社団法人 経済団体連合会 新産業・新事業委員会中間提言

「新産業・新事業創出への提言 ─ 起業家精神を育む社会を目指して」

第2章 新産業・新事業育成に必要な環境づくり


新産業・新事業が発展していくためには、自由で開放的な市場の存在とともに、リスクとそれに見合った報償をシェアするための様々な仕組み、人材の流動化、研究開発への支援などの環境づくりが必要である。

  1. 自由で活力ある市場経済の実現
    1. 内外に開かれた流通チャネルの構築
    2. 新産業・新事業が生まれ育つためには、その提供する製品やサービスが市場で正当な評価を受けられることが必要である。市場が様々な力で歪められ、新たな参入者を拒むものであってはならず、自由、透明、公正で内外に広く開かれた市場こそ、新産業・新事業の基盤である。
      しかしながら、わが国では、公的規制とともに、生産系列や流通系列を基本とする企業行動や独自の商慣行が、市場構造を閉鎖的で判りにくいものとしており、内外からの新規参入を妨げているとの指摘がある。これらが一定の経済的合理性を持つものであるとしても、内外に理解される透明な商慣行を確立し、新規参入を容易にしていくことが重要である。

    3. 規制緩和の推進を通じた新たな事業機会の創造
    4. 自由で活力ある市場の実現を妨げる最大の要因は公的規制である。経済改革研究会が指摘した通り、「規制緩和によって、企業には新しいビジネス・チャンスが与えられ、雇用も拡大し、消費者には多様な商品・サービスの選択の幅を拡げる」(平成5年11月「規制緩和について」)。経済的規制は原則自由、社会的規制も自己責任を原則に最小限に抑え、企業の創造的活動を促すことが、新産業・新事業が生まれ育っていくための前提である。
      経団連では、昨年4月および11月の2度にわたり、事業活動を妨げている様々な規制について撤廃・緩和を求める具体的提言を行い、政府に実効ある規制緩和推進計画の策定を働きかけてきた。しかし、今年3月、政府が公表した規制緩和推進計画は、今直ちに必要な規制緩和に充分に答えたものとはならず、行政の規制的体質の改革はこれからの課題である。
      新産業・新事業の展開のために、規制緩和推進計画に盛り込まれた内容を着実に実施していくことは勿論のこと、あらゆる分野でさらに広範かつ徹底的な規制緩和を進めていくべきである。例えば、
      1. 情報通信はこれからのリーディング産業であり、行政、司法、教育などの公的分野でのネットワーク化を先導的に進める必要がある。
      2. 高齢化時代に即した医療・福祉は、個別化・細分化されたニーズに応える民間サービスによってより充実したものとなる。現在、医師以外の者が病院経営等を行うことは禁じられているが、病院・医療法人の経営について民間活力を導入すべきである。また、在宅ケアに民間サービス業者が参入できるよう、指定訪問看護事業者の対象の拡大等が必要である。併せて、医療の効率化、患者の利便向上のためにマルチメディア活用による遠隔診断の実現が求められる。
      3. 流通分野では、自由な参入を阻害している各種法令を見直すことが急務であり、とりわけ大店法の早期廃止に向けた道筋を明らかにすべきである。
      4. 金融・証券の分野では、新産業・新事業への円滑な資金供給を進めるためにも保護的・規制的な行政を大胆に見直し、自己責任原則とディスクロージャーの徹底を前提とした金融・証券市場の構築を進めるべきである。
      5. 都市型製造業の展開を阻んでいる工場立地法を見直し、周辺への環境負荷が軽微な業種については同法の適用から除外すべきである。
      また、新産業・新事業の展開を図るには、各地域ごとに、その地域の特性に応じた取り組みを進めることも必要である。地方分権を進め、地方に権限と財源を移管し、地方自治体が地元経済界等と連携しつつ起業支援のために積極的な施策を講じることができるような体制を整えるべきである。

