アジア太平洋地域の域内協力のあり方に関する基本的考え
1994年APEC閣僚会議・非公式首脳会議への提言
1994年11月7日
社団法人 経済団体連合会
はじめに
アジア・太平洋地域、とりわけ東アジアは「世界の成長センター」として目覚ましい
発展を遂げており、この地域の将来は21世紀に向けた世界経済の行方に大きな影響
を与える。
東アジア地域の経済発展の特色は、その初期の段階で政府が民間部門育成のため市場
に深く関与し、民間部門が競争力をつけてくるのに伴い、それまでの保護主義的政策
を順次転換し、貿易・投資の自由化を進めたことにある。すなわち、関税の引下げ、
輸入数量規制の削減、外資規制の緩和、国営企業の民営化などの自由化措置や規制緩
和が、域内の貿易、投資、技術協力の活発化につながり、市場の拡大と発展に寄与し
た。また、域内の経済活動の発展過程において、日本からの対外直接投資が果たした
役割は大きい。
このように東アジア地域経済圏の形成は、市場原理の浸透を通じた民間の経済活動の
活性化によって導かれてきた。これは、政治的、文化的価値観の同質性に基礎を置い
たEU(欧州連合)や対米貿易依存度が7割に達するカナダ、メキシコが米国と結ん
だNAFTA(北米自由貿易協定)など政府間の制度的枠組み作りが先行した地域経
済圏の形成とは大きく異なる。
経団連では、本年3月、アジア経済の成長を維持し拡大するために日本はどのような
役割を果たすべきかについて「アジアの持続的な発展を図るための協力(中間報告)
」を取りまとめた。その中で、
- 国内の規制緩和、市場開放の一層の推進
- 投資、人材育成、技術移転などアジア諸国の産業構造高度化への協力
- GATTに基づく世界の自由貿易体制を維持するため「開かれた地域主義」
実現のための協力の必要性
を指摘した。これらの主張に対しては、同月、東アジア11か国・地域の経済界首脳
を招き、経団連が主催した「アジア隣人会議」の参加者からも賛同を得ることができ
た。本年11月のインドネシアでのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)を前にし
て、アジア太平洋地域の域内協力のあり方に対する関心が増している折から、経団連
ではこれまでの議論を整理し、ここに改めてその基本的考えを明らかにする。
APECの評価
昨年のシアトルでのAPEC会合以来、アジア太平洋地域の貿易、投資を中心とする
経済活動に域内共通のルールを設けようとする考え方が浮上している。これに関連し
、既に賢人会議や民間グループから域内協力の将来ビジョンに関する各種提言が行わ
れている。来るAPEC閣僚会議、同非公式首脳会議では、こうした提言を受けて、
貿易・投資の自由化や域内産業・経済協力をめぐり議論がなされるものと予想される
。
- 貿易・投資の自由化
APECでは、関税・非関税障壁の削減、基準・認証の共通化、投資環境の整備など
が検討されてきた。経団連としては、経済成長の原動力である民間の自由な活動をさ
らに促進する形で、関係各国・地域が貿易・投資の自由化に積極的に取り組むことを
支持する。但し、アジアは文化的背景も経済的発展段階も相互に異なる多様な国・地
域の集合体である。貿易・投資の自由化に期限を設定する際には、このようなアジア
の実情を十分考慮し、相互に相手の立場を尊重し理解する努力を続けながら緩やかな
合意を目指すことが肝要である。また、人権、労働基準、環境保全などの問題につい
ては、貿易・投資自由化の議論と切り離して解決策を探るべきである。
多角的な自由貿易によって恩恵を受けてきたAPEC域内各国・地域が域内の自由化
を進めるに当たっては、GATT/WTOとの整合性を保つことを基本とすべきである。
そのためには、
- 域外諸国にも自由化の成果を万遍なく無条件に適用することが重要であ
る。これに関連してEUなど第三国の自由化を促すために、条件付きで最恵国待遇を
域外適用した方が、世界大の自由化実現に効果的であるとの主張がある。しかしなが
ら、最恵国待遇の条件付き付与は閉鎖的、保護主義的と受け取られるおそれがあり、
APECが旨とする「開かれた地域主義」の考え方とは相いれない。
- 域内各国・地域間で経済上の紛争が生じた場合には、GATT/WTO
もしくはAPECの紛争処理メカニズムを活用し、差別的な二国間合意や一方的措置
を封じることで多角的な自由貿易経済体制を堅持すべきである。今後のAPECのあ
り方を考えるうえでは、NAFTA、AFTA(ASEAN自由貿易地域)、CER(豪州ニュージーラン
ド経済協力緊密化協定)などの域内自由貿易圏の動きも併せて注意深く見守っていく
ことが重要である。
- 21世紀に向けた新たな国際貿易経済秩序の形成に当たっては、アジア
地域なかんずく世界人口の2割強を占める中国が積極的に議論に参加することが重要
