司法制度改革についての意見

1998年 5月19日
(社)経済団体連合会


  1. 基本的考え
  2. 行政改革、規制の撤廃・緩和の進展によって、行政依存型経済・社会から、自由で公正な市場経済・社会への転換が図られる中、企業・個人は「自己責任」の下に「透明なルール」に従って行動することが求められており、経済・社会の基本的なインフラとしての司法制度の充実が、今こそ必要である。
    近年の議員立法を含めた法改正の加速化や、改正民事訴訟法の施行など、法制面での改革=ルール作りは着実に進んでいるが、一方で国民や企業がこれを十分に活用するに足るだけの司法インフラの人的・制度的整備は極めて立ち遅れている。
    司法制度の充実は、国民の権利擁護とともに経済活動を安定的に進める上でも極めて重要であるばかりでなく、わが国が国際社会から信認を受けていくためにも不可欠であり、厳しい財政事情の中でも、その停滞は許されないものと考える。

  3. 司法の人的インフラについて
  4. 法制の整備、経済事象の複雑化、国民の権利意識の向上による訴訟の件数の増加がみられる、司法の人的インフラの整備は喫緊の課題である。

    1. 法曹人口の増大
      1. 裁判官の増員
        民事・行政事件の新受件数は、バブル崩壊直前の平成2年と平成8年を比べれば171万5193件から254万7582件へと48.5%増加しており、改正民事訴訟法の施行を考慮に入れてもなお、裁判の適正化・迅速化のためには最低限これに見合うだけの裁判官の増員が必要である。
        当面は有資格者からの任官を増大するとしても、法曹人口全体の適正な水準が確保されなければ抜本的解決は期待できず、法曹育成のあり方に関る問題であると考える。

      2. 企業所属弁護士のあり方
        企業所属弁護士へのニーズは個々の企業によって大きく異なっており、また弁護士資格を有するものを雇用することに対する制度的障害は少ないものと考える。
        むしろ、企業における法律実務担当者に対して、自社が当事者となる訴訟の代理人となることや関連企業への法務サービスを行なうことを認めるなど、現在弁護士に独占されている法律業務の一部を開放することが裁判の迅速化のためにも有益であると考える。

    2. 法曹育成のあり方
      1. 裁判官の任用について
        裁判官は幅広い社会・経済事象を理解できることが必要であることから、弁護士となる資格を有する者で裁判官以外の職務を経てきた者から任用することを原則とすべきである。

      2. 大学の法曹教育のあり方
        現在、大学における法学課程は、法曹の育成を前提としていない一方で、いわゆる司法試験向け予備校が隆盛していることを考えれば、法曹の育成を目的とする大学院レベルの法学課程(ロースクール)を新たに開設し、その修了をもって、司法試験の一部を免除すること(例えば専攻した科目を免除)を検討すべきである。
        また、一般の法学課程(学部レベル)においては、基本法に重きが置かれる一方、経済社会のニーズに合致した実務法学教育が十分になされていないことを考えれば、一部大学で試みられている弁護士や民間企業の法務担当者の講師登用を積極的に行なうべきである。

      3. 司法修習を経ていない者に対する法曹資格の付与
        司法修習は法曹三者の一体的育成を目的として行なわれているが、弁護士資格に限るならば司法試験合格後、一定の法律実務を経た上でこれを付与することに大きな弊害はないと思われる。例えば、立法過程に直接携わる衆参両院議員、および議員の政策立法スタッフとして期待される政策秘書、あるいは企業における法律実務を相当な期間担当した者について、このような道を開くことを検討すべきである。

    3. 弁護士のあり方
      1. 弁護士の法律事務独占の見直し
        現行弁護士法第72条(非弁活動の禁止)の趣旨は、非資格者が法律事務に参入することにより社会的に好ましくない勢力が法的紛争に介入し、国民の権利が損なわれることを防止することにあるが、法律事務の中には必ずしも法律全般にわたる習熟を要しない定型的な業務や、特定分野における専門性を有していれば対応可能な事柄が含まれており、これらの分野に特定して弁護士以外の者(とりわけ司法書士や弁理士等の隣接資格者)の参入を認めるべきである。併せて、前述の通り、企業法務担当者が自社あるいはグループ企業の法律事務を行なうことができるようにすべきである。また、将来にわたる法的紛争の増大化や弁護士の一部大都市への偏在を考えるならば、これらの法律事務を弁護士のみに独占させることは、もはや現実的ではないとも考えられる。さらに、不動産担保証券の流動化等に対応して個別の特例化が図られている現状にあるが、一般的な開放を視野に入れて必要な条件整備等を進める必要がある。