    5. 競争政策の役割
    6. 自由で活力ある市場経済においては、その基本的ルールとして独占禁止法が果たすべき役割がますます重要になる。しかし、わが国では、公的規制と裏腹な形で独占禁止法の適用除外が広範に存在し、自由な経済活動を阻害してきた。このような状況の下では、いかに独占禁止法を強化し厳しい運用をしても、新産業・新事業の活躍の場となるべき自由、透明、公正な市場を築くことはできない。独占禁止法の適用除外を縮小し、あらゆる分野で競争政策が有効に機能するようにすべきである。
      その一方で、独占禁止法は市場経済の基本的ルールであるからこそ、具体的制度・運用が経済・社会の実態を無視するものであってはならず、独占禁止法による規制についても、その妥当性、合理性を見直す必要がある。
      純粋持株会社の禁止や、株式保有の総量規制などは、ベンチャーキャピタルの育成や、既存企業の新規事業展開、多角化を進める上で、大きな障害となっている。公正取引委員会は、昨年8月「ベンチャー・キャピタルに対する独占禁止法第9条の規定の運用についての考え方」を示し、自ら主たる事業を行いながら持株会社としての機能を果たす事業持株会社について、その認容基準を示したが、純粋持株会社は全面的に禁止している。
      これは、独占の弊害を強調するあまり、実際の競争阻害性の有無に関わらず外形的な規制を行なうものであり、欧米には例を見ない国際的にも極めて特異な規制である。企業が産業構造の変化に対応しつつ新規事業展開を図り、また様々な形で独立ベンチャー企業との関係を強めていくためには、経営戦略を専ら司る本社機能の下に各事業会社を配置し、その間で人材をはじめとする経営資源の絶えざる流動化を図り、グループ全体として柔軟な運営を進めていく仕組みが必要である。純粋持株会社は、このために最も効率的な組織形態であり、全面的禁止から競争上の弊害があれば規制する方式に改める必要がある。

  2. ストック・オプションの整備
    1. 報償の分配システムとしてのストック・オプション
    2. ストック・オプションとは、企業が経営者、従業員等へ所定の価格で自社株を購入する権利を付与するものであり、付与を受けた者は企業の業績向上により株価が上昇すれば、時価に比べ割安な価格で自社株を購入しそれを売却することで多額の報酬を得ることができる。
      米国では、多くの企業でストック・オプションが活用されているが、とりわけベンチャー企業では、起業のインセンティブとして、また、優秀な人材を確保し事業の発展に注力させるために不可欠な制度となっている。リスクの大きいベンチャー企業や既存企業において新規事業分野に参加する人々に対し、そのリスクに見合った成功の報酬を分配する制度として、ストック・オプションをわが国にも導入すべきである。

    3. ストック・オプションの新提案
    4. 経団連は、昭和52年以来、自己株取得規制の緩和要望の中でストック・オプションの実現を求めてきた。しかし、先の商法改正においても、会社が取締役に譲渡する目的で自己株式を取得することは認められず、従業員に譲渡する場合でも自己株式の保有は6か月に限定されるなど、自己株式取得を用いたストック・オプションは依然、不可能である。自己株取得規制の一層の緩和により米国式のストック・オプションを導入することが最も望ましく、引き続きその実現に向けて取り組みを進めるべきである。
      また併せて、自己株取得によらない方法として、以下の2点を新たに検討することを提案する。

      1. 新株の有利発行によるストック・オプション
        商法第280条の2について、役員・従業員向けに株式の有利発行を行う場合に株主総会の特別決議の有効期間(6か月)を延長し、発行価格は決議時点の株価より高い水準とするよう特例を設ける。併せて証券取引法第 164条を改正し役員等の自社株の短期売却による利益の返還請求の特例を設ける。また所得税法を発行時において発行価格と時価との差額を課税対象としない(株式売却時まで課税されない)よう改正する。

      2. 株価・業績連動型役員報酬制度
        ストック・オプションに代わる制度として、役員報酬を株価ないしは業績(1株当たり利益、株主資本利益率等)に連動させる。具体的には、株主総会決議か、定款に具体的算式を定めておくことが必要であろう。
        現在、商法第269条は、取締役の報酬について定款に定めるか株主総会決議により定めるとしており、株主総会決議で決めている会社は全て具体的な金額を定めているが、取締役の裁量の余地がない形で具体的算式を定めるか、予め高めの金額を定めた上でその枠内で運用することは、法解釈上も可能であることから、この方式は特に法律改正を要しない利点がある。