である。その意味でGATT非加盟国の中国などをメンバーに含むAPECの役割は
大きい。経団連としては、中国などのGATT/WTOへの早期加盟を支持する。
これまでのAPECの議論の中で、規制緩和や政府部門の合理化、効率化が重視され
て来なかったのは残念である。政府は、経済活動に関するルールを民間に押し付ける
べきではなく、経済成長の原動力である市場メカニズムをより一層機能させるべく、
市場から規制を取り除くことに力を入れるべきである。これに関連して、各国・地域
の競争政策の協調について話し合うことも有益である。
- 域内の産業・経済協力
APECでは、貿易・投資の自由化の議論とともに、技術移転、人材育成、エネルギ
ー、海洋資源保全、漁業、運輸、観光、電気通信などの分野における域内協力につい
ても検討を行っている。アジア諸国の中には、産業インフラや人材開発が不十分で、
先進国からの協力を必要としている国も多い。特にサポーティング・インダストリー
の構築に対する協力要請は強い。後発国の国造り、人造りに先進国や中進国が協力す
ることは、後発国の投資環境を改善し、地域全体の市場拡大と経済活動の一層の活性
化に寄与する。こうした域内を通じた産業・経済協力は、経済活動の主体である民間
企業の積極的関与なしには実現しえない。従って、各国間の政策調整や域内での具体
的な協力プロジェクトの立案、実施に当たっては、当初から民間の意見を十分反映す
べきである。
アジア太平洋地域の協力における日本のあり方
来年わが国はAPEC議長国として、アジア太平洋地域の協力に積極的なイニシャテ
ィブをとることが期待されている。日本政府は1977年の福田ドクトリン以来、ア
ジア重視、ASEAN重視の姿勢をとっており、ODAの約6割をアジア諸国に供与
し、インフラ整備、人材育成に協力してきた。また、民間企業も貿易、投資、技術移
転などを通じ、アジア地域での雇用創出、人材養成、産業の高度化、サポーティング
・インダストリーとなる中小企業の育成などに取り組んできた。こうした分野での官
民による協力は引き続き重要であり、アジア太平洋地域の経済発展に不可欠である。
また、今後は二国間の協力のみならず、多国間の協力関係の構築にも取り組むべきで
ある。
特にアジア地域の急速な経済成長に伴い、環境保全対策は国境を越えた関心事項にな
っており、域内各国・地域の官民が全力を挙げて取り組むべき重要課題である。経団
連では1991年に「地球環境憲章」を制定し、世界の良き企業市民たることを旨と
して、全地球的な環境保全と地域生活環境の向上に企業が主体的に取り組むべく行動
指針を公にした。わが国企業が有する環境保全に関わる技術・ノウハウを活用し、進
出先にも積極的に移転する必要がある。また進出先の環境基準の遵守はもとより、同
基準が日本より緩やかな場合は、自主的により厳しい環境保全努力を行うべきである
。
世界第二位の経済規模を持つわが国は、市場の一層の開放を進め、アジア太平洋地域
からの製品輸入の拡大に努めることが一段と強く求められている。そのためには、
GATT合意の前倒し実施を含めた関税の引下げや原則自由・例外規制の方針に基づく
規制緩和を断行し、日本市場がアジア太平洋地域における透明で開放的な市場形成の
先導役となることが重要である。特に規制緩和は、内外価格差の是正と商品・サービ
スの選択幅の拡大を通じて、豊かな国民生活と新たなビジネス・チャンスをもたらし
、市場における自由競争の活性化につながる。経済社会の透明性を高めることは、わ
が国と国際社会との調和の実現に資するものである。
域内の民間経済界の連携強化
アジア太平洋地域における企業活動の国際展開が活発化するのに伴い、域内企業に共
通の関心事項も増えている。APECなどの議論の場へ民間企業の声を反映させるた
めにも、経済界相互の情報・意見交換の必要性が高まっている。
経団連では、アジア太平洋地域の民間経済界の連携強化に積極的に取り組む覚悟であ
る。その一環として、本年3月のアジア隣人会議に続き、来年後半、内外の関係経済
団体とも協力し、APEC参加国・地域の経済界首脳を招き、APB-Net(Asia Pacific B
usiness Network)の第2回会合を大阪で開催することにしている。
民間経済界は、これまでアジア太平洋地域の経済成長の推進母体として機能してきて
おり、今後の域内協力においても引き続き重要な役割を担っていく。このような認識
のもと経団連では、来年早々にもASEAN諸国やベトナムに政策対話ミッションを
派遣して、関係各国の政府要人や経済界首脳との意見交換を予定している。1995
年のAPEC大阪会議に向け、民間経済界の声を政府間の話合いの場に伝え、その実
現に向け強く働きかける所存である。
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