国家戦略としての宇宙開発利用の推進に向けた提言

2010年4月12日
(社)日本経済団体連合会

国家戦略としての宇宙開発利用の推進に向けた提言
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われわれは衛星による気象予報や通信・放送等を毎日使っており、いまや、宇宙は重要な社会インフラの一部として日常生活に不可欠になっている。日本人宇宙飛行士の活躍も注目されている。市民ですら宇宙に行くことができる時代となりつつある。このように国民にとって宇宙開発利用は身近になった。また、宇宙には国境がなく、国際宇宙ステーションや宇宙科学等で各国が連携して国際協力が進んでいる。
こうした宇宙開発利用の推進に向けた法制度や推進体制は、わが国において着実に整備されてきた。2008年5月には、政治のリーダーシップのもと、与野党の連携のもとで宇宙基本法が成立した。これに基づき、宇宙開発利用を強力に推進する司令塔として宇宙開発戦略本部が設置された。
日本経団連では、「戦略的宇宙基本計画の策定と実効ある推進体制の整備を求める」(2009年2月17日)や「宇宙基本計画に関する意見」(2009年5月18日)において、宇宙基本計画に盛り込むべきプログラムや、5年後に予算の倍増を目指すことなどを求めた。
その後、2009年6月に策定された宇宙基本計画では、研究開発から利用ニーズ主導を目指し、今後10年程度を見通した5年間の中期的な開発利用プログラムが提示された。特に、今後5年間で様々な利用ニーズに対応するため、34機の衛星の打上げが盛り込まれたことを産業界として評価している。また、計画期間中は最大で総額2.5兆円(2009年度比で今後5年間で倍増)の資金が必要との試算が示された。しかし、2007年度から増加していた宇宙関連予算は、2010年度においては対前年度比2.6%減の3,390億円に減少した。
こうした中、2009年12月の新成長戦略(基本方針)では、重要な新フロンティア分野として宇宙が位置づけられた。宇宙産業は内外のニーズを開拓し、新たな成長をもたらすポテンシャルを有しており、6月の新成長戦略における具体的な肉付けが必要である。また、来年春に新たな科学技術中期計画が策定される予定であるが、宇宙開発が科学技術の発展に貢献する役割は大きい。
そこで、グローバルな政策課題を解決し、豊かで安心・安全な社会を構築するために、国家戦略としての宇宙開発利用を推進していくことが重要である。

1.国民の身近になった宇宙開発利用

宇宙基本法は、国家戦略上の重要分野として宇宙開発利用を位置付け、「研究開発」「産業振興」「安全保障」「外交」等を総合的かつ一元的に推進することを目的としている。開発と利用は車の両輪であり、国民生活を向上させる利用につながる開発が重要である。

(1) 国民生活への浸透

宇宙開発利用はすでに国民の生活に浸透しており、気象観測、通信・放送(BS/CS放送)、衛星測位(カーナビ、パーソナルナビ、GPS機能付携帯電話、航空管制、地図、測量、電子商取引等)、陸域・海域観測等において実績が積み上げられている。国民の暮らしに密着した衛星やロケットについては、わが国は自前で開発・製造する力を保持しているとともに、コンポーネント等は国際的な技術競争力を有している。

(2) 科学・技術の牽引

宇宙開発利用は青少年の夢とロマンであり、最先端の困難な研究開発への挑戦は科学者や技術者の知的好奇心やチャレンジ精神をかき立てる。また、理工系への関心を高め、教育・人材育成を進めるうえでも重要であり、高度な技術やシステムによる波及効果が期待される。例えば、観測衛星・通信衛星・測位衛星等による宇宙利用、天文観測や月惑星探査等の宇宙科学・宇宙探査、これらを支えるロケット等の宇宙輸送は、科学・技術を牽引しイノベーションを創出する格好の分野である。わが国の優れた科学・技術を世界に示すことは、国のプレゼンスを高めるにふさわしい。

(3) 安全保障への貢献

北東アジア情勢が依然として緊迫するなかで、地球を広域で観測できる宇宙の特性を安全保障へ活用することが有効である。宇宙からの眼、耳を使って警戒・監視、情報収集を行い、危険を一刻も早く察知することが重要であり、即応型宇宙システムの構築が不可欠である。このため他国に依存しない自律的システムの確保が重要であり、独自の宇宙輸送システムの維持・発展や高度な衛星の開発・製造・運用能力を持つ必要がある。

2.国際的に注目される宇宙外交の推進

(1) グローバル課題の解決手段

宇宙から国境を越えて観測・監視、情報伝達することは、地球環境問題や大規模自然災害等の解決に貢献する。最近では、衛星により、地球上の温室効果ガス濃度の測定や、四川大地震やハイチ大地震等の被害状況の確認や分析等で大きな成果をあげている。
また、宇宙空間は人類の共通の財産であり、スペースデブリ(宇宙ゴミ)対策など、宇宙の環境保全に配慮した衛星やロケット等を開発していくことも今後の課題である。

