[ 経団連 | 企業人政治フォーラム | 速報目次 ]

企業人政治フォーラム速報 No.85

2001年 8月 9日発行

山口二郎 北海道大学教授

「構造改革と参議院選挙」
(7月24日企業人政治フォーラム講演会)

 企業人政治フォーラムでは7月24日、講演会を開催し、北海道大学の山口二郎教授から、今後の政治の潮流や政策的な機軸について話を聞いた。以下はその概要である。

【地方の政治の流れが日本の政治を変え始めた】

 従来の政治家は、池田隼人政権の高度経済成長路線以来、経済的な利益の分配を最大のスローガンとして人気を集めてきた。小泉さんのように構造改革で多少のマイナス成長も仕方がないと言って、大変高い人気を得ることは今までなかった。国民はバブル崩壊以降遅々として進まない日本の構造改革に対して危機感を深めており、ようやく政治が従来型の利益分配型政治を脱却しようとしていることに対して、高い評価をしている。
 こうした政治の変化は突然起こったわけではない。この数年間地方で起こっている変化がようやく永田町に波及した結果である。昨年来、長野、栃木、千葉で無党派型知事が誕生した。これは決してキャラクターとか、無党派というシンボルの新しさだけで起こったわけではない。地方に住んでいると、従来型の自民党政治、あるいは農水省、建設省などを中心とする地方の開発政治がはっきり行き詰まっているのがわかる。誰かが扉を開き、舵を切り替えることを待っている。このような意識が横溢している中で、小泉さんが舵を切り替えることを宣言した。正に地方から始まった政治の変化が日本の政治構造を変えようとしている。

【集票をもたらした利益分配型政治】

 「日本は最も成功した社会民主主義」という話があるが、これは間違いである。従来の日本で自民党の長期政権下での利益分配型政治は、ある種の平等的思考、再分配中心の政策が出来たが、理念やイデオロギーに基づいたものではなかった。ヨーロッパ的な福祉国家は雇用保険、年金、医療にしても、全国民を相手に普遍的、画一的スタンダードで利益分配をする仕組みがあり、それがセーフティネットになっている。日本の場合は、代議士の地元にばら撒く形で、不均衡が常にあった。それは、保守勢力の集票力の活性化をもたらす一方、経済・財政的にいろいろなコストを伴った。
 90年代の初め、グローバリゼーションが進むとことによって、自民党政治が基盤から崩れていくだろうという予想があったが、族議員的な体質はなくなるどころか、かえって強化されている。一方でグローバリゼーションや効率化を進めると叫びながら、他方で既得権を守ったり、痛みを被る人たちに十二分な手当てをするという、両面的な政治運営がこれからどう変っていくのか十分注意する必要がある。

【小泉改革の破壊の先が重要】

 小泉さんはサッチャーリズム的路線をとろうとしているようだ。従来の利権政治、官権政治を転換し、官の支配、関与を縮小していくことは出発点であり、破壊という面で大きな期待を集めている。しかし、その後どうするのかということが重要である。80年代にイギリスのサッチャー政権やドイツのコール政権を中心に福祉国家の改革が強力に推進されたが、小さな政府の改革がもたらした様々な弊害もあった。競争原理をあらゆる分野に適用し、社会保障、雇用、教育分野への公的関与の縮小で何が起こったのか。そこで、90年代の後半には第3の道といわれる政策の体系が出てきた。第3の道とは競争やグローバリゼーションの中でどうやって国の競争力を強化するのか、経済力を高めるために政府はどのような役割を果たせば良いのか、という議論である。
 日本の場合は第一段階の破壊が大変大きな作業であり、とりあえずそこに政治的エネルギーを集めることが重要であるが、その後どうするのか。先日の経済財政諮問会議が打ち出した「骨太の方針」を見てもそこがかなり気になる。競争というキーワードであらゆる問題が解決するという単純な見方がそこに出ている。
 イギリスやドイツが中心的な戦略としているのは、例えば教育改革のような議論であり、労働力の質の向上とセットになった教育投資を進めていく。福祉についても、丸抱えで人間を養っていく雇用保険とか生活保護ではなく、社会に参画して仕事に戻るための条件整備、あるいはエンパワーメントとかエネイブリングという、人間の力を強め、可能性を高めるといった理念が出てきている。市場原理の徹底、競争原理の適用でこぼれてくる人間はたくさんおり、それ自体は市場原理では解決できない。そこをどうするのかというのが西ヨーロッパの社民党政権の課題である。日本でも単純に小さな政府路線で進んでいくと、色んな問題が起こることが予想でき、それに対する代替的な選択肢や、対抗する理念を用意する必要がある。どの部分で競争するのか、どの部分は政府が個人、組織、自治体の後押しをして、自立しようとする人間を支援するかについて、きめ細かい議論が必要である。

【小泉路線の堅持を】

 今回の参議院選挙では、自民党がかなり優位に立っているようだ。92年の参議院選挙以来、久しぶりに自民党が改選議席の過半数を獲ることになりそうである。問題は、この秋、景気が相当落ち込んだ時にはどのような経済対策を採るのか。来年度の予算編成に向けて具体的にどのように方針を実行していくのか。「小泉総理の改革路線」対「自民党の守旧派抵抗勢力」という構図がはっきりし、与党の中がどうしようもならなくなった時には、小泉さんが解散をして改革勢力の再編成を図る。これが最も我々にとってわかりやすく、政策本位の再編で望ましいシナリオになる。
 しかし自民党は与党の座から転落するとどうなるかを、93年の細川政権の時にかなり学習をしており、「水と油の共存」というのが二つ目のシナリオである。左手でグローバリゼーションを進めながら右手で利権分配政治をする。90年代路線の延長である。水と油の共存でコスメティック、シンボリックな改革をしながら最大限従来型の利益分配を続けた場合、日本は破たんに向けて坂道を転がり落ちる。「水と油の共存」の変形として、憲法、安全保障の面で議論をして、「変えて行く」という雰囲気をつくり、経済面での実質的現状維持をごまかす路線もあるが、日本にとっては最も避けるべき道である。包括政党戦略や、利益政治を卒業した後に、中道的な左派とか中道的な右派という勢力再編成ができれば、選ぶ側から見て一番わかりやすい。一筋縄では進まないが、一番大事なことは、小泉さんが改革路線をはっきり持って、主導権を獲り、問題設定をする形で次の衆議院選挙が出来るかどうかである。
 これから政党の能力も問われ、具体的な構造改革の政策課題についてはきちんと議論をする必要がある。皆様方もそれぞれの立場で、政治に向けてどんどん発言、注文、批判をしていただきたい。


山口二郎教授プロフィール
やまぐち・じろう 1958年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業後、北海道大学法学部助教授。87年にアメリカ、97年にイギリスに留学し、現在北海道大学大学院法学研究科教授、同大学付属高等法政教育研究センター所長を務める。

企業人政治フォーラムのホームページへ