わが国の少子化現象は、諸外国にも例を見ないスピードで進行している。少子化現象の進行は、経済成長率の低下や社会保障制度における現役世代の負担の増大、労働力不足、地域社会の教育能力低下など、わが国の経済社会全般に多大な影響を及ぼす。最近の経済低迷の背景の一つとして、「少子高齢化社会への準備が整っていないことに対する不安が国民に蔓延していること」も指摘されているところである。長期的な内需振興の観点からも、少子化問題への対応について、国民全体で真剣に議論すべき時が来ている。
少子化現象の原因・背景については、すでに様々な所で議論され尽くしており、今後はより具体的な対応策について、スピード感を持って取り組まなければならない。
そこで今般、経団連では、少子化問題に対する当会の基本的考え方を明らかにするとともに、政府、企業、地域・家庭がそれぞれいかに対応すべきか、具体策を提言することとした。
すでに少子化が進行している以上、今後、人口が減少に転じることはもはや避けがたい事実であり、これを前提とした対応策を考えることは必然と言える。しかし、わが国の少子化現象の背景には、放置すべきでない問題点も多く含まれている。少子化問題への対応を考えるにあたっては、以下の点を原則に据えて、少子高齢化社会に向けてのソフトランディングを目指すべきである。
結婚や出産は、もとより、個々人の自由意志に基づき行われるべきものである。人口政策的な強制手段等によって、個人の価値観を歪めたり、産みたくても産めない人への逆差別が生じるようなことがあってはならない。
すでにわが国の出生率は、主要先進国中で最低に近いレベルにあるが、出生率の低下が今後も続いた場合、年金や医療問題等、わが国が直面している様々な問題が、一層、深刻化する恐れもある。現在のような急激な出生数の減少には、何らかの歯止めをかける必要がある。
少子化の進行により持続が困難になると予想される諸制度については、少子化にも耐えうる制度に改革していくことが基本であり、経団連でも、これまで、公的年金制度や企業年金制度の抜本改革等を提言しているところである。
一方で、出産・育児の障害となっている要因が存在することを踏まえれば、このような諸要因を取り除き、「子供を産みたい人が安心して産むことの出来る環境整備」を進めることを、少子化対策の中心に据えるべきである。
上記の考え方に基づき、以下では、政府の役割、企業の役割、地域・家庭の役割について、具体的対応策を提言する。
保育制度の充実・見直し
わが国の保育制度の立ち遅れは従来から指摘されてきたところであり、現在でも、
子育てへの経済的支援策
子育てや教育への経済的支援策については、平成11年度税制改正案において、恒久的減税としての「扶養控除額の加算」が盛り込まれたところである。また、平成11年の年金制度改正案には、「育児休業期間中の厚生年金保険料の事業主負担分の免除」が打ち出されており、自民、公明両党の予算修正協議では、2000年度予算案に「児童手当の拡充」を織り込むことや「奨学金制度の拡充」が合意されたところである。
子育ては必ずしも経済的側面だけで論じられるものではないが、一方で、子育てへの経済的負担を感じる世帯が多いことも事実である。税制改革や年金制度改革など、全体の制度改革との整合性を十分に考慮しつつ、何らかの支援策を考える必要がある。
子育てに適した住環境づくり
特に都市部において、子育てに不可欠なゆとりある住宅を持つことは困難であり、貧しい住宅事情が出産・育児の妨げとなっていることは否定できない。現実に、東京都の出生率は全国最低であり、大都市を抱える道府県ほど、出生率は低い。
子育てに適した住環境を作り出すためには、都心部の土地の有効・高度利用を進め、職住接近の都市づくりを目指した都市計画を策定すべきである。また、良質な賃貸住宅の供給を促進するためには、定期借家権制度の導入が不可欠であり、現在国会に上程されている借地借家法改正法案を一刻も早く成立させることが望まれる。その他、規制緩和等を通じた建設コストの低減にも取り組む必要がある。
公園は、子供の遊び場としてだけでなく、親の交流の場としても重要な役割を担っており、安心して子育てが出来る環境を作り出すためには、公園の整備も重要な課題である。平成8年度にスタートした「第6次都市公園等整備七箇年計画」では、平成14年度末に、1人当たり公園面積を約9.5m2確保すること(平成9年度末7.5m2)、歩いて行ける範囲の公園の整備率を65%に引上げること(同58%)などが目標に掲げられており、目標達成に向けて全力を挙げて取り組むことが望まれる。また、保育所の敷地を休日に地域開放するなどの施策も検討すべきである。
その他
少子化の進行をある程度前提にした場合、予想される労働力人口の減少を最小限にとどめるためには、労働の規制緩和や小規模事業への支援などを通じて、多様な雇用機会を創出していくことが必要である。また、多様な雇用機会、就業形態を作り出すことで、仕事と育児の両立も容易になると思われることから、少子化対策としても有効と考えられる。今通常国会においては、労働者派遣や職業紹介の原則自由化を目指した法案が審議される予定であり、早期の法案成立・施行が望まれる。
また、少子化問題についての議論を広げるため、少子化の現状や予想される影響等について、国民に対して積極的な広報を行うとともに、少子化の真の原因を突き止めるために、さらに踏み込んだ調査活動を行う必要がある。