(2) アジア等の社会インフラ整備への貢献

近隣のアジア諸国等に対して宇宙開発利用分野でわが国が貢献していくことが重要である。まず、アジア地域における国際的な枠組みを利用して、わが国がデータセンターとしての役割を果たし、自然災害が生じた場合には衛星から得られた被災や復興に関するデータを積極的に提供することが重要である。
アジアのみならずアフリカなど広大な地域については、地上ネットワークより、むしろ宇宙システムを利用して社会インフラ整備をすることが効果的である。わが国がシステムそのものを提供し、それから得られる情報を活用することも有効である。

(3) 優れた技術力の確保による先進国間の国際協力

国際宇宙ステーションの運用・利用や宇宙科学、月惑星等の宇宙探査等の国際協力においては、優れた国産技術力を保持し、高性能で信頼性の高い宇宙システムを提供することが重要である。
国際宇宙ステーションは、わが国をはじめ米国、ロシア、カナダ、欧州諸国が20年間にわたり協力している画期的なプロジェクトである。今後は、中国など新たな国も含めた協力の促進が重要であり、広範にわたる国際的な連携強化にも繋がる。

3.新たな宇宙市場を開拓する成長戦略

(1) 宇宙産業の基盤強化

国民生活の向上や国際協力・貢献の重要なツールである宇宙開発利用を支える基盤となるのは、メーカーからユーザーにわたる裾野の広い宇宙産業である。これは宇宙機器製造業、宇宙利用産業や関連機器製造産業から成り立っており、市場規模は7兆円である。このうちユーザーが安心して利用できる信頼性の高い宇宙システムを創る宇宙機器製造業の市場規模は2,300億円程度であるが、宇宙関係予算の低迷が続いたことから、市場規模の縮小やエンジニアの減少からの回復は不十分であり、産業基盤の強化が必要である。部品レベルの生産では中小企業等もかかわっているが、品目数はこの10年で大幅に減少し、撤退するメーカーも増えている。他方で、輸入した宇宙機器の品質・納期の不安定化が顕在化している。宇宙機器の長期的な安定調達のため、国産化の促進や、民生部品等の宇宙における利用の推進が必要である。
宇宙産業の市場は、各国において官需が主体である、そこで培われた産業基盤を活用することによって、民間の活動の活性化を図ることができる。民間企業による外国衛星の製造やロケットによる打上げ受注の成功事例が出てきたが、民間事業が成立し、競争力を確保するために、政府が長期的、安定的に民間から調達するアンカーテナンシーを確立することが重要である。また、民間衛星の能力の一部を政府が防衛目的で利用する、いわゆるデュアルユースの場合には、民間関係者による防衛情報の保全が必要である。
実用衛星の国際公開調達を規定した1990年の日米衛星調達協定は世界に例がないものである。自国の衛星を優先して調達しているのが世界各国の実態であることから、同協定は廃止すべきである。少なくとも、気象衛星を含め公共の安全の確保に資する衛星については、そのカテゴリーに入らないことを明確にすべきである。
民間オペレーターについては、運用する衛星の数が国際競争力の強化にあたって大きな鍵を握っている。PFI(Private Finance Initiative)をはじめとするPPP(Public Private Partnership)は、民間活力や資金を導入することで効率性を高め、政府にメリットがあるだけでなく、民間にもスケールメリットが働くことから、積極的に活用すべきである。さらに、種子島の射場への衛星の運搬の利便性を高める必要がある。
また、民間企業の新規参入や活動への支援など産業振興、情報保全に向けた宇宙関連法制を整備すべきである。

(2) 官民連携による内外の市場開拓

宇宙からはボーダーレスに地球を捉えることができ、広域にわたってリアルタイムでサービスを提供できる。こうしたことから、アジア等をはじめ内外の市場をターゲットとして宇宙産業の販路を開拓することで新たな成長が可能となる。
宇宙利用の拡大には、公的利用と民間利用を開拓し創出するための官民一体となった取り組み、仕組み作りが重要となる。その際、ユーザーのニーズに的確に応えていくには、高度な技術力、宇宙システムの整備が不可欠である。
また、利用しやすい簡便なシステムも重要であり、ユーザーの裾野を拡げることで、地域の活性化にも役立つ。
宇宙における技術の進展は速く、諸外国に遅れをとらないためには、官民による戦略的技術開発、その飛行や軌道実証の推進が必要である。国際市場でユーザーから評価されるためには、実証機会を増やして実績を積んで信頼を得るとともに、量産化による品質の安定化やコストの低減が重要である。部品等の品質の向上や共通化を図ることなども必要である。また、市場にタイミング良く参入していくためには、短いサイクルで実証機会を作らなくてはならない。
国際協力・貢献の観点からは、ODA等を活用して官民が一体となって、優れた社会インフラとなる宇宙システムや地上システムにより質の高いサービスを提供することが重要である。その際、民間メーカー、オペレーター、官が知恵を絞ってパッケージ提案をしていくことが不可欠である。外国政府、国際機関、企業等からの商業ベースの受注・販売についても、政府のトップセールスが鍵を握っており、官民連携によりチームジャパンとして対応していくことが重要である。

