日本経済の再生と21世紀における豊かで活力ある経済社会の構築のために

−経済戦略会議への提言−

1998年10月12日
(社)経済団体連合会

  1. はじめに
  2. 日本経済の再生・再活性化のための基本理念(経済社会の将来像)
  3. 基本理念に基づく具体的施策
  4. おわりに
(資料)日本経済再生・再活性化のための基本理念と具体的施策

  1. はじめに
  2. わが国経済は未曾有の危機に直面している。金融機関の破綻を契機とする金融システム不安、失業率の急上昇を背景とする雇用不安、国民負担率の上昇懸念に伴う将来不安など、様々な不安が国民の間に蔓延している。

    今こそわが国は、先行き不安感を払拭するために、構造改革のビジョンとその道筋を、内外に向けて明らかにすべきである。

    経済界としても、市場経済主義の貫徹、自己責任原則の徹底を理念に、構造改革を前向きに受け止める必要がある。現状を冷静に把握し、経営効率の見直し、需要を喚起する新たな製品・サービスの開発などを通じ、自らの手で経済活性化を実現する所存である。

    小渕内閣は経済再生を最重要課題に掲げ「経済戦略会議」を発足させたが、同会議が今後打ち出す将来ビジョンに対し我々は強い期待を寄せている。経団連はこれまで各分野において政策提言を行なってきているが、特に次の8点については、中長期的視点を踏まえつつ、早急に着手すべき課題と考えており、経済戦略会議において重点的に検討するよう提言する。

    市場経済体制のもとで活力あふれる経済を構築する(国際競争力の強化)

    ○ ビジネスインフラの構築
    • 金融システムの早期建て直し
    • 証券市場の活性化(持ち合い解消の株式交換制度、証券関連税制の見直し)
    • 実態に追いついていない経済法規等の見直し(株主総会の運営、株主代表訴訟制度、金庫株解禁など)
    ○ 公共部門の抜本改革
    • 国・地方を通じた行財政改革、PFIの推進、コストベネフィット分析の導入などによる公共事業の効率化と重点化
    ○ 税制抜本改革
    • 個人所得課税と法人課税の制度改革、直間比率の是正、所得捕捉の向上

    日本の未来を切り拓く産業基盤の整備

    ○ 高コスト構造の是正と製造業の再活性化
    • 官民の自助努力、規制緩和・撤廃
    ○ 技術振興への取組み
    • 既存産業分野における基盤技術の強化、情報・環境・エネルギー・バイオなど戦略分野における技術開発

    社会環境の変化に柔軟に対応できる制度の再構築

    ○ 少子高齢化への対応
    • 公的年金改革(基礎年金部分は間接税による賦課方式)
    • 企業年金改革(確定拠出型企業年金の導入、特別法人税の撤廃)
    ○ 労働市場の構造改革
    • 規制緩和等による労働市場の効率化、失業保険制度等の充実など
    ○ 都市・住環境の整備
    • 職住接近の活気ある都市づくりに向けた都市計画
    • 住宅関連税制の改革(ローン利子の所得控除制度、住宅取得促進税制の拡充、流通・保有に係る税コスト軽減、住み替え促進税制)
    • 建築、都市関連規制の緩和・合理化

    以下では、経済再生と豊かで活力ある経済社会の構築のために、わが国が目指すべき経済社会の基本理念を明確にした上で、それに基づく具体的施策をより詳細に説明する。

  3. 日本経済の再生・再活性化のための基本理念(経済社会の将来像)
  4. バブルの崩壊以降、わが国経済が長期的に低迷を続け、企業経営者、投資家、消費者など国民全体が将来への展望を抱けなくなってしまったのは、右肩上がりの経済成長を前提とした従来の経済・社会システムがもはや行き詰まっているためである。様々な制度、法律が、現実の経済社会変化に追いつけなくなっているばかりか、今後の発展への妨げとなっていることが、このような閉塞感の根本にある。

    米国、英国の復活、東アジア諸国の急速な工業化を契機として、世界は今、大競争時代に突入しており、高度情報通信ネットワークの拡大に伴って、経済・社会のグローバル化が進んでいる。また、世界に例を見ないスピードでわが国の少子・高齢化は進行しており、人口減少社会の到来は目前に迫っている。

    このような大きな環境の変化のなかで、わが国の再生・再活性化を実現するためには、

    1. 市場経済体制を整備し、企業と個人が能力を最大限発揮できる環境、国際的に整合性の取れた制度を構築することを通じて、わが国の国際競争力を強化する
    2. 日本の未来を切り拓く産業基盤を整備する
    3. 社会環境の変化に柔軟に対応できる制度を再構築する
    という考え方を基本理念として、「魅力ある日本」、「存在感ある日本」の構築に向けた構造転換を図っていかねばならない。

