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いま、社会の一員として

─ 地域社会との共生をめざす企業と市民団体 ─

茨城県
(No.49 1999 October)

 今回の訪問先は茨城県です。茨城県は耕地面積が北海道に次いで全国第2位。首都圏へ多くの野菜を出荷する農業県でもあります。工業は日立市を中心とする電気機器機械工業、鹿島臨海工業地域の鉄鋼・石油化学工業、日本初の原子力研究所・発電所の東海村など。また官・民の研究機関が多数集まる国際的なつくば研究学園都市も同県にあります。
 取材先は日立市を発祥の地とする日立製作所と、つくば市に本拠を構える地場産業カスミグループです。日立製作所の創業は1910年。日立鉱山付属の修理工場として発足し、1920年に日立製作所として独立しました。創業以来の社是は「優れた自主技術や製品を通じて社会に貢献すること」。研究開発を重視する同社は、国内に中央研究所、日立研究所など7つの研究所を構え、海外にある3つの研究所と国際的な共同研究を積極的に推進。欧米、アジアなど世界各地にある海外事業関連会社と共にグローバルな事業展開を行っています。事業はエネルギー、環境、公共など社会の重要なインフラシステム分野、コンピューター、通信、サービスなどのビジネス分野、家電品などの生活分野と幅広く、さまざまな業種にわたる会社が日立グループとして構成され、グループ全体の総合力で事業を展開しています。
 カスミグループは食料品、家庭用品、衣料品などの小売り販売を行うスーパーマーケット事業を軸に、外食、レジャー、サービス等の専門店、卸事業を展開する地場産業です。1961年、食料品を扱う株式会社霞ストアーとしてスタートしました。日本経済の発展と共に堅実経営で業績を伸ばし、1982年に株式を上場。現在は茨城県を中心に全国展開を行っているグループ企業です。
 日立製作所の活動は日立事業所の土屋庶務課長と日立研究所の小池総務部長、東山主任研究員等の方々に、本社社長室の後上さんと池野谷さんに全社的な取り組みについて伺いました。カスミグループの活動は株式会社カスミの佐久間広報マネジャーと中村さんへの取材です。今回は地域社会に密着した両社の活動を中心にご紹介します。


よき市民として、豊かな社会づくりに尽力する
日立製作所の活動

地域の発展がなければ事業の発展もない

 日立市を創業以来の本拠地とする日立製作所には、「地域の発展がなければ、事業も発展しない」という基本姿勢が受継がれています。創業時の日立市は社会インフラを含めて何もない小さな村。道路計画、水道用水、学校や病院の設立など、地域社会に必要な基盤整備の多くは日立製作所の事業の一環として行われました。久慈川から引いた工業用水の一部を生活用水にしたのが市の水道事業の始まり。1938年設立の日立病院は、現在、市民病院的な位置づけで多くの市民が利用。高等専門学校は茨城大学に併合され、工学部として教育の場を提供しています。
 企業は利潤を生み存続して社会還元する責任が、いわゆる社会貢献とは別の意味であり、「地域貢献の基本はまずその地域の雇用と納税に寄与する」という基本姿勢が伝わりました。一方、地域社会からの要請にもとづく支援活動や社員のボランティア活動などは、国内外にある多数の事業所・関連会社が各地域の状況やニーズを踏まえて、実情にあった活動を独自に実施。社員のボランティア活動も会社組織とは関わりなく、気の合った人々が自然体で独自に活動するのが社風と各取材先で伺いました。

全社的視点で社会貢献活動を把握

 1%クラブの法人会員となった1991年、各地域毎に独自に展開されていた地域活動を全社的に取りまとめ、日立製作所としての社会貢献活動方針が明文化されました。基本理念の「優れた自主技術や製品を通じて社会に貢献する」に加えて「企業が社会の一員であることを深く認識し(中略)、積極的な社会貢献活動を通じて、良識ある市民として真に豊かな社会の実現に尽力する」が謳われています。理念とともに、それを更に具体化した7項目にわたる社会活動指針が定められました。
 基本理念の具体的な実現をめざして、「社会活動推進委員会」も同時に発足。委員会は関連する部門長7名で構成され、社長の諮問機関として全社的見地から活動の把握と方針を討議します。開催は年最低1回。事務局は社長室企画グループです。その後「特別年次有給休暇制度」や「ボランティア活動者登録制度」も実施されました。社長室は各地域の事業所、工場、研究所で行われている貢献活動を毎年1回、アンケート調査し「活動報告書」にまとめます。「社内の公開情報として、全社社会活動担当者が共有の意識を持てるようになりました。事業所別の活動にも相互交流が生まれています」と、社長室の後上さんと池野谷さん。
 企業財団活動を通じた社会貢献は、1967年の青少年更生福祉や科学技術振興の分野を皮切りに、米国を含めて7つの財団を設立。青少年育成、教育、環境、科学技術、国際交流等の分野で実施されています。創業者小平浪平翁を記念して設立された財団法人小平記念会は幼児教室、母親教室など家庭教育振興を中心に、地域社会に密着した教育振興事業を茨城県下で展開しています。