4.今後の展開

(1) 10年程度の将来の姿

宇宙開発利用の自律性、自在性を確保し、国民生活の向上や安全・安心の確保、産業の活性化等が一層進展する。宇宙科学や月惑星探査において世界をリードする。打ち上げ実績を重ね、高い信頼性と性能が実証された衛星、ロケットや宇宙機器が国際市場において受注を次々に獲得し、日本射場から打ち上げられる。特に小型衛星については内外の利用が進む。また、ロケットの継続的な開発によりわが国の宇宙輸送能力が確保される。研究開発や運用に必要な内外の地上の施設・設備が適切に整備・維持・更新される。
ODAによって、途上国の社会インフラとして日本の宇宙システムが活用される。民間オペレーターは海外においても積極的な活動を展開する。宇宙空間では、日本のロボット技術を活かしたスペースデブリ対策が効果をあげる。宇宙産業は内外において、現在の2倍程度の市場規模を目指す。

  1. 観測
    宇宙観測分野においてわが国が世界のリーダーとなる。観測データの標準化により、データ処理における国際標準をわが国が打ち立てる。データ提供の条件等を規定した標準的なデータポリシーが作られる。衛星のシリーズ化により、観測データを継続的に取得し、アジア諸国等での利用もさらに進む。
    陸域・海域観測では、地震や津波等の被災状況に関する詳細かつタイムリーな把握と被災者の救助に貢献する。
    気象観測では、降水・雲等の分布の把握等により気象予報の精度が高まる。
    環境観測では、世界の気候変動や二酸化炭素の排出状況について地上では把握不可能な地点の正確な把握、地球規模での環境対策、低炭素化が実現する。
    宇宙環境観測では、スペースデブリ監視システムが実現するとともに、ロボット技術によってデブリ除去が行われる。
    小型衛星群を用いたリアルタイムな観測データ提供システムが実現している。そのデータを利用した新産業が生まれ、雇用が創出される。

  2. 通信・放送
    通信・放送については、事業者が衛星中継器を広帯域で利用し、スーパーハイビジョン放送や高速ダウンロードを低価格化したサービスが実現する。国内にとどまらずアジア等でも、高度な通信・放送サービスを展開する。このため、静止軌道における適切な位置が確保される。大型バスやミッションの技術開発の進展により、長寿命化など高性能化が実現する。

  3. 測位
    衛星測位については、準天頂衛星の7機体制により、他国に依存しない自律的衛星測位システムが実現するとともに、軌道の特性を活かしてアジア・オセアニアにも衛星測位サービスを提供し、国際貢献する。センチメートルレベルまでの高精度測位を用いて、救難救助や、携帯電話による子供や老人の見守りや被災時の確実な誘導等ができる。農業や土木作業の自動化・効率化が可能となり、低炭素化に貢献する。

  4. 安全保障
    安全保障については、10機以上のIGS(情報収集衛星)により、1日数回の同一地点の監視体制が実現する。また、地上の活動を把握できる数十センチメートルレベルの解像度が実現する。自主技術を主体に開発した早期警戒衛星を保有し、弾道ミサイルの発射について、瞬時に把握できる。電波情報収集等の多機能弾力的情報収集・偵察監視手段として、小型即応システムが配備される。専用通信衛星を保有し、独自の通信網を強化する。

  5. 宇宙科学・月惑星探査
    X線・赤外線・電波天文観測や、月惑星探査が進展する。国際協力等も活用しながら、世界最先端の成果を継続的に創出し、世界をリードする。

  6. 有人宇宙活動
    有人宇宙活動については、国際宇宙ステーション等を活用した宇宙環境利用により宇宙医学・生物学の研究データを集積し、新薬の開発などライフイノベーションに貢献する。HTV(宇宙ステーション補給機)の技術の利用・発展系として宇宙ステーションから地上への回収機、軌道間輸送機等が実現している。低軌道への宇宙輸送の料金が下がり、宇宙観光ビジネスが登場する。

  7. 宇宙太陽光発電
    静止軌道上の宇宙太陽光発電システム小型実証衛星により、太陽エネルギーの本格的利用に向けた技術実証が進展し、グリーンイノベーションに貢献する。