  3. 税制改革
    1. 経済活力を重視した税制改革
    2. 起業には大きなリスクを伴うので、その成功の報償を充分に享受できる仕組みがインセンティブとして必要であり、また、起業に必要な資本が円滑に流れるようにするために、法人・個人の所得への課税に偏重した税体系を抜本的に改めていく必要がある。

    3. 資本蓄積を促す税制への転換
    4. 起業にはリスク・キャピタルが不可欠であり、その社会が提供できるリスク・キャピタルの厚さが新産業・新事業の成功を大きく左右するが、わが国の税制は公平を重視する余り、資本蓄積に対する配慮が不十分である。
      所得税における高度累進税率を見直し、住民税をも含めてできる限りフラットな税率構造に改めるとともに、有価証券譲渡益課税を一層軽減し、有価証券取引税を早急に撤廃すべきである。
      また、みなし配当課税の早期撤廃とともに、配当に係わる法人税と所得税との二重課税を解消するために、法人税段階での課税を所得税の前払いとして、所得税側において配当に課税された法人税額部分を控除するインピュテーション制度の導入を図るべきである。
      法人企業に対する重課税も早急に改める必要がある。わが国の法人税は、実効税率(49.98%) でも欧米諸国に比して高く、政策税制を考慮した実質税負担率で見るならば、わが国企業の過重な税負担は覆いがたい。法人税率を少なくとも欧米諸国並みにまで引き下げるべきである。さらに、企業が新規事業展開、多角化を積極的に進めるためには、親子会社間で損益を通算し、グループ一体としての納税を行う仕組みである連結納税制度の導入が是非とも必要である。

    5. 「起業」を進める税制措置
    6. 研究開発力の強化は新産業・新事業の鍵となるものであり、わが国では研究開発投資の大部分を民間企業が担っていることからも、税制面から充分な措置を講ずる必要がある。
      また、起業段階での様々な投資を支援するために、設備投資に係わる税制上の優遇措置を拡大するとともに、創業から10年程度の間について欠損金の長期繰越しを可能とすべきである。
      さらに、地価や不動産賃貸料の高さが新規事業に係わる初期投資を莫大なものとし、その展開を阻む大きな要因となっている。創業から一定期間について地価税、固定資産税の減免措置を講ずべきである。

  4. 人材の流動化
    1. 雇用慣行の見直し
    2. 人材は、新産業・新事業を支える重要な要素である。優秀で先見性を持ち活力に溢れた人々こそが新たな産業のフロンティアとなり得る。起業や既存企業における新規事業展開を進めるためには、社会において人材の流動化が進み、意欲と能力ある人が集まるようにすることが必要である。
      既に人材流動化の兆しが見られているが、これを促進するためには、まず既存企業が雇用慣行を大きく転換していく必要がある。新卒者中心の採用、終身雇用あるいは長期継続雇用を前提とした人事・賃金制度や、社内完結型の福利厚生を見直し、開放型の雇用体系を築くべきである。手始めに、勤続年数に応じて増大する退職金制度を見直し給与部分の拡大を図ることも一案である。

    3. 年金制度等の改革
    4. 企業間の人材異動を円滑に進めていくために、企業年金制度を企業間異動を前提とし、加入者の給付原資を異なる年金間で移換していくもの(ポータブル年金)に改めるべきである。
      また、人材流動化の進展に合わせて、長期継続雇用を有利とする退職所得課税や、給与所得とフリンジベネフィットに係わる課税のあり方についても見直しが必要である。

    5. 労働市場の自由化
    6. 人材の流動化を円滑に進めるためには、人材に対する多様な需要と供給を効果的・効率的に結び付けることができる労働市場を確立しなければならない。現行の公共職業安定所は「限界的な雇用」を保障するためには有益でも、国による画一的な職業紹介では、新産業・新事業に必要とされるような高度な知識と技能を持つ人材と企業とのマッチングを満たすことができず、民間による有料職業紹介事業を原則自由とすべきである。
      また、雇用形態の多様化に対応するため、労働者派遣事業法の適用対象事業を大幅に拡大し、将来的には原則自由とすべきである。

