[ 経団連 | 1%クラブ | 1%クラブニュース ]

いま、社会の一員として

─ 地域社会との共生をめざす企業と市民団体 ─

神奈川県横浜市・川崎市
(No.57 2001 春)

 今回の訪問先は首都東京のすぐお隣り、神奈川県川崎市と横浜市です。神奈川県は北西部に箱根山と丹沢山塊、南東部には気候温暖な三浦半島があり明治以降、保養地・別荘地として発展。北部の多摩丘陵や相模原台地は首都圏の人口増加に伴い宅地造成が行われ進展しました。古都鎌倉、外人墓地や中華街のある横浜、江ノ島、湘南海岸なども人気のスポットです。
 取材には横浜を創業地とするキリンビールと川崎市に本社のある川崎信用金庫を訪ねました。横浜は1853年、ペリーの浦賀沖来航によって開港し、西洋文明の窓口となって発展した港町。そしてビールの発祥地も横浜です。日本で初めてのビール醸造所は1870年、アメリカ人 W ・コープランドによって横浜山手に設立された「スプリング・バレー・ブルワリー」。これがジャパン・ブルワリーを経て、1907年に麒麟麦酒株式会社として生まれ変わりました。関東大震災で工場は全壊しましたが、1926年、今回訪問した横浜工場が横浜市生麦に建設されました。日本におけるビール醸造企業の草分的存在のキリンビールは、その後多様化する時代の変化と共に事業分野を拡大。本社を東京中央区に構え、日本全国に多くの支社・支店・研究所を持ち工場数は12(1つは医薬工場)。ビール事業で培った技術を核に医薬・アグリバイオ・酵母・飲料・洋酒・食品など多岐にわたる領域で国際的な事業活動を展開しています。
 東京都との境を流れる多摩川の恵みを受けて発展した川崎市は、京浜工業地帯の中枢部を占める重化学工業都市。川崎信用金庫はこの政令都市川崎に本店を構える地域金融機関です。1923年の設立以来、一貫して堅実経営に徹しバブル崩壊以降の厳しい経済環境の中にあってもゆるぎない経営体質を堅持。地域の人々と共に歩む地域金融機関の原点を常に忘れず、「地域社会のベストパートナー」をめざした、健全で透明な経営を実践しています。
 キリンビールの社会活動について社会環境部の笠原部長代理に、横浜工場の取り組みをと小林広報担当課長代理に伺い、川崎信用金庫の活動は八木専務理事と情報調査部の榊原部長に伺いました。また今回は、新しいかたちの企業の地域活動として東京ガスの「環境エネルギー館ワンダーシップ」を取材しました。あわせてご紹介します。


世界の人々の「健康」「楽しさ」「快適さ」に貢献を経営理念に
● キリンビール(株)の社会活動

企業は社会の一員。社会との共生をテーマに

企業は社会の一員であり、社会と共に考え歩んでいく。キリンビールの社会活動は「社会との共生」がテーマです。全ての企業活動を通じて世界の人々の「健康」「楽しさ」「快適さ」に貢献することを企業理念に掲げるキリンビール。社会活動の分野は地球環境保全、社会福祉、芸術文化、国際交流、地域交流、スポーツ支援など多岐にわたります。中でも環境保全は最重要課題の一つ。水、ホップ・麦など自然の恩恵を受けている企業として、事業活動のあらゆる場面で環境保全施策を内在化させた取り組みが継続的に推進されています。社会福祉は1970年代から続けられている活動。毎年3回、子どもの日・敬老の日・クリスマスに全国1100の福祉施設24万人に清涼飲料をプレゼントします。障害者・高齢者の福祉向上と青少年の健全育成を目的とするキリン福祉財団を1981年に設立し、一層の充実を図りました。社内に社会環境部と広報部社会貢献室を設置して本格的な活動を始めたのは1991年から。若手芸術家を育成する「キリンアートアワード」や「現代舞踊」支援などの芸術文化活動、サッカー、バスケットボール等のスポーツ支援、アジア発展途上国の食糧問題にかかわる人材育成を目的とした国連大学キリンフェローシップの設立など積極的な活動を展開すると共に、ボランティア休業制度や資金支援など社員のボランティア活動を支援する諸制度も整備されました。
環境保全と地域交流については横浜工場の具体的な活動をもとにご紹介します。