「日立会」 「特称会」「大樹会」による地域活動

 本社や事業所の取材の中でしばしば出たのが「日立会」、「特称会」、「大樹会」、「通勤自治会」と言った言葉。これらの会は全国の事業所毎に組織されています。例えば「日立会」。事業所の全従業員が所属して文化体育活動を推進する組織です。会の運営には毎月一定額を個人が給与から拠出し、会社がこれにマッチングする形でファンドを維持しています。この基金が美術、音楽、スポーツなど専門部会活動や多様な社会福祉活動に活用されます。「特称会」「大樹会」はそれぞれの事業所によって対象が異なりますが、主に製造・技術部門の技能者や部課長以上の役職者の会です。会ごとにそれぞれの地域活動を継続しています。「通勤自治会」は所属事業所の通勤経路や最寄り駅利用者の会。駅や周辺の清掃活動などを自主的に行っています。次に日立研究所(日立市大みか町)、日立事業所(日立市幸町)で実践されている地域活動をご紹介しましょう。

組織の特性を活かす 「日立子ども科学ミニセミナー」

 日立研究所は1991年、全国の事業所の中で最初に「ボランティア・バンク制度」を導入したところ。同時にボランティア推進委員会も設定しました。研究所が1995年から実施している地域活動に「日立子ども科学ミニセミナー」があります。実験の楽しさ、面白さを通じて子どもたちに科学への関心を高めてもらいたい。市教育委員会や各学校の先生との交流の中から理科教育の振興を願って始まったもの。5回目の今年は去る8月25日、市内の中学生50名が参加して開催されました。朝9時の開会式を終えた中学生たちは所内の研究室に入り、一日研究員としてテーマごとに実習体験を開始。実験テーマは、「液晶ディスプレイを作ろう」「液体窒素でなんも凍らせよう」「デジタル画像を体験しよう」など7つ。研究者が各テーマの指導講師を務めます。教材を中学生向けに作成するのも講師の役割。セミナーの企画運営はボランティア推進委員の担当です。
 一日研究員としての心構えは3つ。(1)不思議なことを発見する、(2)不思議なことには必ず答えがあり、それを自分で考える、(3)実験内容を各チーム毎に代表者が報告すること。子どもたちに人気の薄いテーマや内容は、興味が湧くよう工夫を凝らし見直し・改善を重ねるとのこと。研究者の努力や熱意が伝わりました。セミナーには各中学校の先生方も参加します。「実験内容が各校の授業に反映され、科学教育の裾野が広がれば」、東山主任研究員の思いです。
 「春のふれあいフェスティバル」は桜並木が満開になる週末、所内を地域社会に開放して行われる行事。日頃は入れない展望台も市民に開放し、各種イベントや模擬店も出店。自社製の家電製品やホテル食事券、海外旅行も当たる抽選会は地域市民の人気イベントです。研究所のすぐ近くにある知的障害者更生施設には「特称会」のメンバーが訪問し、清掃活動やソフトボール大会のボランティア、備品の寄贈などを継続しています。また、「日立会」の美術部、書道部による福祉施設への訪問や絵画・書の展示。市社会福祉協議会の依頼によるボランティア活動など、地域社会への地道な活動が実践されていました。

47年にわたる日立交響楽団の文化振興

 創業以来の歴史をもつ日立事業所は社員数5千名を超える大組織。地域社会への貢献活動は創業当時からの地域づくりの中に脈々と流れ、「日立会」「特称会」「大樹会」を通じての社員によるボランティア活動も多彩です。地域社会からの要請や交流が最も多い日立事業所では、自治体や社外団体と連携・協力するさまざまな活動が実践されていますが、今回は歴史のある「日立交響楽団」の活動をご紹介します。
 交響楽団の発足は1952年。当時の日立工場(現在は日立事業所)内外の音楽愛好者28人が集まって誕生しました。団員は現在150名ほど。社員と一般からなるアマチュア市民オーケストラです。練習場所は小平会館。日立会に属し、自主運営のもとで年2回の定期演奏会のほか、県内外各地での演奏会、福祉施設での交歓音楽会など活発な演奏活動を行っています。日立事業所で原子力関係の仕事に携わる半井さんが六代目の指揮者。創立45周年にはシンガポールで記念公演を行い、学校や病院などでチャリティーコンサートも実施しました。優れた演奏で地域社会に融けこみ文化活動の輪を広げています。

