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いま、社会の一員として

─ 地域社会との共生をめざす企業と市民団体 ─

千葉県
(No.53 2000 June)

 古代には総国と呼ばれ、上総・下総・安房に分かれていた千葉県が今回の訪問地です。北西部は東京都と埼玉・茨城両県と隣接する関東平野の一端、南部は冬でも温暖な房総半島のある千葉県。空の表玄関、成田空港や広い海岸線の九十九里浜も同県にあります。今回は野田市を本拠地とするキッコーマン(株)と、千葉市に本社のある(株)千葉興業銀行を訪ねました。
 野田でしょうゆづくりが始まったのは江戸時代初期。江戸川の水運を利用して江戸にしょうゆの供給を行ない、発展したまちです。良質な大豆と小麦、塩など原料確保に絶好な地理的条件と、しょうゆ醸造に欠かせない良質な水と気候に恵まれた土地。野田のしょうゆ醸造家一族が合同して、1917年に設立した野田醤油株式会社がキッコーマンの前身です。キッコーマンは、日本の食文化を支える味の原点でもあるしょうゆを基本に、人々の食と健康に寄与する分野で、幅広い事業を展開する企業です。現在、日本国内に16の生産・事業拠点、海外5拠点で現地生産を行ない、日本のしょうゆは、KIKKOMANの名称で世界90カ国以上に親しまれる調味料のひとつになっています。
 千葉興業銀行は、昭和27年に千葉市に設立された地方銀行です。地域に根ざし、地域とともに歩む銀行として、着実な発展を続けています。同行が実践する地域貢献活動の歴史は古く、昭和40年代には地域特性や社会の要請を踏まえて着実な活動を始めました。地域の人々のしあわせの向上に寄与できる分野を考慮しながら、福祉、教育、環境、国際交流、スポーツ、文化など幅広い活動を行なっています。社会活動のモットーは目立たず地味に、しかし着実に良きことを継続すること。そして、真に地域社会の役に立つ活動です。
 キッコーマンの社会活動を東京本社 社会活動推進室の三宅典子さんと野田工場の生産本部勤労グループ長の立山喜弘さんに、千葉興業銀行の活動を調査広報室長の遠藤正美さん、地域貢献室長の今田哲司さんとスタッフの滝沢高志さんに伺いました。「野田こども劇場」運営委員長の沖田多恵子さんに、子どもを育む市民活動を取材しましたので、あわせてご紹介します。


「地球社会にとって存在意義のある企業に」を経営方針として
キッコーマンの社会活動

各地域の活動をまとめ、全社的な社会活動を

 キッコーマンの創業地、野田には、どこか古きよき日本を感じさせる懐かしさがあります。駅から本社までの道筋に、キッコーマンの研究所や工場群とともに創業一族の歴史ある古風な屋敷が点在。剣道道場からは子どもたちの元気な声が響いていました。野田は江戸時代からしょうゆ醸造で発展したまち。創業時、キッコーマンは醸造用水を引くために水道事業を行ない、総合病院を一般市民に開放するなど、地域と密接に関わりながら事業を発展させてきました。事業拠点のある地域では、ごく当然のこととして地域活動が継続実施されています。
 各地域で行なわれているこれらの活動を全社的にまとめ、キッコーマンとして社会活動を推進する。この目的に添い、創業80周年を数年後に控えた1996年、「社会活動推進準備室」が広報部の中に設けられ、体制づくりが始まりました。各事業所の活動状況や他社の社会貢献活動についての調査。社員が個人として実行するボランティア活動をアンケートで聞くなどの準備を経て、1997年に「社会活動推進室」が発足。全国14(現在は16)カ所の主要拠点に「ボランティア・コーディネーター」を任命して全社的な社会活動がスタートしました。コーディネーターは課長クラスが担当者となり、東京本社に置かれた社会活動推進室と密に連絡をとりながら、活動を推進しています。

「できることから始めよう!」

 社会活動推進室が最初に始めたことは、無理なく誰にでもできるボランティア活動の提案でした。スローガンは「できることから始めよう!」。各事業所に「ちょこっと君」と呼ばれる回収箱が置かれ、社員が気軽に使用済みの切手やカードを入れる仕組みを作り、収集活動を実施。各地で分類回収されたカード類は、半年で10キロ、松の木27,000本分にもなり、それぞれの市民団体に寄贈され、植樹用の苗になるなどして活かされています。