  5. 基本理念に基づく具体的施策
  6. このような基本理念に基づき、我々は以下の具体的施策を提言する。

    1. 市場経済体制のもとで活力あふれる経済を構築する
      1. ビジネスインフラの構築
        大競争時代のなかで、わが国企業が引き続き国際競争力を維持・強化していくためには、市場経済の効率性を最大限活かし国際的な整合性を図りながら、利便性の高いビジネスインフラストラクチャーを構築する必要がある。
        まず金融システムについては、より利便性、効率性、透明性に優れた体制を整備することが、わが国の産業基盤の強化につながる。金融システムの抜本的改革に向けては、現下の金融不安を払拭することが極めて重要であり、金融機関の早期健全化スキームは出来るだけ実効性のあるものとし、早急に実施に移す必要がある。また、金融機関においては、情報開示を推進するとともに、長期的経営戦略に基づいて合併、リストラ等に積極的に取組むべきである。
        間接金融から直接金融へのシフトという、企業の資金調達手法の構造変化を踏まえれば、証券市場の基盤整備と活性化も重要な課題である。証券発行・流通市場の整備を急ぐとともに、配当二重課税の排除や有価証券取引税の即時撤廃など証券関連税制の見直しが必要である。
        効率的な資産運用やファイナンス手法の多様化など、金融の高度化に向けたニーズは今後ますます高まると予想されることから、金融業は21世紀の成長産業であると認識した上で、こうした課題の解決に前向きに取組まねばならない。
        また、企業が自らの創意工夫で事業を切り拓いていくための環境整備として、実態に追いついていない経済法規等の見直しが必要である。具体的には、株主総会の運営、株主代表訴訟制度の見直し、金庫株の解禁などが課題である。リスクを厭わない起業家の支援や成功者に正当に報いる制度なども早急に整備すべきであり、店頭市場改革やベンチャーキャピタル育成などベンチャー企業の資金調達環境を整備するとともに、起業促進型の税制改革などが必要である。

      2. 公共部門の抜本改革
        経済を可能な限り自由競争に委ね、民間活力を引き出して活性化につなげていくという観点から、「官から民へ」を改革理念として公共部門の抜本的な見直しを図っていくべきである。
        透明かつ小さくて効率的な政府の実現に向け、国、地方を通じて行政改革を推進するとともに、財政については、その機能、範囲について「官・民」、「国・地方」の役割分担が適切かどうか、政策効果が十分に発揮されているかどうかを検証しつつ、改革の具体化を図る必要がある。この観点から、公共事業については、コストベネフィット分析の導入などを通じ真に必要かつ経済効果の高い社会資本への重点化を図るとともに、民間の技術力・経営力などを活用したPFIの推進等により事業の効率化を追求すべきである。また、当初予算、補正予算の位置付け、編成の在り方の見直しや、各予算の進捗を管理・フォローする仕組みの確立など透明性の向上にも、積極的に取り組む必要がある。

      3. 税制抜本改革
        税制についても、直間比率の是正、先進諸外国との整合、小さな政府の実現、納税者番号制の導入による所得捕捉の向上を基本的な枠組みに据えて、個人所得課税の制度改革、法人課税の実効税率40%への引き下げ、連結納税制度の導入など、国際競争力の確保、企業や個人の活力発揮の観点に立った抜本改革を進めるべきである。

      このような取組みを通じてわが国の魅力を高めることができれば、海外企業からの対日投資も増加するはずであり、政府としても積極的に改革を推進するとともに、広報活動等を通じて海外へのアピールを行う必要がある。

    2. 日本の未来を切り拓く産業基盤の整備
      1. 高コスト構造の是正と製造業の再活性化
        知的活力が問われる21世紀に向けて、産業基盤を整備し、技術開発に取組むことが日本の未来を切り拓くといっても過言ではない。まずは、わが国の高コスト構造の是正を引き続き推進することで、製造業の再活性化を図ることが重要である。官民の自助努力とともに、規制の緩和・撤廃を強力に推し進めつつ、日本型経済システムに深く起因した諸制度を改革していく必要がある。