環境保全活動の基本は「人づくり」から

日本初のビール工場という歴史ある横浜工場は1991年、未来志向の多目的・多機能事業所としてリニューアルされました。約6万坪の敷地の中央に最先端設備のビール工場があり、東側に研究開発ゾーンのテクノビレッジ、西側には地域に開かれた緑地庭園ゾーンのビアビレッジがあります。水を生命線とするビール工場として自然環境保全への取り組みは古く、会社を代表する活動となっています。中でも製造過程で排出される廃棄物処理は当初から力を入れている活動の一つ。1994年には廃棄物100%再資源化を達成しています。環境問題への取り組みで最も重要なことは「環境意識を持った人をどう育てていくか」です。高野副工場長は「工場内だけでなく、社員1人1人が外に目を向けた環境対策と活動。環境問題へしっかりした考えを持つ“人づくり”こそ大切」と話されました。この問題意識に基づいて工場周辺の環境美化活動が日常的に行われています。お昼休みのちょっとした時間を活用して社員が自発的かつ気軽に実行するボランティア活動です。年数回の清掃イベントでなく、日常的に一定レベルで環境意識を持ち続けることが重要なのです。

鶴見川クリーンアップ作戦と水源の森づくり

鶴見川は日本の河川の中でワースト3に入るほど汚れた川でした。この汚名返上に始まったのが行政と地域社会が協力して行う鶴見川クリーンアップ作戦。地域の一員として横浜工場も清掃活動に協力、毎年多数の社員がボランティアとして参加し、地域の人々と共に汗を流しています。「水源の森づくり」はビール工場の水源地区の森を守ろうと1999年からスタートした活動。(社)国土緑化推進機構の事業に協力して実施する植林活動で、地域の人々や植林専門家と共にキリンの社員や家族も多数参加しています。初回は横浜工場の水源地である丹沢で行われ、2回目の昨年は兵庫県三田市で。「水源の森づくり」は毎年1カ所づつ11年かけて全国のキリンビール工場所在地で実施されます。また神奈川県が実施する「かながわ水源の森林づくり事業」に水源林パートナーとして協力参加。これは丹沢同様、横浜工場の水源地である宮が瀬地区の森林づくりを支援していくもの。継続的な寄付の他に育林のためのボランティア活動を県の指導と協力を得ながら1999年から5年間にわたり実施します。

工場の敷地をビアビレッジとして地域に開放

横浜工場は京浜急行生麦駅から徒歩5分ほど、交通至便な住宅密集地の中にあります。近隣地域には緑地が少なく子どもたちが安心して遊べる広い公園はありません。横浜工場ではこの地域環境を考慮し、敷地内の西側約1万坪を緑地庭園にすべく池や小川を設け、樹木・花・芝生を配置。四季折々の自然を楽しむ緑地スペースとして地域の人々に開放しています。ビール工場の見学も気軽に参加できる配慮がなされ、敷地内のレストランやパブブルワリー(小規模ビール工場)の利用も自由です。工場見学と合わせて毎年28万人もの人々が利用しています。緑地庭園は四季を通じて地域の人々が立ち寄る、憩いの場所でもあります。
工場見学コースの広々とした通路壁面は若手アーティストの作品発表の場としても使われます。取材時にはユニセフによる世界各国の子どもたちの絵画が展示されていました。広い野外は毎年横浜で行われるジャズフェスティバルの会場の一つ。夏には野外でミニコンサートも行われます。横浜工場で実施している環境施策については事例公開やレクチャーの要望も多く、環境保全の市民グループや地方自治体などを含め年間100組ほどが訪問。環境NGOの写真展等にも場の提供が行われていました。

地域の人々とのふれあいを大切に

地域交流活動の中でもっとも大切にしているのが「人々とのふれあい」です。毎年1回、工場を地域の方々に開放する「キリンフェスティバル」は地域の年中行事として定着しています。またレストランの一部を開放して「陶芸教室」や「アートフラワー」「パッチワーク」などの教室が開かれ、地域住民と一緒に社員も参加。共通の趣味活動を通じて地域の人々との交流を深めています。また地域住民の「趣味の会」などの発表場所としても活用されています。これらの活動は地域の人々からの申し入れを受けて実施されるもの。また社会福祉の一環として毎年12月の週末、鶴見地区の福祉団体の方々を招待して「クリスマス会」を実施。当日は50名ほどの方々がレストランに集い、食事や生ビール、ボランティアによる手品などを楽しむ恒例行事です。社員もボランティアとして参加し、会社はささやかなプレゼントを贈呈して交流を重ねています。
美味しいビールづくりだけでなく、再資源化まで責任を担う社員1人1人の環境に対する意識と行動。地域に開放された緑地や施設は市民の交流の場として定着し、地域社会との共生が根づいていました。

