については、提言「豊かなアジアを築く広域インフラ整備の推進を求める」(2010年3月16日)を参照。

1.各国の債券・株式市場整備

これまで間接金融に依存してきたアジアの企業の資金調達手段を多様化することは、財務に係る経営の裁量を拡大し、事業活動を活性化する上で有用である。特に、現地通貨建ての債券発行は、現地に進出しているわが国企業にとっても、為替リスクを負わずに長期資金を機動的に調達できるというメリットがある。他方、アジアの投資家にとっても為替リスクのない魅力ある金融商品に投資できるというメリットがある。

かかる観点から、2020年を目標として、アジア各国において以下の取り組みが必要である。

(1) 市場インフラの整備と規制の緩和

アジア各国の債券・株式市場の発展段階は、すでにグローバルな市場となっているシンガポール、香港から、近年、整備に着手したメコン諸国まで様々である。そこで、当面、各国が発展段階に応じて、各国の国内法制度や決済システム、信用保証などを含む各種インフラ、債券流通市場におけるベンチマーク、ヘッジや裁定取引等を目的とする派生商品市場を整備することが必要である。また、これを推進する各国の知的インフラとなる金融当局関係者、市場関係者、ならびに学識経験者の知識向上が極めて重要である。

そこで、体系的かつ実務的視点から、これらの人材育成を図るために、わが国政府は、この分野で先進的な経験とノウハウを有する市場関係者と一体となり、協力を推進していく必要がある。

加えて、これら各国と、通貨・資本取引規制や税制上のインセンティブ導入について話し合う枠組みを設け、将来のクロスボーダー取引の活性化のため、規制の緩和や各国間の調和を図ることが望まれる。なお、この点については、わが国市場の整備も例外ではなく、市場関係者の積極的な取組みが求められる。

(2) アクターの育成(発行体、機関投資家、仲介機能)

債券・株式市場が発達するためには、市場インフラの整備に加えて、(1)リターンを生み出し、外部から信用力が判断できる発行体、(2)合理的な投資判断を行うことができ、また、市場のあり方について意見を持つ機関投資家、そして、(3)投資家と発行体を情報提供と魅力的な商品開発でつなぐ仲介機能が必要である。

発行市場の拡大を図るためには、各国の信用保証機能の充実が求められる。現在、現地で事業活動を行う日系企業の債券発行に対して、国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)による信用保証機能の強化が進められている。引き続き、アジア域内で起債を考えるわが国企業や海外企業に対し、民間の保証機能を補完する観点から、わが国政府の保証の対象を広げ、保証機能を拡充することを求める。とりわけ中小企業を対象とすることが重要である。

また、機関投資家は長期から短期の多様な運用ニーズを有し、投資判断のための情報や高度な金融商品、ソフト面での市場機能の充実を求めることから、これに応える仲介機関の参入につながり、結果として、資金調達手段の多様化を受けた発行市場の拡大が期待できる。そこで、アジア各国および域内における貯蓄を機関投資家に集約していくよう、政策的に後押ししていくことが求められる。この面で、わが国における経験の蓄積が活用できる。既に、わが国金融業界はこの分野の協力を推し進めており、今後は、官民が一体となって、戦略的に展開していくことが必要である。

2.広域インフラ整備のための民間資金の活用

アジア域内の広域インフラ整備について、アジア開発銀行(ADB)とアジア開発銀行研究所の共同研究(『シームレス・アジアに向けたインフラストラクチャー』、2009年)は、2010年から2020年までの11年間に約8兆ドルの財源が必要であると指摘している。

この膨大な資金を域内各国の政府財政や関係諸国の政府開発援助(ODA)だけで賄うことは困難である。そこで、わが国の官民が連携して、ODAやその他の政府資金(OOF)等を投入できるインフラ・ファンドのスキームを開発することが求められる。

また、官民の政策対話を軸とするネットワークを構築し、国際機関や官民が連携して、資本市場活用型のインフラ・ファイナンス・モデルを策定することも推進すべきである。加えて、PPP案件を対象とする民間単独のインフラ・ファンドの創設が考えられる。

こうしたファンドに対しては、国際協力機構(JICA)の海外投融資を再開して活用したり、適切な官民分担のあり方を踏まえつつ、JBICの投融資や保証機能、NEXIの保険機能を積極的に活用したりすることが重要である。加えて、ADB、世界銀行等の国際機関による投融資・保証機能を容易に活用できるようにすべきである。アジアの貯蓄をインフラ整備に活用していく上で、新規に建設する通信や電力等のインフラの運営にあたる国営企業を民営化し、例えば各国政府が保証することを前提に、現地でエクイティや債券発行による資金調達に道を開くことも検討に値する。