      2. 技術振興への取組み
        既存の基幹産業分野の基盤技術の強化を図りつつ、情報、環境、エネルギー、バイオ等の戦略分野において、産・官・学が一体となって技術振興に取り組むとともに、創造力にあふれた人材の育成が必要である。
        例えば、21世紀の高度情報通信ネットワーク社会の到来に向けては、電子商取引に関する環境の整備や次世代インターネット開発等、産業の情報化のための基盤整備に取り組むとともに、行政・教育・地域など公的分野の情報化、情報リテラシーの向上など、ソフト、ハード両面において早急な対応を図る必要がある。環境・エネルギー分野については、エネルギーの研究開発を重点的に推進する一方、二酸化炭素を排出しない原子力発電の推進に向け、その有用性について広く国民の理解を得る努力が必要である。
        また、自己責任の観点に富んだ創造的人材の育成に向けては、個々人が目標を実現する上で相応しい教育や進路を選択でき、その能力を発揮できるよう、「複眼的」で「複線的」な教育システムを実現することが重要である。

    3. 社会環境の変化に柔軟に対応できる制度の再構築
      1. 少子・高齢化への対応
        少子高齢化が進行するなかで、21世紀に豊かで活力ある長寿社会を実現するためには、年金・医療・介護・福祉などの社会保障について、国民が信頼できる透明で持続可能な制度に改革する必要がある。
        公的年金については、基礎年金部分を税による賦課方式に移行させ、報酬比例部分は給付水準を引き下げつつ積立方式に移行して将来的に民営化を検討する必要がある。企業年金については、私的年金としての位置付けを明確にした上で、受給権の確保を図りつつ、労使合意に基づく自由な制度設計、確定拠出型企業年金制度の導入を認め、税制上の支援措置を講じるべきである。
        少子化への対応としては、保育所や幼稚園に関わる規制緩和により多様な子育てサービスを実現するとともに、育児休暇・休業制度の拡充や再雇用制度、職住接近の都市づくりなど、仕事と子育てを両立できる環境の整備に努めなければならない。

      2. 労働市場の構造改革
        雇用不安の増大が景気の本格回復の妨げとなっており、構造改革を推進していく過程で発生する摩擦的失業への対応は、緊急を要する課題である。
        年功序列型の賃金・昇進システムや不況期における企業内失業など、いわゆる従来型の硬直的な雇用・賃金制度については、企業の国際競争力強化、個々人の能力を最大限発揮できる制度構築等の観点から見直される方向にある。こうしたことから、政策面での対応としては、失業のセーフティーネットを整備強化すること、労働市場の流動性を高めることに主眼を置くべきである。
        具体的には、失業保険制度の充実を図る一方、有料職業紹介や労働者派遣の完全自由化により労働市場の効率化・円滑化を促すとともに、労働者の職業能力開発に対する支援策の整備に早急に取り組むべきである。

      3. 都市・住環境の整備
        経済社会環境の変化に伴い、国民の住宅に対するニーズはますます多様化している。多様なライフスタイルを可能とし理想の居住空間を作るためには、首都機能移転の推進を図るとともに、現在の規制、税制といった政策手段を都市政策、土地政策と緊密な連携のもとに再構築する必要がある。
        具体的には、都心部の土地の有効・高度利用を進めて、職住接近の活気ある都市づくりに向けた都市計画の策定を行うとともに、税制面では、住宅取得促進税制の拡充に加え、住宅ローン利子の所得控除制度の導入、流通・保有に関わる租税コストの大幅軽減、住み替えの促進に資する税制の確立、都市機能更新に資する税制の拡充が必要である。また、容積率規制の見直しや定期借家権の創設、住宅の質の向上に資する性能規定化の早期実施など、建築・都市関連規制の緩和・合理化が重要である。

  7. おわりに
  8. 経済の停滞が長引き国民の間に閉塞感が広がるなかで、我々は従来から構造改革の断行による将来ビジョンの明確化を提言してきたところである。

    経済戦略会議においては、国民の先行き不安感、不透明感を払拭すべく、大胆かつ有効な戦略的ビジョンを打ち出すよう期待している。答申の策定にあたっては、長期ビジョンに基づく諸施策を、どのようなスケジュールに沿って実行に移すのか、具体的なプロセスを明示し、確実な政策実施に結び付けていくことが重要と考える。

    一方、政府においては、政治的リーダーシップを発揮して、構造改革を着実に推進するとともに、それに伴う痛みを最小限にとどめるよう、全力を尽くすことが求められる。21世紀に向けて残された時間はあまり無い現在、政治はスピード感を持って、問題の解決に取り組む必要がある。我々経済界も、この未曾有の経済危機を克服するため、最大限の努力を払う所存である。

以  上

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