  8. 教育・人材育成や新産業創出等
    内外の中小企業・ベンチャー企業や大学等の研究機関において、小型衛星によるリアルタイムの観測データ等の利用が進むとともに、教育・人材育成や新産業の創出に貢献する。

(2) 当面4年程度の取り組み

アジアやアフリカを重点地域とし、官民が連携してODA等も活用して、宇宙システムの提供・販売を行うとともに利用を促進する。基幹ロケット・小型ロケットの宇宙輸送システムについて継続的かつ着実に開発を行う。ユーザーのニーズに迅速に対応し、コスト面で競争力のある小型衛星システムの開発を行う。国際市場をターゲットにした、わが国が競争力を持てる将来の部品、コンポーネント、システムについて国際標準化も視野に入れて産学官で研究開発を行う。
新成長戦略に盛り込むべき当面する個別分野ごとの重要プログラムの例を、以下の表に掲げた。特に安全保障については、本年中に策定される新たな防衛大綱および中期防衛力整備計画において、早期警戒衛星、偵察衛星、通信衛星等による防衛目的の宇宙利用を盛り込むべきである。

分野具体的なプログラム
観測 陸域観測衛星(だいち2号、だいち3号)の開発
小型光学・レーダー実証衛星(ASNARO、ASNARO2)の開発
地球環境変動観測ミッション(GCOM-W、C)のシリーズ化
小型衛星群を用いたリアルタイム観測情報提供システムの研究開発
データ中継衛星の継続的運用
通信・放送 地上・衛星共用携帯電話システムの研究開発
超高速インターネット衛星「きずな」や技術試験衛星「きく8号」の利用実証等
測位 2010年夏に打上げ予定の準天頂衛星初号機「みちびき」の高精度測位による安全・安心等のサービスの利用実証、24時間の測位が可能なシステムの構築のため2号機と3号機の開発
安全保障 情報収集衛星の高精度化と安定的な4機体制の構築
早期警戒衛星のセンサー機能の研究開発
電波情報収集機能の研究
宇宙科学・
月惑星探査
X線天文衛星(ASTRO−H)、水星探査機(MMO)、小惑星探査機(はやぶさ2)の開発
小型科学衛星(SPRINT等)のシリーズ化(5年で3機程度)
月面着陸・探査ミッション の検討
有人宇宙活動 国際宇宙ステーション実験棟「きぼう」の利用促進
HTV(宇宙ステーション補給機)の年1回の安定的な打上げ
国際宇宙ステーションから地上への回収可能なシステムの研究開発
微小重力環境を利用した創薬・医療分野の実験システムの開発
その他 基幹ロケットの信頼性、運用性、打上げ能力、安全性等の向上に資する開発
小型ロケットの開発
射場および地上局の整備

5.推進体制の強化

(1) 宇宙開発戦略本部のリーダーシップの発揮

国家戦略としての宇宙開発利用の推進に向けて、司令塔として宇宙開発戦略本部の一層のリーダーシップの発揮が重要である。同本部は各省庁の施策の総合調整を強力に図るとともに、予算の管理等を行う必要がある。本部に特別予算枠を設け、各省庁の重要プロジェクトや施策の推進を図ることも効果的である。今後の利用の拡大のためには、各省庁や地方自治体等の利用を開拓していくとともに、宇宙産業振興に向けて産業界の意見等を反映する仕組みを作り、PDCA(Plan Do Check Action)サイクルのもとで開発と利用を一体化して評価することが重要である。
また、宇宙基本法による宇宙開発戦略本部事務局の内閣官房から内閣府への移管が遅れているが、円滑かつ迅速に行うべきである。
将来的には、宇宙開発利用の推進体制のさらなる強化に向けて、わが国の宇宙政策を総合的かつ一元的に進めるための宇宙庁構想も含めて検討すべきである。ただし、安全保障分野については、情報公開を基本とする宇宙科学や研究開発とは性格が異なり、高い機密性が保持できる体制が必要である。

(2) JAXA(宇宙航空研究開発機構)の見直し

宇宙基本法においては、宇宙開発利用に関する機関の見直しが求められている。まず、中核的機関であるJAXAについては、研究開発にとどまらず、国民生活の向上や産業の発展に資するよう、開発から利用をシームレスにつなげ、総合的・効率的な推進ができる体制にすべきである。宇宙科学部門については、科学者の大胆な発想が活かされるボトム・アップ型の強化に向けて見直すべきである。
宇宙開発戦略本部事務局の内閣府への移管に伴い、実施機関であるJAXAについて、内閣府が積極的に関与するとともに、利用省庁も幅広く共管すべきである。このため、宇宙航空研究開発機構法の改正が必要である。また、利用省庁においてもJAXAの開発における連携強化と、利用拡大に向けた取組みが必要である。

以上

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