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企業人政治フォーラム速報 No.60

PDFファイル版はこちら 1999年 8月13日発行

「何を変え、何を守るべきか」
/伊吹文明衆議院議員
(7月8日政経懇談会)

7月8日に開催された政経懇談会では、自民党の伊吹文明衆議院議員(元労働大臣)を招き、戦後日本の問題点、および保守主義のあるべき姿等について聞くとともに、懇談した。

■戦後、日本人が失ってしまったもの

戦後の日本経済は市場経済というよりむしろ「国家資本主義」のような体制のもとで、国家がさまざまな分野に介入し、保護を加えて産業を育成しながら生産力を増強し、外国に対抗してきた。政府は経済以外の社会のさまざまな分野にも介入してきた。その結果、たとえば社会保障制度では、医療保険については世界に冠たる国民皆保険、年金についても基本的な部分は公的年金というシステムをつくりあげたのである。従来、このような日本のシステムがうまく機能したのであるが、社会の高齢化や少子化にともなってこの構造が少し狂いはじめてきた。また、戦後50年の平和で平坦で、繁栄した時代の中で、日本人が失ってきたものがあり、今、それを取り戻すことが21世紀の日本にとって非常に重要なことであると思う。
この50年の間に政府が社会のさまざまな分野に手を加えてきたことによって、日本人の間から「自助」と「自立」の気概が失われてしまったのではないかと思う。従来から日本人には「他人様から金を恵んでもらうことは非常に恥ずかしいことである」という感覚があったものだが、一方で「あいだに政府というものが介在するならば、誰かの税金を政府を通じて配ってもらうことは権利である」というような風潮が台頭しつつある。
政府がさまざまな分野に介入する場合には、政府、あるいは政府をあずかる政治というものが気をつけなくてはならないことは、「それをやることによってすべての日本人が幸せになれるか」、つまり「真の弱者のためにやるべきか」ということを十分に考えることである。経済が右肩上がりで成長を続け、財源が十分にあるような状態であれば、物の考え方がやや安易になってくるものである。その次の段階においては、「真の弱者」ではない、「自称弱者」が何らかの便益を得るために、政治家に圧力をかける。民主主義のもとでは、政治家は票を獲得しなくてはならないわけであるから、その「旗」を振るような事態が発生する。日本にこのような風潮を生んだのは日本人の罪であり、同時に政治家の罪でもあり、民主主義というものに内在する欠点であるのだ。

■市場経済は万能か 〜保守主義とリベラリズム〜

市場経済というものはもっとも効率的な資源配分のシステムであるが、一方で「弱肉強食」的な欠点を内包している。その欠点を正すために、政治は二つの大きな潮流を生み出した。一つは「リベラリズム」という考え方であり、市場経済が必ずしも完全ではないという立場に立ち、そのような場合には政府が前面に出て行き、さまざまな個人の権利を守っていくべきだという思想である。しかし、これが行き過ぎると「自称弱者」が台頭することになってしまうのである。こうした「リベラリズム」に対抗する考え方がいわゆる「保守主義」といわれるもので、市場経済の原理原則には立ち戻るけれども、社会に内在する「価値観」や、法律には書かれていないさまざまな社会のルールによって市場経済による「行き過ぎ」を抑制していこうという思想である。
日本では古くから、「家族の絆」や「地域社会の連帯」といったような「社会の不文律」のようなものによって、社会の「行き過ぎ」を抑えてきたわけであるが、これは保守主義の底流となっている考え方である。保守主義の理論的な支柱といわれるハイエクは spontaneous order (自立的秩序)という言葉を残しているが、長年にわたって自然に社会に醸し出されたある種の「不文律」によって、強者の「驕り」をたしなめながら動いていくような成熟した社会システムが重要なのではないかと思う。
英国の政党政治の歴史では、およそ8割の時代において保守党が政権を握ってきた。時として保守党があまりにも強者の論理に走り過ぎた場合には、必ず労働党政権が出てくるが、往々にして、労働党政権では「自称弱者」が台頭し、再び保守党が政権を握ることになる。しかし、労働党政権を引き継いだ保守党政権は「やわらかな保守主義」というような、ややリベラリズムに近い保守主義を取るか、もしくはそれに飽き足らずに失ったものを取り返すかのような、いわば「押し返す保守主義」というようなものが出てくる場合もある。これがサッチャー政権であるのだが、サッチャーといえばとかく競争万能論者のように言われるが、その思想の背景には国家というものを中心に置きながら、社会のさまざまなシステムを再構築していこうという考え方があったのである。現在の日本にもこのような風潮が出てきているように感じられるが、残念ながら、政界での対応が十分ではないというのが現状である。

