1998年 1月13日
(社)経済団体連合会
高齢化・少子化、国際化、価値観の多様化がわが国で急速に進展する中で、豊かで活力ある経済社会に再構築していくため、経団連では、96年12月にとりまとめた意見書「財政民主主義の確立と納税に値する国家を目指して」において、聖域を設けず財政・歳出構造を改革していくよう提言した。
政府・与党においても、97年6月に、「財政構造改革の推進方策」をとりまとめ、臨時国会で財政構造改革法を成立させるなど、財政構造改革に向けて努力している。今後は、更に個別歳出項目の抜本改革に踏み切り、改革に広がりと深みをもたせていかなくてはならない。
今般、経団連では、一般歳出の中で大きなウェイトを占める公共事業を取り上げ、具体的な改革のプロセスを明らかにすることとする。
財政構造改革下においても国民が真に必要とする公共事業については、その意義を積極的に評価しつつ「重点化」と「効率化」を柱に実施していかなければならない。
わが国の貯蓄率は、高齢者比率の増加に伴い、長期的に低下する。従って、今後少子・高齢化を迎える前に、高コスト構造を是正し、日本に豊かさと経済活性化をもたらす社会資本を整備していく必要があり、このことが内需主導型経済の確立につながる。
基礎的な社会資本の充実が図られた現在の日本において、優先的に整備すべき社会資本としては、(a)わが国の物流・人流・商流、情報流通のコスト等の引き下げを通じて産業の活性化・国際競争力強化や国民の利便性向上に直接役立つプロジェクト、例えば高規格幹線道路や拠点空港、拠点港湾等、(b)国民生活に直結し、真に豊かで安心した環境調和的な生活インフラの整備、例えば下水道、公園、高齢化対応施設等があげられる。
公共事業を財政構造改革と整合的なものとするために、政府・与党は、公共投資を「概ね景気対策のための大幅な追加が行われていた以前の国民経済に見合った適正な水準まで引き下げる」ことを決定した(財政構造改革会議「財政構造改革の推進方策」、97年6月3日)。今後は、前述の「重点化」とともに、事業そのものの「効率化」を図ることで諸外国と比べ割高といわれる公共事業のコストを縮減することが不可欠である。
なお、社会資本が長期にわたって期待された効果を最大限発揮できるよう、適切な管理と維持・修繕が確実に確保されていく必要があるが、その場合、管理と維持・運営に要する費用の低減化や受益者負担原則の導入による財源確保などに努めなければならない。
また、今後社会資本を効率的に活用していくためには、従来型のハード面での拡充ではなく、設備等を十二分に利用するソフト面を一層充実させていかなくてはならない。
上記の通り、財政構造改革下でも必要な社会資本整備は進めるべきであるが、現状の公共事業には以下のような問題がある。
わが国では従来、国土の均衡ある発展という政策課題が重視される中で、諸外国に比べてGDP比でみて高い水準の公共事業が中央主導で硬直的予算配分のまま全国に幅広く行われてきた。その結果、補助金や地方交付税交付金に代表される財政に関する中央依存の体質が地方に出来上がり、国の予算が地方の経済の存立基盤を左右するという歪んだ構造を生み出している。また、こうした中央主導の公共事業は、地方自治体が自らの権限、責任、負担に基づいて、その地方に必要な社会資本整備を効率的に推進していくための体制の整備を遅らせてきた。
社会資本整備は専ら官が行うものとの考えに基づいて、多くの事業が精査を受けることなく、官主導で行われてきた結果、事業の採算性や競争性の観点から、民間で可能な事業までも官によって担われてきた。戦後の官民の協調体制は一定の役割・貢献を果してきたものの、こうした協調関係が官民の役割分担を不明確にし、官の肥大化を招いてきた。
わが国においては、これまで社会資本整備を早急に進める目的から、公共事業が一般会計で賄われるばかりでなく、特別会計、財政投融資を多用しながら推進されてきた。その結果、財政投融資の肥大化が官民の役割分担の不徹底のみならず、特に景気対策との関連で一般会計からの安易なつけ回しと後年度負担、隠れ借金の増大という問題をもたらしている。
政府は、平成11年度末を期限とする「公共工事コスト縮減対策に関する行動指針」をとりまとめ、公共工事のコストを少なくとも10%以上縮減することを閣議決定している。こうした取り組みを可能な限り早期に実現することは必要であるが、諸外国と比べ割高といわれるわが国の公共事業コストを抜本的に是正するためには、それだけでは明らかに不十分である。
「重点化」と「効率化」を柱とする公共事業改革を具体的に推進していくためには、政府が改革の基本原則を策定し、それを国民にわかりやすく説明することが必要不可欠の条件である。因みに、英国では、「PFI(Private Finance Initiative)」という公共事業における公共事業改革の包括的基本理念を策定して、改革を進めている。
