人口7400万人のトルコは、地政学的に重要な欧州とアジアの結節点に位置し、安定した政治と堅調な内需等を背景に力強い経済発展を遂げている#1。
わが国は、世界屈指の親日国であるトルコと古くから交流を深め、多方面にわたる友好関係を構築してきた。わが国企業のトルコ事業は、1970年代の建設・インフラ分野の円借款案件や、1980年代の自動車の生産開始を経て、近年ではこれらの産業分野に加えて、保険、宇宙開発、医療、化粧品等、事業の多様化が進みつつある。しかしながら、日ト間の貿易・投資の現状#2は、両国の事業機会が十分に開拓されているとは言い難い。
さらなる経済発展の潜在力を有するトルコにおいて、わが国企業がこれまで以上に積極的にビジネスを展開していくためには、他国企業に劣後しない競争条件を確保するとともに、円滑でより効率的な企業活動を可能とするビジネス環境を整備することが不可欠である。
経団連は、予てよりトルコ海外経済評議会(DEIK)との合同経済委員会等を通じて、両国の経済交流を活性化し、新たな商機を開拓するためには、日・トルコ経済連携協定(EPA)が必要であると主張してきた。また、両国政府は、現在、二国間の経済分野における協力に関する覚書への早期署名を目指しており、わが国経済界は、こうした政府間の取り組みによって、日ト経済関係拡大の枠組みづくりが進展することを期待している。
こうした見地に立って、経団連は、日ト経済関係のさらなる拡大と深化に向けて、以下に掲げる関心事項等を踏まえ、日・トルコEPA締結に向けた政府間交渉の早期開始を強く求める。
トルコは、若く優秀で勤勉な労働力が豊富なことから、生産拠点としても極めて有望である。また、人口は中長期的にみて増加基調にあり、若年層を中心に消費意欲は旺盛である。経済成長に伴い、中間層が厚みを増し購買力の上昇も著しく、市場としての魅力は一層高まっている#3。
今後製造業においては、周辺諸国市場向けの輸出型生産拠点にとどまらず、高い消費意欲に支えられたトルコ国内市場も対象とした事業展開への期待も大きい。
トルコでは、すでにわが国企業が、多くの基幹インフラ整備プロジェクトに参画し、実績をあげている。国民生活の向上や国内産業の発展に不可欠なインフラ整備需要は引き続き高く、今後も多くの大型案件が計画されていることから、建設、交通、IT・通信、電力等の分野において、わが国のパッケージ型インフラ輸出の促進が期待される#4。
トルコは東西の交通の要衝にあって、EU、中東、アフリカ、中央アジア等、周辺諸国との間で長い経済交流の歴史を有する。こうした規模が大きく今後高い成長が見込まれる諸国の市場に容易にアクセスできることは、トルコの競争力を大いに高めている。
こうしたトルコの特長を踏まえ、わが国企業はこれら周辺諸国を含む物流や事業統括の拠点をトルコに設置することや、トルコと民族的・文化的共通点を有する中東・北アフリカや中央アジアなど第三国においてトルコ企業と協業することなどを通じて、広範な地域でビジネスの拡大を図ることができる。こうした諸国のうち、わが国とのFTAの空白地域となっているところについては、日・トルコEPAを通じて、トルコのFTAネットワークの活用も有益である。また、周辺地域に対し近年積極的な外交を展開し存在感を高めるトルコは、企業活動に必要な情報を着実かつ迅速に収集する拠点としても重要性を増している。
このように、わが国企業はトルコを広域ビジネス統括拠点、ひいてはグローバルな事業展開における戦略拠点とすることによって、トルコならびに周辺地域のダイナミズムを効果的に活用した事業を展開することが可能となる。
わが国とトルコは、ともに20カ国・地域首脳会議(G20サミット)メンバー国#5として、今後も国際社会で協力し、あらゆる保護主義的措置を回避し、自由貿易を推進する責務を果たしていく必要がある。両国の経済規模や、世界経済に担う役割の大きさに鑑みれば、双方は包括的で質の高いEPAの締結を目指すべきである。
両国は、わが国企業の高い技術力と、トルコ企業の周辺地域における豊富なビジネス経験・ノウハウ等、互いの強みを活かした経済関係を構築することが肝要である。日・トルコEPAは、すでに協力関係を確立している分野のみならず、中長期的にみて有望な新規分野において、互恵的なビジネスの推進に資することが期待される。
トルコでは、突然の制度変更等により、しばしばビジネスの現場が混乱し、在トルコ日本企業の業務に支障を来たしている。規制・制度の改変にあたっては、事前の意見表明の機会の確保や十分な猶予期間の設定等、予見可能性の向上や安定性の確保を担保する仕組みが必要である。
トルコは、1996年にEUと関税同盟を締結するとともに、EU域外諸国とのFTA戦略も積極的に展開している。すでに締結済みの北アフリカやバルカン諸国とのFTAに加えて、最近ではアジアや中南米諸国とのFTA締結に向けた動きを加速しており#6、EUとのFTAを発効させた韓国とのFTA交渉も本年6月までに妥結するとの見通しが伝えられている#7。こうしたトルコと第三国のFTA締結状況を注視しながら、日・トルコEPAによって、わが国企業は他国企業と対等あるいはより好ましい競争条件を確保する必要がある。
現在トルコは、最大の貿易・投資パートナーであるEUへの加盟交渉#8などを通じて、EUの制度・ルール・基準への調和を目指している#9。他方、わが国は、EUとのEPAの交渉開始に向けたプロセスを進めている#10。日・トルコEPAでは、日・EU EPAを通じて実現を目指す事項にも留意しつつ、日ト双方の制度・ルール・基準との整合性を確保すべきである#11。