地域のベストパートナーをめざして
● 川崎信用金庫の社会活動

地域金融機関は地域との運命共同体

川崎信用金庫の事業領域は川崎市と、隣接する横浜・東京の限られたエリア。この限定された地域から外へ移ることはできません。「地域社会とは運命共同体だという認識が我々にあります。地域の人々の事業繁栄や幸せへのお手伝いが、経営理念という以上に存在意義。地域貢献というよりも地域住民の一員として出来るだけのことをするのが我々の使命です」。冒頭で八木専務理事から説明を受けました。創業以来78年、川崎信用金庫は一貫して堅実経営に徹し自己資本比は12.36%。厳しい経済環境にも動じない健全な財務内容を保持しています。
1989年(平成元年)、同金庫は「地域のベストパートナー、ベストクオリティ、シェア・ナンバーワン金融機関を目指す」を経営方針に事業を推進。ベストパートナーたるべく、経常利益の1%を「地域のために使う」ことが決まりました。
川崎信用金庫らしさを生かしながら、如何にして地域に還元するか。このテーマに向けて「〜らしさ委員会」が設置され、本部・営業店から若手職員が横断的に集まって討議。委員会は2年間にわたり開催され、現在、同金庫が実施している多様な地域貢献プログラムは上記委員会の提案を受けて実施されているものも多数あります。
川崎信用金庫には地域貢献活動の専門部署はありません。行政関連の活動は情報調査部、定例的な活動は業務部、寄付・寄贈行為などは総務部という区分ですが、プログラム内容によって相互に協力しつつ実施しています。地域貢献の分野は大きく分けると「子どもの文化・スポーツ支援」「自然保護」「高齢者福祉」。この他にも地域の行事や行政からの要請を受けての活動など、年間を通じて多様な活動を行っています。

子どもの健全育成を願う文化・スポーツ支援

子どもたちを対象とした活動は幼稚園児から小学生まで、年齢別で行われます。幼稚園から小学低学年向けは夏休みに行う「ふれあい子ども劇場」。昨年はムーミンのミュージカルを3会場で上演、4000名を超える子どもたちが楽しみました。小学校3、4年生には「少年サッカー大会」。小学5、6年生には大会がありますが3、4年生は試合に出る機会がありません。そこで始めた大会です。「川崎ジュニア文化賞」は小学校5、6年生を対象とする作文と絵画のコンクールで今年10回目。市内にある90の小学校全てに呼びかけて行われるコンクールには毎年3000点近くの応募があり、川崎で最も多くの小学生が参加する恒例行事です。文化大賞は作文、絵画とも2名ずつ。受賞者は副賞として川崎市の姉妹都市オーストラリア・ウーロンゴン市に子ども親善大使として派遣されます。他の受賞者10名は川崎市の友好自治体である北海道中標津(なかしべつ)町に自然体験旅行がプレゼントされます。次世代を担う子どもたちが国際親善や交流、自然とふれあう体験を通じて大きく育つことを願う文化賞です。
子どもを対象とする諸活動は市教育委員会や体育協会、行政との連携によって行われ、同金庫はあくまでも裏方に徹しながら、活動を推進しています。

川崎の母なる川、多摩川の自然を守る「稚魚の放流」

多摩川は首都圏にあって豊かな自然が残る数少ない河川。その自然を地域の人々や子ども会と一緒に守ろうと始まったのが、1976年以降四半世紀にわたり継続されている多摩川への「稚魚の放流」です。川崎市の環境美化運動「多摩川美化活動」に合わせて実施されるこの活動は、まず河川敷の清掃活動を行い、その後生簀(いけす)に用意されたウグイ、ハヤ、ドジョウの稚魚5万匹を子どもたちが川に放流するもの。多摩川の生態系を守るこの活動には約2500名の市民や子どもが集まり、職員や家族も一緒に協力して実施する年中行事です。
環境保全は川崎市も力を入れている問題であり、よき街づくりには市民、企業、行政による三位一体の活動が必須です。環境問題への取り組みはこの視点に立ち官民協力プログラムへの支援も多くあります。新しく開講される大学キャンパスの隣接地を緑豊かな憩いの広場にしようと始められた「さいわい夢ひろば」の造成協力もその一つ。関連地域の支店などから20数名の職員がボランティア参加し、荒れ地の整備に汗を流しました。環境とリサイクルをテーマとした「企業市民交流事業推進委員会」等にも積極的に参加して川崎市の環境保全に務めています。

高齢者や障害ある人々への福祉活動

市内に住む独り暮らしの高齢者を各営業店の職員が訪ね声をかけ元気づける福祉活動は「〜らしさ委員会」に参加した若手職員からの提案で、日常的に継続実施されています。また市内の特別養護老人施設に毎年2000枚近くの清拭クロスを寄贈する運動は10数年前、ある支店の職員が仲間に呼びかけて始めたもの。この輪が広がり今では金庫全体が協力する活動になっています。「ふれあい市場」は市内12カ所の心身障害者共同作業所の人々が、手作りパンなどを販売する市場。1997年から毎年、春と秋の年2回、同金庫本店前のひろばを開放して行うもの。職員たちも協力しながら、来店する地域のお客さまと作業所の人々とのふれあいを大切に育てています。