      2. 総合的法律・経済事務所の開設
        弁護士と公認会計士、税理士、弁理士、司法書士など法律サービスと関連サービスを一体として提供できる総合的法律・経済事務所は、特に中堅以下の企業や個人事業者についてはニーズが高いものと考えられ、また、これを認めることに特段の弊害は考えられないことから、できるだけ早期に認めるべきである。

  5. 司法の制度的インフラについて
  6. 国民、企業がその権利を実現していくためには、法制度の整備のみならず、それを機能させるに必要な司法の制度的インフラの整備が不可欠である。また、司法に係る諸制度の充実はわが国の経済・社会の透明性、公平性を高め諸外国からの信頼を増すためにも必要である。

    1. 裁判の迅速化
      先の民事訴訟法の改正、施行により法制面からの手当てが一応果たされた今、裁判の迅速化はむしろ人的インフラ面での充実の問題であると考える。裁判官による的確な訴訟指揮を徹底させるとともに、当面、有資格者からの裁判官任用を増すために、裁判所予算の抜本的拡充が不可欠である。

    2. 民事執行制度の充実
      担保不動産に係る短期賃借権を迅速に排除するために新たな立法を行なうとともに、裁判官等の増員に加え、執行官も大幅に増員すべきである。

    3. 準司法機関、準司法手続の充実
      独占禁止法違反事件への適切な対応が公正取引委員会の事務総局体制の充実にあるように、準司法機関・手続についての諸問題は主として当該組織の強化(定員増を含む)にあると考えられる。
      また、準司法手続といわゆる民事的救済(私訴)との関係については、準司法手続が認められている法分野が高度な専門性を要求されていることを考えれば、民事的救済の方途を安易に拡大することは、裁判所への著しい負担増大ともなり、慎重な検討が必要である。

    4. 国際仲裁センターの充実
      国際的な経済活動の進展に伴って、紛争解決の手段として国際仲裁の充実・強化が必要であるが、わが国における仲裁機能の不備もあり、わが国企業が一方当事者たる紛争の大部分が外国の仲裁機関に属することとなっている。
      安定的な国際取引を確立する観点から、信頼できる仲裁機関を整備することは、国際社会への貢献の選択肢のひとつでもある。

    5. アジア諸国への法整備支援
      会社法、競争法など企業活動の基本に係る法制度が斉合的であることは、企業活動を国際的に展開する上で、極めて重要である。とりわけASEAN、中国をはじめとする東アジア地域には、法制度が十分に整備されていない国もあり、これらの国々の立法を積極的に援助していくことは、わが国の国益にも適うものとなる。
      このために、官民共同によりこれらの諸国の法整備を支援していく仕組みを作るべきである。

    6. 知的所有権をめぐる紛争の迅速な解決について
      知的所有権をめぐる紛争は多発化の傾向にあるが、裁判官にこの分野の精通者が限られているために訴訟による解決には自ら限界がある。
      当面、東京・大阪をはじめとする大都市圏の裁判所に知的所有権争訟に対応できる裁判官を重点的に配置し迅速な処理を図るとともに、この分野に精通した裁判官の養成を図る必要がある。
      また、特許裁判所の設立についても検討を進めるべきである。

    7. 法制審議会の体制整備
      近年の議員立法を含めた法改正の加速化により法制面での改革が進められているものの、今後ますます社会・経済の変化が激しくなることが予想される。そこで、立法府において、引き続き迅速な対応を行うとともに、行政府においても、迅速・的確な審議が行なえるよう法制審議会の体制を見直し、複数の作業部会を設置する、実務家も交えた審議体制の整備を行なう、といった対応が期待される。

以 上


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