産業競争力強化政策、および金融市場の今後について
/金子一義衆議院議員
(7月19日政経懇談会)

7月19日に開催された政経懇談会では、自民党の金子一義衆議院議員を招き、産業競争力強化に向けた政策面での課題、および国債の期間多様化をはじめとする債券市場をめぐるトピックス等について聞くとともに、懇談した。

■株式の持ち合い解消問題

株価については、21世紀政策研究所の田中直毅氏が、30兆円の公的資金による買い上げ構想を打ち上げたが、自民党内では金融再生トータル・プラン推進特別調査会の「株式市場の活性化に関する問題チーム」(座長:金子議員)で、原理・原則論から議論した。
原理・原則では、株価は将来の収益性によって決まってくるということになるが、たとえば山一證券破綻の際のように、短期的な需給も影響する。自民党内では、問題が出たときには市場で解決すべきという市場原理は、アメリカのグローバル・スタンダードの押し付けであるとして受けが悪い。一方で、自民党内にも良いものは取り入れるべきであるという見方も浸透しつつある。
いずれにせよ、株式の持ち合い解消の問題については、不稼動資産の問題の一つとして取り組まなくてはならない。持ち合い解消にあたっては、株式譲渡益の非課税扱いを認めるかどうかが最大の争点となってくるであろうが、これには大蔵省主税局だけではなく、自民党内にも異論がある。企業はバブル期に大規模なエクイティファイナンスを実施したが、その結果が投資家には還元されていない状態で、株式譲渡益を非課税扱いとするということになるとやはり反発が強い。
しかし、企業にとって自社株消却はROEの改善の観点からも、将来必ず必要になってくる。ただ、現状では企業の財務体質は改善傾向にあるものの、いまだに手許流動性には自社株を消却するほどのゆとりはない。そこで、新会計基準導入に伴う、70兆円とも80兆円ともいわれる企業の年金債務の積立不足に、保有株式を充当しようという考え(信託設定アプローチ)が取りまとめられたのである。

■長期金利と債券市場問題

債券市場問題のきっかけは、今年の2月に資金運用部による国債引き受けを停止するとのことから、金利が急騰したことにある。景気対策で国債を増発したのであるから金利が上昇しても当然であり、それを何とかしろとはばかげたことであるという意見もあった。公社債市場の活性化については、公明党からも無税国債の議論が出ているが、結局、10年に偏った国債の発行期間を、新たに5年ものを出すことによって多様化させるという考え方をとった。国債の発行期間を多様化させることで、期間に応じたイールド・カーブができていけば、スワップ等の金融技術の利用により、国債消化の懐が広がるのではないだろうか。なお、5年もの国債の発行時期としては、第2次補正予算のタイミングということになるだろう。
また、長期金利については2000年頃を満期とする約100兆円にのぼる郵貯の定額貯金、および再来年度からの財投機関債の発行という金利上昇要因がある。そのような中で、前述のチームにおいて日銀による国債引き受けについてもまじめに検討したが、政策議論の結果、国債の日銀引き受けは実施しないことにした。しかし、日銀法改正後も、日銀はいまだに自分たちの政策を理解させる能力に欠けており、とりわけ国債引き受けや、買い切りオペに対しては過剰反応を示す傾向がある。

■産業競争力強化に向けた課題

自民党では「臨時経済再生・産業競争力検討チーム」をつくって、特に雇用対策を中心に議論した。わが国では大量失業発生の経験はないが、雇用対策の基本については官主導から民主導へと転換していき、企業のリストラで発生するやむを得ない失業を、再訓練によって再雇用に結びつけていく必要がある。同時に、規制緩和による新規事業・新規産業の育成を通じた雇用創出を進めていくが、すぐには効果が表れないであろう。
バブル崩壊後、民間の技術開発力は急速に低下しており、また、技術開発投資自体が低下しているが、これを国が補完していく必要がある。たとえば、国が委託した研究開発の成果を、民間で活用したり、企業化できるような仕組みが必要である。今回の産業再生法案には日本版バイ・ドール法の創設等が盛り込まれ、仕組みについては整備された。今回の補正予算に盛り込まれたのは雇用対策だけであるが、将来の日本の可能性のためには、今後は産業競争力強化に向けた予算が必要となる。
また、ベンチャー育成のためには、技術に依存したベンチャーを見分けることができるように、本格的な「目利き機能」を強化したり、資金調達の面については、本来の意味でのジャンク・ボンド市場を整備することが必要である。


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