地域社会の活性化に役立つ活動を

川崎市は京浜工業地帯の中核として高い技術力を誇る中小企業の集積地。厳しい経営環境の続く中で、地元中小企業の産業振興に寄与しようと同金庫は「かわしん創発塾」を創設しました。第一期の塾生は川崎を中心とする若手経営者約30名が集まり、ゼミ形式の双方向参加型勉強会を目指しています。川崎から世界に通用する技術・アイデアを持つ企業が生まれることを期待しながら、本店内の会議室で1期15回の勉強会を開催しています。
地域活動はすべて地道に継続して実施するもの。「地域の一員として、良いと思ったことはどんなに小さなことでも続けます。単に寄付を行うだけでなく、我々自身も必ず参加する。企業市民意識を全職員が持っての活動です。この積み重ねがあってこそ地域の人々に受け入れられると思います」。八木専務理事の言葉が強く印象に残る取材でした。

「楽しく」体感して学ぶ地球環境とエネルギー
● 環境エネルギー館「Wonder Ship」

東京ガスが1998年の秋、横浜市鶴見に開設した「環境エネルギー館ワンダーシップ」の活動を、同館の企画・運営担当、小林直樹さんと森高一さんに伺いました。「環境エネルギー館」は未来を担う子どもたちが地球環境の問題を正しく理解し、主体性をもって行動できるための環境学習の場。船の形を模した建物自体が一つの展示物です。建物は自然の力を最大限に利用し、自然の力が及ばない部分だけを人工エネルギーが補うというコンセプトで設計されています。ここは、子どもたちの豊かな感性から生まれるセンス・オブ・ワンダー(不思議に思う心)を大切にした学びの場。環境・エネルギー・都市をテーマに、環境問題を単に知識に終わらせず、見て触れて感じる楽しい体験学習を目指しています。

環境NGO専門家や若い現場の力を取り入れて

「環境エネルギー館を開館するにあたって東京ガスは、環境に関わるNGO関係者の意見を聞き、環境問題に精通した外部の若い専門家たちと一緒に作りあげるコンセプトを取り入れました」と、小林さん。小林さんは東京ガス入社以来5年、同社の社会貢献関連業務を担当しています。開館の1年前、外部組織の環境専門家として企画・運営に携わった森さんも30代。豊かなフィールド体験にもとづく斬新なアイデアの提案もありました。その1つがインタープリターという若い現場スタッフの存在です。インタープリターは館内の展示物を理解の糸口に使い、子どもたちに「感じて」「気づく」機会を提供するいわば自然と人との橋渡し役。目下23名の若者が活躍しています。地球環境は絶えず変化しデータや展示物も年々古くなりますが、同館は若い現場スタッフと企画・運営担当者がアイデアを出し合い、協力しながらプログラムを進化させていました。

環境問題の「ハブ機能」を果たす役割を

小学校低学年から中学生までを対象に創設された同館には昨年、高校や養護学校を含む220校の生徒が体験学習に訪れました。開館2年半を経過した現在は子どもばかりでなく、幅広い多様な人々の来館と共に、地域の教育関係者や環境市民団体との連携が生まれ、新しい企画が展開されるようになりました。その1つは環境教育に関わる地域の学校の先生方を中心としたシンポジウムや勉強会の開催。地域に密着した取り組みの中から、地域で活躍している子どもたちの「横浜、川と緑を考えるこども会議」の開催も今年、ここで行われることになりました。また環境市民団体とのパートナーシップも育ち、地元の環境NGOメンバーと共にプログラムをつくり、ビデオ上映や展示会も実施。今後とも社会的に意義のある活動を環境NGOと協力して行う予定です。また、都市における環境教育や環境活動のあり方についても問題提起をしていきたいと、森さんは目下都市型環境活動のネットワーク作りに取り組んでいます。旧来の企業ミュージアムとは異なる新しい試みが「環境エネルギー館」を拠点として生まれています。開館以来2年半の間に、環境教育に携わる学校のネットワーク、地域の自然環境NGOとのネットワーク、都市型環境活動NGOとのネットワークへと交流の輪が広がりました。地域に根ざした「環境エネルギー館」を、環境問題に関わる人々や団体の「ハブ機能」を果たす場、社会的な価値を生み出す場に育てたい。小林、森両氏の熱い思いが伝わる取材でした。

(取材・文責 青木孝子)


1%クラブのホームページへ