社会活動の3つの柱と4つのテーマ

 キッコーマンの社会活動は経営方針「地球社会にとって存在意義のある企業に」を基本に、「食・健康・国際交流・環境」の4つをテーマとして推進されています。活動の柱は、(1)個人(Individual)、(2)各地域エリア(Community)、(3)全社的活動(Globe)。この3本柱のもとに、社員や地域のNPO・NGOと協力・連携しながら展開する活動です。
 3本柱の(1)は、社員一人ひとりの創意と自主性に基づく社会活動の支援。ボランティア休職やマッチング寄付制度の導入、ボランティア情報誌「ピュア」の発行、ボランティア活動に関する情報提供などがあります。(2)は事業所または一定のエリアで企画・運営される社会活動を支援するもの。従来から実施されている工場見学や施設開放、地域プログラムに加えて、コミュニティ活動支援制度が新たに導入されました。社員や事業所が地域社会に積極的に関わり、主体的なコミュニティ活動を行なう際に支援金を交付する制度です。(3)は「キッコーマンピュアクラブ」の運営と展開。「ピュア(Pure)」には、「純粋」で「前向き」なイメージがあると、社会活動担当者たちが願いを込めて命名したもの。同部署が発行するボランティア情報誌も「ピュア」です。社内公募によって選ばれた「ピュア」のシンボルマークは、準備室時代から同部署で社会貢献を担当する三宅典子さんの作品。「ピュア」に相応しい素敵なデザインです。

NPO・NGOと連携する「キッコーマンピュアクラブ」

 「キッコーマンピュアクラブ」は社会活動のテーマである、「食・健康・国際交流・環境」に焦点をあて、子どもから大人までが、自主的に考え体験し、学び行動することを目指した、誰でも参加できるクラブです。クラブのプログラムは3つ。最初に始めたのが、未来を担う子どもたちを対象とした「ジュニアタイムズ」。小学5年生から高校3年生の子どもたちが「ジュニア記者」として、国連から出される毎年のテーマに合わせ取材から編集、記事づくりを行なうもの。子どもたちが自ら考え、社会参加する機会を持ち、より良い未来をつくるためのプログラムです。(「ワンパーセントひろば」で紹介)。次が今春から始まった「ピュア広場」。食・健康・国際交流・環境の分野で活躍する11のNPO・NGO団体とパートナーシップを組んで共催する毎月1〜2回の体験教室。企業の持つノウハウや資源、市民団体が培った技術や情報を共有・協力して、より効果的な活動を目指す新しい発想の参加型プログラムです。今年は日本民際交流センターと共催の「はがきに翼を、国際教育支援」を皮切りに、「アイメイト(盲導犬)と友だちになろう」(アイメイト協会)、「食を通じたふれあい社会」(さわやか福祉財団)等を東京本社のKCCホールや野田の社内施設で開催。楽しく地球規模で学びあうプログラムとして参加者の好評を得ています。
 今年から始まるプログラムの3つ目が、「食の体験学校」です。豊かな自然の恵みに支えられている「食」。農業体験や自然体験を通じて、環境問題や地球にやさしい生活を考えます。これも一般開放の参加型プログラム。参加者が、幅広い視点で地球社会に目をむけ、多様な人々が連携しつつ活動を展開することをピュアクラブは願っています。

野田の風土と地域活動

 創業の地である野田には本社、工場、研究所など多くの施設があり、キッコーマンの社員2,800名のうち、約1,300名が働く地域。全社員の3分の1の960名が地元野田市出身です。社員は市民の当然の役割として、自治会・警察・消防関係の役員やスポーツ指導者をつとめ、俳句や民謡の先生として地域社会のために活躍しています。義務ではなく、個人も楽しみながらの活動。「水戸出身の私などは、羨ましいくらい地域に定着した活動です」と、生産事務部勤労グループ長であり、野田工場ボランティア推進委員長の立山喜弘さん。会社は社員個々の活動を制度的に支援し、「我々コーディネーターは各職場なり、工場・研究所として何ができるか、地域社会に貢献できることは何かを考えて、活動しています」。
 従来から実施している工場周辺のクリーンアップ作戦や近隣のお祭り、剣道大会、バドミントン大会などスポーツ支援は単に寄付だけでなく、運営に至るまで一緒に協力。野田市の社会福祉協議会と連携しながら年間活動計画を設定して多様な支援活動を展開しています。国際的な食文化振興に寄与するために、昨年「国際食文化研究センター」が設立されました。創業80周年記念事業の一環として野田本社新社屋に隣接して設立されたもの。「発酵調味料・しょうゆ」を基本とした国際的な研究活動、文化・社会活動、情報の収集・公開を目的としています。
 未来を担う子どもたちの支援活動を重視する同社では、地域全体で子どもの教育環境づくりを支えようと、昨年から始まった「子どもの未来ネットワーク野田」にも参加。子どもの育成に関わる市民団体、個人、行政、そして企業がそれぞれの特性を出し合い、共同で取り組むもの。子どもの声を受け止め大人たちも学びあい、子どもの成長を育む地域環境づくりを目指しています。多様な10名ほどのメンバーが月1回の会合を重ね、去る1月には専門家を招き「今を生きる子どもたち」と題する講演会を開催しました。子どもの育成環境には家庭と学校、そして地域全体の支えが必要です。21世紀に向けた今後の展開が期待されます。