我々は以下の(1)〜(3)を公共事業改革の基本原則と考える。
下水道や公園など生活関連インフラをはじめ公共事業の多くは、地域住民に主たる便益をもたらすものであり、また、交通インフラなどネットワーク型社会資本であっても、全国規模の効果をもつものは多くはない。
これまで、国は直轄事業、補助事業を通じて、地方を積極的に支援してきたが、今後は、国が自ら行う事業は、その効果が国際的、全国的な広がりをもった事業などに特定・限定すべきである。併せて国の直轄事業、補助事業の範囲を縮小するとともに、補助率を引き下げていく方向で、国・地方の役割分担を見直していく必要がある。
その場合、固有財源に乏しい地方自治体については、市町村合併等により財政基盤を強化するとともに、広域的で効率的な社会資本整備を進めることが基本となる。地方分権を進める上でも、国から地方に権限・財源を委譲し、責任を明確化するとともに、地方自治体の広域連携や地域間の平衡交付金システムなど、より現実的で抜本的な解決策を検討し、早期に実現しなくてはならない。
96年12月、行政改革委員会が「行政関与の在り方に関する判断基準」をとりまとめており、今後は本基準を公共事業に適用していく必要がある。その際、従来は、公的部門が整備するものと考えられてきた道路、港湾などについても、採算性、外部効果、規模の経済性等の面を勘案すれば、英国のPFIでも明らかになったように、民間主体の創意と工夫により整備することが十分可能である。
今後、社会資本整備を行っていくにあたっては、まず、民間主体で市場原理を活用できないかを検討し、民間主体に任せられるものは民間に任せるべきである。現在政府・与党で日本版PFIについて真剣な検討がなされているが、民間活動優先の基本原則を守るべきである。
公共事業の審査・優先順位づけ、執行、評価・見直しの各段階において、政府・与党等が守るべきルールを明確にする必要がある。その際、ルールを貫く基本原則は、情報公開と政府・与党のアカウンタビリティ(説明責任)である。政府は、国民に対して、事前・事後の両面で、その活動の内容や行政が関与する理由を説明し、国民の理解を得るという責任を有している。
そして、政府の活動を国民に分かりやすく示すため、可能な限り数量分析を行い、将来にわたってどの程度の維持・運営費用が生じ、政策の効果がどの程度あるのか、取りうる選択肢としてどのような施策があるのかといった情報を開示していくことが求められる。
「重点化」「効率化」を柱とする公共事業改革を具体的に進めていくためには、公共事業の[1] 審査・優先順位づけ、[2] 執行、[3] 評価・見直しの各段階において、政府・与党が守るべきルールを定めていくことが不可欠である。以下[1]〜[3]は、我々が考える、国が行う公共事業のルール化の提案(図表2参照)であるが、今後は国のみならず、地方においても[1]〜[3]に準じてルール化すべきである。但し、地域に密着した小規模公共事業については、行政コストを勘案し、こうしたルールを簡略化するなどの工夫も必要である。
公共事業のコスト高どまりの原因となっている公共事業の政府規制(通達を含む)を抜本的に見直していく必要がある。具体的には、入札においては、技術提案総合評価方式、デザイン・ビルド方式、VE(バリューエンジニアリング)提案方式等の活用を図るとともに予定価格と入札結果の事後公表、最低制限価格制度の廃止、ランク制の見直しが必要である。また、細切れ発注、上請け、丸投げに対する批判にこたえるためにも、官公需法やJV(ジョイントベンチャー)制度のあり方について透明性の確保の観点から見直していくことが必要となる。
政府・与党は、第三者機関による「手続きのルール化」の原案を最大限尊重して、早急に公共事業の手続きを法制化する。公共事業の評価・監視を行う第三者機関は、公共事業の実施にあたってその法律が遵守されているかの評価・監視も行うこととする。
これまで、公共事業は、その時々の経済社会の要請に応じた「重点化」や、事業の採算性、競争性の観点からの「効率化」が国民各層から強く求められてきたが、これらの課題に対して、政府・与党が抜本的な改革に取り組んできたとは言い難い。我々は、公共事業に関する手続きのルール化を提案しているが、こうした透明で公平なプロセスを通じてはじめて豊かさと活力を生むための社会資本整備が可能となる。
政府・与党は、公共事業の改革が、来たる21世紀のわが国経済社会において、快適で豊かな国民生活、更なる経済発展を実現するための必須の条件であることを強く認識し、後世代に出来る限り負担がかからない形で、より良い社会資本を効率的に整備していかねばならない。