3.日本の債券市場の積極的な活用促進

アジア債券市場の多様性と流動性の向上はわが国の課題でもあり、国内の市場関係者の一層の取り組みが求められる。

(1) サムライ債市場の活用

アジア新興国の企業が日本のサムライ債市場を活用しやすくするため、サムライ債発行に必要な手続きの簡素化を図る他、為替や送金リスクのある国に対応するため、公的機関による保証を付与することも考えられる。また、JBICによる「サムライ債発行支援ファシリティ」 2 の延長・拡充の必要がある。こうした日本のサムライ債市場の積極的活用を通じて、金融危機の予防に加え、わが国個人金融資産の運用手段の多様化にも寄与することが期待できる。

2 昨今の市場の混乱により国債の発行が一時的に困難となっているアジア諸国に対する支援の一環として、各国がサムライ債を発行する際に、最大5,000億円規模でJBICが保証を供与する。申請期間は2009年度末まで。これまでにインドネシア、コロンビア、メキシコ、フィリピンが計3,300億円を発行。

(2) アジア金融資産の対日投資の促進

今後、アジア域内では、経済成長とともに、膨大な中間所得層が生まれることが見込まれる。これに伴い、域内での公的年金や企業年金の運用資産の増大、あるいは個人投資家の裾野の拡大が期待され、自国内だけでなく海外への投資も活発化していくものと思われる。この動きをわが国にも取り込み、わが国の債券市場への投資を促すため、官民あげて各国の関係者に働きかけていくことが求められる。

4.通貨の安定

域内貿易・投資活性化と債券市場の育成のためには、域内通貨の安定が必要である。IMF体制の下でドルを基軸通貨とする通貨体制が引き続き支配的な中で、域内通貨の一層の安定を図るためには、2009年5月にマルチ化とファンドの1,200億ドルへの増額が関係国間で合意された、チェンマイ・イニシアティブ(CMIM)を活用することが有効かつ現実的である。そこで、CMIMを更に実効性ある枠組みとするために、ASEAN+3の財務大臣会合において、実力を伴う参加国・地域の拡大と、IMFの支援との連動が発動の条件となっている金額枠(総額の80%)の引き下げを決定することが求められる。また、同時に合意された、域内の経済や為替、金融監督を一元的に監視する、独立した事務局の設立へ向けた努力を続けることが求められる。

5.東アジア経済共同体に向けた金融協力の中長期的課題

各国債券市場間の連携のためのソフト、ハード両面での各種インフラ整備は、各国内の債券市場整備の次の段階に位置づけられる。これは、種々提唱されている東アジアにおける経済共同体を構築する上で、わが国の官民が一体となって取り組んでいくべき中長期的課題である。わが国官民は、東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)、ASEAN事務局等の国際機関と協力し、域内市場の連携に向けたイニシアティブをとる必要がある。取り組むべき方向は、次の通りである。

(1) 債券取引関連の法制の整備と調和

域内債券市場はクロスボーダー取引を前提とすることから、わが国政府は、各国政府とともに、各国における発行手続き、ドキュメンテーション、決済、開示等の一連の法制度、規制の基準の統一を目指し、その調和を実現するべきである。特に、債券のデフォルト時の対応を含む、社債およびその他の債券の債権債務の調整に関して適用される法制(準拠法)をどこの国におくかを決めることが重要である。その際、わが国政府や自主規制機関を含む関係機関は、わが国の法制や事例を検討の参考に供する等、リーダーシップを発揮することが望まれる。

(2) 会計制度を含むディスクロージャーに関する制度の調和

各国の証券規制監督機関は、互いの連携や域内自主規制機関との連携を推進し、ディスクロージャーに関する制度の調和を進めることが必要である。また、投資家保護と企業の起債奨励の双方を満たす、適切で負担の少ない制度の確立を目指すべきである。会計制度については、国際的に支持されている国際会計基準(IFRS)を導入すべきである。

(3) 信用保証機能の創設・強化

ADBの下でJBICが参加する信用保証・投資ファシリティ(CGIF、7億ドル規模)を設置する構想については、ADBが着実に実現し、規模の拡大も含め継続的に強化することを求める。

(4) 域内の決済システムの整備

わが国政府は、各国政府とともに、各国の決済システムの標準化と共有を推進する必要がある。外国為替、送金のコスト低減と信頼性向上も重要な課題である。

(5) 域内の格付け機能の整備

域内の健全な債券・株式投資を推進するためには、発行体の適正なディスクロージャーに基づき適切な格付けを行う格付け機関が必要であり、整備に向けたアジア格付機関連合(ACRAA)のイニシアティブを求める。また、クロスボーダー取引を視野に入れた格付け基準の標準化を図る上で、倒産確率統計等、アジアの企業の実態を反映したものとするべきである。
併せて、インフラ・ファイナンスの格付け、プロジェクトレベルのリスク評価等が課題であり、ACRAA等の対応が期待される。

(6) 情報共有機能の拡充

投資家に対する情報の非対称を解消するために、法定のディスクロージャーのみならず、投資家向けの情報提供機会の拡大が必要である。そのためには、ADBがABMIの一環として行っているアジア・ボンド・オンラインのような情報提供活動を、民間がビジネスとして進めることのできる環境整備が必要である。特に、証券会社の果たす役割が大きく、そのための取り組みを求めたい。

以上

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