  5. ビジネスにつながる研究開発の促進
    1. 研究開発は新産業・新事業の源泉
    2. 新産業・新事業のシーズとなるのは、「ハイテク」分野に限らず、独創的なアイデアと、それを新たな製品・サービスに具現化する研究開発である。わが国が国際競争力を維持していくためにも、先端科学を開く基礎研究や起業の契機となる研究開発を国を挙げて推進していかなければならない。

    3. 大学・国公立研究機関の役割
    4. 新産業・新事業の活性化のために、大学・国公立研究機関に期待される役割は極めて大きい。特に、地域における起業を進めるにあたり、高度な研究開発機能と民間の活力の有機的な連携が不可欠であり、大学・国公立研究機関が自らその中核的な役割を果たすことが求められている。

      1. 起業支援の役割
        大学・国公立研究機関は、先端技術の提供、企業研究開発への協力、人材の交流等を通じて、起業の核となり得るはずである。そのためには、まず、国公立大学・研究機関に在職する研究者の兼業規制の緩和、博士過程を終了した研究者等が民間企業と自由に往来しながら研究が進められる仕組みなど人材面での交流を深めることが必要である。さらには、構内に民間企業との共同研究施設を設置し、あるいは大学・国公立研究機関がその周辺にリサーチ・パークを運営するなど、企業との日常的な協力・共同関係を進めていくことも検討されるべきである。
        企業の側からも、新たな協力・共同関係の構築に向けて積極的な働きかけを進める必要がある。
        また、これら理工系の役割とともに、アントレプレナー教育や創業から間もない企業への経営指導等、文科系の学部・研究機関に期待される役割も大きい。

      2. 地方国公立大学等の役割
        地方国公立大学や高等専門学校は、地域の産業振興の担い手となるべきである。地方に新産業・新事業を起こすには、地域の特性にあった支援を行うことが肝要であり、その核となる知的集積として、これらが最も適当な主体である。

      3. 産業界との役割分担・協力
        大学・国公立研究機関の行う研究は社会から孤立したものであってはならず、その成果を絶えず社会に還元し、国民生活の向上につなげていくべきである。とりわけ、これを新産業・新事業のシーズとして活用すべく、大学・国公立研究機関と産業界との間で基礎研究と応用研究のバランスの取れた役割分担、密接な協力関係の構築が必要である。
        なお、国立大学・研究機関においては、外部よりの受託研究費受入れに関して様々な制約が課されていることが、企業との研究協力に消極的となる大きな要因となっている。このような制約を速やかに取り払い、大学・研究機関が積極的に受託研究を受け入れ、これを通じて自らの研究環境を充実させていく条件を整えるべきである。

      4. 先端科学技術研究
        大学・国公立研究機関は、民間では限界のある先端科学の分野で世界をリードする力を保持するものでなければならない。しかしながら、研究・教育環境の著しい劣化により、このまま放置すれば世界の最先端から取り残されることが危惧されており、先端的科学技術を新しい社会資本整備の重要な柱として位置づけ、科学技術関係予算、高等教育予算を大幅に拡充していく必要がある。

    5. 知的所有権
    6. 研究開発の活性化には、その成果としての知的所有権のあり方が大きな影響をもたらす。わが国では、知的所有権をはじめとする無体財産権についての関心が高いとは言えず、特に国民の意識はこれらを充分に尊重するものとはなっていない。そのために、新たな科学的知見、新発明等を基礎として起業しようとするものが、必要な権利保護を受けられず困難に陥る事態さえ現れている。
      知的財産権を尊重する気風を社会的に醸成するとともに、それを制度的に担保する仕組みが必要である。特に、企業内発明に対する権利の帰属と報償に対する明確な位置づけとともに、大学・国公立研究機関が民間企業と協力して行った発明・発見について、単に企業に実施許諾権を与えるのみならず、権利自体とそれを源泉とする収益を共有できるようにすべきである。


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