地域の子どもたちが豊かに育つ環境を
「野田子ども劇場」と「子どもの未来ネットワーク野田」

 全国にある「子ども劇場」の存在をご存知ですか?地域の異年齢の子どもたちが音楽や舞台演劇に直に接し、共に育つ環境づくりを目指して、1960年代後半に福岡から始まった活動です。テレビが普及し始め、子どもが外で遊ばなくなったことに危機感を抱いた母親と、サークル活動をしていた青年によって作られ、全国に波及しました。最盛期には750劇場、45万人の会員がいた全国組織の民間団体と、「野田子ども劇場」運営委員長の沖田多恵子さんから伺いました。「子ども劇場」は地域の文化会館などを利用して、舞台劇、人形劇、ミュージカル等の公演を企画実施します。会員は4歳児から兄姉の青年、大人までと幅広い層で、年間10回程、生の舞台を家族や友達と一緒に鑑賞できます。異年齢の子どもたちが自主的に関わり育つ環境づくりの一環として、夏には青年たちがリーダーとなりサマーキャンプも開催されます。運営は1人300円の入会金と毎月1,100円の会費収入で賄われ、母親たちの献身的なボランティア活動によって支えられています。
 野田に子ども劇場ができたのは1985年。子どもたちが感性豊かに成長することを願い、千葉県下38の子ども劇場と連携しながら、熱心に取り組んでいます。「子ども劇場は親子で共に育ち合っていく活動です。子どもを取り巻く環境も親の価値観も変わり、本気で子どもと向き合う環境が家庭でも地域でも少ないようで心配」と沖田さん。進学・就職で若者が野田を離れ、リーダー不足も悩みです。父親の参加・協力も減少ぎみ。もっと地域全体の協力をと願っていた時、キッコーマンから「子どもの未来ネットワーク野田」への参加呼びかけがありました。「企業との連携は初めてのこと。これはすばらしい!と、喜んでいます」。子どもたちを取り巻く環境が年々深刻になる中で、地域が連携して良き環境づくりを目指す活動に、大きな期待が寄せられていました。



地域とともに、お客さまのために、「親切」の心で、を企業理念に
千葉興業銀行の社会活動

地域にとって役立つ良き活動を

 1952年、地元からの強い要請をうけて新設された千葉興業銀行には、設立当初から地域・お客さまに役立つ良き活動を行なう気風がありました。同行が取り組んできた社会活動は、時代と地域ニーズを踏まえ着実に長い時間をかけて継続している活動です。
 千葉県は1950年半ば頃から、臨海工業地帯・京葉工業地帯など近代工業化が急速に進展。これに伴う人口流入も急激に進展し、1960年代には日本全国の都道府県の中で、最も交通事故の多い県と言われました。激増する交通禍から学齢児童を守り、広く県民各位に交通安全意識の啓発を図りたい。この趣旨のもと千葉興業銀行は1968年に、千葉日報社と提携して「白ゆり(現コスモス)交通安全協力会」を銀行内に設立しました。会の目的は交通安全運動の推進です。県下公立小学校への「交通安全啓発ビデオ」や自転車通学をする新中学生への自転車反射板(スポークライト)の贈呈。交通事故被害者の児童へ弔慰金や見舞金を贈呈するもの。交通安全運動の一環として、創立20周年記念にパトカーを、30周年記念には県赤十字へ献血車<白ゆり号>を寄贈するなど、交通安全に関わる地域社会への貢献は設立以来32年、現在も継続されています。

