生物多様性条約における
「遺伝資源へのアクセスと利益配分」に対する基本的な考え方

2010年3月16日
(社)日本経済団体連合会
知的財産委員会

2010年10月18日から29日にかけ、名古屋において第10回生物多様性条約(CBD:Convention on Biological Diversity)締約国会合(COP10)が開催される予定である。われわれは、わが国政府が議長国として本会合を成功裏に終了させることを期待する。

但し、COP10の主要議題として、遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS:Access and Benefit-Sharing)に関する国際的枠組の交渉完了が目標とされているが、遺伝資源の定義がはっきりしていない事とも相まって内容によってはイノベーションが阻害され、経済発展に重大な影響を及ぼしかねない。以下、知的財産の観点から、われわれの懸念事項、合意すべきでないと考える事項、今後に向けた対策に関する提言につき、基本的な考え方を記す。

1.懸念事項

(1)遺伝資源の利用から生じる利益配分による国民負担の増大

国民が購入する製品・サービスの価格には、資源国への利益配分の分が上乗せされる。現在のABS国際的枠組の交渉では、ABS遵守を向上させる手段の一つとして知的財産制度の変更も議論対象となっている。しかし、合意内容によっては不合理な範囲にまで利益配分が課され、国民の負担が増大する恐れがある。さらに、遺伝資源の利用に想定外の利益配分が課された場合には、製品・サービスの提供を中止せざるを得ない。とりわけ多くの資源を輸入に頼るわが国においては、企業はもとより、最終的には国民生活に多大な影響があるものと考える。

(2)イノベーションの停滞による日本の産業の縮小

知的財産制度は、企業のイノベーション創出活動の動機付けとなり、産業の発展を支えている。産業の発展は、国民の雇用を確保し、豊かな国民生活を生み出す。現在交渉中ABSの国際的枠組によれば、知的財産制度のあり方を根幹から変え、イノベーションの創出を停滞させる恐れがある。本条約に米国が非加盟であることを併せて考えると、米国と米国以外の国間、殊に日米間でのイノベーションの発展の差が拡大する可能性を含み、グローバルに展開する企業の経済活動に大きな影響を与える。こうした事態は、産業の縮小、ひいては、雇用機会の減少を通じ、国民生活に多大な影響を及ぼすものと考える。

2.合意すべきでない事項

(1)特許出願明細書への遺伝資源の出所開示を義務化すること

(1)遺伝資源の出所の正誤に関する判断基準がなく、行政省庁で的確な審査が出来ないこと、(2)遺伝資源の入手先(販売会社など)は特定できるが、それより上流まで流通を遡って出所(最終的には原産国)を特定することは出来ない場合が多く、特許出願人は義務を負えないこと、(3)遺伝資源を利用した研究結果の一部しか特許出願されないことや、バイオパイラシー(生物資源にかかわる盗賊行為)と主張される事例は特許発明と関連性がないこと、さらには、出所開示がなされたとしても特許出願・特許発明がバイオパイラシーを阻止できる根拠はなく、CBD−ABSのコンプライアンス向上(遺伝資源の不正取得防止)に有効と考えられないこと、(4)出所開示義務に伴い、ABS遵守の証拠としてPIC(事前の情報に基づく同意)やMAT(相互合意条件)など契約内容の開示までもが特許取得の要件とされた場合、営業秘密の流出に繋がり、企業の事業戦略に支障を来たすことから、特許出願明細書への遺伝資源の出所開示は義務化すべきでないと考える。

(2)遺伝資源の出所開示を特許の成立性・有効性の要件とすること

(1)遺伝資源の出所の正誤に関する判断基準がないため、特許の価値・有効性に対して重大な不確実性をもたらし、ひいては事業そのものに不確実なリスクを負わせることとなること、(2)特許が無効になれば、特許権者である遺伝資源利用者と遺伝資源提供者の両者ともに遺伝資源使用に基づく利益の恩恵を受けることが不可能となる等、経済的な損失を被ること、(3)出所開示を特許要件とすることは、多くの国の特許制度と調和せず、少なくともわが国の特許制度の根幹に反することから、遺伝資源の出所開示を特許の成立性・有効性の要件とすべきでないと考える。

(3)ABSの対象物の範囲を「遺伝資源」より拡大すること

(1)対象物の範囲を「遺伝資源」より範囲の広い「生物資源」や遺伝資源に由来する製品、派生物(以下、遺伝資源そのもの以外を「派生物等」と称する)にまで拡大することは、出所開示義務の範囲の拡大につながり、これに伴う問題や特許要件化に伴う問題も拡大すること、(2)対象物の範囲拡大が、そのまま利益配分の対象の拡大につながり、派生物等に対する遺伝資源そのものの寄与割合に関わらず利益配分の必要が生じることから、ABSの対象物の範囲を「遺伝資源」より範囲の広い「生物資源」や遺伝資源に由来する製品、遺伝資源そのもの以外の派生物等にまで拡大すべきでないと考える。

(4)公正性・透明性が担保されないアクセス基準を作ること

(1)市場経済上合理性のない条件でのアクセスしか認められないとすれば、当該遺伝資源の人類社会への応用機会が地球レベルで失われ、イノベーションの創出機会をも逸失すること、(2)アカデミアの研究活動を阻害する制限条件の場合も、当該遺伝資源の人類社会への応用機会が地球レベルで失われること、更に、生物多様性の維持保全に必要な科学的知見を獲得する機会をも逸失することから、公正性・透明性が担保されないアクセス基準が作られるべきでないと考える。

3.提言

今後に向け、以下を提言する。

  1. 遺伝資源の提供者と利用者の間で、個別にMATによるABS契約(ボンガイドラインに定められている)を締結することを促進する仕組みを形成する。

  2. 資源国側における国境での水際取締りにより、公式承認されていない遺伝資源の輸出を防止する。

  3. 遺伝資源へのアクセス促進のための国際アクセス基準づくりを支援する。

  4. 資源国での遺伝資源の不正取得取締りを支援する国際的仕組みを創設する。

  5. 知的財産制度に関わる議論は、WIPO(世界知的所有権機関)にて行う。

  6. ABSの議論は、個別の条件毎に合意形成せず、CBDのABS国際枠組全体の中で検討する。

以上

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