社員による社会活動の推進 「社会活動 Toward 21」

 一方、世界各地域で事業展開する日立では、グローバルな国際交流活動を国際事業本部が実施します。主なプログラムに日米欧の教師が相互に相手国を訪問、教育現場の視察や体験授業を通じて社会文化、教育制度への理解を促進する「Hitachi International School Teachers Exchange Program」。米国の若手オピニオンリーダー層に日本を理解してもらう「日立フェローシッププログラム」(米国外交問題評議会との提携)。アジア各地の将来を担う次世代リーダーの発掘・育成とネットワーク作りを図る国際学生フォーラム「日立ヤングリーダーズ・イニシアチブ」は今年で3回目。一週間の日程で、日本と東南アジアを含む6カ国から24名の学生が参加、マレーシアで行われました。
 全社的な社会貢献活動への取り組みの中で、「社会活動 Toward 21」が1997年に誕生しました。メンバーは社会貢献への問題意識と関心の高い事業所の担当課長。本年4月には社内のイントラネットを使って各地事業所のボランティア情報が検索できる「ボランティア情報ネット」を立ち上げました。企業をとりまく厳しい経済環境を踏まえながら、21世紀に向けた新しい社会活動の方針策定が期待されます。

ホスピタリティ&オープンマインドをめざす
カスミグループの活動

東洋思想に培われた創業から次世代の革新経営へ

 1961年、小さな食料品ストアとして土浦に設立された株式会社霞ストアーがカスミグループの母体です。創業者は現社長、神林章夫氏の長兄神林照雄氏。創業者の神林氏は東洋思想を学び、その思想に培われた信念の持ち主でした。「ものの命を知り生かす」、これが経営の基本。「スーパーでは“売上高”や“利益”“商品ロス”という言葉をよく使いますが、創業者はこれを嫌いました。売上高は“ご奉仕高”、利益は“感謝高”で儲けという言葉は御法度。商品ロスは“殺生”。ものを生かさず殺してしまうことを忌み嫌う方でした」と佐久間広報マネジャー。“ものを生かす”精神はリサイクルや環境保全にも及びました。地方のスーパーとしては非常に早い時期から環境問題に取り組み、創業以来の精神は今に引き継がれています。また当時、新興企業は同族会社が主流でしたが、創業者は「非同族民主経営」を掲げて堅実経営に専念。右肩上がりの経済成長の波に乗り業績を伸ばして企業基盤を築きました。
 80年代後半、後継者問題に悩んだ創業者は当時信州大学経済学部長であった末弟、神林章夫氏に継承すべく説得。教育界から産業界への転身を決意した神林章夫氏は1989年副社長で入社、91年に代表取締役社長に就任しました。「新社長は創業者と全く経営スタイルが違い、社員は誰も創業者の実弟との認識はありませんでした」と佐久間さん。神林章夫氏は信州大学学部長時代、個性を重視した一芸入試や社会人講師の採用など、ユニークな大学改革の実績があります。新世紀に向けて大きく変化する社会経済環境の下で、「ホスピタリティ&オープンマインド」を企業理念に、創業精神を遵守しながら革新経営に取り組まれています。地域貢献活動の実践も、同氏の社長就任の後から本格的に始まりました。

“つくば”を開かれた国際都市に

 土浦に生まれ、つくばで育った地場産業にはより良き地域づくりに対する情熱があります。「私の夢は“つくば”を東京や京都とは違った意味で、開かれた国際都市にすること。もし“つくば”が、独自の都市文化を持ち得なかったら、この先の日本の都市はすべて東京のコピーになってしまう」と神林社長。1993年、未来に向けたカスミグループの中枢施設「カスミつくばセンター」をつくば市内に建設しました。色彩は水、緑、土の地球をテーマにしたシンボリックなトーン。円形と正方形を基本に構成された建物は、「ポストモダンの旗手」として著名なアメリカの建築家、マイケル・グレイブスの設計によるもの。このハイレベルな施設建設に関しては他の役員との間に激しい意見対立がありましたが、「この建物がカスミグループのひとつのアイデンティティ。つくばに根ざし、つくばの発展と共にカスミがあるという象徴にしていく」とのトップの考えのもと、百年先を見据えて竣工された施設です。