「ともしびの会」の活動と「小さな親切」運動

 地道に長く続けられている活動には、全行員が参加する「ともしびの会」の募金活動と、「小さな親切」運動への取り組みがあります。「ともしびの会」は毎月の給与と賞与の端数を行員が出しあい、毎年12月に、集まった総額を地域の障害者施設などへ寄付する自主活動です。毎月給料日に各部・支店単位で募金箱が回り、行員が各自献金する仕組み。強制ではなく自由参加ですが、「入れるのが当然と思っていますから、ごく自然に全員が献金します」と調査広報室長の遠藤さん。献金は各部・支店から専用の通帳に送金され、年間100万円ほどに。これを各支店から推薦された障害者施設や養護施設へ10万円づつ10カ所へ順番に贈呈。「ささやかな金額であり、用途は各施設に一任。18年続いているのは、さりげなく自然体で行なっている活動だからです」。
 「小さな親切」運動は同行の免出都司夫前会長が県代表を務め、地域貢献室が千葉県推進本部として活動の推進と事務局を担当。今年で25年続く活動です。県下に23支部があり、全国本部と連動して行なう主な年間行事は、(1)「小さな親切」のシンボルフラワー、コスモスの種を県下の学校に贈り、花づくりを通じて学童の心の触れあいを育む活動(コスモスは千葉興業銀行のシンボルマークでもあります)。(2)「小さな親切」を実行している子どもたちを激励し感謝を表す「実行賞」の贈呈を各支部ごとに実施。(3)“美しい日本、美しい地球”を合言葉に行なう地域清掃活動「クリーン大作戦」。千葉興業銀行では「国道をきれいにする会」に参加、国道16号と周辺道路の清掃を毎月行なうほか、県の「ごみゼロ運動日(5月30日)」に合わせ、「クリーンキャンペーン」を実施。当日は行員とその家族700名が参加して地域の清掃活動に励みます。華々しさを求めず、貢献活動の根幹となる分野を地道に継続する。これが千葉興業銀行の地域活動の姿勢でした。

新企業理念のもとに、「地域貢献室」を設立

 この取り組みに新しい分野と独自性が加味されたのは、地域貢献室設立の1993年から。同室は創立40周年を機に策定された新企業理念「地域とともに、お客さまのために、親切の心で」の主旨をうけて新設された部署です。潤いと心の豊かさを求める地域の要請に応じて、文化・スポーツへ重点分野をおき支援を広げました。その1つが音楽を柱とする「JR千葉駅コスモスコンサート」。県民の日にJR千葉駅の協力を得て行なっています。著名音楽家などは招かず、県立千葉女子高等学校オーケストラが演奏するイベント。同校は全国高校オーケストラフェスタで好成績を収め、今春ドイツとチェコから招待をうけて欧州公演を行なった実力派です。駅前広場で演奏される曲目は親しみのあるクラシックと聴衆が一緒に楽しむ歌など。昨年は「ハンガリー行進曲」や「花のワルツ」のほか、「浜辺の歌」などが披露されました。この行事は「県民の日にちなむ良き活動を」という県の話から始まったもの。今年で7回目を迎えます。地域貢献室長の今田さんは、「地域の企業・公共機関・学校や学生がお互いに協力する文化活動は、聴衆の皆さんに喜ばれ、協力する側も互いに感謝しあう複合的な効果があります」と話されました。駅コンサートに続き、「市民の日」には子どもたちへの楽しいコンサートの提供も始まりました。同校の卒業生が結成する「レガロ・ディ・ムジカ」が寸劇と演奏を披露。500席の市民ホールは満員の盛況です。文化支援を通じて県内の若い才能も育っています。
 もう1つの文化活動が同じくJR千葉駅コンコースで行なう「美しい房総」写真展です。千葉県写真家協会の協力を得て、季節にあわせ毎月1〜2回展示を替えながら県内の美しさ良さをアピール。県立博物館などから行事への写真貸出し依頼があるなど、反響の広がっている活動です。
 スポーツ分野では障害者スポーツ大会・少年サッカー大会などへの活動支援のほか、各種スポーツイベントへの協賛・後援・支援、スポーツ団体支援なども行なっています。地域貢献室の設立とともに、独自性と広がりのある新しい活動が展開されています。

ボランティア活動の推進と支援

 企業として長年にわたる地域貢献活動を実践してきた千葉興業銀行では、行員個々のボランティア活動も積極的に支援。ボランティア休暇などの制度は阪神・淡路大震災以前に制定、銀行業界の中では早期の導入でした。自然体でボランティアを行なう土壌が、長年の地域活動の中で培われています。行員は市民の当然の役割として様々な地域ボランティア活動に参加。「小さな親切」運動の一環で行なわれる「クリーンキャンペーン」にも、家族を含む多数の行員が自然に集まる気風が育ちました。「良き活動を細く長く、自分たちのスタンスで継続する」。地域とともに生きる銀行の姿勢が伝わる取材でした。

(取材・文責 青木孝子)


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