わが国経済界としては、日・トルコEPAを通じて、以下の事項が実現されることを強く期待している。交渉に当たってはこれらに留意し、協定に反映させるよう要望する。
わが国の対トルコ輸出の9割超を占める機械製品(自動車、建設機械、船舶など)、工業用品(化学品、タイヤなど)、工業用材料(金属品、繊維製品など)において、トルコとの間で関税同盟やFTAを有す国の企業は、関税面の恩恵を享受している。特に、自動車の基幹部品や高付加価値品等、現地調達が必ずしも容易でない品目を中心に、関税引き下げ・撤廃を実現すべきである#12。
また、税関手続きの簡素化および貿易円滑化を図るべきである。多くのわが国企業から、窓口における提出書類、法令解釈、対応が担当官によって異なるなどの問題が指摘されている。一貫した運用によって、透明性・効率性を向上させることが重要である。窓口において統一的な対応をとるよう周知徹底するとともに、税関手続きの電子化を推進すべきである。
トルコ独自規格とCEマーキング#13の調和をはじめ、規格・基準認証手続きの簡素化を図るべきである。CEマーキング未取得の日本製品、特に化学品や、トルコにおける大規模建設プロジェクト等で使用するためトルコに持ち込む機械等については、JIS規格との相互承認の実施を要望する。
就労許可の発給・更新に関し、発給要件の緩和や手続きの簡素化を図るべきである。特に、発給要件にあるトルコ人雇用義務#14は、人件費負担の増加をもたらすことに加え、柔軟で円滑な人的資源の配置が困難になるなど、わが国企業がトルコ事業拡大を目的にトルコ拠点において機動的な人員計画を実施する際の障壁となっており、早期に見直すべきである。
よって、就労許可の迅速な発給ならびに有効期間の延長が望まれる。特に、トルコで大規模インフラ整備プロジェクトに携わる日本人技術職に対する就労許可の発給については早急な改善が求められる。
2012年2月1日、十分な周知期間を経ずに滞在許可期間の短縮措置が導入されたことにより#15、日本からの人員派遣に支障を来たしている。当該措置を早期に緩和すべきである。
また、2011年3月2日、トルコの社会保険規則が改正され、トルコへの派遣期間が3カ月を超える外国人労働者を対象に、トルコの社会保障制度への加入が義務付けられた。これにより、トルコに進出したわが国企業の駐在員に社会保険料の二重負担が生じている#16。すでにトルコと社会保障協定を締結済みの国の企業と比較してわが国企業が競争上不利となっており、日・トルコ社会保障協定の早期締結を要望する#17。
最恵国待遇の付与とともに、市場アクセス、内国民待遇の付与については、ネガティブリスト方式を採用するよう求める。自由化を留保する場合ならびにすでに十分な自由化が行われている分野は、現状維持を義務付けるべきである。WTOで約束された内容を超える水準を目指し、一層の自由化を図るための見直し条項を設けるべきである。
多くのわが国企業が、トルコを国内市場はもちろん周辺諸国を含む広域市場を対象とする生産拠点として極めて有望と考えていることから、日トルコ投資促進保護協定(1992年署名、93年発効)では網羅されていない投資参入段階における内国民待遇の付与など、保護の強化と高水準の自由化を達成すべきである。例えば、国産化要求、輸出要求等のパフォーマンス要求を禁止すべきである。トルコでは輸出要求が投資インセンティブと結び付く事例が報告されている#18。外国企業に対する規制の緩和・撤廃に関し、ネガティブリスト方式の導入を求める。
電源アダプターなどPC周辺機器類などの模倣品被害が報告されている。模倣品の取締りや罰則を強化し、具体的対策と成果を定期的にレビューすることによって、より実効性の高い知的財産権の保護に取り組むべきである。
トルコはWTO政府調達協定のオブザーバー国にとどまっている。同協定への早期加盟を期待するとともに、透明性、最恵国待遇、内国民待遇等について、少なくとも同協定と同水準の内容を確保すべきである。
反競争的行為に係わる紛争を回避・軽減するため、競争当局が協力して対処する体制を整備すべきである。一方の競争当局が具体的決定や措置を実施する前に、他方の競争当局への通報を義務付けるべきである。
原産地証明発給の利便性を高めるため、認定輸出者による自己証明制度を導入し、手続きの簡素化、円滑化を図るべきである。原産品判定にあたっては、関税分類変更基準(CTCルール)、付加価値基準(VAルール)、加工工程基準(SPルール)のいずれかから選択する制度を採用することが望ましい。これに関連し、原産地規則の累積規定も整備すべきである。
わが国企業のトルコにおける事業を円滑に進めるためには、上述の項目で網羅されない分野についても、ビジネス環境の一層の整備が望まれる。
特に、徴税制度においてわが国企業は様々な課題に直面している。徴税制度の効率向上や透明性確保を一層推進する必要があり、例えば、印紙税の定額制への変更・徴収における内外差別の撤廃#19、VAT還付の徹底、RUSFの見直し#20等を通じて、最恵国待遇および内国民待遇付与に基づく公正衡平な事業環境を実現すべきである。
また、法制度が頻繁に変更され、企業の日常業務の遂行に支障を来たしている。規制・制度の導入や変更に際しては、十分な周知期間の設定とともに、事前の意見照会(パブリック・コメント等)の実施や、事前の協議が望まれる#21。
国営郵便会社(PTT)を通じた公的通知の発送・到達が遅延し、業務に支障が生じる場合があることから、サービスの改善が求められる#22。
以上のような事業環境について両国官民が定期的に議論し、企業が直面する諸課題を解決するための「ビジネス環境整備に関する委員会(仮称)」を設置すべきである。