施設を地域に開放、「わたしの企画 応援します!」

 「この新しい建物を地域の共有財産にしていく」、これが竣工当初からの神林社長の考えでした。「企業は社会的な存在であり、地域社会をはじめとするさまざまな外社会との良好な関係維持なしには存続できない。地域社会に開かれたオープンな企業を目指してこそ、企業の存在意義がある」。建物を地域に開放し、有効に活用してもらうべく知恵を絞って考え出したオリジナル企画が「わたしの企画 応援します!」でした。
 この企画は地域の人々が「こんなことができたらいいな」と思っている夢を、カスミつくばセンターを活用して実現してくださいと言う内容です。夢の実現のために、社会活動を担当する広報部が必要な資金支援と人的支援を行います。実施場所は研修室、ギャラリー、ロビー、大勢が集まるイベントでは戸外の駐車場なども自由に選択できます。
 募集は地元新聞や全国紙の地域版、ポスターなどによる公募。営利目的でない企画であれば内容を問わず誰でも応募でき、年齢、職業、国籍、住所による制限はありません。応募書類も極めて簡単。A4程度の紙に企画内容を簡単に書くだけ。審査は外部識者3名による喧喧諤諤の議論を経て、6件程度が毎年採用されます。

バラエティに富んだ応募者の夢をかたちに

 当初の1993年頃は主婦を中心に30件くらいの応募でしたが、年々バラエティに富んだ多数の方から企画案が届きます。第1回からの応募総数は225件で採用実施は38件。97年実施の「おばさん返上講座」は、一主婦が鉛筆で書いた企画案。採用が決まり具体化するに従い本人の目に輝きが増し、見違えるように変身。「5歳は若く美しく!素敵な熟女をめざしましょう!」の呼びかけに多数女性達が参加、輝く笑顔が建物に反映し、大変印象的でした。
 モンゴルの留学生による「モンゴル現代美術展」は60点に及ぶモンゴル現代美術を展示。絵画の通関手続きや表装など直前まで事務局も大わらわでしたが、絵画と建物が見事に調和し独特の美の世界を演出しました。「ミュージック・フェスティバル」はアメリカ人の企画。自信とエネルギーに溢れ、国際色豊かな2,000名の市民が集まり大盛況でした。「冬はこたつで民話を聞こう」はつくば市文庫サークルの主婦の企画。研修室に障子やこたつ、のれんを掛け、座布団に座って聞く地方色豊かな民話は大人たちに人気が高く、予想を越える申し込み。1日3回の公演をしました。「企画を実施される方々がポストモダンの建築を見事に活かし、建物の思いがけない一面を引き出してくださることに、とても感動します」と、このプログラムを担当する中村さん。7年目の今年は50件の応募があり、「コンピュータ囲碁大会」など5つの夢の企画が順次実現されます。

地域の未来を語れない企業は、大人の企業ではない

 この他の地域貢献活動には盲導犬の支援や25年間続けている「あゆみの箱募金」による福祉分野への支援、スポーツ支援などがあります。視覚障害のある方々を支援するための社員教育や盲導犬普及の活動には特に積極的です。盲導犬支援のイベント「カスミ盲導犬フレンドクラブ」を4店舗で開催すると共に、カスミグループ14社全1247店舗(平成11年2月末現在)で盲導犬の受け入れを始めました。今年カスミに入社した新入社員は新人研修の一環として地域の福祉施設で草取りや土木作業などの奉仕活動に参加。小売業の基本であるホスピタリティの心を学びました。「ものの命を大切に生かす」という創業以来の企業理念に基づく、リサイクルや環境保全への取り組みも早い時期から実施されています。野菜の切り落しや消費期限切れ商品などの生ゴミを有効利用する「たい肥化実験」は9店舗で実施中。分別された生ゴミはたい肥プラントで栄養豊富なたい肥となり、JAを通じて農家に供給されます。発泡スチロール箱、牛乳パックやトレー、アルミ缶などのリサイクル。レジ袋の削減運動は1974年から継続し、大きな省資源に繋がっています。
 「実績を誇るばかりで、地域の未来を語れないような企業は、大人の企業とはいえない」地域社会に開かれた企業をめざす、神林社長の経営姿勢に感銘を受けた取材でした。

(取材・文責 青木孝子)


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