少子化への対応を考える上で、企業が果たすべき役割も大変重要である。仕事と育児の両立を可能とするよう、従来の固定的な雇用慣行を見直すことは、労働力人口の減少による人材確保難が近い将来予想されることを踏まえれば、むしろ不可避的・必然的に推進すべき課題ともいえる。具体的には、以下の取り組みが必要である。
経営者、職場の意識改革
少子化への対応にあたっては、企業自らがその役割を認識し、対策に参画することが重要である。そこで、まず、企業経営者や社員自身が意識改革を行うことが必要である。
経営者においては、育児支援等の取り組みが、社員の潜在能力の発揮を通じて企業の活性化につながることを肝に銘じ、積極的に推進すべきである。
職場においては、育児と仕事を両立しようとする社員に対し、十分な理解と配慮を示すことが必要である。また、社員自らも、業務の効率化、生産性の向上に努める必要がある。
仕事と育児を両立させる雇用システムと効果的な制度運用
育児をしながら勤務を継続したいと考える社員のために、多様かつ柔軟な雇用システムを整備する必要がある。例えば、中途採用の拡大やパートタイマーの活用など、多様な就業形態を採り入れるとともに、フレックスタイム制の拡充や在宅勤務、地域限定採用など、柔軟な勤務体系を準備すべきである。また、育児のための勤務時間の短縮措置(現状、1歳未満の育児に限定)について適用年齢を延長することや、育児時間制度(就業時間中に、育児のための一定時間を確保できる制度)の導入なども検討に値する。
育児休業制度は、すでに大企業ではほとんどが採用しているが、育児休業中の社員に対する情報提供や、復帰に際する支援策も考える必要がある。
これらの仕組みについては、既に制度的に導入している企業は多いものの、現実に上手く利用されていないケースも多いため、制度の効果的な運用を図るための何らかの手立てが必要である。
公平かつ正当な人事評価制度・処遇
人事評価・処遇の面では、「育児が不利にならない制度」、「男女を平等に評価・処遇する仕組み」を整備することが重要である。このためには、人事評価の面では、公平性や正当性を担保する必要がある。こうした取り組みは、労働者の正当な業績評価につながり、労働力人口の減少に際して人材を確保する上で、企業にとってプラスになると考えられる。
家事・育児負担を軽減する商品・サービスの提供
例えば、食器洗い機やバリアフリー住宅、外部保育・託児サービスなど、企業としても、商品開発・サービス提供を通じて、育児・家事負担の軽減のために貢献できることは多い。家事や育児の負担感を感じる人が多く存在するということは、企業にとっては、それだけビジネスチャンスが広がっているということでもあり、魅力的な商品・サービス提供に向けて、積極的に取り組むことが望まれる。
これまでのわが国においては、主に女性が家事や育児を担ってきたが、仕事を持つ女性が増えてきたこともあって、家事・育児の心理的・肉体的負担感が、これまで以上に重く感じられるようになってきていると考えられる。女性に過度に集中している負担感を軽減するために、地域・家庭レベルにおいては、以下のような取り組みが必要である。
父親の家事・育児参加
わが国の男性が家事・育児に従事する時間は、諸外国に比べ著しく低い。こうした状況を改善するためには、まずは父親の意識改革が必要であり、「家事育児は女性の仕事」とする社会的風潮も変えていかなければならない。男女の役割分担を今一度考え直し、家庭における男女共同参画を推進する必要がある。もちろん、これを実現するにあたっては、企業システムの改革が同時に行われなければ意味が無い。政府としても、これらに関する広報啓発活動を積極的に行う必要がある。
地域における子育てネットワーク
家事・育児の心理的負担感を軽減するためには、同じ目的を共有する「仲間」の存在が必要であり、そこでは地方自治体の果たす役割も大きい。地域においては、育児サークルやインターネット等を活用した情報提供など、様々な形態の子育てネットワーク構築を考える必要がある。例えば、老人ホームと幼稚園・保育所の交流を増やしたり、地域のスポーツ・文化サークル活動に地元の高齢者が参画するような仕組みを取り入れれば、児童の健全な育成や地域の活性化にも資すると思われる。
インフラ面においては、先に掲げた公園の整備や保育所の地域開放なども効果的な施策である。
わが国の少子化現象の背景には、個々人の価値観の変化だけではなく、社会システム全般に出産・育児をためらわせる要因が存在している。これを解決していくためには、政府、企業、地域・家庭が一体となって、システム改革に力を注いでいくことが重要である。全体の制度改革との整合性を図りつつ、これまで述べてきたような少子化対策に取り組む必要がある。
従来、少子化問題については、正面から議論されることがなかったが、最近では様々な提案がなされており、少子化対策を行うことのコンセンサスは得られつつあると思われる。今回提言した数々の対策は、企業の発展、都市や住環境の整備にもつながるものであり、総合的な内需振興策になると考えられる。
小渕総理は、今通常国会の施政方針演説において、「家庭や子育てに夢を持てる環境の整備は社会全体で取り組むべきであり、この問題に適切に対応すべく、各界関係者の参加を募り国民会議を設ける」旨を表明している。国民会議を設置して、この問題について国民的に議論していくことは大変有意義であり、我々も歓迎するところである。ただし、この会議が単なる議論の場として終ることの無いよう、政府がリーダーシップを発揮して、少子化対策を高齢者対策と同等に国家プロジェクト化することも含めて、推進体制を整備することが求められる。